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レゾナンス・コード  作者: 橘 左近


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第5話 終了条件を満たさない身体

 実技室の中央に、低い円形のステージが展開されていた。床材は半透明で、その下を淡い光が流れている。


「今日は、進化型レゾナの基礎運用だ」

 教員が言うと、学院生たちの視線が一斉に集まった。


「君たちはレゾナを強くなるための道具だと思っているかもしれないが……」

 一拍置く。

「本来の役割は、そこじゃない」


 三上が小声で神原にささやく。

「また始まったぞ、社会貢献講座」

「聞いとけ。テストに出る」


 教員は、ステージ中央に浮かぶレゾナを指した。

「進化型レゾナは、術者の経絡を使わない。なぞる。

 これはつまり、本人が動けない状態でも、こちらが正しい身体の状態を先に作ってやれる、ということだ」


 桐生夏芽きりゅう なつめが首をかしげる。

「正しい状態を作る……?」


 教員が補足する。

「歩けない人間をかつぐ必要はない。立てる身体に戻せばいい」


「例えば、災害現場」

 教員は淡々と続ける。

「外傷はなくても、経絡けいらくが乱れて動けない人間は多い。従来なら、専門医が一人ずつ対応するしかなかった」


 床下の光が変化し、簡易的な映像が浮かぶ。

 瓦礫がれきの中で座り込む人影。


「だが、進化型ならどうだ?」

 教員が学院生たちを見渡す。


「一人で、複数人を動ける状態に調整できる……?」

 桐生が息を呑む。


「そうだ。位相を揃え、流れを整え、立てる状態まで戻す」

 教員が言った。


 三上が思わず声を上げる。

「それ、病院要らなくなりません?」

 

「病院の役割が変わる」

 教員は即答した。

「病院は最後の場所だ」


 神原が静かにうなずく。

「社会の仕組みが変わる。起きる前に手を打つ設計になる」


「スポーツ現場でも同じだ」

 教員は話題を切り替える。

「過剰な自己負荷で壊れる前に、止められる」


 九条は、何も言わずにレゾナを見ていた。


「では、起動訓練に入る」

 各自の前に、レゾナが一基ずつ浮かぶ。


 円環は、薄い膜のような層が何重にも重なっている。

 触れる前から、空気が整えられていく感覚がある。


「力はいらない」

 教員が言う。

「触れた瞬間に、何が起きているかを感じろ。動かそうとするなよ。まず、変わったかどうかをつかめ」


 三上が慎重に指を伸ばす。

 円環が、ほんのわずかに回転する。

「……あ、軽くなったのを感じる」

「流れを邪魔してない証拠だ」

 神原が言う。


 桐生も起動する。

 彼女のレゾナは、リズミカルに点滅している。

「わ、分かる……。自分の中を、なぞられてる感じ」


「それでいい」

 教員は頷いた。


 水無瀬みなせしずくも、レゾナを起動した。

 音はしない。

 光も強くない。


 だが、揺らぎがない。


 三上が目を細める。

「……完璧じゃね?」

「教科書通りだな」

 神原も同意する。


 教員の評価も高い。

「非常に安定している。理想的な初期同期だ」


 水無瀬は、小さく息を吐いた。

「……良かった」


 その瞬間。

 九条だけが、視線を上げた。


 水無瀬の呼吸が、周囲と同時に揃いすぎている。


 揃っている。

 だが、それは自然に揃ったものではない。

 合わせに行っている。


 レゾナが、まだ調整を続けている。

 必要以上に。


 水無瀬は、ズレが検出できないほど整っている。

 この状態は、レゾナにとって 終了条件を満たさない。


 九条は、何も言わない。

 だが、胸の奥で、静かに確信する。

 ……これは、成功じゃない。


 レゾナが探しているのは、異常ではない。

 探しているのは、人として残るはずの揺らぎだ。


 経絡調整には必ず揺らぎが出る。

 ズレがあれば、そこが負荷の逃げ道になる。

 

 これは逃げ場を失った状態だ。 


 だが、失敗ではない。

 だからこそ、止められない。


 水無瀬は、微笑んでいた。

 誰よりも、うまくできている。


 それが、いちばん危険だった。


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