第11話 選ばれた理由
実技室には、低い振動音が満ちていた。
床下に走る経絡インフラが、一定のリズムで脈打っている。
生徒たちは各自の位置に立ち、レゾナを起動していた。
空気が、わずかに歪む。
神原の前では、共鳴が静かに立ち上がっていた。
揺れは少なく、波形は均一。
教科書に載せられるほど、整いすぎている。
「……安定しすぎだな」
教員が小さく呟く。
神原は表情を変えない。
狙った通りの結果だった。
少し離れた位置で、水無瀬と桐生の共鳴が展開する。
水無瀬の共鳴は、立ち上がりが遅い。
だが一度噛み合うと、呼吸に合わせて波が滑らかに伸びていく。
肩が落ち、指先の緊張が消えるたび、揺らぎも静まっていった。
桐生の共鳴は、反応が早い。
踏み込んだ瞬間、レゾナが先に動き、身体がそれを追いかける。
わずかなズレが出るたび、足首と腰で調整し、波形を戻していく。
どちらも、完璧ではない。
それでも、共鳴は途中で切れず、床下の脈動に食らいついていた。
そして。
三上の足元で、共鳴が乱れた。
三上の足が一歩遅れる。
床下の脈動に合わせようとして、踏み込みを早めた瞬間、レゾナが跳ねた。
三上はすぐに姿勢を直す。
背筋を伸ばし、呼吸を深くする。
その動きに反応して、今度は波が逆側に傾いた。
指を開き、手首を返す。
共鳴は一度持ち直しかけるが、次の瞬間、細かい振動が増える。
教師が視線を向けたのは、その揺れが消えないからだった。
三上はさらに動く。
合わせようとするたび、調整が増え、
レゾナはその数だけ別の方向へ逃げていく。
「三上」
教員の声が飛ぶ。
「力で押すな。呼吸を見ろ」
「……はい」
返事はするが、改善しない。
揺らぎが、さらに増す。
三上の額に汗が浮かんだ。
そのすぐ隣。
九条は、ほとんど動かない。
足の位置も、背中の角度も、最初から変わっていなかった。
呼吸は浅い。
深くも速くもならないまま、一定の間隔で続いている。
レゾナは、立ち上がらない。
だが、途切れもしない。
床下の脈動が揺れた瞬間、九条の周囲だけ、波が広がらずに留まった。
教師は一歩近づいた。
しかし、声をかけなかった。
九条は修正しない。
修正する必要のある動きが、最初から起きていなかった。
神原が一瞬、視線を向ける。
三上も、苦し紛れに隣を見る。
九条は、何もしていないように見える。
それなのに、共鳴は続いている。
その時……
三上のレゾナが途切れた。
振動音が一瞬、乱れる。
「今日はここまで」
教員の合図で、共鳴が次々と解除されていく。
神原は静かに息を吐き、
九条は、何事もなかったように立っている。
三上だけが、肩で息をしていた。
休憩時間。
三上は紙コップの水を一気に飲み干した。
「はあ……」
「荒れてたな」
神原は壁にもたれ、呼吸を整えながら言った。
「自覚はあるよ」
三上は笑う。
「でもさ、これが現実だろ。俺みたいなのが、ここにいる理由って」
「理由?」
神原は眉を動かした。
「俺は、高校出た後、情報系か、医療工学の下請けに入る道もあったんだ」
神原は、何も言わずに聞いている。
「給料も、悪くない。公務員よりは上だし、親も反対はしなかった」
三上は、少し間を空けた。
「一か八か、経共の受験したら、ギリギリ受かって…… ちょっと、夢見ちゃうよな」
「90%は適正検査で落ちるからな。受かった時点で選ばれた側だ」
三上は苦笑いをした。
「入学できて調子に乗ってたけど、ギリギリ入った俺は、こんなもんだよ。お前や玲を見て、痛感した……」
「だけどさ、経絡術師になって、超エリートの治療したいよな。芸能人とか」
「エリート層はAI医療受けないからな」
神原が頷く。
沈黙。
神原が口を開く。
「俺は……将来、経絡インフラの仕事をしたいと思っている」
「研究か?」
「現場寄りだ。人の身体と、都市をつなぐほう」
三上は笑った。
「デカいな」
「そうか?」
「俺はインフラの前に、自分の身体だ」
神原は否定しなかった。
「お前は劣等生だが、それでも、ここにいる」
「まあな」
三上は前を向く。
そのとき、九条が戻ってくる。
「休憩、終わるぞ」
九条は三上の顔を見る。
「顔が硬いぞ」
「将来の話してた」
「珍しいな」
九条は特に驚かない。
神原が九条に向けて言う。
「九条、お前と出会って、経絡術師の可能性は無限大だと思い知った」
九条は何も言わずに聞いている。
「俺は、この身体が、どこまで変われるか知りたい」
神原は力強く言った。
三上は小さく息を吐く。
「俺も自分に、もう少し期待しようかな」
三上の目に、将来を見据える力強さが宿った。
「なあ、玲。お前の家は医療系だろ? 神原の家は何系なんだろな」
九条は何も言わない。
三上は、少し前を歩く神原の後ろ姿を眺めていた。




