2.聖女、動き出す
夜の王都を歩きながら目的地を目指します。
王都の端にある職人が固まっている区画。
そこが私の目指す場所。
◇
工業区画——その中にある鍛冶師が多く集まる区画の端に、ボロい一軒屋。
そのボロ家の前に辿り着くと様子を伺う。
小屋の明かりはすでに消えているので、家主はもう寝ているのでしょう。
私には関係ありませんが。
「ユーリ! ユーリ! 私が来ましたよー!! ユーリィィイ!」
ボロいドアをドンドン叩き家主を叩き起こします。
この私が訪ねてきているというのに、出迎えもなしとは許せませんね。
起きろ、おっきっろー! 起きろボケ!! 殺しますよ!!
リズムを刻みながらドアをドンドコ叩き続けた結果——
「あー、もう! 五月蠅いな! 誰だよこんな時間に——!!」
ドアが開け放たれました。
「私。セレナちゃんですよ~」
「うわ……セレナか。まさか、こんな時間に王城を抜け出したのか?」
「抜け出した。というよりも追い出されたので、今日は泊めて下さい」
「……え? 追いだ……え? 何したのお前」
家主であるこの男——ユーリは私の幼馴染であり家族の様な存在です。
私の両親とユーリの両親は仲が良く。
私が小さい頃に両親が死に、その際にユーリ一家に引き取られました。
なので私にとってはユーリは家族そのもの。
部屋に入り、ユーリにパーティーで起きた出来事を話しました。
「かくがくしかじかこしたんたん——」
「——ぬんっ。なるほど、百合乱暴っての以外はあってないか?」
「ぶち殺しますよ?」
「ごめん……」
まったく失礼ですね! 私はちょっと借りているだけだというのに。
濡れ衣を着せられたことをユーリに伝え、話を進めます。
「というわけで今晩寝る場所がないのでベッドを借りますね」
「いや、まあそれは別にいいんだけどさ……これからどうする気なんだ?」
「明日物資を調達して、次の日に王都を出ます」
「随分と急だな……寂しくなるね」
何か勘違いしているユーリに対して私は言いました。
「何言ってるんですか? ユーリも一緒に行くんですよ?」
「ハァ!? なんで俺も一緒なんだよ⁉」
「なんでって、決まってるじゃないですか。この店に客なんて来ないですよね?」
ユーリはこのボロイ小屋で鍛冶を営んでいます。
営んではいますが、常に閑古鳥が鳴いている始末。
先程も店の前で鳴いていた閑古鳥を一羽仕留めたので、今晩の夕食としましょう。
首を圧し折った閑古鳥をユーリに差し出す。
「うわ……まったく。せめて処理した状態で持って来てくれよ。解体するの面倒なんだから」
そう言いながらもユーリは釜戸へ向かい、閑古鳥を捌き始めました。
手早く捌かれた閑古鳥を焼く良い匂いが部屋に満ちていきます。
「時間も遅いし、ただ焼くだけでいいよな?」
「もちろんです。客が来ないほど味が良くなる閑古鳥なのですから。ユーリの店に居つく鳥なら問題ありませんね!」
「悪かったな……客が来なくて」
ジューシーに焼き上がった閑古鳥を食べ終わり。
寝る支度を始めました。
「当たり前のように俺のベッドは奪うんだな……」
「ユーリは女の子を床に寝かせる気なんですか?」
「そういう言い方するなよ……駄目って言えなくなるだろ……」
「じゃあ問題ないですね。おやすみなさい」
ユーリのベッドでアイデムバッグから出した寝具に包まり、眠りにつく。
おやすみなさーZzz——
◇
よく眠れました!
床で眠るユーリを叩き起こし、市場へと向かう。
まず最初に目指すはあのお店。
フードを目深に被り、顔を隠し路地裏へと足を向ける。
「おい、どこ行く気だ? ここら辺は治安が悪いんだぞ」
「知ってますよ。先ずは資金を調達したいので、贔屓にしているお店に行くんです」
不安そうなユーリを尻目に、薄暗い路地裏をどんどん進んで行き、目的の店へ到着。
壁やら窓やらにツタが絡み、如何にもな雰囲気を出している。
「ユーリは外で待っててください」
ユーリを外に残し、中に入ると店内は薄暗くこれまた如何にもな雰囲気を演出している。
奥にあるカウンターにはフードを被った老婆が一人。
「おやおや、誰かと思えばお嬢ちゃんじゃないか」
「こんにちは。今日も買取をお願いします」
「ひっひっひっ……嬢ちゃんが持ってくるのは質が良いからねぇ。飛ぶように売れるよ」
「それはなにより。ではお願いします」
アイテムバッグから王城の至る所から借りてきた品々をカウンターに並べる。
その一つ一つを老婆は手早くチェックし、それが終わると口を開く。
「今日は品数が多すぎて全部は買い取れないよ。どれを売るんだい?」
「いえ、足りない分はこの店の商品と交換してください」
「……珍いしね。それで、どれにするんだい?」
「そうですね……アレとソレ——あとコッチもください」
私は老婆の後ろの棚に飾られている短刀とピッチャーと小さい絨毯を指定する。
「む……その三つだとしたら買取額とほぼ相殺になるよ」
「構いません。もうこの店には来られないので今のうちに手元に置いておきたいので」
「…………そうかい。それじゃ少しサービスしてあげようかねぇ。これも持っておいき」
そう言って老婆は棚から小さい小箱を差し出した。
見た目は何の変哲もない木の箱。
しかし、いざ目の前に置かれると言いようのない不安感が沸き起こってくる。
「なんです、コレ」
「ひっひっひっ——コレはねぇ……なんだったかねぇ。手に取るまでは覚えていたのに忘れてしまったねぇ。そういう箱のようだね」
「ふーむ。つまり何かしらの魔法がかけられている可能性がありますね。忘却系の魔法でしょうか……」
「いつからあるのかも忘れちゃったから持っておいき。多分、その箱もそのつもりなんだろうさ」
「なるほど。では頂いていきますね」
謎の箱と三つの道具をアイテムバッグに仕舞うと出口へ向けて歩き出す。
ドアノブを握りながら振り返る。
「そうそう。お世話になったので教えておきます。このまま王都に住んでいるといずれ大変な事になるので、早めに別の街に行くことをお勧めします。では、さようなら」
老婆にそう告げて静かに小屋を後にした。
◆
少女が去った小屋の中で老婆は一人思案する。
去り際に言った「いずれ大変な事になる」それが何を意味するのか、現時点では皆目見当もつかない。
(聖女である嬢ちゃんがああ言うってことは何かあるだろうねぇ……)
少女は正体を隠しているが、老婆には少女が聖女本人であるとの確信を持っていた。
噂では品行方正で絵に書いたような聖女だと噂されているが、老婆には彼女が度々王城の品々を売りに来るので、そうは思っていなかった。
だからといって悪人とは思えなく、むしろ今まで見てきた人間の中では上位に位置する善人に思えた。
彼女は老婆の人と魔が入り混じった姿を見ても侮蔑の目や感情を一切出すことはなかった。
むしろ「生まれ持った姿だと、私の魔法でも治せないんですよねー。魔の部分だけを切り取りながら回復魔法をかければ何とかなるかもしれませんね。どうします?」とだしたお茶を啜りながら平然と言ってのけた。
老婆はその時の事を思い出しながら結論を出す。
「嬢ちゃんの言うことを信じてみようかねぇ。そうと決まれば、全部売り払わないといけないねぇ」
老婆はフード付きのローブを脱ぎ捨てると、懐から一枚の鏡を取り出した。
鏡が老婆の姿を映すと——
みるみるうちに若く美しい女性へと姿を変えていった。
「それにしても、あの聖女さんは私の姿が偽物だったと気付いているのかしらねぇ——ん?」
女がカウンターに手を置くと、指先に何かが触れた。
「これは……?」
手に取り確認すると、それは一枚の紙切れ。
先程までは存在しなかった物。
その紙にはこう書かれていた。
『老婆改め魔族のお姉さんへ——〇〇という街には貴女の見た目を見破れる人がいるので、そこは避けるのがいいと思います。 byセレナ・カタストロフ・ハッピーエンド』
「……ハッ。バレてたのね。次にあったらなんて言ってやろうかしらね」
魔族の女は紙を握りつぶし、一人微笑んだ——




