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捨てられた転生者、金色の竜と旅に出る〜時空間チートで巡る、帰る場所のある旅路〜  作者: mizu
第六章 海の向こう

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家が浮いている桟橋と、乗せてもらう値段

あれから、船が来たのは、待ち始めて半月経った日の朝だった。


 窓の向こうに、柱が三本見えた。ルーチェが頭の布を巻きながら、俺を呼ぶ。


「レイ、来たよ」


 荷を運ぶ人の声が、坂の下から上がっていた。


 この半月、毎朝港を見に行った。薬草を干し、買い取ってくれる店へ運び、手紙も書いたし、ルーチェと魚を食べるのは、ここのところ毎日だ。


 今朝は水袋を持ち、いつもより早く階段を下りた。


*


 最初に船を見て思ったのは、家が浮いている、だった。


 一昨年の秋と同じ言い方しか、思いつかなかった。船腹は宿の壁より高く、上を歩く人が小さく見える。横木にまとめられた帆の下で、縄を引く声が響いていた。


 桟橋へ入れるのは、荷を運ぶ者だけだった。俺たちは道を空け、荷積み場の端で待った。


 樽と木箱、それから布に包まれた長い荷が下りてくる。箱の横の荷札へ目を向けると、丸い字と小さな点が並んでいた。


 前に見た名前に似ている。だが、読めない俺が形だけで同じ主だと決めるわけにはいかなかった。


「おお、坊主。また来たのか」


 顔を上げた。


 背の高い男が、荷を担いで立っていた。日に焼けた腕に青い模様がある。前に荷札の字を教えてくれた人だった。


「はい。また来ました」


 男はルーチェを見て、俺の頭の高さへ目を戻した。


「大きくなったな」


「前は、一昨年の秋でしたから」


 男はうなずき、荷を担ぎ直した。


「あの、船長さんと話せますか?」


「何かあるのか?」


「海の向こうまで、乗せてもらいたいんです」


 男は俺を見た。次に、空いている桟橋を見て、あごで荷積み場の奥を示した。


「待ってくれ。今は、仕事だから」


「はい」


 俺たちは邪魔にならないところへ下がった。


*


 荷が途切れたころ、船乗りが呼びに来た。


 船の主は、帳面を持って樽を数えていた。背の低い、腹の出た男だった。船へ短く何か言い、それから俺たちへ向き直った。


「人は、乗せない。荷の船だから」


「聞いています。それでも、二人を乗せてもらえませんか?」


「二人か?」


「俺と妹です」


 主の目がルーチェへ移った。この子は、俺の隣で頭を下げた。


「金が、かかるぞ」


「払います。それと、薬屋で荷を確かめる仕事をしていました。食べ物や薬草の傷みを見る仕事なら、できます」


 王都では、見分けた荷をマルタさんに確かめてもらった。魚市場では、獲れた場所の値段と、遠くへ運ぶための手間を見た。


 乗せてほしいと言うだけでは、この人に渡すものがない。


「全部の荷が分かるとは言えません。知らないものは、聞きます」


 主は帳面を閉じた。


「見せてみろ」


*


 桟橋の脇に、この町で積む樽が十二並んでいた。


 塩と、塩漬けの魚。日陰に置かれ、蓋には荷の印がついている。


「どれが、悪いかわかるか?」


 俺は蓋を開けていいか確かめ、しゃがんだ。


 前に見た海の向こうの木の皮には、鑑定で名前が出なかった。理由はまだ分からない。だが、文字が出なければ何もできないままでは、ここで仕事を頼めなかった。


 樽を一つずつ確かめた。蓋の裏を見て、湿り具合と匂いを調べる。魚の樽では、上にある一匹も見せてもらった。


 七つ目で手が止まった。


 塩と魚の匂いに、別のものが混じっていた。甘く、鼻の奥に残る。肉屋の奥で、ベックさんに手を止められたときの匂いに似ていた。


 上の魚を見る。それだけでは、はっきりしない。


「この樽です。奥に傷んだものがあるかもしれません。下まで見せてもらえますか?」


 主が船乗りへ何か言った。


 魚を別の桶へ移していく。底に近い一匹が出てきたところで、匂いが強くなった。


 主も顔を寄せ、すぐに離した。


「……悪いみたいだな」


「はい。その一匹だけかは、残りも確かめないと分かりません」


 主はうなずき、その樽をほかの荷から離すよう指示した。


 俺は手を洗った。戻ると、主が待っていた。


「坊主、いくつだ?」


「十三です」


 主は俺の手元をもう一度見て、帳面を開いた。


*


「毎日、水と魚を見てくれ。それから、運賃は銀貨三枚でいい」


 俺はすぐには財布を出さなかった。


「二人で三枚ですか?」


「二人でだ」


「食事も入っていますか?」


「飯は自分で。水は配る」


 食料は、ここで買う必要がある。待っている間の宿代も払った。俺は薬草を売った分を加え、手元に残る額を頭の中で数えた。出発のときに持ってきた銀貨は、まだ半分以上残っている。七年ぶんの薬草の稼ぎだ。


「水は、どれくらいもらえますか?」


「朝と夕方。椀一つずつ。勝手に取るのは駄目だ」


「分かりました。予備の水も持っていきます」


 主はうなずいた。


「四十日、毎日見るんだ。それが値段だ」


「風が悪くて六十日になったら?」


 主の指が、帳面の上で止まった。


「着くまで、見てくれ」


「仕事はします。銀貨は三枚のままで、いいですか?」


 主は少し考えて、うなずいた。


「三枚だ。増やさない」


 俺もうなずいた。安いかどうかまでは分からない。それでも、払い終えたあとに買える食料と、残せる金は分かった。


「寝る場所を見せてもらえますか?」


 主は船乗りを呼んだ。


 樽の間に、二人が横になれる場所があった。通り道からは外れている。屋根のある宿の寝台とは違うが、荷をまとめれば毛布を広げられそうだった。


 ルーチェを見た。


「ここで大丈夫か?」


「うん。わたしも乗りたい」


 戻って、銀貨を三枚渡した。主は一枚ずつ確かめて、帳面へ書きつけた。


「三日後の朝だ。妹は、船で静かにさせろ」


「仕事の邪魔はしません」


 ルーチェが先に答えた。


 主はこの子を見て、短くうなずいた。


*


 宿へ戻り、女将さんに三日後に出ると伝えた。


「……海の向こうかい?」


「はい。乗せてもらえました」


「四十日だよ」


「食べるものも、水も用意します」


 女将さんはエプロンで手をふいた。俺が置いた三日分の宿代から、一日分をこちらへ戻す。


「それでいいよ」


 俺は銅貨を見た。それから頭を下げた。


「ありがとうございます」


 理由は聞かなかった。


 塩屋でも買い足した。主人は袋を渡しながら、船に乗れたかと聞いた。


「乗れました。三日後です」


「そうか。戻ってきたら、橋の話の続きだ」


 俺は顔を上げた。


「橋の工事が始まっとるかを、あんたに言う」


「……はい。また聞きに来ます」


 受け取った塩を、鞄へ収めた。


*


 出発までに、食べ物と水をそろえた。


 船乗りが教えてくれた干し魚と固いパン。豆と干し肉も買い、宿で煮たものは、冷ましてから人目のない部屋でボックスへしまった。水は飲む分だけでなく、食べ物に使う分も用意した。こちらも、日数より多めに買った。


 六十日分に、さらに二十日分を足して、二人で数えた。風が悪ければ六十日と聞いているが、それより延びても困らないようにした。船で見せる荷と、ボックスへ入れる物を分け、すぐ使う水袋は鞄の外へ掛ける。


 最後に、出航を知らせる手紙を隊商宿へ預けた。次に手紙を出せるのは、海の向こうへ着いてからになる。


 宿へ戻ると、ルーチェが魚を包んでいた。


「それ、今日食べる分だぞ」


「分かってる。明日の分は、もうしまったでしょ?」


「ああ」


「じゃあ、忘れてない」


 俺も鞄の紐を確かめた。


*


 出航の朝、桟橋の塩の山が小さくなっていた。


 船へ積まれたのだ。この町の塩が、俺たちと同じ船で海を渡る。


 板を渡ると、足の下が揺れた。桟橋とは違う動きだった。ルーチェが俺の袖を握り、船の縁を越えたところで、ほっと息を吐いた。


「まだ出てないのに、動くんだね」


「ずっと水に浮いてるからな」


 荷の間へ鞄を置いた。船乗りがこちらを見て、寝場所を指した。


「ここだ。荷は、通路に出すな」


「はい」


 帆が上がった。


 横木からほどけた白い布が、風を受けて膨らんだ。ルーチェが顔を上げる。前は岸から見ていた帆の、その下にいた。


 桟橋が離れ始めた。


 俺たちは船べりへ寄った。坂の下の町が少しずつ小さくなる。屋根の段が重なり、見慣れた通りが区別できなくなった。


「レイ、船が出るところ、見られたね」


「乗って見てるな」


「うん。町の方が動いてるみたい」


 ルーチェは布を押さえながら、しばらく岸を見ていた。それから、船の進む方へ顔を向けた。


 海の向こうは、まだ見えなかった。


 荷を置いたところで、こつ、と音がした。鞄の中の杭が、船の揺れに合わせて隣の樽へ当たっていた。


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