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捨てられた転生者、金色の竜と旅に出る〜時空間チートで巡る、帰る場所のある旅路〜  作者: mizu
第六章 海の向こう

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南へ下る道と、また来た町

エンデの町を出て、南へ歩いた。


 ヴェークの月も、もう終わりに近かった。一昨年の秋に北へ向かった道は、草の色が違っていた。森の木々は右手にある。行きは左に見ていた。それだけで、曲がり角まで知らない場所に見える。


 四日目の昼、ルーチェが足を止めた。


「レイ、煙が見える」


 木の上へ細い煙が上がっていた。少し離れて、もう一本。屋根は隠れているが、道の曲がりには覚えがあった。


 冬を越した集落だ。


「寄っていく?」


「ああ。顔を見せよう」


 ルーチェはうなずき、頭の布を確かめた。


*


 ハンナ婆さんは、戸口で葉を広げていた。


 声をかけると顔を上げ、俺が近づくのを待った。目の前まで来て、ようやく口元が動いた。


「……坊主か。背が伸びたね」


「北から戻ってきました」


「見りゃ分かる。怪我は?」


「大丈夫です」


「そうかい」


 婆さんは鼻を鳴らし、隣のルーチェへ顔を向けた。


「あんたも、元気だったかい?」


「うん。山でも冬を越したよ。今度は二人で南へ行くの」


「そうかい、寒いところにいたんだね」


「寒かった。でも、行ってよかった。友達もできたんだよ」


 婆さんはうなずいた。ルーチェは広げてあった葉を見て、袖をまくった。


「これ、運ぶ?」


「そこの空いたところへ置いとくれ。混ぜるんじゃないよ」


「分かってる。こっちの束だけね」


 葉を載せた板を持つ。婆さんが指した場所まで運び、そっと下ろした。その手つきを見て、棚の前で二人並んでいた冬を思い出した。


 俺も荷を下ろして、空いた板を運んだ。


 長居はしなかった。洗い場の人たちに挨拶し、ヨルクさんにも礼を言った。婆さんの戸口へ戻ると、ルーチェが先に頭を下げた。


「ハンナ婆さん、今日はちょっとしか手伝えなかった。またね」


「顔が見られりゃ十分だよ。気をつけな」


 今度は二人で、南の道へ出た。


 木の陰で煙が見えなくなるまで、ルーチェはときどき振り返っていた。


*


 デメテスの月に入り、道端の畑に人が増えた。


 森の縁の道が街道へ合流し、さらに二日歩くと、潮の匂いが来た。北へ向かったときは薄くなっていった匂いが、今は足を進めるたびに濃くなる。


 坂の上に出た。


 屋根が海へ向かって段になっている。その先には水が広がり、空との境まで続いていた。


「レイ、海だ」


「ああ」


「やっぱり、向こうは見えないね」


 ルーチェは背伸びをしかけ、途中でやめた。俺を見て、少し笑った。


「前も、見えなかった」


「そうだな」


 今度は、あちらへ渡る船を探しに来た。


 二人で坂を下りた。


*


 宿の女将さんは、戸口で俺たちをしばらく見ていた。


 鞄から靴へ、靴から顔へと目が動く。エプロンの前で腕を組み、それから眉を上げた。


「あんたたち……」


「一昨年の秋に泊まりました」


「あのとき、魚を生で食った子だね?」


 覚えられ方が、それだった。


「北へ行ったんじゃなかったのかい?」


「はい。戻ってきました」


「大きくなったね。妹も」


 ルーチェが隣で頭を下げた。


「前と同じ部屋が空いてるよ。飯は別だ」


「お願いします」


 階段を上がると、窓の鳴る音まで覚えていた。屋根の向こうに細く海が見える。大きな船の柱は、まだ見当たらなかった。


*


 翌朝、舟着き場へ下りた。


 籠を持った人たちの横を、魚の箱が運ばれていく。銀色の腹が跳ねた。ルーチェが、俺の袖を引く。


 銀ハダだった。


 売り場へ近づくと、男がこちらを見た。


「……また来たのか?」


「お久しぶりです」


「今度は焼くんだろうな?」


 まだ買うとも言っていなかった。ルーチェが横で笑う。


 見せてもらった魚は、前の秋より小さかった。目とえらを確かめ、鑑定も通す。一度食べられたからといって、今日の魚まで同じとは限らない。


 今朝揚がったものを選び、代金を渡した。


 宿では女将さんに断って、裏の水場を借りた。まず内臓を抜く。水揚げから一刻以内という条件は、今度も変わっていなかった。


 身を取ろうとしたところで、ルーチェが言った。


「レイ、わたしもやりたい」


「魚をか?」


「うん。前に来たときも、見てたもん」


 俺は小刀を置き、板の上の魚を向け直した。


「ここに骨がある。指を刃の前へ出すなよ」


「分かった」


 握り方を確かめてから渡した。ルーチェは顔を近づけ、ゆっくり刃を進めた。途中で止まり、骨の位置を見直す。


 身は取れた。けれど皮を引くところで力が入りすぎ、端が少し崩れた。


「……崩れちゃった」


「食えるよ。俺は最初、もっと骨に残した」


「そうだね、覚えてる」


「そこまで覚えてなくていい」


 ルーチェは笑い、崩れた方を自分の皿へ載せた。


 俺は一切れ取って、自分の皿へ移した。


「こっちも貰うぞ」


「うん。味は同じだよね?」


「ああ」


 塩を少しつけて食べた。冷たい身が歯の間でほどけ、あとから甘みが来る。


 うまかった。それでも、醤油が欲しくなった。作り方が分からないまま、森と谷で二度、冬を越していた。


「おいしい」


 ルーチェは、自分で切った魚を見ていた。


「家で作るときも、わたしがやる」


「じゃあ、帰るまでに練習だな」


「レイもね」


 俺はうなずいて、もう一切れ取った。


*


 片づけを終えてから、塩屋へ行った。


 主人は樽に手を置き、俺たちを見た。


「北の森へ行った子か?」


「はい」


「戻ったんだな」


 俺はうなずいた。店の奥には、前と同じように樽が並んでいる。


 その並びの端に、小さな壺が三つあった。前に来たときには、目に入っていなかった。あのころは橋のことと、北への道のことで頭がいっぱいだった。


「それは、何ですか」


「魚の塩汁だ。漁師が魚を塩に漬けると、汁が出る。それをこしたもんだ。煮物に少し入れる」


 主人は蓋を取り、さじの先に少しすくって俺へ寄こした。なめると、塩のあとに魚の匂いと、うまみが残った。


 醤油ではない。だが、前の世で知っていた味に、どこか近かった。


 小さな瓶に一つ分、分けてもらった。


「南の旧道の橋は、どうなりましたか?」


 主人の手が、樽の蓋をなぞった。


「この春、役所が見に来たと聞いた。橋の工事はまだ始まっとらん」


「そうですか」


「前にあんたと話したころは、まだ先だとしか言わんかった。今度は、見には来た」


 主人は少し笑った。


 ヨナスという村長の名を、ここで教わった。水を汲んで荷馬車を迎えるという話も、覚えている。あの樽がまた村へ届くまでには、まだかかるみたいだ。


 塩を買い足し、もう一つ聞いた。


「海の向こうの船は、いつ来ますか?」


「……乗るのか?」


「乗せてもらえるなら」


 主人は、袋の口を結ぶ手を止めた。


「年に二度だ。春と秋。春の船なら、そろそろだな。いつもなら、ひと月のうちには入る」


「ひと月ですか」


「来る日は風次第だ。それに、あれは荷の船だぞ。人を乗せるかどうかは知らん」


「船の人に、聞いてみます」


 礼を言って袋を受け取った。


 ひと月待つなら、その間の宿代が要る。薬草を売れるところも探そう。船賃まで払えるように、残っている銅貨と銀貨を確かめなければならなかった。


*


 夜、宿の部屋の戸を閉めた。


 窓は閉めたまま、二人で港の方を見た。大きな船が来れば、屋根の上に柱が見える。今はその場所に、暗い空だけがあった。


 ルーチェは窓から離れてから布をほどき、金色の髪を指ですいた。


「レイ、前は船が出るところも見たかったんだよね」


「ああ。今度は乗れるかもしれない」


「四十日。風が悪ければ六十日でしょ?」


「そう聞いたな」


「じゃあ、食料は六十日分、必要だね」


 前にも同じようなことを言っていた。あのときは、先に北だと答えた。


 俺は卓へ紙を広げ、食べ物の名前を書き始めた。


「まだ乗れるとは決まってないぞ」


「分かってる。でも、何がいるかは考えていいでしょ?」


「いいよ」


 ルーチェが隣へ座った。


「魚もいる」


「今日も食ったのにか?」


「今日もおいしかったから」


 書き足してから、俺は鞄を見た。


 孤児院に一本、谷に一本。そして鞄に一本。持ってきた杭をどこへ打つかは、まだ決めていない。


 窓の留め具が鳴った。紙の端を押さえると、ルーチェも反対側へ手を置いた。


 船を待つ間に、書くことはまだありそうだった。


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