竜として過ごす冬と、二つ出してしまう椀
ティオが飛んだ。
雪が降り始めて十日目の朝だった。岩棚の裏で右の前脚を地面につき、体を持ち上げた。翼を打ったが、一度はまた腹が雪へついた。
少し休んでから、もう一度。
今度は上がった。
ルーチェがそのあとへ続いた。急がず、ティオの様子を見ながら上がっていく。
二頭が谷を回った。ティオは右の前脚を引きつけ、体を少し傾けていた。ルーチェはその側へ寄り、同じ速さで飛んだ。
長くは飛ばなかった。上流の棚へ降り、並んで腹をつけた。近くの灰色の竜は、一度そちらへ顔を向けただけだった。
俺は岩棚から見ていた。
昼になっても、二頭はそこにいた。日が傾いてから少し動いたが、こちらへは戻ってこなかった。
夜になる前、声が来た。
——レイ、今日はここで寝るね。
「分かった」
上流の棚に、金色の背中が見えた。俺は手を上げた。見えたかどうかは分からなかったが、向こうでも首が上がった。
*
次の日も少し飛んだ。その次の日は飛ばず、二頭で川原を歩いていた。
ティオは長く歩くと右の脚を浮かせた。ルーチェも立ち止まり、しばらく隣にいた。それから水を飲み、岩へ腹をつけて休む。
俺は火をおこし、豆入りのスープを煮た。
椀を二つ出した。
置いてから、手が止まった。
火の向こうに、この子はいなかった。川原を見ると、金色と赤茶の竜が並んでいた。俺は椀を一つ、荷物のところへ戻した。
スープをよそい、さじを一本取った。
町へ一人で下りたときには、椀は一つだけ出せた。今はルーチェが見えるところにいる。それで手が、いつもの数を出したのだろう。
繋がりの向こうからは、眠そうな感じが来ていた。俺はスープを飲んだ。どうだと聞く相手がいなくても、塩は少し足りなかった。
夜、火が小さくなってから、この子は来た。
岩棚の縁で人の姿へ戻り、服を着て火のそばへ座った。俺は戻していた椀を、もう一度出した。
「食べるか?」
「うん。まだある?」
「ある。温め直そうか?」
「このままでいい」
冷めたスープをよそうと、ルーチェは椀を両手で受け取った。ゆっくり食べ、最後にさじで底をすくった。
食べ終わると竜に戻り、今夜は岩棚の裏へ行った。ティオが先に寝ていた。
俺は椀を二つ洗った。
*
それから日が過ぎ、ティオが山羊を持ってきた。
今度は脚だけではなかった。小さな山羊を丸ごと引きずり、川原の平たい石のところまで運んできた。そこで獲物を離し、右の前脚をしばらく浮かせていた。
ルーチェが近づいた。
俺は薪を運ぶ手を止めた。この子は肉へ鼻先を寄せ、少し迷ってから歯を当てた。
夏には、口に入れてすぐ吐き出した。川へ行って水を飲み、口に残ると言っていた。
今度は、かんだ。
飲み込んで、少し動かなくなった。それからもう一口食べ、やめた。隣でティオが肉を引きちぎっている。
——……食べられた。
声が届いた。
「そうか。今度は吐かなかったな」
——うん。でも、おいしくはない。
「無理に食わなくてもいいぞ」
——無理はしてない。少し、試したかったの。
「……そうか」
ルーチェはもう一度、肉を見た。次のひと口には進まず、ティオの隣へ腹をつけた。
二口、食べられた。それをこの子がどう思ったのか、声だけでは分からなかった。俺は積みかけていた薪を運び直した。
その夜は、人の姿で火のそばへは来なかった。
俺は残ったスープを鍋から移し、しまった。
*
ルーチェが人の姿になることが減っていった。
昨日は来たから、今日はどうだろう。そう考えてから、数えないつもりだったことを思い出す。二日来なければ、三日ぶりになる。椀を戻す手が、そのくらいの数は覚えてしまった。
竜の姿では、近くへ来ることもあった。鍋へ鼻を寄せたり、俺が運ぶ薪を見たりする。だが、そのままティオの方へ戻っていく。
俺は革の上着を着ていた。
内側の袋は、まだ空だった。夏に預かった鱗を入れて縫えばいい。糸も針もある。
ルームの食卓で上着を広げ、ボックスから布包みを出したこともあった。一枚だけの金色を、胸の袋の横へ置いた。大きさは合いそうだった。
縫う前に、手が止まった。
預かっていいと、ルーチェには聞いてある。それでも、この子が人の姿で来なくなった今になって、急いで自分の服へつけようとするのが、何となく嫌だった。
縫えば何か変わるわけではない。分かっているのに、針を持てなかった。
鱗は包み直し、ボックスへ戻した。
上着の内側には、家からの手紙だけが入っていた。
*
雪の夜だった。
秋に集めておいた薪を、少しずつ使っていた。火は小さく保っている。寝るときはルームへ入れるが、夕飯の火までなくしたくはなかった。
岩棚の裏を見たら、金色と赤茶の竜がいた。
ルーチェが人の姿で来ないまま、四日目になっていた。今日は夕方、竜のまま俺のそばへ顔を寄せただけだった。
椀は、もう一つ戻してある。
スープを飲んでいると、繋がりの向こうから、ふっと明るい感じが来た。
うれしい。
生まれた朝から知っている感じだった。名を呼んだときにも、食卓で笑ったときにも、こういうものが届いた。
だが、それだけではなかった。
寂しい感じが、重なっていた。
先に喜んで、そのあと寂しくなったのではない。今、二つともある。俺はさじを止め、岩棚の裏を見た。
この子はティオの隣にいた。雪をかぶった背中が、かすかに見える。昼は飛び、肉も少し食べられた。髪を隠す布も、人の姿も要らない。
うれしいのは、そのことなのだろうか。
では、寂しいのは。
俺が一人で椀を持っているからといって、この子の寂しさまで同じものだと決めることはできなかった。
声をかければ、聞こえる距離だった。何が寂しいのか、聞こうと思った。
けれど、この子は目を閉じていた。今届いたものを、起こして言葉にさせる気にはなれなかった。
俺はさじを椀へ戻した。
うれしさも寂しさも、まだそこにあった。どちらかだけを、聞かなかったことにはしたくなかった。
薪を一本、足した。
火が少し大きくなり、雪の上の金色が見えた。呼吸に合わせて背中が動いていた。隣のティオも眠っている。
俺は残りのスープを飲んだ。自分のぶんを食べ終えても、鍋には少し残った。
明日も、たぶん二つ出してしまう。
来なければ一つ戻す。来たら、また出せばいい。そう思いながら、洗った椀を二つ重ねた。




