罠にかかった赤茶と、飛び出した金色
朝、ルーチェは上空から探した。
岩棚から飛び立ち、谷の底を低く回る。いつものように高く上がったり、水の上をかすめたりはしなかった。首を下へ向けたまま、川の両側をゆっくり見ている。
俺は川原を歩いた。
岩のあいだ、砂のたまったところ、石の重なったところ。昨日と同じ道を、反対側からも確かめた。動かなくした三つの罠は、そのままだった。開いた鋼の歯が石の陰から見えている。
新しいものは、まだ見つからない。
——レイ、上からだと、石の色が違うところは見つからない。
「……そうか」
——でも、ティオが言ってた匂いがする。上流のほう。
俺は顔を上げた。奥の霧までは、まだ遠い。その手前にも、大きな岩がいくつも張り出している。人が隠れられそうな陰があった。
昨日、靴の跡はそちらへ続いていた。途中で見失ったが、まだ誰かいるのかもしれない。
「人が見えたら、近づくなよ」
——うん。レイもね。
ルーチェの影が川原を横切った。俺はティオがいつも寝ている石へ目を戻した。
いない。
朝、岩棚を下りるところは見た。そのあとも、この近くにいると思っていた。
罠があったのは、ティオの通る道だった。昨日はルーチェから伝えてもらった。だが、ティオがどこまで分かったのか、俺は確かめられていない。
「ティオは?」
上へ呼びかけたとき、音がした。
*
鋼の鳴る音。そのあとに、高く、短い声が続いた。
竜の声だと分かるまでに、一息かかった。いつも聞く、岩がこすれるような音とは違った。
ティオだった。
いつもの石より上流に、赤茶の体が見えた。川が岩のあいだで深くなっているところだ。前脚を水へ入れたまま、体を後ろへ引いている。
俺は走った。
飛び散る水の下に、黒い鋼が見えた。ティオの右の前脚を、足首のところで挟んでいる。鋼から鎖が伸び、川底の岩に回してあった。
川底にもあった。
石の色ばかり見ていた。波立つ水の底に、何が沈んでいるかまで確かめていなかった。
ティオが脚を引いた。鋼も一緒に動き、また短い声が上がった。流れの中に赤いものが広がった。
「引くな!」
声を出しながら走ったが、ティオはこちらを向かなかった。濡れた石で足が滑り、片手をついた。すぐ立ち上がった。それでも、まだ遠い。
岩の陰から、人が出た。
二人。反対側から、もう二人。
四人いた。
二人は弓を持っていた。残りの手には縄と、口の広い器がある。何を入れるつもりなのかと思った途端、北の森で見た鹿の腹が浮かんだ。
肉が残り、血だけが少なく見えた、あの鹿。
今、川へ流れているものを、あれに受けるつもりなのか。
四人はティオへ近づいていた。俺が走っていることに気づいているのかは分からない。弓を持つ一人が、周りの岩棚を見上げた。
竜たちも首を上げていた。見える範囲では、川へ下りてくるものはいない。
ティオがもう一度、鳴いた。
*
金色が空から下りてきた。
翼をたたみ、ティオと四人のあいだへ落ちるように降りた。石がはね、水が上がった。その向こうで翼が開いた。
大きかった。
昨日までのルーチェより、ずっと大きい。広げた翼の端が川の両岸へかかり、四人の上を影が覆った。
ルーチェが鳴いた。谷で聞いたどの声よりも低く、長かった。水面が震え、四人の足が止まった。
開いた口から、火が出た。四人へ向けてではない。あいだの川へ、短く。水が白く沸き、湯気が岸まで流れた。街道の野営で鼻先から上がった、細い煙とは別のものだった。
王都の人混みで、この子が怖がって逃げたときのことを思い出した。今は隠そうとも、小さく戻ろうともしていない。
四人が下がった。一人は足元の石につまずきかけた。それでも逃げず、弓を持った二人が構え直した。
矢が飛んだ。
一本がルーチェの胸に当たった。硬い音がして、下へ落ちた。
鱗が止めた。
港町の桟橋で、竜の鱗は矢を通さないと聞いた。今、目の前で一本が止まった。次の一本も、翼の付け根の鱗に当たり、川へ落ちた。
ルーチェは爪を出さなかった。かみつきもしない。火も、二度は吐かなかった。翼を広げて首を上げ、ティオの前に立っていた。
——レイ、来て。
頭の中へ声が来た。短く、はっきりしていた。
俺は足を止めた。
ここからでは、走ってもすぐには着かない。川の石をよけて走れば、もっとかかる。四人のうち一人が、次の矢を取り出していた。
鱗で止まったからといって、目まで同じではない。広げた翼には、薄い膜もある。そこへ当たったら。
ルーチェへ続く糸をたどった。
いつもより、はっきり感じた。向こうの端が、矢の飛んでいるあの場所にある。
町の杭へ飛んだあとは、立てなかった。だが、走っているあいだにも、次の矢は来る。
俺は糸を掴んだ。
*
足元が水になった。
冷たさが膝まで来た。すぐそばに金色の脚があり、見上げると翼が広がっていた。
どちら側へ出るかを選んだ覚えはない。俺が立ったのは、ルーチェの脇だった。翼の向こうに四人が見え、後ろにはティオがいた。
走っても届かなかった道が消えた。
膝は折れなかった。北の森で、雪の印まで小屋の裏から飛んだだけでも膝をついた。三日の道を越えたときには、そのまま倒れた。
今は立っている。
理由を考えるより先に、声がした。
「……ガキが一人」
弓を持つ男が、俺を見ていた。その隣の男も、矢をつがえる手を一瞬止めた。
北の森の小屋で、俺とルーチェを見た男の目を思い出した。だが、ここで顔を見比べている余裕はなかった。
俺はティオへ向き直った。
赤い水の中に、閉じた鋼の歯がある。足首の鱗は小さく、歯はその隙間に入っていた。付け根には留め金と、ちょうつがいが見えた。昨日の三つと似ている。
昨日は開いているものの張りを逃がした。今は脚を挟んでいる。どこへ力がかかっているのか、水の上からでは分からない。
ティオが身じろぎした。水の色が、また濃くなった。
俺は膝を曲げ、手を伸ばした。そこで足が震えた。川底を踏み直すと止まったが、息がまだ短い。
壁を作れば、矢は止められるかもしれない。だが、井戸のときも小屋のときも、壁を保ちながら動くことはできなかった。今、ここで手を上げたままになれば、ティオの脚を外せない。
腰には短剣が二本ある。
男へ向かうために抜く手も、今は出なかった。
俺は両手を、水の中へ入れた。
冷たさの中で、指が鋼に触れた。頭の上で翼が動き、日が陰った。
——レイ。
「外す。動くなよ」
ティオにも、この子にも言った。




