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捨てられた転生者、金色の竜と旅に出る〜時空間チートで巡る、帰る場所のある旅路〜  作者: mizu
第四章 北の森

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一度目の下山と、まだ届かない荷

谷へ来て、ひと月が経った。


 朝、ルームの食卓で紙を広げ、昨日の線の横へ一本足した。エンデの宿では月に一度くらい下りると言った。手紙を出す日を忘れないよう、夜ごとに印をつけていた。


 雨の多い、ヒンメルの月に入っていた。谷でも、午後になると山の向こうから雲がかかる日が増えていた。


 俺は手紙を一通、鞄へ入れた。その脇には空の袋を二つ。塩と粉を買い足すためのものだった。


 外へ出ると、ルーチェは竜の姿で岩棚の縁に腹をつけていた。隣にはティオがいる。俺が荷物を持ち上げると、金色の首がこちらへ向いた。


 ——三日で、町に着く?


「道が前と同じならな。三日で下りて、一日買い物をして、三日で戻る。七日くらいだ」


 ——七日か。……長い。


 ルーチェが繰り返した。俺も鞄の紐を握ったまま、この子を見た。


 旅に出てから、自分たちで決めて七日も離れたことはなかった。迷い穴では、この子をルームに閉じ込めたまま戻れなくなった。今度は、谷へ残していく。


「……ルームに入るか?」


 ——入らない。


 返事はすぐに来た。


 ——ここで、待つ。ティオといる。


「夜も、外になるぞ。俺がいないと、ルームは開かない」


 ——うん。あの岩のかげで、竜のまま寝る。


 ルーチェが川原の奥を見た。風を避けられる岩陰があり、ティオもよくそこで腹をつけていた。ほかの棚にも、丸くなった竜がいる。ここは竜の巣だった。


 ——待つのは、嫌いだけど。


 顔が俺へ戻った。


 ——ここなら、待てる。


「分かった。戻ったら、ここで会おう」


 ルーチェが頷いた。俺は首の付け根へ一度触れ、鞄を背負った。


*


 岩棚を下り、川原の石を踏んで道へ向かった。


 振り返ると、金色と赤茶が並んでいた。ルーチェの方が少し大きい。ティオは鼻を鳴らしたあと、また腹をつけた。


 ——レイ、行ってらっしゃい。


 足が止まった。


 谷へ着くまでは、次の場所へ行くときも二人で荷をまとめていた。今は、この子を向こうに見ながら、俺だけが出ていく。


「……行ってきます」


 手を上げると、ルーチェも首を上げた。俺はもう一度頷き、山道へ足を向けた。


*


 繋がりは、離れても感じられた。


 尾根を越えるころには、そばにいるときより細くなっていた。それでも、向こうにこの子がいる感じは残っている。言葉までは分からなかった。


 俺は足元へ目を戻した。沢の水が増え、雨で土が崩れたところもあった。道を確かめながら下り、夜は人目のない場所から一人でルームへ入った。


 寝床を見ると、何もいなかった。


 当たり前だと思いながら、毛布を敷く場所を少し迷った。いつもルーチェの隣にしていたところへ、結局そのまま敷いた。


 三日目の夕方、町の屋根が見えた。


 荷馬車が一台止まっていた。宿の前には男の人が二人いて、荷の上へ布を掛け直している。俺を見ると、そのうちの一人が道を空けた。


 人に目を向けられるのも、ひと月ぶりだった。隣を確かめかけて、今日は布の結び目を見る必要がないことを思い出した。


 俺は宿の戸を開けた。


*


「来たか」


 主人が帳場から顔を上げた。


「はい。泊まりたいんですが」


「空いとる。荷は、まだないぞ」


 聞く前に言われた。俺は頷いた。


 春に包みを託してから、ようやくひと月あまりだ。アシェンへ届くまでに、月が二度満ちるくらいはかかると思っていた。着いていても、トーマが作って、こちらへ送り返す時間が要る。


 分かっていたが、帳場の下へ一度目が行った。


「手紙をお願いします」


 ヒンメルの月のぶんを、鞄から出した。谷へ無事に着いたこと、竜に会ったこと、ティオと名づけたことを書いた。送り先は前の手紙で知らせてある。今回も、この宿で受け取るつもりだと添えておいた。


 主人は運び賃を数え、手紙を箱へ入れた。


「荷の方も、引き続きお願いします」


「名前は書いてある。来たら取っとく」


「預かり賃は、受け取るときでいいんですよね?」


「ああ。届いた月から、ひと月ぶんずつだ。まだ来とらんから、今は要らん」


 俺は礼を言い、泊まるぶんの銅貨を払った。


*


 翌朝、塩と粉を買った。


 谷では塩が減る。豆にも使うし、ティオが持ってくる肉を焼くときにも使っていた。なくても食べられるが、少し振るだけで味が違う。


「山の上へ持っていくのかい?」


 女主人が塩の袋を台へ載せた。


「はい。ひと月くらい暮らせるぶんを」


「一人ぶんかい?」


「二人です。妹が上にいます」


 女主人は頷いて、塩を量った。


 妹、と言った。外の人へ話すときの言い方だった。ルーチェと、妹じゃなくても家族だと話したことを思い出した。


 粉と豆も買い、干した果物を少し足した。これはティオに取られないよう、出すたびに袋を閉めようと思った。


 宿へ戻り、裏の炊事場で豆を煮た。


 椀は一つでいい。さじも一本だけ置いて、鍋の前へ座った。


 塩を足し、ひと口食べた。向こうから、どうだったと聞く声はしなかった。


 ルーチェの食べ物は、出発前に谷へ出しておいた。今ごろティオと何をしているだろう。繋がりを確かめても、姿が見えるわけではなかった。


 俺はもう一口すくった。鍋には、まだ少し多く残っていた。


*


 次の朝、荷を背負って帳場へ挨拶に行った。


 主人は俺を見てから、山の方へ目をやった。


「この前話した四人は、うちには戻っとらん」


「まだ山にいるんでしょうか?」


「さあな。南へは、この町を通らんでもいけるからな」


「秋にも、山へ入る人は来ますか?」


「来る年はある。雪の前に、もう一度拾いに行く奴がな。あの四人がどうするかは知らん」


 主人は帳面を閉じた。


「上に長くいるなら、帰りの道を忘れるな。雪が降り出してからでは遅いぞ」


「はい。ありがとうございます」


 外へ出て、山を見上げた。


 四人が北の森の男たちと同じなのか、まだ分からない。けれど、谷からいなくなったとも言えなかった。戻ったらルーチェにも伝えようと思った。


*


 谷へ戻るのに、三日かかった。


 最後の尾根を越えると、繋がりが近く感じられた。川を見下ろすところまで来ると、金色の首がこちらへ向いた。


 足を速めた。石の多い下りで一度滑りかけ、歩幅を戻した。向こうにはもう見えているのに、着くまでにはまだ歩かなければならなかった。


 岩棚の手前で、ティオが顔を上げた。その隣に、ルーチェがいた。


 ティオより、大きかった。


 ——おかえり。


「ただいま。ルーチェ……お前、デカくなったな」


 荷馬車ほどのところを越えた体が、川原の広い場所に腹をつけていた。ルーチェは前脚を見てから、隣のティオへ顔を向けた。


 ——あ。小さくするの、忘れてた。


「その大きさで過ごしてたのか?」


 ——うん。寝るときも。ここなら、ぶつからないから。


 七日で急に大きくなったのではなかった。尾根で飛んだときにも、この子は大きな姿になれた。今は飛ぶためでなく、休むときも小さく保っていなかった。


 俺は鞄を下ろし、首の付け根へ手を置いた。鱗の下は、いつもと同じように温かかった。


「待たせたな」


 ——うん。長かった。


「荷は、まだだった」


 ——そっか。何か買ってきた?


「ああ。いろいろ買ってきた。果物も」


 ルーチェの目が鞄へ動いた。ティオも鼻を近づけてきたので、俺は袋を抱え直した。


「先に飯にしよう。町で聞いた話もある」


 ——うん。


 ルーチェは少しずつ体を縮め、人の姿へ戻った。服を渡すと、袖を通して俺の隣へ座った。


 火をおこし、鍋に水を入れた。荷物から椀を二つ出す。七日ぶりに、二つ並んだ。


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