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捨てられた転生者、金色の竜と旅に出る〜時空間チートで巡る、帰る場所のある旅路〜  作者: mizu
第四章 北の森

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焼いた肉と、食えなかった肉

ティオが、山羊を持ってきた。


 朝、川原の石を鳴らして歩いてきて、岩棚の下へ置いた。首のところに歯の跡があり、毛に血がついている。


 ティオがルーチェを見上げ、短く鳴いた。


 ——くれるって。


 ルーチェは竜の姿で岩棚の縁に立ち、山羊を見下ろしていた。


「お前にか?」


 ——うん。わたしに。


「俺のぶんは?」


 ルーチェがティオへ声を返した。答えを聞くと、こちらへ首を向けた。


 ——レイは、袋から出せばいいみたい。


 まだ餌の袋だと思われているらしい。俺は鞄を置き、川原へ下りた。


 近くで見ると、血は乾ききっていなかった。肉の一部がかじり取られている。いつどこで仕留めたのかは分からないが、ティオも食べたあとだろう。


「さばいて、少し焼いてみるか?」


 ——うん。レイも食べよう。


「ありがとう」


 鞄から小刀を出した。王都を出る前に買い、港町では魚をさばいたものだ。刃を確かめ、山羊を作業しやすいところへ引き寄せた。まるごと一頭をさばくのは、初めてだった。


 ベックさんの店で、骨と肉の境目は何度も教わった。腹を開いて内臓を出すと、ティオがすぐにくわえていった。後ろ脚の皮をはぎ、筋に刃を当てる。骨に沿って動かすと、肉が少しずつ離れた。


 ルーチェは岩棚の上から見ていた。ティオもそばを離れず、俺の手が動くたびに鼻先を寄せてきた。


「待て。近いと切れない」


 顔を上げると、ルーチェが低く鳴いた。ティオの鼻が少し離れた。その隙に、もう一切れ外した。


*


 火の上に平たい石を渡し、肉を載せた。


 脂が音を立て、煙が上がった。谷に来てから、肉を焼く匂いを出すのは初めてだった。


 ティオが首を伸ばした。鼻を近づけ、すぐに離す。もう一度近づけようとしたので、俺は手を上げた。


「熱いぞ。まだ待ってくれ」


 ——レイ、大丈夫。わたしたち、熱いのは平気だよ。


 言われて思い出した。この子も、焼きたてを平気でかじる。熱さで止める理由は、ティオにはなかった。


 ルーチェが声をかけた。ティオが返すと、こちらへ顔を向ける。


 ——どうして焼くのか、聞いてるみたい。


「俺はこうしないと食べられないからだって、言えるか?」


 ルーチェは炎を見てから、またティオへ鳴いた。短いやり取りが続いたが、ティオの鼻先は、石と肉の間を行ったり来たりしていた。


 ——うまく言えない。


「火のことか?」


 ——うん。匂いが変わるとか、色が変わるとかは、伝わると思う。でも、火ってどう言えばいいんだろう。


 俺は肉を裏返した。この子にも分からない言い方を、俺が教えられるはずはなかった。


「じゃあ、焼けるところを見ててもらおう」


 ティオは石の上を見つめていた。炎が大きくなると少し離れ、脂の落ちる音がすると、また首を伸ばした。


 焼けた一切れを別の石へ取った。中まで火が通ったのを確かめ、小さく切ってティオの前へ置いた。


 ティオは匂いをかぎ、鼻で押した。それからルーチェを見た。


 ルーチェが短く鳴くと、肉を口に入れた。


 歯が動いて、止まった。


 ——……食べた。


「食べたな」


 ——変な顔をしてる。


 俺には、何を思っている顔なのかまでは分からなかった。ただ、干した果物のときのようには吐き出さなかった。


 飲み込むと、残りの肉を見た。それから、俺の手へ目を向けた。


「もう一つか?」


 返事はなかった。俺はもう一切れ冷まし、前へ置いた。


 今度は、すぐに口へ入れた。


*


 ティオは焼いた肉を三切れ食べ、そのあとは山羊のところへ戻った。


 骨の周りには、まだ肉が残っている。前脚で押さえ、歯を立てて引く。骨が石に当たる音がした。


 ルーチェが、岩棚からじっと見ていた。


 ——レイ、わたしもあれを食べてみたい。


「生の方か?」


 ——うん。


 竜の姿のまま、川原へ下りていった。ティオへ何か声をかけ、骨のそばへ鼻を寄せる。


「無理はするなよ」


 ——まだ、食べてないよ。


「そうだったな」


 ルーチェはしばらく匂いをかいでいた。俺は手を止めて見ていた。ティオは生のまま食べる。この子にも同じように食べられるのか、俺は知らなかった。


 やがて、ルーチェが口を開いた。肉に歯を当て、少し引いた。


 次の瞬間、首を横へ振った。


 口の中のものを石の上へ出し、二度、三度と舌を動かす。それから川へ行き、水へ口をつけた。


「ルーチェ、大丈夫か?」


 少し待って、返事が来た。


 ——……血の味が、口に残る。


 また水を飲んだ。俺がそばへ下りていくと、顔を上げた。濡れた鼻先から、石へ水が落ちた。


 ティオが短く鳴いた。いつもルーチェへ向ける声に似ていたが、俺には意味を聞き取れなかった。


 ルーチェはそちらへ顔を向けず、もう一度だけ口を水へ近づけた。


*


 夕方、ルーチェは人の姿へ戻った。


 服を着て火の脇へ座り、両膝に手を置いた。俺は根菜を煮た鍋へ、焼いた肉を刻んで加えた。塩を少し足し、二つの椀によそう。


 受け取ったルーチェは、しばらく湯気を見ていた。


「レイ、わたしは食べられなかった」


「口に残るって言ってたな」


「うん。ティオは平気なのに。あの棚の子も、生で食べてた」


 川向こうの岩棚へ目をやった。昼間、一頭が獲物を運び込むのは俺も見た。


「魚は、生で食べられたのに」


「あれは血を抜いて、切って、塩をしてあった。今日のは、血のついたままだ」


 ルーチェは椀を見た。


「わたし、竜として変なのかな」


 すぐには返事が出なかった。違わないと言っても、この子は自分で口にして、食べられなかったのだ。


「ティオとは違ったな」


 ルーチェが顔を上げた。


「でも、お前はずっと、うちで作ったものを食べてきただろう。俺と一緒に」


「うん」


「俺も、こっちの飯をずっと食べてるのに、前の世の味が欲しくなることがある。今ここで食えるものじゃないのにな」


 ルーチェは椀の中を見た。


「また、違う味がほしいの?」


「時々な。前にも話した、魚につけたい味とか」


「レイも、変だね」


「そうかもしれない」


 俺が笑うと、この子の口元も少し緩んだ。


「生のほうを食べたら、ティオと同じになるかと思った」


「焼いた方も、ティオは三つ食べたぞ」


「……そうだった」


 ルーチェが火の向こうを見た。ティオは骨を前脚で押さえ、残った肉をかじっていた。


 俺は自分の椀へさじを入れた。根菜と肉を一緒にすくう。ルーチェも、少し遅れて同じようにすくった。


「……おいしい」


「だろ?」


「アリア姉なら、でしょうって言うよ」


 思い浮かんだ声まで同じで、俺は笑った。


「じゃあ、どう言えばいい?」


「おかわりあるよって」


「まだ鍋にある」


 ルーチェは頷き、もう一口食べた。


 ティオがこちらへ顔を向けた。鍋を見たが、今度は近づかずに骨へ戻った。今日は、生の方がいいらしい。


 俺は二人の間へ鍋を寄せた。ルーチェのさじが椀の底をなぞり、少しして、おかわりを頼む声がした。


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