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捨てられた転生者、金色の竜と旅に出る〜時空間チートで巡る、帰る場所のある旅路〜  作者: mizu
第四章 北の森

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谷の入口と、こっちを見ない竜

谷は、山と山の間に深く落ち込んでいた。


 山道に入って三日目の昼、尾根の道が下りに変わった。岩の角を曲がると、足元の先が大きく開けた。底に川が光り、その両側には岩の斜面が続いている。ところどころ、平らな棚のように張り出した場所があった。


 その上の岩が、動いた。


 俺は足を止めた。丸まっていたものが首を伸ばし、背中から翼を広げる。日に当たった表面が鈍く光った。


 一頭ではなかった。隣でも、その上でも、岩だと思ったものが少しずつ動いた。十までは数えたが、奥を見ると、まだいた。


「レイ、いっぱいいる」


「……ああ」


 ルーチェは静かな声で言った。昨日、空から見て変な感じがしたと話していた声に似ていた。


 隣に立つこの子は、人の姿で手を繋いだまま、岩棚の竜たちを見ていた。俺も同じ方を見た。この子と同じ竜が、あそこに何頭もいる。


 川沿いに家や人影は見つからなかった。ただ、岩の陰までは見えない。俺たちは道の先を確かめ、ゆっくり下り始めた。


*


 近くで見る竜は、大きかった。


 道の脇の岩棚には、家ほどもある一頭が横になっていた。首を岩へ載せ、翼を背中に重ねている。


 鑑定をかけようとして、やめた。名前を知るより、今はこの道を通っていいのか知りたかった。足を緩めて様子を見たが、竜は動かなかった。


 その前を通ったとき、目が開いた。


 黄色い目だった。俺の方へ動いてきたので、肩に力が入った。


 けれど、視線は俺の上を通り過ぎた。後ろのルーチェで少し止まり、また目が閉じた。


 俺は息を吐き、先へ進んだ。何歩か行って振り返っても、首は岩に載ったままだった。


 王都でも港町でも、子供二人で歩いていると目を向けられた。どこから来たのか聞かれた。ここでは、俺に気づいているのかさえ分からない。


 見られないなら、その方がいいはずだった。それなのに、通り過ぎた目が気になった。


「レイ、聞こえる」


 ルーチェが手を引いた。


「何が?」


「あの子たちの声」


 耳を澄ますと、川と風の音に、低い響きが混じっていた。岩がこすれるような音だった。腹へ響いてから、耳に届く気がした。


「これか?」


「うん。何か、分かる」


「何て言ってるんだ?」


 ルーチェは口を開き、少し考えてから閉じた。


「……うまく言えない。分かるところはあるのに、言葉にできない」


 空いている手が、自分の胸元へ触れた。


 生まれたときから、この子の感情は俺の頭へ流れ込んできた。初めは、うれしいとか、おなかがすいたとか、そういう感じだった。今は同じように、俺には聞き取れないものを受け取っているのだろうか。


「急がなくていい。聞いていたら、分かることもあるかもしれない」


「うん」


 ルーチェはまた岩棚へ顔を向けた。歩く間にも、低い音が何度か谷を渡った。


*


 底へ着いたころには、日が傾き始めていた。


 川は思ったより広く、浅かった。白い丸い石の間を水が流れている。手を入れると、指の先がすぐに痛くなった。


 竜のいる棚から離れたところで、川原より少し高い岩場へ上がった。奥には風を避けられそうな岩がある。周りを歩いてみたが、人や荷物は見当たらなかった。


「ここで休もう」


 鞄を下ろすと、ルーチェも隣へ座った。頭の布をほどき、たたんで懐へ入れる。髪を両手で持ち上げて風を通し、ようやく肩を下ろした。


 俺は火をおこす場所へ石を寄せた。乾いた細枝を置いたところで、ルーチェが川の上流を見た。


 一頭、近づいてきていた。


 馬ほどの大きさで、歩くたびに川原の石が鳴った。ほかの竜のような灰色ではない。さびた鉄に似た、赤茶の体をしていた。


 俺は立ち上がった。ルーチェの前へ出ようとすると、この子も立ち、俺の横へ並んだ。


「ルーチェ」


「ちょっと、待って」


 赤茶の竜は、俺たちの前で止まった。首を伸ばし、ルーチェの顔の近くで鼻を鳴らす。息に押され、金色の髪が後ろへ流れた。


 匂いをかいでいるみたいだ。俺の方へは鼻を向けない。伸ばしかけた手をどうしたものかと思いながら、すぐ隣で待った。


 竜が短く鳴いた。


 ルーチェがきょとんとして、俺を振り向いた。


「……変な竜だって」


「お前のことか?」


「うん。今、そう言った」


 赤茶の竜は、ルーチェの肩の辺りをかいでいた。人の姿をしているせいだろうか。けれど、竜だとは分かるらしい。


 ルーチェは自分の手を見てから、上着へ触れた。


「レイ、服を持ってて。わたしも竜になる」


 俺は頷き、脱いだ服を受け取った。布と一緒に岩へ置き、二頭から離れた。


*


 金色の体が川原に広がった。


 昨日の荷馬車ほどの姿までは大きくならず、馬ほどのところで止まった。ルーチェは赤茶の竜と顔を向き合わせ、首の高さをそろえた。


 ——このくらいなら、同じでしょ?


「ああ。同じくらいだ」


 ルーチェが喉から低い音を出した。短く、終わりだけ少し高くなる音だった。


 赤茶の竜が返した。またルーチェが鳴く。俺はたたみかけていた服を手に持ったまま、二頭を見ていた。この子がほかの竜と声を交わすのを見るのは、初めてだった。


 やがて、こちらへ首が向いた。


 ——レイ、まだ変な竜って言ってる。


「そうか」


 ——ちゃんと竜になったのに。どうして?


「俺にも分からないよ」


 赤茶の竜は、ルーチェの周りを一周した。翼の付け根に鼻を近づけ、それから石の上へ腹をつけた。追い払う様子はない。ルーチェも隣へ座り、相手の顔をのぞき込んだ。


 俺は服を置き、細枝のところへ戻った。


 乾かしたこけをほぐし、火打石を打つ。火がつくと、赤茶の竜が首を上げた。小さな炎を見て、俺の手を見た。


 一度だけ、目が合った。


 すぐに炎へ戻った。薪を足すと、首がその動きを追ってくる。俺より、手元の方が気になるらしかった。


 ——レイ、この子、人が火をつけるの、見たことないみたい。


「初めて見るのかな」


 ——わたしは、知ってる。


「いつも一緒に見てるからな」


 ルーチェも炎へ顔を向けた。


 ——……それが、変なのかな。


 赤茶の竜から返事はなかった。俺が鍋を置くまで、じっと火を見ていた。


*


 日が山の向こうへ落ちた。


 空にはまだ明るさが残っているのに、谷の底はもう暗かった。棚の上の竜たちは動かず、また岩のように見えていた。


 そのとき、奥で大きな影が動いた。


 川が岩の間へ隠れる辺りだった。山の一部かと思ったものが、ゆっくり首を上げた。暗くて全体の形は見えない。それでも、ほかの竜よりずっと大きいことは分かった。


 低い響きが届いた。


 棚の上で、いくつもの首が同じ方を向いた。赤茶の竜も腹をつけたまま、上流へ顔を向ける。


 ルーチェだけが、火を見ていた。


 ——レイ、あれ、呼んでる。


「誰を?」


 ——分からない。でも、呼んでる。


 俺は奥の影を見た。首を上げたまま、もう動いていなかった。


 火へ薪を足すと、ルーチェがそばへ寄ってきた。その頭へ手を置いた。金色の目は、まだ上流へ向かなかった。


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