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捨てられた転生者、金色の竜と旅に出る〜時空間チートで巡る、帰る場所のある旅路〜  作者: mizu
第四章 北の森

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昼の空の金色と、誰もいない山道

山道に入って半日が過ぎ、振り返っても町は見えなくなっていた。


 道は岩の間を縫い、折り返しながら登っていた。道幅は狭く、車輪の跡はない。雪解け水が脇の溝を流れ、俺たちとは反対の方へ下っていく。


 振り返ると、森の縁が見えた。その先は霞んでいる。町との間には、さっき越えた尾根があった。


「レイ、辺りには、もう人はいない?」


 ルーチェが頭の布へ触れた。俺は道の上と下を見た。


「見えるところには、いないな」


 町を出てから、すれ違った人はいなかった。それでも、曲がり角の向こうまでは見えない。先に登った四人が、どこにいるかも分からなかった。


「あの岩の陰で、休もうか?」


 道から少し外れたところに、風の弱そうなくぼみがあった。二人で足元を見ながら入った。壁を張るときの感じを、薄く周りへ広げてみる。くぼみの奥まで、動くものはなかった。


 鞄を下ろすと、ルーチェが布をほどいた。金色の髪が肩へ落ち、額に張りついていたところを指で離した。


「髪が蒸れてた」


「歩くと暑いな」


 俺も襟元を緩めた。岩の切れ目から道が見える。水を飲み、息が落ち着くまで座った。


 ルーチェは布を膝へ広げ、湿ったところを風に当てていた。道へ戻るときには、乾いた方を額に当てて巻き直した。


*


 その夜は、道から外れた岩棚で火をおこした。


 周囲に人の気配はなく、低い岩が道との間を遮っていた。乾かしたこけをほぐし、火打石を打つ。火が細枝へ移る間に、次にくべる薪を手元へ寄せた。


 旅に出たばかりのころは、ついた火を消さないことばかり考えていた。今は鍋を置く石を選び、風が変わると煙を避けて座り直せる。


 ルーチェは水を張った器で根菜を洗っていた。土の残ったところを指でこすり、一つずつ確かめている。婆さんの棚で葉を選り分けていたときと同じ手だった。


「レイ、明日は飛びたい」


 俺は薪を置いた。


「竜になってか?」


「うん。明るいうちに」


 目の前では髪を出していても、道へ戻ればまた隠していた。この子が空を見上げるたび、俺は近くに人がいないか見ていた。


「飛べそうなところを探そう。ただ、上がれば遠くからも見える」


「町のほうからも?」


「ここは山の陰だけど、高く上がったら分からない。先に行った人たちもいるかもしれないし」


 ルーチェは器の根菜へ目を落とした。それから、岩の上に見える空を見た。


「じゃあ、高くなくてもいい。翼を広げられるところがいい」


「……ああ。明日、一緒に見よう」


 頷くと、ルーチェは洗った根菜を鍋へ移した。


 食事を終え、火を消してからもう一度道を確かめた。人が来ていないのを見て、岩陰でルームを開いた。中へ入ると、ルーチェは竜へ戻り、寝床で丸くなった。


 俺はその隣へ毛布を敷いて、横になった。


*


 二日目の朝、道を進んでいくと、尾根へ出た。


 風が強かった。北の山は、もう一枚の壁には見えない。白い峰の間に黒い切れ目があり、その奥にも別の山が重なっている。


 道は尾根の内側へ折れ、広いくぼ地の縁を回っていた。周りを岩の稜線が囲み、南側の空は隠れている。底には雪がまだらに残っていたが、手前の平らな岩場は乾いていた。


 俺たちは道を外れ、見渡せるところまで歩いた。


 人影はなかった。焚き火の煙も、荷を置いた跡も見当たらない。壁の感じを薄く広げてみても、動くものはなかった。先に入った四人が、ここで足を止めた跡もない。道へ戻る斜面と、その先の曲がり角を確かめてから、ルーチェを見た。


「ここなら、翼を広げられそうだな」


 ルーチェが左右の岩を見て、頷いた。


「あの上までは、出ないほうがいい?」


 周りの尾根を指していた。


「うん。まずは、この中で。人や煙が見えたら戻ってくれ。俺も道の方を見てる」


「分かった」


 ルーチェは布を外して懐へしまい、服を脱いでたたんだ。受け取ると、布越しに体の温かさが残っていた。


 俺は岩の陰へ服を置き、少し離れた。


 金色の体が膨らんだ。


*


 いつも木の間で戻るときより、大きかった。


 馬ほどの大きさのところを越え、荷馬車くらいの体が岩場に立った。首を持ち上げ、左右へゆっくり翼を開く。俺はさらに一歩下がった。


 ルーチェがこちらを見た。


 ——レイ、大きすぎる?


「いや。ここなら、当たらないと思う」


 翼の先と岩の間を見た。まだ余裕があった。


 ——いつもは、もっと小さくしてるの。


「そうか。今日は、その大きさで飛ぶんだな?」


 ——うん。


 前脚が地面を押した。翼が一度、二度と動く。砂が飛び、俺は顔を背けて岩へ手をついた。


 見上げると、金色が浮いていた。


 くぼ地の中を大きく回り、岩壁の手前で曲がった。翼の裏へ日が当たり、向きを変えるたびに明るさが変わる。町へ続く南の尾根より低いところを、もう一周した。


 昼の光で、この子の翼をこんなに長く見ているのは久しぶりだった。


 旅立ったころにも、空へ上がったことはある。背に乗ったこともある。それでも、人の暮らすところへ近づくたび、降りる場所を探し、髪を隠す布を出してきた。


 今、ルーチェは俺を運んでいない。行き先を急いでもいない。同じ岩を回って、少し傾き、風へ翼を預けている。


 俺は道へ目を戻した。まだ人は来ていない。


 空へ視線を上げると、この子がこちらへ向きを変えた。頭の中へ、言葉になる前の弾む感じが来た。


「見えてるよ」


 聞こえたかは分からなかった。ルーチェは俺の上を回り、また岩壁の方へ戻った。


 もう降りろ、と言う代わりに、俺は岩へ腰を下ろした。時々道を確かめながら、その金色を目で追った。


*


 しばらくして、ルーチェがくぼ地の北側へ寄った。


 あちらだけ稜線が低く切れている。そこで一度大きく旋回し、それ以上は進まずに戻ってきた。


 岩場へ前脚をつき、翼をたたむ。近づいた鼻先から温かい息がかかった。


 ——レイ、谷が見えた。


「どっちだ?」


 ——あの切れてるところの、向こう。山と山のあいだにあった。


 俺もそちらを見た。立っている高さからは、手前の岩しか見えなかった。


「近いのか?」


 ——もう一つ、山の後ろ。川が見えた。


「ほかには?」


 ルーチェが口を閉じた。鼻先が俺から少し離れる。


 ——大きいのが、動いてた。


「大きいもの?」


 ——うん。岩だと思ったら、翼が開いた。一つじゃなかった。


 竜だろうか。


 俺は北側の岩の切れ目を見た。この子以外の竜を、まだ見たことがない。ルーチェも、俺と暮らすようになってからは会っていないはずだった。


「向こうも、お前に気づいたか?」


 ——分からない。ちょっと見えただけだから。


「人はいた?」


 ——見えなかった。でも、谷の下までは見てない。


 頷いて、鼻先へ手を当てた。


「怖かったか?」


 ——ううん。


 今度はすぐに返事が来た。


 ——でも、変な感じだった。


「変な感じ?」


 ルーチェは首を北へ向けた。しばらくそうしてから、俺の方へ戻した。


 ——もう一度、見たい。


「ああ」


 飛び立つ前とは、声が少し違っていた。はしゃいでいるのでも、怖がっているのでもなかった。俺はそれ以上聞かず、翼が落ち着くのを待った。


*


 ルーチェは体を縮め、人の姿へ戻った。


 服を渡すと、袖を通しながら北を見た。懐から頭の布を出したが、すぐには巻かず、手に持っていた。


「明日、着くかな?」


「道が聞いたとおりなら。今日は、もう少し先まで行こう」


「うん。今日は、早く寝たい」


「早く寝ても、朝が早く来るわけじゃないぞ」


「でも、起きたら明日でしょ?」


 それには、頷くしかなかった。


 ルーチェは布を巻こうとして、指を止めた。もう一度だけ空を見上げ、それから髪をまとめた。


「楽しかった」


「見てた。何度も回ってたな」


「また飛びたい」


「また、広いところを探そう」


 ルーチェが笑った。俺は鞄を背負い、二人で道へ戻った。


 谷に何がいるか、俺はまだ自分の目で見ていない。人がいないとも言えなかった。今は教わった道を辿り、近づいてから確かめようと思った。


 先へ立ったルーチェが、曲がり角で振り返った。


「レイ、こっちだね?」


 紙の道順を確かめ、頷いた。俺が隣へ追いつくと、この子は北の岩の間へ顔を向けた。


 その向こうに見えたものを、早く見せたそうにしていた。


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