↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
捨てられた転生者、金色の竜と旅に出る〜時空間チートで巡る、帰る場所のある旅路〜  作者: mizu
第四章 北の森

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
69/81

峠の開いた朝と、ちゃんと言えた言葉

峠が開いたのは、ヴェークの月の終わりだった。


 朝、集落の南から鈴の音がした。荷馬車だ。戸口へ出ると、向かいの家からも人が出てきた。洗い場にいた女の人が桶を下ろし、道の方へ手を振っている。


 半年近く待った便が、ようやく来た。


 俺はいったん小屋へ戻り、戸を閉めた。ルームに置いていた手紙と包みを運び出し、鞄へ移した。


 アリア姉へ書いたものが六通。月に一度ずつ、書いては出せずに取っておいた。それにリーナ宛の一通と、トーマへの包みが一つ。包みの紐を確かめてから、鞄の口を閉じた。


「レイ、今日渡すの?」


「戻りの便に載せてもらえるか、聞いてくる」


「わたしも行く」


 ルーチェが頭の布を巻き直すのを待ち、二人で広場へ向かった。


*


 南へ戻る日に引き受けてもらえることになった。


 行き先を確かめ、運び賃を聞いた。荷馬車はここから直接アシェンへ行くわけではない。途中でほかの便へ渡される。道の具合によっては、さらに待つこともあるという。


 出発の日、御者へ手紙を渡したあと、包みを持つ手が止まった。


 鱗が三枚と、爪が一本。港町では、こういうものを売り買いしていた。それを今から、俺の見えないところへ預ける。


 隣でルーチェが包みを見ていた。布の端を押さえてくれたときと、同じ顔だった。


 歩いているあいだも、ずっと届いている途中なのだと、この子は言った。


 俺は宛先をもう一度読んでから、包みを渡した。御者がほかの荷の間へ収める。荷台の布が掛かると、もう見えなくなった。


*


 俺たちも、その日に集落を出ることにした。


 ガレスさんたち五人は南へ下る。冬の間に調べたことを、ギルドへ報告しに行くのだという。広場の端で、イルサさんが荷紐を締め直していた。


「前に言ったとおり、妹の容姿のことは書かん」


 ガレスさんが俺に言った。


「だが、北へ行った連中が黙ってるとは限らん。町に入るときも気をつけろ」


「はい。……冬の間、ありがとうございました」


 頭を下げると、ガレスさんの目が俺の腰へ動いた。


「そいつは、持っていけ」


 短剣の柄へ手を添えた。体が治ってから使えと預けられ、そのままずっと借りていたものだ。


「返さなくて、いいんですか?」


「ああ。お前にやる。手入れはできるな?」


「はい」


「怠るなよ」


 鞘を留める紐に触れた。今までもここにあったのに、返さなくていいと言われると、持ち方まで確かめたくなった。


「教えてもらったことを、これからも練習していきます」


「足の運びからな。武器を持ってるからといって、無理に近づくなよ」


 俺は頷いた。鞘に入ったままの刃を、人の胸へ向けられなかった朝を思い出した。教わったことは増えたが、今も苦手なものは残っていた。


 イルサさんが俺の肩を一度叩いた。それから、ルーチェの頭の布の端を指した。


「そこ、浮いてるよ」


 ルーチェが押さえると、イルサさんが脇を少し折り込んだ。


「うん。それでいい」


「ありがとう。気をつけてね」


「あんたたちもね」


 南へ向かう五人を、荷馬車の鈴が鳴り出すまで見送った。


*


 ハンナ婆さんは、家の戸口に立っていた。


 声をかけて近づくと、顔を寄せて俺を見た。つられて背を伸ばすと、胸へ布袋を押しつけられた。


「坊主。持っていきな」


 口を少し開くと、覚えのある匂いがした。


「ハイマツヨモギですか?」


「あんたが摘んだやつだ。乾かして、粉にしといた」


 止血に使う粉だった。俺は袋の口を締め直した。


「ありがとうございます」


「使わずに済むのが、いちばんいい」


 婆さんはルーチェの方へ顔を向けた。


「あんたも、よく働いた」


 ルーチェは頷いた。それから俺を見ずに、一歩、婆さんへ近づいた。


「おばあさん、ありがとう。棚の仕事、楽しかった」


「楽しいだけじゃ、薬は作れんよ」


「うん。間違えたら、困るって教わった。だから、分からない葉っぱは、おばあさんに聞いた」


「そうだね」


「それでも、一緒にできて、嬉しかった」


 婆さんの手が、ルーチェの肩に触れた。軽く叩き、すぐに離れた。


「また来たら、手伝っておくれ」


「うん」


 俺ももう一度礼を言った。婆さんは戸口から片手を上げ、俺たちが道へ出ると、家の中へ戻っていった。


*


 洗い場の女の人たちも、道まで出てきてくれた。


「気をつけな」


「また顔を見せなよ」


 ルーチェは一人ずつ顔を見て、頭を下げた。


「一緒にお水を運べて、楽しかった。休んでからも、呼んでくれてありがとう」


「戻ってきたら、また頼むよ」


 いつも桶を並べていた人が笑った。ルーチェも笑い、手を振った。俺に手を取られる前に、もう一度振った。


 ヨルクさんは集落の外れの丸太に腰掛けていた。借りていた小屋を片づけたことを伝えると、頷いてくれた。


「長い間、お世話になりました。窓も直してもらって……」


「あれは謝ることじゃない。破ったのはお前じゃなかろう」


 言いかけていた言葉を飲み込んだ。


「……ありがとうございました」


「おう」


 ヨルクさんは、俺の鞄から靴へ目を移した。


「雪が消えても、山は冷えるぞ」


「はい」


 街道は森の縁を北へ延びていた。ルーチェと並んで歩き出す。何度か振り返ると、そのたびに丸太の上の人が片手を上げた。


*


 集落が見えなくなってから、道の脇で休んだ。


 木陰へ鞄を下ろすと、ルーチェが頭の布へ触れた。


「レイ、ここでちょっと取ってもいい?」


 街道の前後を見た。人影はない。俺が頷くと、ルーチェは木の幹の陰で布をほどいた。束ねられていた髪が肩へ落ちる。


「気持ちいい」


 指で髪をすき、それから、たたんだ布を膝に置いた。


「……ちゃんと言えた」


「婆さんたちに?」


「うん。出る前に、言いたかったの」


 さっき、肩へ置かれていた婆さんの手を思い出した。


「また手伝ってくれって、言ってたな」


「うん」


 ルーチェは笑った。けれど、すぐには立たず、膝の布を指でなぞっていた。


「レイにも、ある」


「言いたいことか?」


「うん。前からあったけど、どう言えばいいか、分からなかった」


 俺は鞄へ伸ばしかけた手を戻した。


「聞くよ」


 ルーチェが俺の手を取った。


「わたしは、レイの妹じゃないでしょ?」


「ああ。外では、そう言ってもらってる」


「うん。でも、それだけだと、足りない」


 繋いだ指へ目を落としたまま、続けた。


「レイが卵を拾って、名前をつけてくれた。一緒にご飯を食べて、わたしがおかゆを作った日もあった」


「うまかったよ」


「ちょっと、硬かったけどね」


 二人で笑った。ルーチェの指が、少し強く握り直した。


「怖かった夜も、来てくれた。だから……わたしも、レイに何かしたいの。守ってもらうだけじゃ、いや」


 荷馬車へ渡した包みを思い出した。爪を手に載せられたとき、俺は痛くなかったかと何度も聞いた。この子が何を渡そうとしていたのかを、今、もう一度聞いていた。


「妹じゃなくても、家族だよ」


「うん。それが、言いたかった」


 ルーチェが顔を上げた。


「わたしたちは家族だから、わたしのことも頼ってね」


 俺は頷いた。すぐにうまい返事が出ず、手を握り返した。


「……頼む」


 ようやくそれだけ言うと、ルーチェはもう一度頷いた。


*


 休みを終えると、ルーチェは自分で布を巻き直した。道へ戻る前に、後ろの結び目だけ俺が確かめた。


 半日歩くうちに木がまばらになり、北の山が見えてきた。上の方には、まだ雪が残っている。あの山々の間に、谷があるという。


 四人は、その方へ向かった。今もそこにいるかは分からない。次に人のいるところへ着いたら、道のことと一緒に聞いてみるつもりだった。


 腰には、もらった短剣がある。鞄には婆さんの薬。戻ってきた写しは、濡らさないようボックスへしまってある。同じ中には、家族に食べてもらいたくて港町で買った魚も残っていた。


 リーナの一行は、まだ全部は読めない。いつか道が開くと言われたが、いつかは分からなかった。杭も爪も、まだトーマの手にさえ届いていない。


 ルーチェに置いた印は、今も感じられる。けれど、試したのは小屋の裏から戸口までの、ほんの短い距離だ。離れても必ず戻れると、この子に約束できるところまでは来ていなかった。


「レイ、谷まで何日で行けるの?」


「まだ分からない。道を聞きながら行こう」


「じゃあ、歩かないとね」


 差し出された手を取った。ルーチェの歩幅が少し広がったので、俺も足を速めた。


 南から来た道を、二人で北へ歩いていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。