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捨てられた転生者、金色の竜と旅に出る〜時空間チートで巡る、帰る場所のある旅路〜  作者: mizu
第四章 北の森

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幕間 ルーチェの心情 わたしの中に、ある

レイの手は、冷たいときと、温かいときがある。


 外から帰ったときは、冷たい。鍋を持ったあとは、温かい。紙の前に長く座っていると、外に出ていないのに、冷たくなることがある。


 今日も、そうだった。


「レイ、てがつめたい」


 レイはペンを置いて、自分の指を見た。それから、わたしの手を取った。


 言いたかったのは、それだけじゃない。


 さっきから紙ばかり見ている。わたしは隣にいる。少しは、こっちも見てほしい。そういうのが、いっぺんに口へ来て、どれを先に言えばいいか分からなくなる。


 言えることは、増えた。水をどこへ運ぶかも、葉をどっちへ分けるかも聞ける。おばさんたちと話して、一緒に笑える。


 なのに、こういうときは難しい。


 レイが、こっちを見た。


 わたしは手を握り返した。嬉しい。でも、それで言わずにすんだ言葉が、まだ中に残っている。


*


 わたしの中には、レイのものがある。


 いつからあるのかは、覚えていない。卵のころから、たぶん、ずっと。細くて、温かい糸。レイが遠くへ行っても、つながっている。


 迷い穴のときも、糸はあった。


 痛いのが来た。寒いのも来た。レイが逃げているのが分かった。それから、動かなくなった。


 わたしはルームの中で、何もできなかった。


 入口を叩いた。名前を呼んだ。レイからは来るのに、わたしの声は向こうへ行かなかった。


 あれから、一人で待つのがいやになった。レイが帰るまで開かないところで、また待つのはいやだった。


 帰ってきた夜、眠ったレイの唇に、わたしの血を一滴だけ落とした。何か、できることがほしかった。言えば困った顔をするから、レイには言わない。


*


 少し前、レイがわたしの頭に手を置いた。


 布の上からだった。


 糸が、少し太くなった気がした。レイは「印」と言った。どんな形かは分からない。でも、わたしの中にあるレイのものが、前より増えた。


 嬉しかった。


 嬉しかったのに、口から出たのは「なにも、かんじない」だった。


 痛くも、くすぐったくもなかった。何かが触っている感じもしなかった。だから、嘘ではない。


 でも、あるのは分かった。


 そのことも、言えばよかった。あとになって思った。


 次の朝、レイはわたしのところへ来た。外から歩いてくる音は、しなかった。気づいたら、そこにいた。


 あの夜と同じだった。


 でも、今度は怖い人はいなかった。わたしは笑えた。レイは、座って肩で息をしながら、こっちを見ていた。


*


 森の人が、わたしに何か言った。


 レイには分からない言葉だった。わたしにも分からなかった。


 それなのに、わたしの中に入ってきた。


 わたしの覚えていない、ずっと奥。卵の中にいたころより、もっと前のようなところ。そんなところが本当にあるかは分からない。ただ、そこを呼ばれた気がした。


 懐かしい、とレイには言った。


 それも本当。でも、足りなかった。


 名前を呼ばれたのとは、違う。わたしがルーチェになる前から、そこにあったものへ、声が来た感じだった。


 レイは手を取ってくれた。わたしも、握り返した。


 糸とは違うものが、わたしの中にある。


 怖くはなかった。もう一度あの言葉を聞いたら、今度は何か分かるだろうかと思った。


*


 爪を渡したとき、レイは、すぐには受け取ったと言わなかった。


 手に載せたまま、こっちを見ていた。


 わたしは、窓が割れた夜のことを考えていた。手が来て、腕を掴まれた。布が取れた。あの人の目が、わたしの髪を見た。


 港で箱の中を見ていた人を、思い出した。


 あのときは箱の中だった。今度は、わたしだった。


 竜になろうとしたのに、できなかった。腕を引いても離れなかった。レイを呼んだ。


 そしたら、いた。


 あの人の後ろに、レイがいた。


 レイが手を伸ばしたから、わたしも体を引いた。指が外れて、レイの手に触れた。そのあと、レイはわたしの前に立った。


 手を上げているあいだ、糸が細くなっていった。


 レイが、また動かなくなるかと思った。


*


 爪は、生え変わるから痛くない。


 それは本当だ。もうぐらぐらしていた。レイが支えてくれると、手の上に落ちた。


 でも、いらなくなったから渡しただけじゃない。


 レイは、知らない人と戦うのが、うまくない。教わっているけれど、まだ難しいと言う。そのレイが、わたしの前へ来た。


 わたしにも、渡せるものがほしかった。


 あの爪なら、何かを止めてくれるかもしれない。レイが手に持てるものに、なるかもしれない。


 痛くなかったか、とレイはまた聞いた。


 ——はえかわりだもん。


 そのときは、それしか言えなかった。


 あとで、レイは爪の絵を描いた。トーマに頼む紙だった。できなければ返してほしい、と書いたところを読んでくれた。


 なくしてもいいものには、していなかった。


 包むとき、わたしは布を押さえた。レイが紐を結んだ。あの包みの中に、わたしの爪がある。


*


 この集落でも、わたしはレイの妹と呼ばれている。


 頭に布を巻いて、水を運んだ。名前を呼ばれた。桶を並べて、一緒に洗った。


 妹というのは、レイが外の人に言うために選んだ言葉だ。竜だとは言えない。でも、家族だから、妹でいい。


 でも、わたしがした仕事は、本当だった。水をこぼさないように歩いた。おばさんの話が面白くて、桶を持ったまま笑った。


 休むと伝えた朝、また顔を見せてなと言ってもらった。


 あれは、嬉しかった。


 春になったら、また歩く。レイはそのための荷を、少しずつまとめている。わたしも、谷へ行きたい。


 でも、ここの人に会えなくなるのは、寂しい。


 行きたいのと、寂しいのは、両方ある。片方を言ったら、もう片方がなくなるわけじゃない。


 帰り道ができたら、また来られるだろうか。


 まだ分からない。だから、出る前にはちゃんと言いたい。水汲みも、棚の仕事も、楽しかったこと。一緒に働かせてくれて、嬉しかったこと。


*


 レイにも、言いたいことがある。


 わたしは、妹だ。でも、妹というだけじゃない。


 レイが拾った卵だった。レイが名前をつけた竜だ。レイの作ったものを食べる。レイに粥を作ったこともある。


 レイが、小屋まで飛んで来てくれた先にいた。


 家族、という言葉を知っている。


 アシェンの家には、わたしのほかにも、いろいろな子がいた。親の違う子が集まって、一緒に暮らしていた。同じ鍋から食べて、同じ屋根の下で眠る。レイはそこを、家と呼ぶ。


 わたしは卵から来た。レイと血は同じじゃない。それでも、レイはわたしの分を、いつも一緒に作る。


 それが、わたしには嬉しい。


 ただ嬉しいと言うだけじゃなくて、どうしてなのかも、わたしの言葉で伝えたい。


 頭の中にはあるのに、口にしようとすると、うまく並ばない。名前を呼んで、手を取るだけになる。


 でも、前より言葉は増えた。


 レイの言い方。洗い場のおばさんたちの声。おばあさんが、葉を見せろと言う声。みんな、ここにある。


 レイも、初めは印の置き方を知らなかった。


 何も起きなくて、違うやり方を考えて、それから、できた。


 わたしも、少しずつでも、やってみようと思う。


 春に、ここを出る前に。


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