三枚の鱗と、袋に入れた爪
ルーチェに置いた印は、まだ感じられた。
雪に置いた印は、三日経つと消えた。こちらは五日後にも飛べたし、そのあとも、そこに残っている感じがある。
何が違うのだろう。
その晩、ルームの食卓へ、ボックスの奥から出した布包みを置いた。港町でルーチェに見せた、金色の鱗が三枚入っている。
一枚を手に載せた。親指の爪ほどしかない。灯りへ傾けると、薄い縁が光った。
ルーチェの体を離れたあとにも、同じように魔力を残せるだろうか。
「これにも、印を置いてみていいか?」
隣の椅子から、ルーチェが覗き込んだ。
「わたしにつけたのと、おなじ?」
「うん。取っておいた鱗でも、残るか知りたい」
ルーチェは俺の手の上を見て、頷いた。
雪へ置いたときと同じように、そこへ魔力を留めた。指を離しても、自分の置いたものが感じられた。
俺は鱗を布へ戻した。試すときに分かるよう、印を置いた一枚だけは、ほかの二枚と分けて包んだ。
*
翌朝、小屋へ出るとき、その一枚を持っていった。
包みは寝床の脇へ置き、戸を閉めた。ルーチェと裏へ回り、人がいないのを確かめた。前に雪に印を置いて試したのと、同じくらいの距離だった。
ルーチェは俺の隣にいる。鱗の印は、小屋の中にある。
そちらを辿った。
次の瞬間、小屋の中にいた。
寝床の脇に、布包みが見えた。俺はその前へしゃがみ、息を整えた。戸が開くと、ルーチェが顔を出した。
「うろこのところに、いけた?」
「ああ」
俺は包みを持ち上げた。中には昨日と同じ鱗がある。これへ向かって、俺の体が動いたのだ。
試し終えた包みは、ルームへ戻した。三日後と五日後にも、小屋へ出してから同じように確かめた。
どちらも、印は残っていた。
雪と同じようには消えないらしい。生きているルーチェだけでなく、抜けた鱗にも残せる。そのことを、紙へ書き足した。
*
鱗は、三枚ある。
食卓に並べて見ていると、置いておきたい場所が浮かんだ。
孤児院の庭。井戸のそばで、アリア姉が野菜を干していた場所だ。
あそこへ一枚置けたら、ここからでも感じられるだろうか。辿れるだろうか。試した距離を思うと、あまりに遠かった。
それでも、置かなければ確かめることもできない。
鱗を一枚つまんだ。風にさらせば、どこかへ飛んでいきそうな薄さだった。庭の隅へそのまま置くわけにはいかない。土に埋めても、どこへ埋めたのか分からなくなる。
杭の中なら、どうだろう。
地面へ打ち込めて、雨が降っても流れないもの。その中へ鱗を入れれば、場所を決めて残せるかもしれない。
俺は紙の端に、細長い形を描いた。
俺に、木を削って金具を付けるような腕はない。庭へ打つ杭には、長く土に耐える木や金具が要った。
トーマの作った鞄を見た。何度も背負い直してきたが、底も留め具も、まだしっかりしていた。
あいつに、頼んでみようと思った。
*
「三枚とも、杭に入れてもらいたいんだ」
ルーチェに絵を見せた。尖らせた下側と、平らな頭。それから、鱗を入れるところを大きく描いた。
「一本はうちの庭に。あとの二本は、俺たちが持って歩く。残しておきたい場所ができたら、使えるように」
「うちに、かえれる?」
「そうしたい。ただ、遠くから飛べるかはまだ分からない」
ルーチェは鱗と絵を見比べた。
「トーマにつくってもらうの?」
「作れるか聞いてみる。中へ入れたら、鱗を簡単には出せなくなるかもしれない」
「うん。つかっていいよ」
俺が顔を上げると、ルーチェは庭へ置く方の絵を指した。
「これでかえれたら、いいね」
「ああ」
紙を引き寄せ、もう少し大きく描き直した。
*
杭の長さは、俺の膝ほど。鱗は真ん中に入れ、口を閉じる。どう閉じれば雨や土が入らないかは、俺には分からなかった。
そこは任せる、と書いた。
——杭を三本、作れるか聞きたい。同封する鱗を一枚ずつ中へ入れたい。長く土に打っておけるものにしてほしい。見た目は、普通の杭でいい。
絵のそばへ、鱗の大きさも書き添えた。作れるなら、一枚ずつ確かめてから入れてもらう。
——一本は庭の井戸のそばへ。打つ場所は、アリア姉に相談してくれ。残りの二本は、俺が受け取れるところへ送ってほしい。
宛先のところで、ペンが止まった。
春には、俺たちはここを出る。トーマが作り終えるころ、どこで荷を受け取れるだろう。
俺は次の行へ移った。
——送り先は、決まったら改めて知らせる。それまでは、そちらで預かっていてほしい。
港町からアシェンへ荷を送れば、月が二度満ちるころになると聞いた。ここからなら、もっとかかるかもしれない。それに、作ってもらう時間も要る。
紙を出したらすぐ帰り道ができるわけではなかった。俺は絵を見直し、雨を避けたいところへ線を足した。
*
ルーチェが紙から顔を上げた。
「レイ、ほかにもつかえる?」
「鱗を?」
首を振り、椅子から降りた。ルームの寝床の前で上着を脱ぎ、竜の姿へ戻った。
前脚を持ち上げ、いちばん外側の爪を見ている。
——これ、ぬけかけてる。
俺はそばへ行ってしゃがんだ。古い爪の根元が少し浮いていた。この子の体は、小さいころから何度も大きくなってきた。爪も、生え変わるものらしい。
——とってくれる?
「痛くないか?」
——もう、ぐらぐらしてる。
指を添えると、爪が動いた。引っ張らずに支えているうちに、ルーチェが前脚を曲げ、古い爪が俺の手へ落ちた。
指ほどの長さがある。先が曲がり、灯りを受けて金色に光った。
——レイにあげる。
俺は爪を載せたまま、この子を見た。
港町の男たちの声が浮かんだ。爪と牙は別口だ、と言っていた。あの箱のそばで、ルーチェの手が震えていたことも。
「これを、俺に?」
——うん。レイをまもるものに、つかって。
*
ルーチェは前脚を下ろした。
——あのよる、つかまれたとき、なにもできなかった。レイがきてくれたけど、レイも、たたかうのはにがてでしょう?
「……そうだな」
——だから、これももってて。
手の中の爪を見た。刃物にできるのだろうか。細い根元に柄をつければ、持てるかもしれない。
けれど、形になっただけで、俺が人に向けられるわけではなかった。
「道具になっても、すぐ使えるかは分からないぞ」
——でも、まだおそわれるかもしれないでしょ?
「ああ」
ルーチェが頷いた。俺はもう一度、前脚を見せてもらった。血は出ていない。触れなくても、普通に床へついていた。
「本当に、痛くなかったか?」
——はえかわりだもん。
俺は爪を布で包んだ。
「ありがとう。どう使えるか、聞いてみる」
ルーチェは包み終えるまで見ていた。
*
翌朝、小屋で鞄へ移した爪を、鍛冶場へ持っていった。
ルーチェも一緒だった。頭の布を巻き、俺の隣で待っている。
鍛冶の人は、欠けた斧を台へ置いた。俺が短い刃物にできるか聞くと、まず見せてくれと言った。
布を開くと、爪へ目が留まった。
手に取り、明るい方へ傾けている。しばらくして、俺の前へ戻された。
「うちでは無理だ」
「形を変えるのが、難しいですか?」
「鉄と同じつもりでは打てん。これをどう扱えばいいか、おれは知らん」
俺は爪を布へ載せた。
「試してもらうことも、できませんか?」
鍛冶の人は俺を見てから、戸口へ目をやった。
「何の爪かは聞かん。ただ、うちでこれを刃物にすれば、どこから出たか聞きに来る奴もいるだろう。ここへ、そういう客を呼びたくない」
俺は包みを閉じた。
「分かりました。見てもらって、ありがとうございます」
頭を下げると、鍛冶の人は台の斧を取り上げた。俺たちはそれ以上頼まず、外へ出た。
ルーチェは、俺が包みを鞄へ入れるところを見ていた。
「つくれない?」
「ここでは、難しいって。トーマにも聞いてみようと思う」
「うん」
短い返事だった。俺は鞄の口を閉じ、二人で婆さんの家へ向かった。
*
夜、ルームでトーマへの紙をもう一枚書いた。
湾曲した爪の絵と、根元へ柄をつけた絵。爪そのものの形を変えずに使えるかどうか、俺には分からなかった。
——これも一緒に送る。短い刃物にできるか、見てほしい。難しければ、そのまま返してくれ。無理に削ったり割ったりはしないでほしい。
書き終えると、鱗の残り二枚にも印を置いた。送ったあとでは、こちらから新しく置けるか分からない。三枚とも、一枚ずつ手を離して確かめた。
紙を重ね、鱗と爪はそれぞれ布で包んだ。さらに油紙を重ね、外側を布でくるむ。中で爪の先が紙に当たらないように、何度か置き直した。
封をする前に、ルーチェへ見せた。
「三枚と、一本。これで送る」
「うん」
港町で、売らないと答えた鱗だった。手元からは離れる。それでも、売るために包んでいるのではない。
ルーチェが布の端を押さえ、俺が紐を結んだ。
包みはルームの中へ置いた。春の便が来たら、小屋で鞄へ移して持っていく。それまでは、ここで預かる。
「レイ、これは、トーマのところにとどくの?」
「春の便に頼む。そこからも、月が二度満ちるくらいはかかると思う」
ルーチェは指を二本立て、包みを見た。
「じゃあ、わたしたちがあるいてるあいだも、ずっととどいてるとちゅうなんだね?」
「……そうだな」
俺は紐の結び目をもう一度確かめた。今夜はまだ、食卓の端に載るくらいの包みだった。




