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捨てられた転生者、金色の竜と旅に出る〜時空間チートで巡る、帰る場所のある旅路〜  作者: mizu
第四章 北の森

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戻ってきた写しと、いつか開く道

積もった雪が硬くなってきた。


 昼には軒から滴が落ち、夜になると凍った。朝、戸を開けると、短い氷が何本も下がっている。ヨルクさんはそれを見て、峠が開くまではまだひと月はかかると言った。


 森の入口へも、また歩けるようになっていた。道の具合を聞き、婆さんに行き先を伝えてから、ルーチェと出た。森に預けた二枚の紙を、春までには受け取りたかった。


 雪は木の根元を埋めていたが、道を塞ぐ二本の幹は見えた。俺たちは、秋にも待ったその手前で止まった。


 ルーチェは頭の布にフードを重ねている。繋いだ手が少し引かれ、そちらを見ると、枝の先の滴を目で追っていた。


 印を置いてからも、一緒に歩くときは手を繋いだ。小屋の裏から飛べることと、この森へ入って戻ってこられることは、同じではない。今日も、待つのはここまでだった。


「——来たな」


 声の方を見ると、幹の向こうに人が立っていた。


 雪と木の色に紛れる外套。長い耳が、フードの脇から少し出ている。秋に二枚を預かったエルフだった。


*


 エルフは幹の上へ油紙の包みを置いた。


「二枚とも、返す」


 俺は礼を言って受け取った。開くと、リーナの母親が遺した一行の写しと、大書庫で写した注釈が出てきた。


 余白には、俺が足した言葉がある。


 星。還る。待っている。


 出発したときと同じ字を見て、ようやく返ってきたのだと思った。


「読めましたか?」


「読めた」


「何と書いてあるか、教えてもらえますか?」


「お前には教えることはできない」


 紙を持つ指に力が入った。端が曲がりかけ、慌てて緩めた。


「俺には、ここに書き足した言葉しか分かりません。家族も、ずっと読もうとしているんです」


「この字を読める者が、確かめた。その上で返している」


「読めても、俺には伝えられないということですか?」


「そうだ」


 俺は二枚を見下ろした。冬になるかもしれないと言われて待った。読めなかった、と返されることは考えたが、読めたのに聞けないとは思っていなかった。


 エルフは、一行の写しを指した。


「これを書いた者は、我らが同胞だ。森の外で書かれたものだが、我らの書き方だ」


「リーナの母親です。前にも話しましたが、もう本人には聞けません」


「聞いた」


 短い返事だった。俺は続きを待ったが、相手の手はもう紙を指していなかった。


*


「それなら、リーナが来たらどうですか?」


 エルフがこちらを見た。


「この森に、入れますか?」


 前にも尋ねたことだった。あのときは、入れないとしか返ってこなかった。


「今は、入れない」


 俺は息を吐いた。紙を包み直そうとしたところで、言葉が続いた。


「だが、この紙を書いた者の縁者になら、いつか道は開く」


 手を止めた。


「いつか、ですか?」


「そうだ」


「それは、いつですか?」


「森が決める。私ではない」


 それではリーナに、いつ来ればいいと伝えればいいのだろう。聞き直しかけたが、エルフが先に口を開いた。


「家族に伝えろ。急いではならない。急ぐ者に、森は開かない」


 俺は相手の顔を見た。フードの下の表情から、ほかに何か読み取れないかと思った。分からなかった。


「……その言葉のまま、伝えます」


 頷いたように見えた。俺は二枚を油紙で包み、鞄の中へ入れた。


*


 鞄の口を閉じたとき、エルフが俺の手を見た。


「お前は、世界を切って歩いている」


「……どういうことですか?」


「切って、しまって、また切る」


 俺は手元を見た。写しは鞄の中にある。ボックスもルームも開いていない。


 それなのに、四歳のころから繰り返してきた動きが頭に浮かんだ。石や草をしまい、必要なときに取り出す。俺には、それだけのことだった。


「俺は、しまっているだけだと思っていました」


 口にしてから、どこまで知っている相手に答えたのか、気になった。


「そうか」


 エルフは、それ以上説明しなかった。


 世界を切る。俺の使っている力を、そう呼んでいるのだろうか。何か別のことを言われたのだろうか。


 鞄の留め具へ触れたまま、俺は相手の手を見た。何かを示してくれる様子はなかった。


*


「北へ抜けた者たちがいる」


 エルフが言った。


「森の縁を、外側から回っていった。四人だ。荷を引いていた」


 俺は顔を上げた。


 ガレスさんから聞いた人数と、方角が同じだった。集落へ入ってきた連中かもしれない。


「止めなかったんですか?」


「森の外のことに、我らは関わらない」


 それだけだった。俺は、紙を預かったときの「ここまでだ」という言い方を思い出した。


「その先は、谷へ続いていますか?」


「谷へ続く道は、森の外にもある。あの者たちは、そちらへ向かった」


 ルーチェの指が、俺の袖へ移った。


 俺たちも北へ行くつもりだった。その先に、あの男がいるかもしれない。布を剥がされ、腕を掴まれていたルーチェの姿が浮かんだ。


「その子を、谷へ連れていくのか?」


「……はい。そのつもりです」


 俺が答えると、ルーチェも小さく頷いた。


 エルフはしばらく、この子を見ていた。それから、聞き取れない言葉を一つだけ発した。


 歌の出だしのような響きだった。


 ルーチェの肩が動いた。俺の腕を掴み、フードの奥から相手を見上げた。


「今、何と言ったんですか?」


「その子に言った。お前には言っていない」


 エルフは背を向けた。


「返すものは返した。お前が返事を待つ用は、もうない」


「春になっても、ここからは通れませんか?」


「通れない」


 外套が木々に重なった。もう一度目を向けたときには、どこを歩いているのか分からなくなっていた。


*


 帰り道、ルーチェはしばらく黙っていた。


 俺も何度か口を開きかけた。聞きたいことはあったが、この子は歩きながら何かを確かめるように、自分の胸元へ触れていた。


 集落の屋根が見えてから、小さな声がした。


「レイ、さっきのことば」


「分かったのか?」


「ううん。なんていったかは、わかんなかった。でも、こわくなかった」


「そうか」


「なんか、なつかしいかんじがした」


 俺はルーチェを見た。知らない言葉なのに懐かしいとは、どんな感じなのだろう。


「前に、聞いたことがあるのか?」


「……それも、わからない」


 ルーチェは自分の手を胸元から下ろした。俺はその手を取り、歩き出した。しばらくして、向こうからも握り返してきた。


 集落へ戻ると、ガレスさんに四人の話を伝えた。エルフが見たということと、荷を引いて谷へ続く道を進んだということを、聞いた順に話した。


 ガレスさんは方角を確かめ、イルサさんにも伝えると言った。


 俺は礼を言って、小屋へ戻った。


*


 その夜、ルームの食卓で二枚を広げた。


 手元に残していた写しも出した。幹を下敷きにして書き直した方は、急いだところの線が太い。預けていた方にも、俺が書いた三つの言葉が残っている。


 新しい訳は、一つも増えていなかった。


 俺は別の紙を取り、リーナの名を書いた。春に出す手紙へ、これも入れる。


 ——預けた写しは、二枚とも戻ってきました。読めたと言われましたが、何と書いてあるかは、教えてもらえませんでした。


 書いてから、次の行で手が止まった。冬のあいだ待っていた答えとしては、あまりに短かった。


 寝床で竜に戻っていたルーチェが、頭を上げた。


 ——もりのひとが、いったこともかく?


「ああ。今、書く」


 俺は言葉を思い出し、一つずつ書き足した。


 ——この紙を書いた者の縁者になら、いつか道は開く。そう言われました。いつになるかは森が決める、とも。


 ——急いではならない。急ぐ者に、森は開かない。この言葉を家族に伝えるよう、頼まれました。


 読み返すと、今すぐ来れば入れるとは、どこにも書いていない。俺がうれしかったところだけを拾って伝えないように、もう一度確かめた。


 リーナなら、何を聞き返すだろう。どうして俺には教えないのか、森が決めるとはどういうことか。俺にも答えられないことばかりだった。


 紙が乾くまで、返ってきた写しを包み直した。


 しまって、また切る。


 エルフの言葉が浮かび、手が止まった。今も、俺は何を切っているのか分からない。


 包みを食卓へ置き、手紙の最後に「写しを返してもらった日」と書き添えた。


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