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捨てられた転生者、金色の竜と旅に出る〜時空間チートで巡る、帰る場所のある旅路〜  作者: mizu
第四章 北の森

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三日で消える印と、繋いだままの手

翌日は、一日中、寝床から出られなかった。


 婆さんに確かめてもらったが、新しい傷はなかった。ただ、起きようとしても力が入らず起き上がれない。ルームを広げたときにも疲れたが、食事のときでも、自分で椀を持つのもつらかった。


 ルーチェが粥を運んできた。頭には、昨夜拾ってもらった布を巻いていた。


「レイ、おかゆが、できたからたべよう」


 寝床の脇に椀を置き、小皿の塩を少し振った。婆さんと混ぜた、香草入りの塩だった。


「お前が作ったのか?」


「おばあさんに、おしえてもらった」


 俺は匙を持った。口へ運ぶ前に手が震え、椀へ戻した。


「わたしがやる」


 匙を受け取ったルーチェが、ひと口すくって冷ました。俺は背中を支えてもらい、口を開けた。


 麦の粒が少し硬かったが、飲み込むと、鼻へ葉の香りが抜けた。


「……うまい」


「まだ、かたい?」


「少しな。でも、食べられる」


 ルーチェは椀の中を見てから、もう一度すくった。


「つぎは、やわらかくなるように、もうすこしにるね」


 俺は頷いた。昨日できたことを考えるより先に、次の匙を待った。


*


 昼過ぎに、ガレスさんが来た。


 戸口で雪を払い、寝床の脇へ腰を下ろした。ルーチェは空の椀を持ち上げたが、外へは出ず、台へ置いて俺の隣に座った。


「連中は、北へ向かった」


 ガレスさんが言った。


「イルサたちが跡を追った。沢を越えて、森の縁に沿ってる。見分けられた足跡は四人ぶんだ」


「また、戻ってきますか?」


「分からん。見つけた跡は外へ向かってた。それ以上は言えん」


 俺は、板で塞いだ窓を見た。昨日までなかった板が、朝の光を遮っていた。


「麦を三袋持っていかれた。薪小屋は半分焼けた。大きな怪我をした者はいない。お前の妹の腕は?」


「掴まれたところが、まだ痛むそうです」


 ルーチェも頷いた。


「痛みが引かんなら、婆さんにまた見せろ」


 ガレスさんは窓へ目をやった。


「お前たちの小屋については、窓を破って入られて、中にいた妹が連れ去られそうになった、とだけ書く。妹の容姿については、報告しない」


 俺は顔を戻した。


「井戸の二人にも、力のことは言いふらすなと頼んだ。あの二人は、お前に助けられたと言ってる」


「……ガレスさん」


「詳しくは聞かん。あの貼り紙は、おれも見たが、おれはギルドの依頼で密猟を調べに来ただけだ」


 ルーチェの指が、俺の袖を掴んだ。


 俺は礼を言おうとした。ガレスさんが、その前に続けた。


「ただし、集落を襲いにきた奴は見てる。口を塞げたわけじゃない。春に南へ人が通れば、話が伝わると思っとけ」


 昨日、窓へ向く前にこちらを見た目を思い出した。


「春から先、どこへ行くかも考えとけ。今すぐ、ここを出ろという話じゃないぞ」


「はい」


 頷くと、ルーチェの指が少し動いた。


*


 ガレスさんが立ちかけたところで、呼び止めた。


「昨日、井戸からここへ来たことなんですが」


「ああ」


「もう一度できるか、分からないんです」


 ガレスさんは俺の腕へ目を落とした。毛布の上に置いたまま、まだろくに動かせなかった。


「なら、次はできないものと思って動け」


「……はい」


「確かめるなら、体が戻ってからだ」


 短剣を持ったときも、使えるつもりになるなと言われた。昨日は来られた。その一度を当てにして、今度は遠くへ行くところだったかもしれない。


「分かりました」


「今のお前は、体を治す方が先だ」


 ガレスさんはそう言って、戸口へ向かった。


*


 あれから、体調が戻るまで、四日かかった。


 初めは椀を自分で持てるようになり、次に寝床から起きられるようになった。婆さんの家まで歩けるようになっても、戻ればすぐ寝床で横になった。


 五日目、俺は小屋で試した。


 戸を閉め、ルーチェに見ていてもらった。窓の補修も済み、外から覗かれる隙間は塞がれている。


 土間の反対側、いつも靴を置く場所を思い浮かべた。あそこへ行く、と考えても、足の下は変わらなかった。次は戸口を思い浮かべたが、やはり何も起きなかった。


「レイ、どこにいこうとしてるの?」


「最初は靴のところ。その次は、戸の前」


 ルーチェは順にそちらを見た。


「あのよるも、ここのことをかんがえたの?」


「ルーチェが助けを呼ぶ声が聞こえた気がして、ここへ来る直前は……お前のことを考えていた」


「じゃあ、わたしのほうは、どう?」


 ルーチェが少し離れて立った。


 試してみた。繋がりは感じる。この子がこちらを待っていることも分かる。けれど、俺は土間に立ったままだった。


「これだけじゃ、できないみたいだ」


「そっか」


 ルーチェが戻ってきた。俺は手を取った。普通に歩けば、すぐ届く距離だった。


*


 その晩は、久しぶりに二人でルームへ入った。


 ルーチェが竜へ戻り、寝床で丸くなるのを見ながら、あの夜の感じを思い出した。井戸から小屋へ走ろうとした。そのとき、繋がりの先にはルーチェがいた。


 場所を思い浮かべるだけでは、届かなかった。ルーチェを思うだけでも、足りなかった。


 もっとはっきり、辿れるものが要るのかもしれない。


 ルームには、俺が注いだ魔力が残っている。あの子にも、離れているあいだずっと流れている。なら、行きたいところへ魔力を少し残せたらどうだろう。


 俺は食卓へ紙を出し、試したことを書いた。その下に、魔力を置く、と足した。


 ——レイ、まだねないの?


「もう寝る。試すのは明日にする」


 ペンを置いて、灯りを落とした。


*


 翌朝、小屋の裏で手を雪へかざした。


 家と薪積み場の間の、普段は人の通らない場所だった。ルーチェと周りを見てから、雪を少し平らにした。


 手の下へ、魔力を出そうとした。最初は、出した感じがするだけで消えた。ルームを作るときとは違い、何を形にすればいいのか分からなかった。


 何度かやり直し、広げず、同じところへ留めるつもりで力を込めた。


 手を離したあとにも、何かが残った。


 雪の色は変わらない。指で触れても分からない。けれど、少し離れても、あそこに自分の魔力があるように感じた。


「できたの?」


「残った気がする」


 俺は小屋まで歩いて戻った。ルーチェもついてきた。小屋の戸口まで離れても、さっきの場所は感じられた。


 戸を閉め、土間へ立った。ルーチェはすぐ隣にいる。


 雪の景色ではなく、そこに残したものを辿った。


 足が沈んだ。


*


 目を開けると、薪積み場の裏にいた。


 さっき手をかざした雪の上だった。風が頬へ当たっている。息を吸うと、冷たい空気が喉へ入った。


 来た。


 そう思ったところで、膝が震えた。俺はしゃがみ、雪へ手をついた。小屋からここまで移動するより、ずっと疲れていた。


 小屋の戸が開き、ルーチェが顔を出した。俺を見つけて近づいてきた。


「レイ、だいじょうぶ?」


「ああ。できたみたいだ。でも慣れてないせいか少し疲れたから、今日はもうやめる」


 ルーチェの手を借りて立った。帰りは二人で歩いた。小屋へ戻ると、俺は椅子へ座り、息が整うまで待った。


 紙には、置いたものを「印」と書いた。


 翌朝、同じ印へもう一度行けた。その次の日は移動を試さず、残っている感じだけを確かめた。


 置いてから三日経った朝、その感じが消えていた。


 小屋の中で辿ろうとしても、景色は変わらなかった。歩いて確かめに行ったが、手をかざしても何も分からない。印だけがなくなっていた。


 別の日に、もう一度置いた。今度も三日経つと消えた。


 雪に残したものは、長くはもたなかった。


*


「ルーチェ。お前にも印をつけてみたい」


 夜、小屋の戸を閉めてから話した。


 ルーチェは布をほどいていた手を止めた。


「わたしのところに、これるように?」


「ああ。雪へ置いたものは、二度とも消えた。お前ならどうなるか、確かめたい」


 ルーチェは考えてから、ほどきかけた布を巻き直した。


「それは、いたかったりするの?」


「雪につけたときは、熱くもならなかった。ただ、お前にやるのは初めてだ。変な感じがしたら、すぐ言ってくれ」


「うん。いいよ」


 俺は布の上から、頭へ手を置いた。


 布越しでも、雪よりずっと温かい。その下には、いつも感じている繋がりがあった。そこへ、さっきまで雪に残していたものと同じつもりで、少しだけ魔力を留めた。


 指を離しても、印は感じられた。元からあった繋がりと重なって、今までより見つけやすい。


「どうだ?」


「なにも、かんじない。もう、ついたの?」


「たぶん。明日、試してみよう」


 ルーチェは自分の頭へ触れ、それから俺の手を取った。


「つかれたら、おわりにしてね」


「ああ」


 迷い穴でも、井戸でも、この子がいるところへ行けなかった。今度は必ず、と思いたくなったが、その約束はまだできなかった。


*


 翌朝は、ルーチェが小屋の中で待った。


 俺は裏へ出て、戸から離れた。雪につけていた印はもうない。今、感じるのは小屋の中にいるルーチェと、そこに残したものだった。


 周りを確かめてから、それを辿った。


 靴の下が、硬い土間に変わった。


 目の前でルーチェが振り向いた。頭の布を巻き終え、こちらを待っていたところだった。


「きた」


「……来たな」


 ルーチェが笑った。俺は寝床の端へ座った。やはり足が重くなったが、今度は自分で座るところまで行けた。


 三日経っても、印は残っていた。日を空け、つけてから五日後にも同じ距離から試した。


 小屋の中へ来られた。


 雪のときとは違う。理由はまだ分からないが、少なくとも、この子に置いた印は消えていなかった。


 紙にそう書き、そこでペンを止めた。もっと遠くからも来られるのか、疲れているときにも使えるのかは、別に確かめなければならない。


*


 印をつけて五日経った夜、ルームへ入ってからも、俺は食卓で紙を見ていた。


 ルーチェはまだ人の姿で、隣の椅子にいた。頭の布をたたみ、紙の端を覗いている。


「これで、はぐれてもあえる?」


「今日みたいに使えればな。でも、遠くはまだ試してないし、疲れていたらできないかもしれない」


「じゃあ、まだてをつなぐ?」


 俺はペンを置いた。差し出されるのを待たずに、隣の手を取った。


「繋ぐ。飛べるようになっても」


 ルーチェが、握った手を見た。


「どうして?」


「……繋いでいたいから」


 言うと、ルーチェが笑った。


「うん。わたしも」


 指が握り返してきた。


 王都で、この子は手を繋ぐとうれしいと言った。あのとき聞いた言葉を、今度は俺が言うのに少し時間がかかった。


 紙には、試していないことがまだ残っていた。明日も同じように来られるか、これから確かめることも増えるだろう。


 今はペンを取らず、もう少し、その手を握っていた。


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