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捨てられた転生者、金色の竜と旅に出る〜時空間チートで巡る、帰る場所のある旅路〜  作者: mizu
第四章 北の森

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雪に残った跡と、要らなかった肉

翌朝は、広場へ行く前に罠を見に出た。


 夜のあいだにかかったものを、鳥や狐に取られる前に回収する。体が戻ってから任されたのは、集落の東の斜面にある六つだった。場所は猟師の人に教わり、獣の通る跡を見ながら、輪を置く位置を少しずつ変えていた。


 ルーチェも、水汲みの前に一緒に行くと言ってついてきた。頭の布をフードで覆い、俺が踏んだ跡を歩いている。


 四つ目までは空で、五つ目に兎が一匹かかっていた。袋へ収めてから、最後の罠へ向かった。


 六つ目の手前で、足が止まった。


 俺が張った紐が、雪の上に落ちていた。輪のあった場所は踏み荒らされ、その脇に黒いものが埋まっている。


「ルーチェ、そこで待っててくれ」


 近づきすぎないところで、腰を落とした。


 半円の歯が二枚、向かい合っていた。鋼の罠だった。太い針金が木の根まで延びている。雪から出ているところだけでも、俺の括り罠よりずっと重そうだった。


 こんなものを、ここで見たことはない。


 俺の紐は、輪の途中で切れていた。裂けて細くなったのではなく、端が揃っている。獣に壊されたのではなさそうだった。


 誰かが先にあった罠を切って、自分のものを置いた。


 そう考えると、足元の跡も気になった。


*


 兎の跡に重なって、靴の跡が続いていた。大きさと歩幅の違う列が、二つある。片方は深く沈み、何か所かで向きが変わっていた。


 足跡は斜面を上がり、尾根の手前で木の陰へ消えている。


 俺はそちらへ一歩出しかけた。誰が置いたのか、まだ近くにいるのか。それを確かめればと思ったところで、袖が引かれた。


「レイ、そっちにいくの?」


 ルーチェが、俺の足元を見ていた。


 この先の跡を辿れば、罠を壊した相手に追いつくかもしれない。追いついて、それからどうするのかは、考えていなかった。


「……戻ろう。ガレスさんに見てもらう」


 ルーチェが頷いた。俺は先に来た道へ向き直り、二人で離れた。背中の袋では、兎が一匹ぶんだけ重かった。


*


 ガレスさんは薪割り場にいた。


 俺は、切られた紐と鋼の罠のことを話した。足跡は二人ぶんに見えたこと、尾根の方へ続いていたことも。


「罠は触ったか?」


「触ってません。足跡も、途中から先は見ていません」


「分かった。案内できるか?」


「はい」


 ガレスさんは斧を置き、そばの人にイルサさんを呼んでくれるよう頼んだ。それから、俺たちの靴についた雪を見た。


「それより先に入ってないな?」


「何があるかわからないので、戻ってきました」


 呼ばれてきたイルサさんにも、もう一度場所を伝えた。俺が向かった方を指すと、弓の紐を肩へ掛け直した。


「それより先に追わなかったのは、いい判断。とりあえず、見たところまで連れていって」


 ルーチェは、俺の隣で聞いていた。


「ガレスさんたちと見てくる。婆さんのところで待っててくれるか?」


「わかった。レイも、ちゃんとかえってきてね」


「うん。帰ったら、そっちへ行く」


 婆さんの家まで一緒に行き、袋を預けた。ルーチェは俺から袋を受け取って、中を覗いた。


「これも、わたしておく」


「頼む」


 俺は戸が閉まるのを見てから、広場へ戻った。


*


 三人で東の斜面へ向かった。


 イルサさんは俺を後ろへ残し、罠の周りを確かめた。しばらくして、雪から出ている金具を指した。


「王都の工房の仕事だね」


「イルサさんは、分かるんですか?」


「留め金と蝶番に癖がある。同じ作りのを、向こうで見た。一つで銀貨一枚はするよ」


 俺はもう一度、雪に埋まった歯を見た。


 これを背負って、山を越えてきたのだろうか。紐を切ってまでここへ置いたのなら、獲物を取りに戻ってくるつもりなのだろう。


 イルサさんは周囲の跡を見て、ガレスさんと短く話した。俺たちは少し離れたところで待ち、イルサさんが指した方へ移る、ということを繰り返した。


 同じ鋼の罠が、あと五つ見つかった。


 俺の六つとは別に、重い罠が六つ、獣の道を塞いでいた。


「去年の報告は、一つだった」


 ガレスさんが低い声で言った。


 それ以上は話さず、イルサさんが戻ってくるのを待った。


*


 尾根の向こうへ少し下りたところで、イルサさんが足を止めた。


 木の根元に、大きな塊があった。薄く雪をかぶっている。その上に角が出ていた。


 鹿だった。


 ガレスさんが先に周りを見た。呼ばれて近づくと、腹が開いているのが分かった。


 腿も、背の肉も残っていた。皮さえ剥いでいない。腹の中だけが、空だった。


 イルサさんが切り口のそばの雪を少し払った。俺は目を逸らしかけ、もう一度見た。


 ベックさんの店で、同じように腹を開いてきた。内臓を傷つけないように刃を入れ、取り出したあとは、肉を分ける。持ってきた人も、それを待っていた。


 この鹿は、その途中で置いていかれていた。


「肉は、持っていってないんですね」


「ああ」


 ガレスさんが答えた。


「内臓だけだな」


 切り口の周りには、小さな血の跡が飛んでいた。下の雪も赤かったが、見えている分だけでは、この大きさの獣にしては少ない気がした。


「血も、取ったんでしょうか」


「そう思うか?」


「店で解体したときより、少なく見えます。ただ、下の雪までは分からないので」


 血を受けた器があったのかもしれない。まだ生きているうちに腹を開いたのかもしれない。考え始めると、港町で聞いた声が戻ってきた。


 あれは生きてるうちに取らなきゃ、値が落ちる。


 桟橋の男は、肝の値段を話していた。あのとき隣にいたルーチェも、その言葉を聞いた。


 俺は口を閉じた。目の前にある切り口と、知っている手順とが、勝手に繋がっていった。


*


 イルサさんは鹿の周りを回り、足跡の続く方を見た。


「戻ろう。レイ、帰りも私たちのあとを歩いて」


「はい」


 立ち上がったとき、鞘が上着の裾に当たった。昨日はこれを人へ向けられなかった。ここへ来た誰かは、腹を開いて、中身を持っていった。


 同じことではない。それでも、柄へ触れかけた手を引っ込めた。


 ガレスさんが、切られた罠の方へ目をやった。


「しばらく見回りには来るな。こっちで、猟師たちと話す」


「俺の罠も、任せていいんですか?」


「ああ。置いた場所は、戻ってから全部教えろ」


 俺は頷いた。ガレスさんは俺が歩き出すまで待っていた。


*


 帰り道、イルサさんが横に並んだ。


「あんたの罠は、場所をどうやって決めた?」


「猟師の人に教わって、あとは獣の跡を見ました。何度も通ってるところに」


「そうだね。通りやすい道は、繰り返し使う」


 イルサさんは、俺たちが朝つけた跡へ目を落とした。


「人も同じだよ」


 自分の靴の脇に、ルーチェの小さな跡が並んでいた。


 ここへ来てから、月が三度ほど満ちた。婆さんの家へ行く道も、罠を見る順番も、いつの間にか決まっていた。水を運ぶルーチェがどこで休むかまで、俺は知っている。


 俺以外でも、何日か見ていれば覚えられるのだ。


「……気をつけます」


「ひとりで歩かないこと。通る時間も道も変えな」


 俺は頷いた。朝の俺は、まさに一人で、罠の先へ足を出しかけていた。


*


 戻ると、ガレスさんはヨルクさんのところへ行った。俺は罠の場所を伝えてから、婆さんの家へ寄った。


 ルーチェは棚の前で、ほどいた紐を巻いていた。俺を見ると立ち上がり、外へ目を向けた。


「あのひとたちも、もどった?」


「戻った。今、ヨルクさんと話してる」


 それを聞いて、また腰を下ろした。


 夕方には、ガレスさんが婆さんの家にも来た。森へは二人以上で行き、日が落ちる前に戻ること。見慣れない罠を見つけても、外さず知らせること。婆さんは話を聞き終えると、俺へ顔を向けた。


「坊主。明日からは、朝もここの棚を手伝いな。斜面は大人に任せときな」


「……はい」


 まだ直したい罠はあった。けれど、今朝の続きへ行っていい理由にはならなかった。


 ルーチェは紐を巻く手を止めて、俺たちを見ていた。


*


 小屋へ戻ってからも、鹿の状態を思い返していた。


 あれは、もっと大きな獣を扱うための練習だったのではないか。内臓を傷つけずに取り出し、血を受ける。その手順を、鹿で確かめていたのではないか。


 そう思う理由は、俺が先に竜の話を知っているからだった。肝の値段も、血を飲めば不老不死になるという噂も。


 鹿の中身だけを欲しがる理由が、ほかにもあるのかもしれない。誰が獲ったのかさえ分かっていない。それなのに、考えがそこへ戻った。


 ルーチェが、ほどいた頭の布を椅子へ置いた。


「レイ、なにをみてきたの?」


「……鹿がいた。誰かが獲って、置いていったんだ」


「おにくを?」


「うん。肉は、残ってた」


 ルーチェはしばらく考えてから聞いた。


「たべないの?」


「食べるために獲ったんじゃ、なかったみたいだ」


「……もったいない」


 俺は頷いた。朝、この子が婆さんへ渡した兎は、明日の鍋に入ると言われた。骨からも出汁を取る。そのつもりで、俺は獲った。


 ルーチェは俺の手を取り、指を握った。


「レイ、もうみつけても、おいかけないでね」


「ああ。今日は途中で戻ってよかった」


 返事をすると、指の力が少し緩んだ。


 俺はルームを開いた。ルーチェが先に入り、寝床の前で振り向いた。その腹を誰かの刃が開くところを、想像しかけた。


 俺は短剣の柄から手を離し、あとに続いた。


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