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捨てられた転生者、金色の竜と旅に出る〜時空間チートで巡る、帰る場所のある旅路〜  作者: mizu
第一章 王都へ

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6/19

門の行列と、持ち歩く食卓

王都が見えたのは、今朝のことだった。


 本街道に合流して三日目。街道の人影は日ごとに増えて、荷馬車の轍は深くなり、そして今朝、丘をひとつ越えたところで、視界がひらけた。


 平野の向こうに、それはあった。


 幾重にも重なる城壁。数え切れない屋根の海。中心の丘の上には白い尖塔がいくつも天を指して、朝日を受けて光っていた。街道は太い川みたいに人と馬車を飲み込みながら、まっすぐそこへ続いている。


 王都クローネ。


 ルーチェがフードの下から、小声で言った。


「——おうかんみたい」


「ああ」


 名前の由来そのままだけどな、とは言わないでおいた。本人が見つけた言葉の方が、きっと正しい。



 昼前にたどり着いた南門の前には、すごい行列があった。


 石造りの城壁。街道をまたぐ大きな門。その手前に、うねうねと続く、人と馬車の列。


「……うわ、すごい人だね」


 フードの下で、ルーチェが小さく言った。俺も、内心おなじ声を出していた。


 ミューレの北門も立派だと思ったが、桁が違う。王都の南門は、門というより砦だった。列の長さは、目で数えるのをやめたくなるほどで、隊商の御者が退屈そうに馬の首を撫でている。近くにいた行商人いわく、「早くて半日。検問が厳しい日は、日暮れまでかかるね」。


 半日。


 路銀の計算より先に、別の数字が頭に浮かんだ。半日ぶんの、人の目。


 列の先頭の方では、門番が旅人のカードを検めていた。荷を開けさせ、連れの顔を確かめている。連れの通行料は、町の門の倍。それはいい。払えないことはない。


 門の脇の掲示板には、いろいろな紙に混じって、真新しい一枚が貼ってあった。


 文面は、ここからでは読めない。読めなくても、わかった。ミューレを出た先の宿場で見たのと、同じ貼り紙だ。


 俺は、隣の小さなフードを見た。


 ルーチェは行儀よく俺の袖をつかんで、爪先で小石を転がしている。人の姿は、もうすっかり様になった。それでも——半日、この人混みの中で、フードの下の金色を誰にも見られずにいられるか。疲れて、気が緩んで、輪郭がほどけたら。


 考えるほど、腹の底が冷えた。



 列は、遅々として進まなかった。


 昼が近づいて、日差しが強くなる。ルーチェのフードを直してやりながら、俺は往生際悪く、何か手がないかを数え続けていた。


 飛ぶのは論外だ。決めごとの一番目。こんな人目の中で竜になるくらいなら、歩いて回り道をした方がいい。でも地図によれば、回り道は山をふたつ越える。


 金の問題じゃない。この行列そのものが、問題なのだ。


 ふと、あの夜の川原を思い出した。


 戻れ、と思った。理屈より先に、魔法が形になった。俺の意志は、俺の時空間の内側になら、まっすぐ届く——あの晩、体で覚えた感覚だ。


 俺の、時空間の内側。


 視線が、自分の手のひらに落ちた。


 ……ルームも、そうじゃないか。


 アイテムボックスも、ディメンションルームも、俺の時空間の内側だ。あの灰色の石の部屋。開けるようになった日からずっとあのままで、変えられるなんて考えたこともなかった、あの四角い箱も——俺がイメージすることで、できるんじゃないか。


 ルーチェの言葉が、耳の奥で蘇った。


 ——あそこ、つめたい。かべが、いしで、しかくくて、なんにもない。


「ルーチェ」


「ん?」


「列、いったん抜けるぞ。試したいことがある」



 街道脇の雑木林に入って、人気のないのを確かめてから、ルームの戸口を開いた。


 灰色の石の部屋は、いつも通りそこにあった。冷たくて、四角くて、なんにもない。七年間、無愛想な俺の空間。


 中に入って、壁に手を当てた。


 目を閉じる。思い描く。


 木の床。木の壁。梁のある低い天井。窓はいらない。代わりに、柔らかい灯りのランプをひとつ。それから、部屋の真ん中に——孤児院の食堂の、あの傷だらけの長机を短くしたような、小さな食卓。椅子を、ふたつ。


 戻れ、じゃない。今度は——なれ、だ。


 手のひらの下で、石の冷たさが、ふ、と消えた。


 目を開けると、木目があった。


 足の裏に、板の感触。頭の上に、灯り。振り向くと、部屋の真ん中に、食卓と椅子がふたつ、ちゃんとあった。木の匂いさえする。思い描いたとおりに、なっていた。


 同時に、膝が少し笑った。魔力が、ごっそり持っていかれている。川原の夜ほどじゃないが、軽くもない。壁に手をついて、俺はしばらく、自分の作った小さな部屋を眺めていた。


 試しに、椅子の脚をつかんで持ち上げてみた。動く。部屋の中でなら、好きな場所に置き直せる。じゃあ外はどうだ、と戸口まで運んでみたら、敷居のところで、ぴたりと止まった。押しても引いても、そこから先へは出ない。見えない糸で、部屋と繋がっているみたいだった。木の匂いがして、手触りもあるのに、外へ持ち出せる代物じゃないらしい。


 作れるのは、あくまでこの部屋の内側だけ。そう分かって、少しほっとした。木を無から生やせるなら、俺はとっくに、それで飯を食っている。


 我ながら、間取りのセンスは、ないと思う。


 でも、うちの食堂には、少し似ていた。



 ルーチェは、戸口から中を覗いて、固まった。


 金色の目が、まんまるになる。


「……ごはんの、へや」


「まだ、なにもないけどな」


「ううん」


 ルーチェは、一歩、中に入った。自分から。


 床を靴の先でつついて、食卓を撫でて、椅子をひとつ引いて、ちょこんと座った。それから、俺を見上げて、言った。


「——あったかい」


 石の部屋を嫌がったのと、同じ口が言った。俺はなんだか胸のあたりが詰まって、うまく返事ができなかった。


「レイ」


「ん」


「ここで、まってれば、いいんでしょ。もんを、こえるあいだ」


 話が早い。竜は頭がいい。


「ああ。……嫌か?」


 ルーチェは、少しだけ考えた。それから、条件を出してきた。


「レイが、あけてくれないと、でられないんでしょ、ここ」


「そうだな」


「……すぐ、あけてね」


「約束する。門を越えたら、すぐだ」


「なら、いい」


 俺はアイテムボックスから、昼飯を出した。宿場で買い足した黒パンと干し肉、それに、あの村でもらった野菜の残り。食卓に並べると、それだけで部屋は、ずいぶんそれらしくなった。


「まってるあいだ、たべてていいの?」


「いいよ。全部食うなよ、俺の分」


「……ぜんぶは、たべない」


 間があったのが、少し怖い。


 ついでに俺は、留守番のお供をもうひとつ思いついた。目を閉じて、手のひらに載るくらいの四角い木の欠片を、いくつか思い描く。角を丸くして、軽く——孤児院で、ちびたちが端材を積んで遊んでいた、あれだ。


 食卓の隅に、ころんと十個ほど、現れた。食卓を作ったときほどの手応えは、なかった。


「積み木っていうんだ。つんで、くずして、遊ぶ。パンだけじゃ、待ち時間が長いだろ」


「……つみき」


「ニナたちが、あそんでた、やつ」


「そうだ。よく覚えてたな」


 ルーチェはひとつ摘まんで、しげしげと眺めて、それから、そっとふたつ重ねた。外には持ち出せない、この部屋だけのおもちゃ。でも、それでいいのだと思う。この部屋には、俺の作った食卓と、ルーチェのおもちゃがある。


 ……少しずつ、部屋が家になっていく。



 列の最後尾に並び直して、日が傾きかけたころ、ようやく俺の番が来た。


 物陰でルーチェをルームに入れてきたから、門の前に立ったのは、俺一人だ。


「次の者」


「身分になる物はあるか?」


「はい」


 銅色のギルドカードを渡す。門番は見習いの刻印を見て、俺の顔を見た。


「ひとりでか?」


「はい。僕ひとりです」


「……ひとりで王都か」


「王都の知り合いを頼っていくところです。ここに紹介状があります」


 オスカルさんの封筒の端を見せると、門番は肩をすくめて、カードを返してきた。


「ようこそ王都へ。では次」


 それだけだった。


 半日睨み合った門は、くぐってしまえば、あっけないほどだった。



 門をくぐってすぐの表通りは、人でごった返していた。俺は脇道にひとつ入って、人気のないのを確かめてから、ルームの戸口を開けた。


 ルーチェは椅子に座ったまま、行儀よく待っていた。行儀よく、口の周りにパンくずをつけて。食卓の真ん中には、積み木の塔がひとつ、危なっかしい高さまで積み上がっていた。


「おかえり」


「ただいま。……おい、俺の分は」


「はんぶん、のこした」


 えらいだろう、という顔をしている。食卓の上では、きっちり半分に割られた黒パンが、俺を待っていた。


「まちじかん、おもしろくておいしかった」


 行列の待ち時間を、こいつはそう呼ぶことにしたらしい。悪くない呼び方だと思ったので、訂正はしないでおいた。



 鞄の中では、オスカルさんの紹介状が二通、出番を待っている。王都の薬師ギルドと——監察庁の、あの人宛ての、少しだけ分厚い封筒が。


 俺はルーチェと顔を見合わせて、脇道の先でざわめく人の川に、一歩踏み出した。

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