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捨てられた転生者、金色の竜と旅に出る〜時空間チートで巡る、帰る場所のある旅路〜  作者: mizu
第四章 北の森

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雪の来た朝と、春まで持っている手紙

初めて広場で教わった日から、三日経った。


 朝、ルームから小屋へ出ると、板戸の隙間がいつもより明るかった。戸を押すと、少し抵抗があったので、隙間から外を見ると雪が積もっていた。


 昨日まで黒かった地面も、薪の山も、白くなっている。家の前を通る道はまだ細く、向こうの屋根から、少しずつ雪が落ちていた。


 さすがにこの天候では、斧の音は聞こえなかったが、代わりに、どこかで戸を開ける音がした。


 後ろからルーチェが覗いた。人の姿に戻り、頭に布を巻き終えたところだった。


「レイ、ゆきだね」


「ああ。積もったな」


 靴を履き、二人で外へ出た。最初の一歩で、靴の先が白く隠れた。


「アシェンとは、ちがうね」


「どう違う?」


「まだ、だれもあそんでない」


「ここには、遊ぶ子どもがいないからな。それに北の雪は、遊ぶより先に、どかさないといけないんだろう」


 ルーチェは家と家の間を見た。


 孤児院なら、誰かが先に踏んだ跡を見て、ほかの子も飛び出してくる。戸を開けっ放しにして、アリア姉に怒られる。


 ここでは、向かいの家の人が、黙って道の雪を脇へ寄せていた。


 俺も小屋の入口を振り返った。ヨルクさんに、雪の日はここを空けておけと言われていた。


 道具を取ろうとすると、ルーチェが先に手を掛けた。


「レイは、どこによけるかおしえて」


 俺は戸の開く方を指し、小さい範囲から頼んだ。


*


 広場では、ガレスさんが足元の雪を踏んでいた。


 あれから、朝は短く見せてもらっている。傷が痛まないように動き、その後に、椅子へ戻り見学する。夕方には婆さんに具合を聞かれた。


 今日は歩く前から、靴が沈んだ。


 踏まれた道を外れて歩かされ、雪の下の凹みに一歩だけ深く沈んだ。歩幅を欲張るなと言われ、足を置き直して固いところへ戻ると、靴の下の感じがまるで違った。


 振り返ると、家の方から歩いてきた跡がくっきり残っていた。深く沈んだところだけ跡が乱れ、足を置き直したところまで分かる。霜でガレスさんの足を見ていたのと同じことが、今度は俺の側に起きていた。慣れた人なら、どこから来てどっちへ向かったかまで読むという。森に入る人にも、残っている間は見えるらしい。


「目立たなくする工夫はある。だが、まずは転ばずに歩け。両方いっぺんには覚えられん」


 この日は広場の端を短く往復したところで終わった。最後に靴が滑りかけ、掴まる前に止まれたが、腹に力が入った。少し痛むと言うと、ガレスさんは戻れと言った。無理はするな、明日もある、と。


 まだ教わりたいことはあった。けれど、俺は言われた方の道へ戻った。


*


 昼、ヨルクさんが広場に人を集めた。


 薪を置く場所と、水場への道を誰が空けるか。それから、峠の話になった。


「向こうの方は、こっちより積もっとる。荷馬車はもう通れん」


 何人かが頷いた。


「南の便は、春まで止まると思っとけ」


「手紙も、ですか?」


 俺が聞くと、ヨルクさんがこちらを見た。


「荷と一緒だ。運ぶ人間が来んことにはな」


「いつごろ、また通れますか?」


「早くて、ヴェークの月の終わりだな。雪次第だが」


 俺は指を曲げかけ、やめた。


 ヴォルドの月から数えて、半年近く先だ。


「歩いて行く人も、いないんですか?」


「歩いて行くのはやめとけ。冬の山に登るのは、命を捨てるようなもんだ。慣れん者が行っても、遭難するだけだ」


 書いたものは預かれる、とヨルクさんは言った。ただし、出せる日までは約束できない。


 俺は礼を言った。


 雪が深くなれば、旅はしにくくなる。それは知っていた。便りも、遅くなるだろうと思っていた。


 ただ、春まで一通も出せないかもしれないとは、考えていなかった。


*


 午後、洗い場の仕事を終えたルーチェと、集落の外れまで歩いた。


 森の入口へ続く道は、途中から雪に隠れていた。今日はそこまで行かず、家々が見えるところで止まった。


「そういえば、もじのへんじも、まだかな?」


「まだ来てないな」


「わすれられてたら、どうするの?」


 俺は森を見た。


 木の間には、誰も見えなかった。


「道を歩けるときに、また聞きに行こう。今日はやめておく」


 返事は冬になるかもしれないと言われていた。その冬が来たからといって、今すぐ返してもらえるわけではない。


 預けた二枚の写しを思い出した。リーナの母親が遺した一行と、大書庫で見つけた注釈。俺の手元にも、同じものは残してある。


 どこまで読めたのか、聞ければいい。


 何も分からないなら、それだけでも知りたかった。


 風が吹き、枝の雪が落ちた。ルーチェが首をすくめたので、俺たちは引き返した。


*


 婆さんの家では、干してある草を少しずつ分けた。


 今日は立って歩いた時間が長い。籠を膝へ載せる前に、婆さんが台を寄せてくれた。


 同じ葉を二度確かめていると、婆さんの手が伸びた。


「それは、さっきも見たろう」


「……はい」


「気になるなら、そっちへ分けときな。あとであたしが見る」


 俺は葉を別に置いた。


 仕事に集中しようとしても、春という言葉が頭に戻ってきた。


「手紙のことか?」


「聞こえてましたか?」


「昼に、あれだけ聞いとったじゃないか」


 俺は苦笑した。


「アシェンの家族に、ここで冬を越すと知らせたくて」


「今すぐは出せんね。だが、書くものまで取り上げられたわけじゃないだろう」


 婆さんは分けた葉を手に取り、顔へ近づけた。


 俺も次の束を取った。書きかけの紙を、夜には出そうと思った。


*


 小屋へ戻って戸を閉め、ルームへ入った。


 ルーチェが竜の姿へ戻るあいだに、食卓へ紙とペンを出した。


 港町から出した便りには、海のことを書いた。順調なら三週間あまりで届くと言われたが、実際に着いたかどうかは知らない。


 次には滞在先を知らせるつもりだった。


 森の縁で仕事を見つけたところまで書きかけて、その紙も、まだ俺の手元にある。


 ルーチェなら、飛べる。


 そう考えて、寝床の方を見た。


 この子に乗って峠の向こうへ出られれば、手紙を預ける場所があるかもしれない。


 けれど、俺たちはこの山の冬を知らない。風の強さも、休める場所も、戻ってくる道も。


 便りを運ぶために二人で出て、また帰れなくなったら。


 俺はペンを握り直した。今、その頼みをする気にはなれなかった。


 ——レイ、なにをかくの?


「ここで冬を越すこと。手紙が春まで出せないことも」


 言ってから、紙を見た。


 それを読んでもらえるのが、春になってからなのだ。


 最初に書いた「元気です」のところで、手が止まった。


 少し考え、次の行へ移った。


 ——今は、森の縁の集落にいます。ルーチェは水汲みをして、俺は薬草の仕事をしています。


 書いたあと、もう一行足した。


 ——怪我をして何日か休みましたが、今は歩けるようになりました。ここの人たちに世話になっています。


 穴の中のことは、書かなかった。


*


 ルーチェが寝床から頭を上げていた。


 ——てがみをだせないの、かなしい?


「寂しいな。向こうで何があっても、しばらく分からない」


 アリア姉は、まだ同じ鍋を使っているだろうか。孤児院のみんなは元気だろうか。


 俺がいないところで、毎日が過ぎていく。そのことは分かっていたのに、便りの道が止まると、急に遠く感じた。


 ——はるになったら、みんながよんでくれるよね。


「そう思って、書いておく」


 ——わたしのてがみも、いれて。


 俺は振り返った。


「何を書く?」


 ——わたしがいうから、レイがかいて。


「うん。聞いてる」


 ルーチェは考えるように、前脚を揃えた。


 ——こっちは、ゆきがふりました。


 俺はそのまま書いた。


 ——おみずをはこんでます。ちいさいおけだけど、こぼさないで、もっていけます。


 書いてから読み上げると、ルーチェは頷いた。


 ——あと、アリアねえのシチューが、たべたいです。


 俺は少し笑った。


「それは、俺も書いていいか?」


 ——いいよ。ふたりぶんって、かいて。


 最後に二人の名を書いた。


*


 インクが乾くのを待って、雪が来た日だと書き足した。


 次の便りにも、何があった日かを書こうと思った。出せなくても、いつ何をしていたかは残せる。


 紙を畳み、ボックスへ入れた。


 中では時間が止まる。けれど、この紙に書いた俺たちと、春の俺たちは同じではないだろう。


 家族へ持ち帰る魚も、まだ中にある。人数ぶんを買って、食べてもらおうと決めたものだ。保てることと、届けられることは別だった。


 食卓を片づけ、ルーチェの寝床の横へ毛布を広げた。


 ——きょうかいたの、だすのわすれないでね。


「忘れない。春の便が来たら、持っていく」


 俺が横になると、ルーチェも頭を下ろした。


 小屋の戸口には、明日も雪が積もるかもしれない。起きたらまず、外を確かめよう。


 その話を手紙に足すなら、紙はまた一枚要る。


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