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捨てられた転生者、金色の竜と旅に出る〜時空間チートで巡る、帰る場所のある旅路〜  作者: mizu
第四章 北の森

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霜の降りた広場と、詰められない一歩

朝、上着の袖に腕を通すのが、昨日より楽だった。


 左肩を上げるとまだ少し痛む。腹の方も、引きつる感じがまだする。それでも、ルーチェに袖を引いてもらわずに着られた。


 小屋から出ると、辺りの土に霜が降りていた。踏んだところだけ白さが崩れ、靴の先に小さな粒がついた。


 先にハンナ婆さんのところへ寄った。


「広場へ行くのか?」


「はい。見せてもらおうと思って」


 婆さんは脇腹へ顔を近づけ、右腕も確かめた。それから、戸口まで歩いて戻るように言った。


 普通に歩くぶんには、昨日ほど腹を庇わずに済んだ。


「走るんじゃないよ。傷が痛むなら、そこで終わりだ。昼には顔を見せな」


「分かりました」


「よくなったところで、いっぺんに取り返そうとするんじゃない。見るなら、座って見な」


 返事をしたら、今度はルーチェが頷いた。


 婆さんから借りた椅子は、ルーチェが運んだ。俺が持とうとすると、背もたれを自分の方へ引き寄せた。


「レイは、あとでこれにすわるの」


*


 ガレスさんは広場の端に立っていた。


 剣は抜いていない。俺たちを見ると、まず椅子へ目をやった。


「椅子か」


「婆さんに、座って見るならと言われて」


「そうか。ほかには?」


「走らないことと、傷が痛んだら終わりだと言われました」


「じゃあ今日は、それまでだな」


 椅子を置くと、ルーチェは洗い場の方を見た。


「おみずをはこんだら、またみにくるね」


「ああ。わかった」


 頭の布を確かめてから、小走りで離れていった。俺は椅子へ座り、ガレスさんへ向き直った。


 ガレスさんが、少し離れたところで止まった。


「ここまで、何歩くらいある?」


「俺の足なら、六歩くらいです」


「では、歩いて確かめてみろ」


 立って、ゆっくり歩いた。五歩では足りず、六歩目を少し狭めると、ガレスさんの前へ着いた。


「だいたい合ってたな」


 ガレスさんはそう言って、俺を元の場所へ戻した。


「今度は、最後に手を出せ。肩に触るだけでいい。ゆっくりでいいぞ」


*


 六歩進めば届くはずだった。


 同じくらいの歩幅で近づき、右手を伸ばした。


 ガレスさんが半歩下がった。


 指先が空を掻いた。体を前へ寄せかけたところで、ガレスさんの手が上がった。


「そこまで」


 俺は手を下ろした。


「もう一度、やってもいいですか?」


「ああ」


 二度目は、少し近くまで行ってから手を出した。


 また下がられた。追おうとして足を出すより先に、腕が伸びた。


 そのとき、脇腹が引きつり、俺の動きが遅くなった。


 俺が止まると、ガレスさんは椅子を指した。


「座れ」


「もう少しで……」


「少しも届かなかっただろう」


 言い返せなかった。


 椅子へ戻ると、伸ばした腹の辺りがまだ重かった。息はすぐに戻ったが、やり直そうとする気は、見抜かれていたらしい。


「とりあえず、ここまでだ」


 ガレスさんは俺の前へしゃがんだ。


「何を見てた?」


「肩です。触るところを」


「じゃあそこで、動きをよく見ていろ」


*


 ちょうど、イルサさんが広場へ来た。


 ガレスさんに呼ばれ、面倒そうな顔をしながら向かい合った。


「触ればいいんだな?」


「ゆっくりで頼む」


 イルサさんが手を伸ばした。ガレスさんが下がる。


 その靴が、霜の上を動いた。


 次はイルサさんが足も進めた。ガレスさんはもう一歩下がり、それから横へ避けた。


 動き自体は速くはないが、あの動きを見ていると、思わず体が動いていた。


「今のはどうだった?」


 ガレスさんに聞かれ、足元へ目を戻した。


「相手の動きに合わせて下がってから、横に避けました」


「さっき、お前の足はどこにあった?」


 自分の跡を見た。


 最後の足跡の先には、何もない。そこに立ったまま、腕だけを伸ばしていた。


「手を出したところに、残ってました」


「相手はお前との間合いを見ながら動いている。相手との間合いを見ないと、いつまで経っても当たらないぞ」


 イルサさんが、今度は先に半歩下がった。ガレスさんが近づきかけて止まり、二人とも元の位置へ戻った。


 俺は霜に残った跡を見比べた。新しい跡が古い跡に重なり、靴の向きが少しずつ違っていた。


「どうすれば、相手に届きますか?」


「相手を見るだけじゃあダメだ。相手の動きを見る。今はまず、おれが何をしたか見ていろ」


 ガレスさんはそう言って、もう一度同じところへ立った。


*


 水を飲み、上着の前を閉めた。動かずにいると、指先が冷えた。


 イルサさんが用を済ませに離れたあとも、ガレスさんは何度か足を動かして見せてくれた。


 一度、靴が動く前に、膝が少し緩むのが見えた。


「そっちへ下がりますか?」


 言うと、ガレスさんが止まった。


「なぜそう思った?」


「膝が動いて、その足の跡が、さっきもそっちにあったので」


 ガレスさんは後ろを見た。それから、同じ方向へ一歩動いた。


「今はな。相手の動きによって、動き方は変わる」


「はい」


 当たったのは、それだけだった。


 次は横へ行くと思ったら、その場に残った。何を見れば分かるのか、まだはっきりしなかった。


 それでも、上半身を見ていたときには、気づかなかった動きだった。


*


 昼になる前に、ガレスさんが短剣を出した。


 鞘に入れたまま、俺へ柄を向けた。


「立たなくていいから、こいつを持ってみてくれ」


 受け取ると、小刀より重かった。柄の革は擦れて色が変わり、飾りはなかった。


 言われて少し抜き、刃を確かめた。小刀と同じつもりで握ると、手の中の収まりが違った。


 指の位置を直したところで、戻ってきたイルサさんが言った。


「ガレス、その持ち方は?」


「肉屋で習ったそうだ」


 俺は手元を見た。


「違いますか?」


「獲物を解体するときの持ち方だな。昨日言ったとおり、動く相手には別のことも要る」


 ガレスさんは柄を指した。


「そうだな。まずは、握り方からだ。柄は力を抜いて握る。やってみろ」


 言われて、握りしめていた指を緩めた。


 そのまま何度か持ち直し、鞘へ戻した。今日は振ることも、誰かへ向けることもしなかった。


「こいつは預けとく。使うのは、体が治ってからだ」


「いいんですか?」


「持たせるために出したんだ。寝床で振り回すなよ」


「分かりました」


 俺は短剣を膝へ置き、鞘の先まで見た。ベックさんの店で、初めて道具を渡されたときのように、置く場所が気になった。


*


 婆さんのところへ戻ると、何をしたか聞かれた。


「最初に少し動いて、あとは座って見ていました」


「傷は大丈夫だったか?」


「手を伸ばしたときに、少し痛みました」


 婆さんは腹を確かめ、昼飯のあとは横になれと言った。


 午後の練習はなかった。


 眠って起きると、広場から薪を下ろす音がした。俺は窓の方を見て、また寝床へ背中をつけた。


 短剣は鞄の横にあった。手を伸ばしかけたが、そのまま置いておいた。


*


 夕方、ルーチェが椅子を返しに来た。


 俺のそばへ座り、鞄の横を見た。


「それも、おそわったの?」


「今日は持っただけ。使うのは、まだ先だって」


「レイ、あのひとにさわれなかったね」


「ああ。そうだな」


 ルーチェは膝の上で、指を伸ばして見せた。


「レイがてをだすまえに、あのひとはあしをうごかしてた」


「見てたのか?」


「おみずをはこぶまえに。とりも、とぶまえにあしがうごくことがあるよ」


 俺は朝の靴の跡を思い出した。


 この子は、俺とは違うものを見慣れている。


「今度、気づいたら教えてくれ」


「うん。あしたもみにいく」


 立ち上がろうとすると、ルーチェが手を出した。俺は慌てて掴まず、先に足を床へ置いた。


「レイは、わたしがてをのばしたら、ちゃんとつかんでね」


 顔を上げた。


 ルーチェは笑っていなかった。差し出した手を引かず、俺の返事を待っていた。


「……ああ。わかっている」


 その手を取った。小さな指が、すぐ握り返してきた。


 小屋へ戻るとき、広場を通った。朝の霜は薄くなり、俺の二度ぶんの足跡も、人の往来に混じっていた。


 明日は手を出す前に、もう一度足元を見ようと思った。


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