五人の調査隊と、足りなかったもの
戻った翌日から、昼はハンナ婆さんの家で休んだ。部屋の隅に寝床を借りた。
朝、小屋でボックスから出した薬草は、布袋へ移して持っていった。尾根で採ったままの、湿った草だった。
婆さんは中を確かめると、俺の手から袋を取った。
「干すのはこっちでやる。だから、坊主は寝てな」
せっかく採ったのだから、自分で最後までやりたかった。けれど、袋を渡しただけで息が切れた。俺は言われたところへ横になった。
ルーチェは、寝床のそばへ椅子を寄せた。俺が水を飲もうと起きると、先に手を伸ばした。
「それくらいは、自分で取れる」
「もう、とったよ」
差し出された器を受け取った。その日は、ずっとそんな調子だった。
*
二日目に、洗い場の女の人が来た。
ルーチェは椅子から立ちかけて、俺を見た。
「今日は休んでてもいいよ」
そう言われると、今度は女の人を見た。
「ちいさいおけは、ある?」
「あるよ」
「それなら、やる」
頭の布の結び目を直し、戸口へ行った。そこで振り返った。
「レイは、ここにいて」
「ああ、わかった。昼もここで食べるから、ルーチェも気をつけてな」
ルーチェは頷いて、外へ出た。しばらくして、水を運ぶ足音が窓の下を通った。
俺は起き上がり、膝へ薬草の籠を載せた。三束目をほどいていると、婆さんが覗き込んだ。
「坊主、その束までにしときな」
言われて、腹を庇って座っていたことに気づいた。残りを返し、横になった。
夜は小屋へ戻り、ルームで寝た。俺が毛布を広げる横で、ルーチェも竜の姿になって寝床へ入った。
*
休み始めて三日目の昼に、広場が騒がしくなった。調査隊が来た、という声がした。
戸口へ行くと、五人の旅装の人が見えた。馬を二頭引いている。剣を差した人が二人、弓を背負った人が一人。あとの二人は、槍と長い棒のようなものを持っていた。
ヨルクさんが迎えに出た。先頭の男の人と話し、こちらを指した。
あの人たちが調査隊だろうか。
俺は上着のポケットへ触れた。話を聞かれるかもしれないと言われていたので、ギルドカードは朝のうちに入れておいた。
広場の向こうでは、ルーチェが桶を下ろしていた。五人を見てから、こちらを見た。俺は小さく手を上げた。
*
「ギルドから来た、ガレスだ」
ヨルクさんが連れてきた男の人は、そう名乗った。三十代くらいに見えた。背は高くない。腰の剣の柄は、握るところの色が変わっていた。
「穴から戻った子ってのは、あんたか?」
「はい。レイです」
「少し聞きたい。座れるか?」
俺は戸口の椅子へ座った。
ガレスさんは、俺の腹に目をやった。
「怪我をしたと聞いた。見せてみな」
少し迷ってから、上着を上げた。ガレスさんはしゃがみ、脇腹の線を見た。触りはしなかった。
「戻ったときから、こうなってたのか?」
「はい。地下で目が覚めたときには、傷が塞がってました」
「血は出てたか?」
「服も包帯も、血で固まってました」
ガレスさんはもう一度傷を見て、立ち上がった。
「ギルドカードは持ってるか?」
「はい」
ポケットから出して渡した。カードと俺の顔を見比べ、返してきた。
「歳は?」
「十二です」
ガレスさんは短く息を吐いた。
「そうか。……覚えてるところからでいい」
*
ヨルクさんに話したことを、もう一度話した。霧の中で待っていたこと。地面が崩れたこと。歩ける横穴があったこと。
獣のところまで話すと、ガレスさんが口を挟んだ。
「姿は見たか?」
「全体は見れなかったですが、火をつけたとき、脚だけ見えて。その脚も太くて、毛がありました」
「鳴き声は?」
「覚えていません。呼吸音は聞きました。太くて、ゆっくりした息でした」
「追ってくるときは?」
「爪で床を抉る音がしました」
少し後ろにいた、弓を背負った女の人が顔を上げた。ガレスさんが一度そちらを見た。何か心当たりがあるのかと思ったが、二人とも何も言わなかった。
「どうやって逃げた?」
「狭いところへ入ったり、石を投げたりしました。燃える布を投げて、一度は逃げました。でも、追いつかれて」
俺は脇腹へ触れた。
「最後は倒れて、気を失いました」
「起きたときは?」
「獣は追ってきませんでした。そのあと何とか歩いて、地上へ出ました」
獣が死んでいたことは言わなかった。ガレスさんは、俺が続きを話すのを待っていた。俺は黙っていた。
「出た場所は分かるか?」
「尾根の斜面です。ただ、同じ場所へ案内できるかは、分かりません……。霧も出ていたので」
「目印に覚えがあれば、あとでヨルクに言っとけ。今から戻る必要はない」
ガレスさんはそう言った。椅子の背を握っていた手を、俺は離した。
*
話の終わりに、ガレスさんが俺の腰を見た。
「それは小刀か?」
「はい」
「使ったか?」
「火をつけるために、服の一部を切るのに使いました」
「獣には?」
俺はあの脚を思い出した。
「一度、柄に手を掛けました。でも、刺すなら近づかないといけなくて。それが怖くて、逃げました」
「獣と戦ったことはあるのか?」
「刃物で、ああいう相手と戦ったことはありません」
「それでいい」
俺は顔を上げた。
「……何もできませんでした」
「いや、お前はよくやった」
ガレスさんは俺の腰から目を離した。
「お前は、最善の行動を取ったと思うぞ。獣から逃げるため、隙間へ入ったり、火を使って確認したり、怪我をしても止血したりしてな。おれがお前くらいのときに同じようにできるかといえば、できないと思うぞ」
俺は何も言えなかった。
ガレスさんはそれ以上言わず、仲間の方へ戻っていった。
*
夕方、広場に火が焚かれた。婆さんに、食事の間だけ外にいていいと言われた。
俺は火のそばの丸太へ座った。ルーチェが隣へ来た。五人のうち、弓を背負っていた女の人は、イルサさんという名前だった。
ヨルクさんが席を空け、煮込みの椀が回った。
「今年は、奥へ入ろうとする連中が増えた」
ガレスさんが言った。
「北の谷から出たという鱗や爪が、港や王都へ流れてる。運んでる連中と、買い手を調べる」
俺は匙を止めた。夜の桟橋で開いた木箱を思い出した。灰緑の鱗と、値段を言った男の声。
「森の民は手を貸すのか?」
集落の人が聞いた。
「今のところは、手は貸さないが、邪魔もしないと言われた」
「相変わらずだな」
「そちらの問題はそちらで片づけろ、だそうだ」
ガレスさんは椀へ目を戻した。
森を閉じていることと、密猟は関係があるのかもしれない。けれど、あの入口で文字を預かった人は、その理由を話さなかった。
俺はルーチェを見た。頭の布は緩んでいない。金色の目は、椀へ向いていた。
密猟を調べてくれるのは、ありがたい。それと、金色の竜の情報に金が出ることは、別だった。ギルドから来た五人に、どこまで話していいのかは、まだ分からなかった。
*
食べ終わるころ、ガレスさんが隣へ来た。
「さっきの小刀、誰かに習ったのか?」
「刃物の扱いは故郷の肉屋で、教わりました」
「獣の扱いは知ってるんだな」
「死んだ獣の解体ならできますが」
ガレスさんは頷いた。
「刃物を持ってても、動く相手は別だ。近づいたあと、動きによって変わる」
俺は腰の小刀を見下ろした。
「それを知っていたら、逃げられたんでしょうか?」
「分からん。おれはその獣を見てない」
ガレスさんは空いた椀を足元へ置いた。
「ただ、近づかれたときの対処方法は習える。逃げるにしてもな」
暗がりで、手を壁へ突いたときのことを思い出した。背後に音がしたら、速く動こうとした。速く動こうとして、足がもつれた。
「戦うために、ですか?」
「戦わずに済むなら、それでいい。ただ、対峙しないといけないときに、対処方法は知っておいた方がいいだろう」
俺は答えず、土の上に置いた自分の靴を見た。
火も、小刀も、包帯も使った。それがなければ、もっと早く動けなくなっていたかもしれない。でも、追いつかれたときの体の動かし方は、知らなかった。
「ガレスさん、俺に教えてもらえますか?」
ガレスさんは、俺の腹を見た。
「まずは、傷を治すことが先だ」
「はい」
「おれたちは冬の間、ここを拠点にする。おれがいる日の朝なら、広場にいる」
立ち上がり、空の椀を拾った。
「まずは体を治し、走れるようにしてから来い」
そう言って、火の向こうへ行った。
*
ルーチェは隣で聞いていた。
「あのひとに、おそわるの?」
「そうしようと思う」
言ってから、広場を見渡した。ルーチェの洗い場と、婆さんの家が見えた。
「朝は、ここで。遠くへは行かない」
ルーチェはしばらく広場を見て、それから頷いた。
俺は空の椀を持って立った。腹は、まだ引きつった。ガレスさんに言われたとおり、今走れるとは思えなかった。
*
小屋へ戻り、戸を閉めてからルームへ入った。ルーチェは頭の布を椅子へ置き、竜に戻って寝床へ入って、俺が毛布を広げるのを見ていた。
俺は腰の小刀を外し、鞘に収まったまま、手の上に載せた。王都を出る前に、自分の稼ぎで買ったものだ。
これで薬草を切り、魚を捌き、穴の中では服を裂いた。刃物の扱いを習ったことは、無駄ではなかった。これから習うことも、旅のどこかで要るのだろう。
けれど、小刀を使えるようになっても、開かないルームの入口をこじ開けられるわけではない。それは、まだ何も解決していなかった。
食卓に小刀を置いた。毛布へ横になると、ルーチェが頭を寄せてきた。
「明日、広場へ行ってみる。まずはやり方を見せてもらう」
少し間があった。
——わたしも、みる。
「水汲みは?」
——みずくみのまえに、みる。おわってからも、みにいく。
「そっか」
俺は顔を横へ向けた。金色の目が、まだ開いていた。
「おやすみ」
——おやすみ。
小刀を置いた食卓には、明日の朝使う椀が二つ並んでいた。




