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捨てられた転生者、金色の竜と旅に出る〜時空間チートで巡る、帰る場所のある旅路〜  作者: mizu
第四章 北の森

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飛び出してきた金色と、知らない時間

胸の前まで上げた手が、震えていた。


 指を一度閉じる。ここでも開かなかったら——そう考えかけて、息を吐いた。


 食卓を思い浮かべた。その奥の寝床と、そこにいるはずのルーチェを。


 魔力が集まり、今度は散らなかった。目の前に入口ができた。


 中を覗くより先に、金色が飛び出してきた。


 ルーチェだった。人の姿で、俺の胸へぶつかってきた。


 後ろへ倒れかけ、右手をついた。腕と脇腹が痛み、息が漏れた。それでも手を伸ばし、ルーチェの背中に触れた。温かかった。


「ルーチェ」


 返事はなかった。両手で俺の上着を掴み、額を胸へ押しつけている。布を引く指に力が入って、離れない。


 俺は背中に手を置いたまま、名前をもう一度呼んだ。


 肩が震え始めた。声はほとんど聞こえない。ただ、息を吸おうとするたびに、体が小さく揺れた。


「……ごめん」


 掴まれた上着が、さらに引かれた。俺はその手をほどかず、背中をゆっくり撫でた。


 入口の向こうに、食卓が見えた。椅子も、寝床も、そのままだった。そこへ戻してやらなければと、ずっと思っていた。それなのに今は、目の前にいる子から手を離せなかった。


*


 顔を上げたルーチェは、目の周りと鼻が赤くなっていた。


 金色の目が、俺の顔から上着へ移った。固まった血を見て、袖の裂け目を見て、もう一度俺を見た。


「レイのばか!」


「……ああ」


「ばか。ばか!」


 声が詰まった。


「なんで、あけないの!?」


「開けたかった。何度もやった。でも、開かなかった」


「あけてって、ずっといってたのに!」


「聞こえなかったんだ」


 言ってから、また謝りそうになった。


「わたしは、ずっときこえてたのに」


 俺は口を閉じた。


「……俺の声が?」


「うん。みずがみつかったって。それから、もじがあったって」


 どちらも、暗いところで言った言葉だった。聞こえているか分からないまま、返事を待った言葉だった。


「……よんだのに」


 ルーチェの指が、上着の裂け目を掴んだ。


「わたしはここだよって、いったのに!」


 俺には届かなかった。お互いに同じように繋がっていると思っていた。けれど、向こうの声がこちらへ届くのかどうか、確かめたことはなかった。


「ごめん」


「あやまらないで」


 ルーチェは顔を袖で拭いた。


「あやまるのは、ずるい!」


 俺は言いかけた言葉を飲み込んだ。


「……戻ってきた。今は、ちゃんと聞こえてる」


 ルーチェは俺を見た。また口元が歪んだが、今度は小さく頷いた。


*


 風が吹いて、破れた上着の背中が冷えた。


 ルーチェがそれに気づき、俺の脇へ回り込んだ。


「ここも、やぶれてる」


「ああ。何か羽織る」


 人の声も足音もしないのを確かめ、ボックスを開いた。こちらも開いた。


 毛布と、水と食べ物を出した。毛布に指が触れたところで、俺はしばらく手を止めていた。穴の中で、何度も取り出そうとしたものだった。


「レイ?」


「……取れた」


 それだけ言って、毛布を膝へ載せた。


 着替えようとして、やめた。左の袖を抜こうとしただけで肩が痛み、手伝おうとしていたルーチェの手も止まった。固まった布は、脇腹に張りついている。剥がすのは、帰ってからでいい。


 ルーチェが毛布を広げ、破れた背中へ掛けてくれた。裂け目から覗く包帯を見て、その手が止まった。


「まだ痛むけど、さっきよりは動ける」


「さっきって?」


「……倒れる前より」


 そう答えると、ルーチェは包帯から目を離した。毛布の端を俺の肩へ寄せてから隣へ座り、水を受け取った。


 ルームの入口を閉じるとき、ルーチェの手が止まった。俺はルーチェの肩に触れ、閉じたあとも、しばらくそのままにしていた。


*


「レイが、やられたとおもった」


 水を飲んだあと、ルーチェが言った。


「……ああ。ひどい目に遭った」


「ちがう」


 俺の胸の辺りを指した。


「たおれて、いきをしなくなった」


 水袋を持つ手が止まった。


「痛くて、息ができなかったときか?」


「そのあと。なにも、こなくなった」


 ルーチェは、自分の胸に手を当てた。


「ふって、なくなった」


「いつの話だ?」


「おっきいのに、おいかけられて、たおれたあと」


 俺は、この子の顔を見た。追われたことは、まだ話していない。


「獣のことも、分かってたのか?」


「みてた」


「見えてた?」


 ルーチェは頷きかけて、首を傾けた。


「まわりがくらくて、おとがして、レイがにげてた」


 両手を胸に押し当てる。


「いたいのも、さむいのも、ここにながれてきてた」


 どんなふうに見えていたのか、俺には分からなかった。それでも、この子に届いていたのは、俺の声だけではなかった。


「あけてって、ずっといってたのに」


 また、その言葉へ戻った。


 外で俺が逃げているあいだ、この子もルームの中で出口を求めていた。俺は、ただ待たせているつもりだった。


 口を開きかけると、ルーチェがこっちを見た。謝る代わりに、差し出された手を握った。


*


「そのあと、どうなった?」


 ルーチェは少し黙っていた。


「うごいた」


「俺が?」


「うん」


「立ったのか?」


「わかんない。てが、こんなふうに」


 俺と繋いでいない方の手を持ち上げ、曲げた指をゆっくり開く。


「……なったとおもう」


 俺は自分の手を見た。覚えていない。倒れて、脇腹へ手をやろうとして、届かなかった。そのあとに、孤児院の声を聞いた。指を開いた記憶はなかった。


「それから?」


「しずかになった。おっきいのの、おとがしなくなった」


 俺は頷きながら、獣の切り口を思い出した。


「レイがうごいたとき、へんだった」


「変って?」


 ルーチェは眉を寄せ、言いかけて、やめた。俺は待った。


「なんか、いた」


「誰かいたのか?」


「ひとじゃない。……わかんない。でも、なんか」


「怖かったか?」


 答えが出るまで、少し間があった。


「……こわくなかった」


 ルーチェは自分の手を見下ろした。


「ずっと、こわかったのに。あれは、こわくなかった」


 指を曲げ、もう一度開いた。


「せつめい、できない」


「うん。話してくれて、ありがとう」


 俺は、それ以上聞かなかった。指の動かし方だけが、目に残った。


*


 俺の傷が閉じたのも、そのあいだなのか。獣を切ったものと、この子が感じたものは、同じなのか。


 考えながら右手を握った。いつもの手だった。爪の間に土が残り、擦れたところが痛んだ。動かそうとすれば動いた。


 ルーチェが、その手を見ていた。俺は力を抜いた。


「さあ、帰ろうか?」


「あるける?」


「休みながらなら。ただ、霧が晴れて道が見えるまで待ちたい」


 木の間には、まだ霧が流れていた。もう一度どこかへ落ちたらと考えると、今座っている場所から足を出すのも怖かった。


 俺たちは食べ物を少しずつ口に入れ、近くの木の根が見えるようになるまで待った。そのあいだ、ルーチェは俺のすぐ横にいた。


*


 出発前にもう一度ルームを開けた。ルーチェは入口から中へ手を伸ばし、外してあった頭の布を取った。


 結ぶのを手伝おうとすると、俺の右腕を見て言った。


「じぶんで、やる」


 長い髪を少しずつ布の中へ収めていく。結び終えた顔を見ると、金色の目は、まだ涙で濡れていた。俺は布の端から出た髪を一本だけ入れ直した。


 ルーチェが、折れた斧のところへ行った。


「これも?」


「ああ。ヨルクさんに返さないと」


 渡された斧を、ボックスへ入れた。どうして地上にあったのかは、分からないままだった。


 鞄から道順の紙を出した。地形と目印を確かめ、分かるところから戻ることにした。


 立ち上がると、脇腹が引きつった。ルーチェが肩を支えようとして、届かずに腕を持ち直した。


「痛っ、そっちは、傷がある方だ」


「……こっち?」


「うん。ゆっくりでいい」


 二人で足元を見て、一歩下りた。


「レイ、もういかないで」


 次の足を出す前に、ルーチェが言った。


「ひとりでいかないで」


「……ああ。一緒に帰ろう」


 握った手に、力が返ってきた。


 俺たちは同じ石を避け、次の足場へ進んだ。


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