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捨てられた転生者、金色の竜と旅に出る〜時空間チートで巡る、帰る場所のある旅路〜  作者: mizu
第四章 北の森

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暗がりを歩く道具と、四角い部屋

横穴へ足を踏み入れてからしばらく経った。振り返っても、落ちてきた穴は見えなくなっていた。


 割れ目に落ちたときに痛めた左肩では、斧を持ち続けるのは難しい。右手は壁に手をやるので、横穴に入る前に、鞄に斧の柄を差し込んでおいた。それでも歩くと揺れるので、自然と歩幅も小さくなった。


 横穴は真っ暗で、壁は曲がりながら、少しずつ下っているようだった。


 試しに、右手を顔の前へ持ってきた。指を動かしても、見えなかった。


 俺は右手を壁へ戻し、慎重に進んでいった。


 何も見えないので、靴の先をゆっくり滑らせるように歩く。何か異変を感じたら、その向こうを探る。足を置いてから、少しずつ体重を移していく。


 右の指先には、ざらついた壁が触れている。


 一度、窪みに沿って手を伸ばしたら、指が届かなくなった。


 足を止めた。


 少し戻すと、また岩に触れた。そこから上下を探り、窪みの縁を確かめてから進んだ。


 壁を伝えば外へ出られるのかは分からない。


 ただ、右手を離してしまったら、今どちらを向いているのかも分からなくなりそうだった。


*


 灯りのことは、何度も考えた。


 火打石と、乾いた苔はある。上着の布を裂けば、少しは燃やせるかもしれない。


 けれど、それを燃やし続けるものがなかった。斧の柄に布を巻いて松明にしても、染み込ませる油がなければ、すぐに燃え尽きてしまう。


 落ちた場所で見つけた葉は濡れていた。ここまで歩いてきても、靴に当たるのは石ばかりだ。


 上着を少しずつ燃やして、どこまで行ける。


 水袋を取り出したとき、袖口に頬が触れた。そこもまだ湿っていた。


 ひと口飲み、栓をした。


 いずれ、どうしても先を見なければ進めない場所に出るかもしれない。


 苔は、それまで残したかった。


 袋の位置を指で確かめ、また壁へ手を戻した。


 何歩か進んだところで、額に岩が当たった。


「っ……」


 強くぶつけたわけではない。それでも、後ろへ引いた体の動きで左肩が痛んだ。


 しゃがみ、右手で頭の上を探った。


 天井が低くなっていた。


 その先は、腰を屈めて進んだ。頭の上を確かめ、足元を探り、壁に触れ直す。


 少し進むだけで、何度も止まった。


*


 水の音がした。


 最初は、自分の水袋が揺れたのかと思った。


 止まっても、音は続いた。


 右の壁を伝っていくと、指先が濡れた。細い流れが、岩の割れ目から落ちていた。


 水だ。


 手を差し入れると、冷たさが指の間を抜けた。


 飲めるか。


 いつものように、鑑定しようとした。


 何も分からなかった。


 手に触れているのに、名前も、性質も出てこない。


 もう一度だけ試して、やめた。


 俺は濡れた指を鼻へ近づけた。目立つ匂いはしない。だが、暗くて色も濁りも見えなかった。


 水袋を揺らした。


 何度も少しずつ飲んでいるうちに、残りはわずかになっていた。


 この先にも水があるとは限らない。


 ここを通り過ぎてから引き返すとしても、同じ場所まで戻れるか分からなかった。


 俺は残っていた水を飲み、空になった袋を膝に置いた。


 流れからすくった水を、少し口に含む。


 冷たい。


 かすかに鉄のような味がした。


 それで安全だと分かるわけではなかった。しばらく口の中に残った味を確かめてから、飲み込んだ。


 もう少し飲み、水袋の口を流れの下へ持っていった。


 うまく入らず、最初は手首と袖を濡らした。位置をずらすと、水が袋の底を打つ音がした。


 膨らんでいく袋を支えていると、重さで左肩が鈍く痛んだ。


 途中で床に置き、右手だけで口を開いた。


 栓をするまで、思ったより時間がかかった。


 いっぱいになった水袋は重かった。


 提げ直すと、その重みが体の脇へ戻ってきた。


*


 どれくらい歩いたのか、分からなくなっていた。


 最後に食べたのは、尾根へ登る途中の昼だった。


 初めて腹が鳴ったときは、夕方になったのかと思った。


 けれど、そのあとも腹は鳴った。鳴らなくなっても、空腹は続いた。


 何度目が夜で、何度目が朝なのか。


 そんな数え方はできなかった。


 右の指先がひりつき始めると、手のひらや指の背に替えた。壁に触れる場所を少しずつ変え、それでも痛くなれば止まった。


 座る場所も、手で探した。


 床がひどく濡れていないところ。背中を預けられるところ。


 見つけると斧を鞄から抜き、すぐ横へ置いた。立ち上がるときに忘れないよう、柄を右足に触れさせておいた。


 左肩は、じっとしていても痛むようになっていた。


 楽な角度を探して腕を抱え、壁にもたれた。


 眠るつもりがなくても、気づいたときには、目を閉じて頭が下がっていた。


 どれくらい眠ったのかは分からない。


 目を開けても、何も変わらなかった。


*


 休むたびに、ルームを開こうとした。


 場所が変われば、今度はできるかもしれない。


 集めた魔力は、そのたびに散っていった。


 入口を思い描くと、食卓や置いてきた食べ物と水、それに、昼に顔を見せたルーチェまで浮かんでしまう。


 もう、次の食事を待っているだろうか。


 帰るのが遅いと思っているだろうか。


 俺は目を閉じ、あの繋がりへ意識を向けた。


 まだ、ある。


 落ちた直後の、張り詰めたような感じは弱くなっていた。


 落ち着いたのかもしれない。眠っているのかもしれない。


 それとも、俺が疲れて、感じ取りにくくなっているだけなのか。


「水は、見つかった」


 小さく言った。


 声は、近くの岩に返ってきた。


「まだここから出られてないが、諦めずに出口を探す」


 返事はなかった。


 話しかけても届いていないのかもしれない。それでも、何も言わずにまた歩き始める気にはなれなかった。


 俺はしばらく息を整えた。


 水袋に触れ、苔の袋に触れ、小刀の鞘を確かめる。


 最後に、足元の斧を拾った。


*


 何度か休息をとりつつ、少しずつ進んでいった。そのうち床の感じが変わった。


 靴の下で転がる石が減った。


 何歩か進んでも、足の裏が同じ高さに収まる。


 俺はしゃがみ、右手で床を触った。


 冷たい石だった。


 表面を撫でていくと、指の腹が細い溝に触れた。


 溝をたどる。


 まっすぐ続いていた。


 別の溝にぶつかり、そこで直角に曲がった。


 四角い。


 手を広げ、隣を探った。そこにも平らな面と、まっすぐな継ぎ目があった。


 石を並べてある。


 顔を上げた。何も見えない。


 それでも、目の前の暗がりが、それまでとは違うものに思えた。


 誰かが、ここに床を作った。


 俺は立ち上がり、右の壁に触れた。


 岩の出っ張りがなくなっていた。壁にも継ぎ目がある。


 そこを伝っていくと、指が角に当たった。


 角を回った先へ、壁が続いている。


 入口なのか。


 俺はその場に斧を置き、足で位置を確かめた。


 ここで、灯りを使おうと思った。


*


 上着の内側を探った。


 外側ほど濡れていないところを選び、裾に小刀で切れ目を入れた。布を引き裂くと、思ったより大きな音が響いた。


 手を止めて、耳を澄ました。


 何も聞こえなかった。


 小刀をしまい、裂いた布と少しの苔を床に置いた。残りの苔は先に袋へ戻した。


 火打石を打つと、火花が一瞬だけ見えた。もう一度打って、苔の端に残った赤い点へ息を送る。煙の匂いがして、ほぐした布の端へ移すと、小さな炎が立った。


 指と、膝と、床の石が見えた。


 俺は布の燃えていない端を持ち、顔から離した。


 明るいのは、すぐ近くだけだった。


 まっすぐな壁がある。床と同じように、切った石が積まれている。


 炎を少し上げた。


 壁に、線があった。


 縦に長い線。その脇から出た短い線。曲がって、隣の形へ続く線。


 傷ではなかった。


 文字だ。文字が彫ってある。


 俺は近づきかけて、足を止めた。斧を跨ぎ、その位置を確かめてから、壁へ寄った。


 炎が揺れた。


 見覚えのある形が、浮かんだ。


 大書庫で写した文字。


 リーナの母さんが遺した一行にあった、あの形だ。


 火が指の方へ近づいてきた。


 俺は布を床へ置いた。


 残った炎が小さくなり、消えた。


 しばらくは、目の奥に明るい形だけが残っていた。


*


 エルフの文字だった。


 少なくとも、さっき見えた中には、写した覚えのある形があった。


 俺は右手を伸ばし、文字のあったところを探した。


 指先が溝に触れる。


 石に彫り込まれていた。上から下へなぞると、途中から別の線が分かれている。


 もう一度、上へ戻った。


 紙が欲しかった。


 写しは持っている。森の入口で預けた二枚とは別に、その場で書き写して手元へ残した。


 けれど、それもボックスの中だ。


 目の前の文字と並べて比べることすらできなかった。


 星。還る。待っている。


 あの一行から拾えた意味を、順に思い出した。


 今触っている文字が、そのどれに当たるのかは分からない。似た形を見つけただけで、読めるようになるわけではなかった。


 これはなぜ、こんな場所にあるんだろう。


 森の入口で会ったエルフは、ここを知っているのだろうか。


 俺は文字から手を離し、もう一度、ルームを開こうとした。


 魔力が散った。


 思わず、手を握った。


 今のは、早すぎた。


 これまでは、少しは集められた。入口の形になりかけてから崩れていた。


 ここでは、その手前で散る。


 疲れたせいか。


 俺は壁に沿って戻った。靴が斧の柄に触れた。その先の角を探し、入ってきた通路へ数歩出た。


 そこで、もう一度試した。


 開かなかった。


 けれど、さっきよりは集まる。


 壁を伝って中へ戻り、文字がある壁の前で同じことをした。


 また、早く散った。


 俺は手を下ろした。


 息を整え、しばらく待ってから、入口の外でもう一度確かめた。


 違う。


 開けないことに変わりはない。それでも、どこで試すかによって、魔力の散り方が違った。


 落ちたときに、俺がおかしくなっただけではないのかもしれない。


 壁の向こうを見ようとしても、何も見えなかった。


*


 俺は斧を拾い、壁を伝って部屋を調べた。


 角があった。


 そこを曲がって進むと、また角に触れた。


 途中で休みながらたどるうちに、四角い部屋の形が少しずつ分かってきた。少なくとも、壁際を通る範囲には家具も荷物もなかった。


 入ってきた側と向かい合う壁に、もう一つ口が開いていた。


 先にも石の床が続いている。


 顔を向けると、かすかに空気が動いた。


 続きがある。


 すぐに進みたかった。


 この部屋から離れれば、魔力を集めやすくなるかもしれない。


 けれど、俺はもう一度だけ文字がある壁のところへ戻った。


 誰が作ったのかも、何のための部屋なのかも分からない。文字と、力が使えないことに関係があるかも分からない。


 それでも、何も持ち帰らずに離れたくなかった。


 指で、同じ線を何度もたどった。


 長い線。そこから曲がる線。その下にある短い線。


 隣へ移る。


 しばらく探ると、さっき触れたのと似た並びがあった。


 四つの形が、ひとまとまりになって繰り返されているようだった。


 全部は覚えられない。


 この四つだけ。


 右の指で溝をなぞり、そのあと自分の膝に同じ形を描いた。


 二つ目で迷った。壁へ戻って、確かめた。


 リーナに見せるなら、ここを間違えたら意味がない。


 もう一度、最初からなぞった。


*


 通路の口へ戻るときには、足が重くなっていた。


 立ち止まっているあいだは忘れていた空腹が、また腹の中へ戻ってきた。


 水を飲んだ。


 栓を閉め、鞄に差した斧を直した。


 あの繋がりは、まだ残っていた。


「文字があった」


 小さく言った。


「リーナが調べてるのと、似たやつだ」


 返事はなかった。


 俺は文字の形を、右手の指で一つずつ空になぞった。


 まだ覚えていた。


 通路へ向き直り、壁に手をついた。


 数歩進んだところで、立ち止まる。


 ルームを開こうとすると、魔力はまた散った。


 それでも、文字の前よりは集められた。


 俺は右手を壁へ戻し、また慎重に進んでいった。


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