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捨てられた転生者、金色の竜と旅に出る〜時空間チートで巡る、帰る場所のある旅路〜  作者: mizu
第四章 北の森

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冬支度と、フードを取れない日々

集落の朝は、斧の音で始まった。


 男たちが伐採する場所へ向かい、残った者が薪を割る。昼には丸太を引く音が道を通り、夕方には、それが家々の脇へ積まれていた。


 俺たちの借りた小屋にも、ヨルクさんが板を持ってきた。


「ここを押さえてろ」


 言われた場所を押さえると、すぐ近くで槌が鳴った。


 壁の隙間が一つ塞がる。


 屋根の傷んだところも直してもらい、俺はその間、古い板と木屑を運んだ。


「雪が積もったら、入口の前は毎朝どけろ。放っとくと戸が開かん」


「はい」


 冬まで待つ。


 そのために要る仕事が、毎日少しずつ分かってきた。


*


 俺の仕事場は、ハンナ婆さんの家だった。


 草を受け取り、広げて確かめ、傷んだものを除く。乾いたものは束ね直し、まだ湿っているものは別にする。


 マルタさんの店でやっていたことと、手順は似ていた。


 違うのは、知らない草が多いことだった。


【ハイマツヨモギ/北方の高地に自生。乾かして粉にすれば止血に使える】


 名前と用途は出た。


 けれど、婆さんの棚にある粉と、今受け取った草を、そのまま同じものとして扱っていいかは分からない。


「婆さん。これは、どの時期に採ったものを使うんですか?」


「花が終わってからだよ。今なら、東の山の尾根にある」


「このくらいの葉で?」


 手元へ寄せると、婆さんは指で触った。


「そう。その厚さを覚えときな」


 俺も、隣の葉を触った。


 見た目では分かりにくかったが、指で挟むと違いがあった。


「こっちは薄いですね」


「日陰で育ったやつだろうね。採る場所でも違う」


 紙に書こうとして、先にもう一度触った。


 婆さんはそれを待ってから、次の束を渡してきた。


*


 ルーチェは、洗い場で仕事を教わっていた。


 最初の日は一緒に行き、俺が働く家の場所も確かめた。


 昼になれば、婆さんの家へ来る。


 ほかの場所で手伝いを頼まれたときは、行く前に知らせる。


 そう決めて始めたが、三日目には、俺より先にその日の順番を知っていた。


「きょうは、あらいばのあと、まきをはこぶ」


「薪も運ぶのか?」


「わたしは、ちいさいのをはこぶの。おおきいのは、あっち」


 指した先では、二人がかりで太い薪を運んでいた。


 ルーチェの抱える籠には、細く割ったものが入っている。


 持とうとすると、少し体を引かれた。


「これは、わたしのしごとだから」


「……そうか」


 俺は手を戻した。


 そのまま歩いていく後ろ姿を見ていると、洗い場から名前を呼ばれた。


「ルーチェ、こっちの家へ頼むよ」


「はーい」


 返事をして、角を曲がっていった。


*


 困ったのは、フードだった。


 桶を覗くと、フードが前へ垂れて手元が見えなくなる。体を起こせば、今度は後ろへずれて髪が覗きそうになる。そのたびに濡れた手で直すので、昼に会うころには、顔の周りの布が湿っていた。


「邪魔なら、そのかぶり物は取っていいんだよ」


 洗い場で、そう声をかけられているのを聞いた。


 ルーチェは首を振った。


「だいじょうぶです」


 相手はそれ以上言わず、次の桶へ移った。


 その夜、ルームでフードを干しながら、俺は聞いた。


「洗うとき、邪魔か?」


 ルーチェは髪の生え際を指で掻いた。


「ちょっと。した、みえなくなる」


「そうだよな」


「でも、とらないよ」


 俺は湿った布を見た。


 髪を見られたくない。それは変わらない。


 だからといって、この子が毎日、濡れた布を顔の周りに垂らして働くのを、そのままにしておくのも違った。


「洗い場の人たちみたいに、布を巻いてみるか?」


「かみは、かくれる?」


「全部入るようにしてみよう」


 手持ちの布を出し、広げた。


 一度目は、後ろが余った。


 二度目は、結び目をきつくしすぎた。


「レイ、いまむすんだとこが、ちょっといたい」


「悪い。少し緩める」


 長い髪をまとめて布の中へ収め、額のところを折り返した。横からも、後ろからも、髪が出ていないか確かめる。


 ルーチェが首を振った。


 布は落ちなかった。


「どうだ?」


「うん、ちゃんとみえる」


 椀を持って、下を向いてみる。


「これがいい」


 目の色までは隠れない。


 フードのときも、顔を上げれば見えるものだった。それが気になって、俺は額の布をもう少し下げかけた。


「そこまでさげると、またみえなくなるよ」


 手を止めた。


「……これくらいか?」


「うん」


*


 翌朝、布を巻いたルーチェを見て、洗い場の女の人が頷いた。


「そっちの方が仕事しやすいね。濡れたら替えな」


 ルーチェは布へ触れ、それから桶を受け取った。


 誰も、取るようには言わなかった。


 昼には少し結び目が緩んでいたので、小屋で巻き直した。替えの布も用意した。


 それだけで、前より顔を触る回数が減った。


 ある日、ルーチェは干した果物を二切れ持って帰ってきた。


「まきをはこんだから、くれたの」


「よかったな」


「こっちは、レイのね」


 小さい方を渡された。


 俺が見比べると、ルーチェは大きい方を口へ入れた。


 自分がもらった分だから、自分の方が大きいらしい。この子らしい。


 そう思いながら、俺も小さい方を食べた。


*


 働き始めて八日目、ハンナ婆さんが棚の籠を下ろした。


「ハイマツヨモギが足りないね」


「どれくらいですか?」


「冬の間、村で使う分だよ。今あるだけじゃ、途中でなくなる」


「東の山の尾根でしたね」


「ああ。採って戻るなら、二日は見ときな」


 二日。


 俺は籠の残りを見た。


 道順を教えてもらい、採る場所と量を紙に書いた。閉められている森の道へ入る必要はないことも、確かめた。


「妹も一緒かい?」


「そのつもりですが、今日、話します」


 婆さんは頷いた。


「行くなら、ヨルクにも聞いときな。尾根の道は、あの男の方が知ってる」


*


 夕方、ルーチェに採取の話をした。


「一泊することになると思う。明後日には戻るつもりだ」


「レイ、わたしも?」


「ルーチェにも一緒に来てほしいと思っている」


 この子を残して泊まりがけで出るのは、まだ不安だった。


 眠れば竜に戻る。いつもの寝床も、俺と一緒に移動してしまう。


 ルーチェは、干していた布を畳んだ。


「わたしも、いきたい」


 それから、手を止めた。


「でも、あしたは、みずくみのしごとがあるの」


「ああ」


「わたしが、ちいさいおけをはこぶの」


 その桶の大きさを、俺は知っていた。


 誰と組んで、どこへ運ぶのかは知らなかった。


「代わってもらえるか、聞いてみようか?」


「かえったら、かわりにやればいい?」


「それも、相談しよう」


 ルーチェは頷いて、畳みかけの布を置いた。


「いまから、きいてくるね」


「俺も行く」


 外へ出ると、ルーチェは迷わず洗い場へ向かった。


 俺の知らない名前を呼び、明日のことを話し始める。


 水汲みの順番が変わった。代わりに、帰った翌日の分を引き受けることになった。


 俺が口を挟む前に、話がついた。


 少しだけ、手持ち無沙汰だった。


 マルタさんの店でも、この子には自分の仕事があった。


 ここでも、俺が頼む前に、自分で話せる相手ができている。


「レイ、いいよっていってくれた」


「ここから聞いてたぞ」


 そう答えると、ルーチェはほっとした顔で笑った。


*


 出発の前に、ヨルクさんが斧を一本貸してくれた。


 使い込まれていたが、刃は研がれている。


「道に被さった枝を払うくらいにしとけ。無駄に木を倒すなよ」


「はい」


「それと、霧が出たら動くな。あっという間に濃くなる。特に尾根の方は、見えてた道が分からなくなる」


 ヨルクさんは、俺が描いた道順の途中を指した。


「この辺りだ。戻ろうとして歩き回るのが一番まずい。足場を確かめて、待て」


 俺はその場所に印をつけた。


 小屋へ戻って、水と食料を用意する。


 ルームの食卓にも、ルーチェが食べられるものと水を置いた。


「尾根は冷えるらしい。寒くなったら、ルーチェはルームで待っててくれ」


「うん」


「休むときには開ける。一緒に外へ出られる所なら、出よう」


 ルーチェは、食卓の包みを確かめた。


「こっちは、わたしのぶん?」


「ああ」


 今度は、大きさを比べられないように分けておいた。


*


 翌朝、集落を出た。


 水汲みを代わってくれた女の人が、桶を持ったまま手を上げた。


「気をつけておいで」


「いってきます」


 ルーチェも手を振った。


 家々が木の陰に隠れてしばらくすると、風が強くなった。ルーチェが首元を押さえ、俺の袖を引いた。


「もう、ルームにはいっていい?」


「ああ」


 道の前後と木々の間を確かめ、ルームを開く。


 ルーチェは中へ入ると、頭の布を外した。


 金色の髪が肩へ落ちた。


「あとでな」


「うん」


 ルームを閉じ、俺は東へ歩き出した。


*


 はじめのうちは、歩きやすい道だった。


 踏み跡があり、枝を払った跡もあった。教わった目印を確かめながら進む。


 登るにつれて、道は細くなった。


 木の間から風が抜ける。足元には濡れた葉が重なり、その下に石や根が隠れていた。


 昼の休憩では、一度ルーチェに声をかけた。


 ルームの中でパンを食べ終えたところだった。外の風を見て、もう少し中にいると言った。


 俺も食べてから、先へ進んだ。


 ハイマツヨモギがあったのは、尾根の南向きの斜面だった。


 灰色がかった葉が、低くまとまって生えている。


 鑑定を通し、葉の厚さを指で確かめた。花は終わっていた。婆さんから見せてもらったものと、形も手触りも合っている。


 使うところを選んで採る。


 土や枯れ葉を除き、ボックスへ収めた。湿りは、帰ってから干せばいい。


 何度か繰り返したところで、光が薄くなった。


 顔を上げる。


 尾根の向こうから、白いものが上がってきていた。


*


 霧だった。


 木の幹が一本、白い中へ消えた。


 その隣も消える。


 俺は採取をやめ、手元の草をしまった。


 まだ周りが見えるうちに、すぐそばの岩陰へ寄った。靴で地面を踏み、腰を下ろす。


 ここで待つ。


 ほどなく、数歩先も見えなくなった。


 風の音はするのに、どちらへ吹いているのか分かりにくい。霧の中から枝が現れるたび、さっきまで近くになかったものが寄ってきたように見えた。


 俺は上着の襟を立てた。


 ルーチェは、ルームにいる。


 寒くなれば入れる。人がいれば姿を隠せる。そのたびに、俺が開けて出せばいい。


 今までと同じだった。


 霧が薄くなったら、もう一度声をかけよう。今日は採取を切り上げ、下りられそうなら下りる。


 そう考えながら、岩に背を預けた。


 しばらくすると、濡れた地面に座っていたせいか、少しずつ体が冷えてきた。


 膝を曲げたまま待っていたので、足先の感覚も鈍い。


 俺は座り直そうと、片手を岩へついた。


 腰を浮かせ、足の位置を少し変える。


 そのとき、靴の下で何かが裂ける音がして、俺は足元を見た。


 枝かと思ったが、違った。


 細い割れ目が、靴の下を抜けて地面を走っていく。


 俺は割れ目から逃れようと岩へ手を伸ばしたが、濡れた表面で指が滑った。


 両足から、割れ目に飲み込まれるように沈んでいく。


 さっきまで座っていた地面が崩れ、白い霧が一気に頭上へ遠ざかった。


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