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捨てられた転生者、金色の竜と旅に出る〜時空間チートで巡る、帰る場所のある旅路〜  作者: mizu
第四章 北の森

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斧の音のする集落と、竜の血の噂

借りている小屋を出ると、斧の音が聞こえた。


 一度、二度。少し間が空いて、また一度。


 前に水場を教えてもらった道を進むと、丸太を組んだ家々が見えてきた。屋根には重しの石が並び、軒の下には薪が積まれている。


 今日は、その奥まで行く。


 鞄の中には、干し上がったヤナギバを入れてあった。


「レイ、あっちからもおとがする」


 ルーチェが指した方から、金属を叩く音がした。


 開いた戸の向こうで、炉の火が赤く光っているのが見える。そして壁には斧の頭が幾つか掛けられていた。


「鍛冶屋だな」


 薪を割る場所から、それほど離れていない。


 俺は鞄の紐を持ち直し、斧を振っている男の方へ歩いた。


 刃が下りるのを待って、声をかける。


「すみません」


 男は割れた薪をどけてから、こちらを見た。


 髭が濃く、腕が太い。斧を持っていない方の手にも、節が目立っていた。


「ああ。外れの小屋にいる子らか」


「はい。使わせていただいて、ありがとうございます」


「雨は入らんか?」


「壁際が少し。でも、濡れない場所で休めています」


「あそこは、風が変わると吹き込むんだ」


 男は斧を立てかけ、手の木屑を払った。


「それで?」


「しばらく、この辺りで働けないかと思って来ました」


*


 レイと名乗り、ルーチェを妹として紹介した。


 ルーチェもフードの下から頭を下げた。


「ルーチェ、です」


「俺はヨルクだ。森の方で止められたんだってな」


「はい。返事を待つことになりました」


「返事?」


「調べてほしいものを、預かってもらっています」


 ヨルクさんは俺の顔を見た。


 何を、と聞かれるかと思ったが、聞かれなかった。


「冬までいるつもりか?」


「そうなるかもしれません。暮らせるなら、待ちたいです」


「食い扶持は、自分たちで何とかしてもらうぞ。冬はどこの家も余分に抱えられん」


「はい。薬草の扱いなら、できます」


 ヨルクさんの目が鞄へ下りた。


「薬草?」


「王都の薬屋で、三か月ほど働いていました。その前も、育った町の薬屋に通っていて」


「歳は?」


「十二です」


 ヨルクさんは俺を見直した。


 説明を続ける代わりに、ヤナギバの包みを出した。


「薬草を干したものを持ってきました。見てもらえる人はいますか?」


 ヨルクさんは包みを覗いたが、触らなかった。


「俺に見せても分からん。こっちだ」


 家の間の細い道へ入っていく。


 俺たちは、その後を追った。


*


「ハンナ婆さん。薬草を持ってきた子がいるんだ。ちょっと見てくれんか?」


 ヨルクさんが戸口から呼ぶと、奥で椅子を引く音がした。


 小さな家だった。


 壁の棚に籠が並び、梁から束ねた草が下がっている。乾いた葉の匂いに混じって、煮出したような苦い匂いがした。


 奥から出てきた婆さんは、俺の顔を見るために、かなり近くまで寄ってきた。


「誰だい?」


「レイといいます。仕事を探しています」


「じゃあ、その草を出しな」


 包みを開いて差し出す。


 ハンナ婆さんは葉を一枚取り、指で曲げた。それから茎を確かめ、葉を揉んで鼻へ寄せた。


「……よく乾いてる」


 俺は、少し息を吐いた。


「どこで干した?」


「自分で干す場所を作りました。雨に当てないようにして、少しずつ」


 部屋のことまでは言えなかった。


 婆さんはもう一度、葉を指で擦った。


「ここらじゃ、外に吊るしただけじゃこうはならん。夜のうちに湿り直す」


「はい。外では、うまくいきませんでした」


「そうだろうよ」


 葉を包みに戻すと、今度は棚を指した。


「あの籠を見ておくれ。似た草が混じってる気がする」


「どれですか?」


「手前の二つ。そこの布へ広げな」


 俺は上着を脱ぎ、袖をまくった。


*


 最初の籠には、知っている草が入っていた。


 葉を重ならないように広げ、形と裏側を確かめる。


 一本だけ、茎の付き方が違った。


 指で触れ、鑑定でも確かめてから、端へ分けた。


「これが別の草です」


 婆さんの手元へ置く。


 細い指が葉の縁をたどった。


「ああ。こっちの方が硬いね」


「乾くと、色がよく似ています」


「生のうちなら、もう少し分かるんだが」


 婆さんは二本を並べ、もう一度触れた。


 次の籠には、見覚えのない草があった。


 鑑定には名前が出た。それでも、この土地でどう呼び、どう扱うのかは分からない。


「これは、全部同じものとして集めたんですか?」


「そうだよ。根も使うから、捨てるんじゃないよ」


「はい」


 俺は根を残したまま、一本ずつ並べ直した。


 昼を過ぎるころには、窓から入る光の位置が変わっていた。ルーチェが空の籠を運び、婆さんに置き場所を聞いている。


 結局、その日は籠を八つ見た。


 三つの籠に、別の草が混じっていた。


 除いたものは捨てず、元の籠が分かるように、それぞれ別の布へ載せた。


「ここまでは、確かめました」


 婆さんが、俺の並べたものへ手を伸ばした。


「これは?」


「葉は似ていますが、根の匂いが違います」


 揉んだ根を渡すと、鼻へ近づけて、短く息を吐いた。


「そうだね」


 俺は次の布を寄せた。


 婆さんは、最後の一本まで触って確かめた。


*


「それでアンタは、冬の間、手伝う気はあるかい?」


 片付けを始めたところで、ハンナ婆さんが言った。


「あります」


「知らない草は、勝手に始末しないこと。今日みたいに、分けて聞きな」


「はい」


「飯は出す。寝るところは、ヨルクと話そう。あの小屋を使うなら、雪が来る前に塞がにゃならん所がある」


 俺は手に持っていた籠を置き、頭を下げた。


「ありがとうございます」


「妹は何ができる?」


「あらいものならできます」


 俺が答える前に、ルーチェが言った。


「それと、おみずも、はこべます。まえのおみせで、やってました」


「重い桶もあるよ」


「ちいさいのなら」


「じゃあ、明日、洗い場で聞いてみな。運ぶものは草だけじゃないからね」


 ルーチェが俺を見た。


 俺は頷いた。


 この子も、婆さんへ向き直って頭を下げた。


*


 夕方、ヨルクさんに呼ばれて広場へ行った。


 火の周りに丸太が置かれ、何人かが腰を下ろしていた。鍋から煮込みが配られている。


「座れ。婆さんから聞いたぞ」


 ヨルクさんが場所を空けた。


 椀を受け取ると、塩漬けの豚と根菜が入っていた。匙を入れただけで、根菜の角が崩れる。


 ルーチェが一口食べ、もう一度すくった。


「うまいか?」


 鍋のそばにいた女の人が聞いた。


「おいしいです」


「明日は洗い物を頼むからね」


「はい」


 返事が、昼間より少し大きかった。


 俺も煮込みを食べた。


 仕事がある。寝る場所も、直せば使えるかもしれない。


 明日、何をするかが決まっていく。


 椀を持つ手が温まったころ、向かいの男が森の方を見た。


「今日も、奥へ入ってくのを見たぞ」


「何人だ?」


「三人。荷を引いてた」


 ヨルクさんが口元を拭いた。


「今年は多いな」


「木を切る人ですか?」


 俺が聞くと、ヨルクさんは首を振った。


「俺らは決められた所で切る。あいつらは、もっと奥だ」


「狩りですか?」


「密猟だよ。毛皮を狙うのもいるが、この頃は竜の話を聞いて来る奴がいる」


 匙が、椀の縁に当たった。


 俺のではなかった。


*


「北の谷にいるって話は、昔からあったんだ」


 ヨルクさんは続けた。


「俺は見たことがない。だが、ここ二年ばかり、探しに入る奴が増えてる」


「本当にいるんですか?」


「鱗や爪を売る奴はいる。北で手に入れたと言ってな」


 港の木箱が浮かんだ。


 緑がかった灰色の鱗。


 隣のルーチェは、椀を両手で持っていた。匙は中に置かれたままだった。


「一頭仕留めりゃ、一生働かずに済むって話だ」


 向かいの男が言った。


「血も高いんだろ?」


「薬になるとかいうな」


「飲めば不老不死になるってやつか?」


 ヨルクさんが、ふん、と息を漏らした。


「そういうことは、飲んだ奴を連れてきてから言え」


 誰かが笑った。


 俺は笑えなかった。


「……薬になるというのは、確かなんですか?」


「さあな。俺は、その薬を見たこともない」


 ヨルクさんは椀に残った煮込みを口へ運んだ。


 そこで話が途切れた。


 俺も、何か言うべきだと思った。


 今日、婆さんは葉を曲げ、茎を触り、匂いを確かめた。俺が分けた草も、自分の手でもう一度調べた。


 血の話は、誰も確かめていなかった。


 それでも、探しに来る人間がいる。


 俺は匙を握り直した。


 効くはずがない。


 そう言ってしまいたかった。


 だが、俺も知らない。知らないまま否定して、この話を終わらせたかっただけだ。


 口へ入れた根菜を、なかなか飲み込めなかった。


*


 鍋が空になるころには、話題は薪の量へ変わっていた。


 冬が早いか。去年の雪はどうだったか。


 俺は聞きながら、ときどき頷いた。


 ルーチェは煮込みを残していた。もういらないかと小さく聞くと、頷いたので、俺の椀へ移した。


 立ち上がる前に、ヨルクさんが言った。


「あと十日ほどで、ギルドの連中も来るらしい」


「ここへですか?」


「ああ。密猟の調べだとよ。毎年来るが、今年は四人か五人になるとか。腕の立つのもいるらしい」


 ギルドカードが、上着の内側に入っている。


 俺も、ギルドに登録している人間だ。


 それなのに、その名前を聞いても安心できなかった。


 王都で見た、金色の竜の情報を求める貼り紙を思い出した。


「来たら、分かりますか?」


「この人数の村だ。知らん顔が四人も来りゃ、嫌でも分かる」


 ヨルクさんは立ち上がり、膝についた木屑を払った。


「あの小屋は、明日見に行く。中の荷を片付けとけ」


「……はい。お願いします」


 ヨルクさんは空の椀を鍋の方へ運んでいった。


 俺たちの小屋を直してくれる人だ。


 竜の値段を話していたのも、同じ人だった。


*


 小屋へ戻る道で、ルーチェは何も言わなかった。


 戸を閉め、灯りをつける。


 俺が水袋を置くと、後ろから小さく呼ばれた。


「レイ」


「うん」


「わたしの、ちも、くすりに、なるのかな?」


 ルーチェは片方の腕を、もう片方の手で包んでいた。


 俺は、その前にしゃがんだ。


「分からない。俺は調べたことがない」


 指が、袖を少し握った。


「でも、確かめるために、お前から血を取るつもりはない」


 ルーチェは俺の顔を見ていた。


「わたしはだれかに……とられるのは、いや」


「ああ」


 俺は手を差し出した。


 ルーチェの指が、ゆっくり腕から離れた。


 その手を握る。


「ここでは、髪を隠していよう。人と話すときは、なるべく目を伏せて。外へ出るときも、どこへ行くか、お互いに分かるようにしよう」


「あしたの、あらいものは?」


 俺は一瞬、返事に詰まった。


 やめさせれば、その間は目の届く所に置いておける。


 昼間、この子が自分で答えた声を思い出した。


「朝、一緒に行ってみよう。俺がどこで働いてるかも、教える」


「うん」


 ルーチェはフードの端へ触れた。


「これ、かぶって、あらう?」


「……今は、そうしてくれ」


 頷いて、手を下ろした。


 俺には、それよりいいやり方が、すぐには浮かばなかった。


*


 ルームに入ると、ルーチェはようやくフードを脱いだ。


 額のそばの髪が、少し湿っていた。


 人の姿がほどけ、金色の竜が寝床へ上がる。前脚を伸ばしてから、ゆっくり丸くなった。


 俺は隣に座った。


 干し場の扉は閉まっている。


 あそこで乾かした草を、婆さんはよく乾いていると言った。それを見てもらって、明日の仕事が決まった。


 ルーチェにも、洗い物の仕事ができた。


 何もかも悪かった日ではない。


 そう思おうとしていると、金色の目が開いた。


 ——あした、あのおばさん、いる?


「煮込みをくれた人か?」


 ——うん。


「洗い場で待ってると思う」


 ルーチェは少し黙っていた。


 ——おいしかった。


「ああ」


 俺も、最初の一口は覚えていた。


 ルーチェが目を閉じた。


 膝の上に置かれたフードを広げる。顔まわりの湿ったところを指で伸ばし、食卓の椅子に掛けた。


 明日の朝までには、乾くだろう。


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