↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
捨てられた転生者、金色の竜と旅に出る〜時空間チートで巡る、帰る場所のある旅路〜  作者: mizu
第四章 北の森

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
47/82

干す場所がないという不便と、傾いた床

森のそばで三日目の朝、薬草の束をほどくと、内側の葉が湿っていた。


 ヤナギバだった。


 街道沿いで摘み、あとで広げようと鞄の外側へ挟んでおいたものだ。昨日の雨で濡れたのは、表だけではなかったらしい。


 根元に指を入れる。


 まだ傷んではいない。けれど、このまま束ねておけば蒸れて駄目になる。


「……あとで、じゃ駄目なんだよな」


 マルタさんの店で、何度も確かめたことだった。


 俺は束を解き、葉が傷んでいないか一本ずつ見た。


 前の日、教えられた道をたどって、集落の外れまでは行ってきた。声をかけた人に水場を教えてもらい、使っていない小屋で数日、雨を避ける許しももらった。


 冬の間も置いてもらえるかは、これからだ。


 ひとまず眠る場所に屋根はできたが、その屋根にも隙間がある。壁際には薪が積まれ、乾いた床は、二人の荷物を置けばほとんど埋まった。


 薬草を広げる余裕はなかった。


「そとは、またあめが、ふってる」


 入口から顔を出していたルーチェが言った。


 軒先から雫が落ちている。


 俺は選り分けた薬草を、アイテムボックスへ収めた。


 これで、ひとまず傷みは止められる。


 ただし、次に出しても濡れたままだ。


*


 ルームを開くと、いつもの食卓があった。


 椅子が二つ。壁際に積み木。その向こうに、ルーチェが脚を伸ばして眠れる寝床。


 王都で広げてから、毎晩使っている部屋だ。


 中へ入ったルーチェがフードを脱いだ。髪に触れて、湿っている先を指でつまむ。


 俺は部屋の隅に布を敷き、ヤナギバを数本だけ並べてみた。


 ここでは時間が流れる。


 空気も、外より乾いている。濡れた上着を置いておけば、やがて乾くことは知っていた。


 薬草にも使えるかもしれない。


「ここで、ほすの?」


「少し試す」


 ルーチェがしゃがみ、葉のそばへ鼻を寄せた。


「くさの、におい」


「ああ」


「においが、ごはんをたべるとこまで、くるね」


 言われて食卓を見る。


 近かった。


 数本ならともかく、採ったものを全部並べれば、椅子を引く場所にまで届く。干した葉を選り分ければ、細かい屑も落ちる。


 俺は寝床との間を歩いてみた。


 草を踏まないようにすると、体が横向きになった。


「別に、干す場所が欲しいな」


 壁に手を当てた。


 部屋は広げられた。天井も高くできた。


 それなら、この壁の向こうに、もう一部屋作れないだろうか。


*


 ルーチェには、食卓の方で待っていてもらった。


 試しに置いた草と布も、作業する壁から離す。


 俺は板壁を見つめた。


 扉が一つ。


 その向こうに、細長い干し場。


 思い描くと、自分の中から魔力が少し抜けていく感じがした。それから、壁に縦の線が走った。板が分かれ、取っ手が浮き出す。


「できた」


 口にしてから、取っ手を引いた。


 扉は開いた。


 向こうにも、壁があった。


 俺はしばらく、その壁を見た。


「レイ?」


「……扉だけできた」


 ルーチェが食卓から身を乗り出した。


「おへやは?」


「まだない」


 取っ手を握ったまま、もう一度、壁を見る。


 開くところまで考えて、その先をちゃんと作っていなかった。


 俺は扉を閉めた。


*


 二度目は、向こうに空間ができた。


 暗く細い隙間だったが、手を伸ばしても、すぐには壁に当たらない。


 灯りを思い描くと、天井の辺りがぼんやり明るくなった。


 床もある。


 片足を載せ、体重をかけた。


 体が右へ流れた。


「うわ」


 戸口を掴んだ。試しに置いた空の籠が、床を滑って奥の壁にぶつかった。


 傾いている。


 見た目では、たいした傾きに思えなかった。それでも、足を離せば体が持っていかれる。


 床を持ち上げるように直すと、今度は籠がこちらへ戻ってきた。


 戸口で受け止める。


「そっちも、だめ?」


「今度は反対に傾いた」


 ルーチェが、食卓に置いた積み木を一つ転がした。


 積み木は、卓の上で止まった。


「こっちは、まっすぐだよ」


 俺は食卓を見た。


 それから、自分の立っている床を見た。


 今ある部屋は、平らだった。


 新しい部屋の床だけを頭の中で直そうとして、何と高さを合わせるのか決めていなかった。


 俺は扉を開けたまま、戸口にしゃがんだ。


「こっちの床を、そのまま延ばすか」


 板の継ぎ目を、向こうへ続ける。


 今度は、籠を置いても動かなかった。


 俺が乗っても、動かなかった。


 ようやく息を吐き、立ち上がった。


 頭が天井に当たった。


*


 その日の作業は、そこでやめた。


 広さと高さを直そうとすると、扉の形が歪む。扉を戻すと、今度は奥の壁が近づいてくる。


 俺は壁から手を離して、椅子に座った。


 魔力をそれなりに消費したせいか、指先に、力が入りにくかった。


「王都では、もっと簡単に広げられたんだけどな」


 独り言のつもりだったが、ルーチェがこちらを見た。


「あのときは、おへや、おおきくしたね」


「ああ」


「こんどは、ふたつ?」


「そう。二つだ」


 食卓も、寝床も動かしたくない。


 今ある部屋をそのままにして、向こうへ別の部屋を足す。ついでに、その間には開け閉めできる扉が欲しい。


 広げるだけのときより、考えるものが増えていた。


 俺は紙を出した。


 大きい四角を一つ。その横に、小さい四角を一つ。


 つなぐ場所に、扉を書いた。


「まず、これだけだな」


「くさ、かくとこは?」


「それは、部屋ができてから」


 横木も棚も、まだ描かなかった。


 その夜は、新しい部屋を閉める前に、いつもの寝床を確かめた。床を踏み、壁に触れ、ルーチェにも横になってもらう。


 ——こっちは、いつもの。


「そうか」


 金色の尻尾が、寝床の端でゆっくり動いた。


 俺はその脇に座り、手の力が戻るまで休んだ。


*


 次の日、隅に広げたヤナギバを確かめた。


 表面の水気が抜けていた。


 まだ仕上がりには遠いが、湿ったままではない。葉を裏返して、もう少し間を空けた。


 アイテムボックスへ入れた分も一本出して比べる。


 そちらは、昨日のまま濡れていた。


「こっちに出していれば、薬草は乾くんだな」


 ルーチェも二本を見比べた。


「おへや、できる?」


「作る。ただ、少しずつな」


 空いた時間に、壁へ手を当てた。


 床を決める。次に奥の壁。それから、立っても頭を打たない高さまで天井を上げる。


 一つ変えるたびに、手を離して確かめた。


 食卓側の扉も、毎回開け閉めした。


 魔力が減ったと感じたら、その日は終わりにした。食事を作り、水を運び、借りた小屋を片付ける。その合間に、少しずつ形を直した。


 ルーチェは進み具合を見に来た。


「きょうは、あたま、ぶつけない?」


「今日は大丈夫」


「かごは?」


「滑らない」


 答えてから、念のため置いた。


 籠は、置いた場所に留まった。


*


 部屋の形が落ち着いたのは、作り始めて五日目の夕方だった。


 扉の向こうに、細長い床が続いている。


 広くはない。大人が三人入れば、互いに避けて歩くことになるだろう。


 それでも、一人で草を選り分けるには足りる。


 両手を上げても天井には触れない。壁の上の方に、横木を二本渡した。


 窓は作らなかった。


 どこへ通じる窓を作ればいいのか、思い浮かばなかったからだ。


 空気がこもらないかは、使いながら確かめるしかない。


 俺は乾いた細い草の繊維を、横木から垂らした。


 扉を閉めて、少し待つ。


 じっと見ていると、先が僅かに動いた。


 風の吹き込む穴はない。それでも、空気は止まっていないようだった。


「はいっていい?」


 扉の向こうで声がした。


「いいぞ」


 ルーチェが入ってきた。


 まず床を踏んだ。それから天井を見て、両手を上げる。


「とどかない」


「俺も届かない」


 床に、積み木を一つ置いた。


 動かないのを見て、頷いた。


「できたね」


「ああ」


 言ってから、俺は横木を見上げた。


「あと、ちゃんと干せるかだな」


*


 保管していたヤナギバを出した。


 外で採ったときのまま、葉がしなやかに曲がる。


 一度に全部は入れず、試す分だけを選んだ。


 葉が重ならないように広げて掛ける。下には、落ちる屑を受ける布を敷いた。


 ルーチェは扉のところで、残りの紐を持っていた。


「もっと、いっぱい、かけられるよ」


「詰めると、乾きにくくなる」


「すきま、いる?」


「ああ」


 渡してもらった紐を結び、隣の草との間を空けた。


 掛け終えて、一歩下がる。


 細長い部屋に、薬草が数本、ぶら下がっていた。


 五日かかって、これだけだ。


 俺は扉を閉め、食卓の方へ戻った。


 椅子を引く。床に草はない。ルーチェが寝床へ行くにも、何も跨がなくていい。


 それから、また扉を開けた。


 草は同じ場所に掛かっていた。


「レイ」


「ん?」


「さっきも、みたよ」


「分かってる」


 分かっていたが、もう少し見ていたかった。


*


 翌朝、葉に触れると、水気が減っていた。


 さらに様子を見て、表だけでなく、茎や葉の重なりやすいところも確かめた。匂いを嗅ぎ、裏返す。


 急に乾くわけではなかった。


 マルタさんの店と同じように、時間がかかった。


 その間にも、扉を開ければ進み具合を見られた。雨が降り始めても、慌てて取り込む必要がなかった。


 何日かして、最初に掛けた分が仕上がった。


 葉を確かめ、紐を外して、乾いた布の上に置く。


「できた?」


「干し上がった」


 ルーチェが葉を覗き込んだ。


「うれしい?」


「ああ、嬉しいな」


「おへや、できたときも、うれしそうだった」


「あのときは、まだ干せるか分からなかったから」


 俺は次に掛ける分を出した。


 今度は、初めから紐の長さを合わせられた。


 ルーチェが空いた横木を見上げて、言った。


「つぎは、おふろ、つくって」


「風呂か」


「マルタさんちにあった、あたたかいやつ」


 湯を使って、ゆっくり体を洗える場所。


 元日本人として、確かに、欲しかった。


 風呂桶を作るのはいいが、湯を作りそれを入れていくとなると、かなりの重労働になる。それに、使った水を外へ排水する方法も考えなければいけない。


 考え始めると、また四角を描きたくなった。


 俺は紙へ伸ばしかけた手を止めた。


「まず、今日の草を掛けてからにしよう」


「そのあと?」


「そのあと、休んでから考える」


 ルーチェは俺の顔を見て、頷いた。


「じゃあ、きょうは、おゆで、ふく」


「ああ。湯を沸かそう」


*


 夜、干し上がったヤナギバを包んだ。


 翌日は、集落へ改めて話をしに行くつもりだった。


 雨を避ける場所は借りられた。でも、冬の間の暮らしは、まだ決まっていない。


 薬草の仕事があるか、聞いてみようと思う。


 言葉で、扱えますと伝えるだけでなく、これを見てもらえる。


「それ、もっていくの?」


「ああ。仕事を頼んでもらえるかもしれない」


「わたしも、いく」


「じゃあ、一緒に行こう」


 ルーチェは頷き、大きなあくびをした。


 寝る支度をしてルームへ入ると、ルーチェは新しい扉を一度見た。


 それから、いつもの寝床へ向かった。


 俺は干し場を覗き、草の間隔を確かめた。


 これで明日も、ここで薬草を干せるな。


 扉を閉めると、部屋には食卓と、積み木と、眠そうに丸くなるルーチェが残った。


 床に落ちていた短い紐を拾い、俺も椅子に腰を下ろした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。