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捨てられた転生者、金色の竜と旅に出る〜時空間チートで巡る、帰る場所のある旅路〜  作者: mizu
第四章 北の森

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森の入り口と、通してもらえない道

港町を出て三日目、森の入り口に到着した。


 道の上に枝がかかり、日陰が途切れなくなっていた。空を確かめるには、顔を真上へ向けなければならない。


 周りを見ると幹が太い木が多い。


 道から少し奥に立つ一本は、俺とルーチェが手を繋いでも抱えきれそうになかった。


 落ち葉の色も、揃っていない。赤い葉の積もった場所を過ぎると、まだ緑の濃い枝が張り出している。その下だけ、昼なのに薄暗かった。


「レイ。このもり、しずかだね」


「ああ」


 生き物がいないわけじゃない。


 頭の上で枝が揺れた。藪の奥では、小さな足音が遠ざかった。ただ、アシェンの森で聞き慣れた鳥の声がしない。


 道端の草に、鑑定を通した。


【ヒカゲスゲ/北方の深い森に自生。薬効なし】


 見たことのない草だったが、名前は出た。


 港の船荷は分からなかった。こちらは分かる。その違いを決めているものは、まだ見当がつかなかった。


 草から顔を上げると、ルーチェが少し先で待っていた。


「とらないの?」


「今日は、名前だけ」


 追いついて、また並んで歩いた。


*


 道を塞いでいたのは、二本の木だった。


 枝を払った太い幹が、横向きに置かれている。切り口には斧の跡があり、両端は道脇の木の間に収まっていた。


 その向こうにも、踏み固められた道は続いている。


「……どうやらここが、例の場所だな」


 ルーチェが横から覗き込んだ。


「はいっちゃ、だめ?」


「たぶん」


「よこ、とおれるよ」


 確かに、幹の端を回れば通れた。


 アイテムボックスへ収めれば、道を空けることだってできる。


 俺は荷物を下ろした。


「通れるけど、誰かがここで止まるように置いたんだと思う」


 森の奥へ声をかけた。


「すみません。どなたか、いませんか?」


 返事はなかった。


 少し待って、もう一度呼ぶ。


 葉の擦れる音がしただけだった。


「まつの?」


「ああ。道を閉めた人が来るかもしれない」


「こなかったら?」


「暗くなる前に、少し戻ろう」


 ここまで来て、引き返すのは惜しかった。


 けれど、聞きたいことがあって来たのだ。最初から、相手が塞いだ道を勝手に越えてしまうのはまずい。


 俺たちは道の脇に座り、遅めの昼飯を食べた。


*


 日が傾いても、誰も来なかった。


 ルーチェは落ち葉を拾って並べていた。赤、黄色、緑。同じ赤でも、明るいものと黒ずんだものを分けている。


 俺は何度目かの地図を畳んだ。


 そろそろ戻るか。


 そう言おうとしたとき、声がした。


「——警告する。ここから先は、通らない方がいい」


 顔を上げた。


 道を塞ぐ幹の向こうに、人が立っていた。


 いつからいたのか分からない。外套の色が木々に紛れて、顔を動かされるまで輪郭が掴めなかった。


 背が高い。フードの脇から、長く尖った耳が覗いている。


 エルフだ。


 左手に弓を持っていた。矢はつがえていない。


 俺は両手を膝の上に置いた。


「はい。勝手に入らずに、お話を聞こうと思って待っていました」


「何の話だ?」


「この森に、読んでいただきたい文字があります」


 言ってから、違う、と気づいた。


「文字を持ってきました。読める方が、この森にいると聞いて」


 相手は動かなかった。


「誰から聞いた?」


「王立大書庫の司書の方です」


「人間の子供が、大書庫に?」


「はい。そこで調べても、全部は分からなくて」


 視線が、俺の顔から鞄へ下りた。


「見せてみろ」


「今、鞄から出しますので」


 ゆっくり手を伸ばした。


 ルーチェは落ち葉を置いて、俺の隣に座り直していた。


*


 油紙を開くと、折り目のついた写しが出てきた。


 リーナの母親が遺した一行。


 それと、大書庫の古い本の余白にあった、同じ文字の注釈。


 一行の方には、俺が書き足した言葉がある。


 星。還る。待っている。


 読めたのは、そこまでだった。


「そちらに置いてもいいですか?」


 道を塞ぐ幹を指すと、相手が僅かに頷いた。


 俺は紙を載せ、一歩下がった。


 エルフは近づいてきた。


 顔より先に、細い指が見えた。紙の端を押さえ、二枚を順に見る。


 最初の一枚へ、また戻った。


「これは、どこで手に入れた?」


「家族の母親が遺したものです。原本は、その家族が持っています」


「家族?」


「同じ孤児院で育ちました。リーナといいます。ハーフエルフです」


 紙を押さえていた指が止まった。


「……森の外の子か」


「リーナを知っているんですか?」


 相手は答えなかった。


 俺は顔を見ようとした。フードの下の目は、まだ紙に向いていた。


「本人も、ずっと読もうとしていますが、母親には、もう聞けないので」


 ようやく、こちらを見た。


 弓を持つ手が少し下がった。


「リーナがここへ来たら、入れますか?」


「入れない」


 短い返事だった。


 理由が続くのを待ったが、続かなかった。


「なぜですか?」


「入れない」


 同じ言葉が返ってきた。


 膝の横で、俺の指が曲がった。


 リーナは、この文字を読もうとしている。


 そのために来ても、駄目なのか。


「……いつかは、入れますか?」


 エルフは、俺から紙へ目を戻した。


 今度は、返事そのものがなかった。


*


「二枚とも預かる」


 しばらくして、相手が言った。


「読んでもらえるんですか?」


「私だけでは答えられない」


 読めない、とは言わなかった。


 何が書かれているのか。


 なぜ、この人だけでは答えられないのか。


 聞きたいことが増えた。けれど、さっきの問いにも答えてもらえていない。


 俺は二枚の紙を見た。


 原本はリーナの手元にある。大書庫の本も、残っている。


 それでも、旅の間ずっと持っていた写しを手放すとなると、すぐには頷けなかった。


「手元に、もう一組残してもいいですか?」


 エルフは俺を見た。


「書き写す間だけ、待ってください」


「……わかった」


 俺は鞄からペンと紙を出した。


 木の幹に紙を重ねると、書くたびにペン先が引っかかった。下敷きになるものを挟み、膝の上で書き直す。


 ルーチェが、元の紙の端を押さえてくれた。


 字の形を一つずつ確かめる。


 分かっている三つの言葉も、同じ場所に書き添えた。


 その間、エルフは何も言わずに待っていた。


「お願いします」


 写し終え、持ってきた二枚を油紙で包んで差し出した。


 長い指が受け取った。


「返事は、すぐには出ない」


「どれくらいですか?」


「冬になるかもしれない」


「待ちます」


 答えは、考えるより先に出た。


 隣でルーチェが俺を見上げた。


 その顔を見てから、自分が何を決めたのか分かった。


「……待ちたいです。ここで暮らせる場所を探して」


 エルフは、二人を順に見た。


「森の中には入るな。ここまでだ」


「どこで待てば、返事を受け取れますか?」


 相手は、来た道の方を指した。


「少し戻ると、森に沿う道がある。その先に木こりの集落がある。待つなら、その辺りにいろ」


「そこなら、冬も過ごせますか?」


「住んでいる者に聞け」


 それだけ言って、紙を外套の内側へ収めた。


「あの、名前を——」


 顔がこちらへ向いた。


 俺は途中で口を閉じた。


「僕は、レイです」


 相手は答えず、森の奥へ戻っていった。


 数歩で姿が木々に重なり、見えなくなった。


 足音は、最後まで聞こえなかった。


*


 その夜は、少し道を戻って野営した。


 風の当たりにくい場所を選び、湿った落ち葉を除けた。火が落ち着くまで、いつもより手がかかった。


 豆を煮ている間、俺は新しく書いた写しを見ていた。


 元の紙より、字が大きい。


 急いだところだけ線が太くなっている。読めない字を写すのは、何度やっても気を遣った。


「リーナのかみ、かえってくる?」


 ルーチェが聞いた。


「返してもらうつもりだ」


「うん」


 俺は紙を包み、鞄へしまった。


「あの人、怖かったか?」


「すこし」


「俺も」


 ルーチェは鍋の湯気を見ていた。


「でも、まってくれた」


「書いてる間か?」


「うん。ゆみも、ひかなかった」


「ああ」


 それは確かだった。


 だから信用していい、とまでは言えない。それでも、紙を見て、話を聞いて、持ち帰ってくれた。


 最初の「通らない方がいい」だけで終わりにはならなかった。


 港町の桟橋が頭をよぎった。


 谷から出たという鱗。人を入れない森。


 結びつけたくなる。けれど、同じ理由だと考えるには、分からないことが多すぎた。


 あの人がリーナを知っているのかさえ、まだ確かめられていない。


*


 椀を渡してから、俺はルーチェに向き直った。


「さっき、勝手に待つって言ったな」


「うん」


「ここで返事を待ちたい。リーナに、分かったことを持って帰りたいんだ」


 ルーチェは椀を両手で持ったまま、聞いていた。


「でも、冬になるかもしれない。谷へ行くのも、その分遅くなる」


「ふゆの、あいだも?」


「そこまでは分からない」


 火の中で、小さく枝が弾けた。


「わたしは、たにも、いきたい」


「ああ」


「でも、リーナのも、しりたい」


 俺は頷いた。


 ルーチェは少し考え、湯気の向こうから俺を見た。


「ずっと、ここでねるの?」


「いや。まず、教えてもらった集落で聞いてみよう」


「おへや、ある?」


「それも聞こう。寒くなってから探すんじゃ遅いからな」


 ルームなら、今夜でも暖かく眠れる。


 ただ、森のすぐ外だ。あのエルフがどこから見ているか分からない。火が消えるまでは、開く気になれなかった。


 それに、返事を待ちながら暮らすなら、ルームだけでは済まない。外へ出る服も、水も薪も要る。この辺りの冬がどうなるのか、俺は知らなかった。


「くらせそうだったら、まつ?」


「ああ。そうしよう」


 ルーチェは豆を一口食べた。


 俺も椀を持ち上げる。


 話している間に、縁が冷たくなっていた。


「レイ、さむいの、へいき?」


「平気じゃない」


「さっき、すぐ、まつっていった」


「……言ったな」


 ルーチェが少し笑った。


 俺は薪を一本足した。


 火が強くなると、ルーチェが椀を持ったまま、少し近くへ寄ってきた。


 リーナの紙は今、あの森の中にある。


 俺たちは、その外にいる。


 明日は、ここで待つための場所を探す。


 毛布を広げ、ルーチェと自分の膝にかけた。焚き火に向けた顔は暖かかったが、背中の冷えは、まだ抜けなかった。


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