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捨てられた転生者、金色の竜と旅に出る〜時空間チートで巡る、帰る場所のある旅路〜  作者: mizu
第三章 ザルツハーフェン

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塩の来た道と、届かなくなった先

ルームを開くと、ルーチェはもう起きていた。


 俺の顔を見て、寝床から首を上げる。


「ルーチェ、おはよう」


「……レイ、おはよう」


 人の姿に戻って部屋へ出てくると、畳んであった上着を手に取った。袖を通す前に、一度、窓の外を見る。


 屋根の間に、朝の海が覗いていた。


 俺は荷物を確かめた。水袋。食料。地図。鞄の口を閉め、留め具をかける。


 ルーチェは上着の裾を直して、まだ窓のそばに立っていた。


「レイ」


「ん?」


「ここのうみを、もういっかい、みたい」


「じゃあ、見てから出よう。塩も買い足したい」


 ルーチェの目が、俺に戻った。


「きのうのとこ?」


「いや。昼間に通った広場の方だ」


「……うん」


 フードを被る手が、金色の髪をいつもより奥へ押し込んだ。


 俺は先に戸を開け、廊下を見た。


 階下から、食器を重ねる音がしていた。


*


 宿の女将さんに鍵を返すと、腹は壊さなかったか、と聞かれた。


「大丈夫でした。お世話になりました」


「そうかい。妹がいるんだ、気をつけるんだよ」


「はい」


 ルーチェも隣で頭を下げた。


 表へ出ると、パンを焼く匂いがした。空の籠を抱えた女の人が坂を下り、魚市場の方から荷車が上がってくる。


 昨夜とは違って、道の先まで見えた。


 それでも港に近づくと、ルーチェの歩幅が少し小さくなった。


 俺はその速さに合わせ、朝の人通りがある道を歩いた。


 塩の広場では、もう荷積みが始まっていた。


 白い山の間を担ぎ手が行き来している。荷馬車の脇で樽を数える声がして、御者が馬の首を叩いた。


 俺たちは広場の手前に並ぶ、小売りの店へ寄った。


 食べる方の塩を三袋。旅で使う分と、家へ持ち帰る分だ。


「北へ行くのかい?」


 銅貨を受け取った主人が聞いた。


「はい。森の方へ」


 谷、と言いかけてやめた。


「あっちは冷えるぞ。ここら辺と同じつもりで行くなよ」


「気をつけます」


 主人は袋の口を締め直し、こちらへ寄せた。


 その後ろに、同じ印のついた樽が並んでいる。


 王都へ向かう途中ですれ違った、塩の荷馬車を思い出した。


「この町の塩は、王都より南にも行くんですよね?」


「行くさ。大きい商会の荷なら、ずっと先までな。うちも前は、王都の南まで出してた」


「ミューレの方にも?」


「ああ」


「旧道沿いの村にも、寄っていましたか?」


 主人の手が止まった。


「……あんた、あの道を通ったのか?」


「王都に来る前に」


「橋はどうなってた?」


 思っていたより、早い問いだった。


*


「石の橋脚は使える状態になっていました。村の人たちが、丸太を運んでいて」


「架け直してたのか?」


「人と背負い荷なら渡れる橋にする、と言っていました。僕たちが出たときは、まだ作業を始めたところで」


 主人は俺の顔を見たまま、少し待った。


 その先を言う。


「荷馬車は、まだ無理だと思います」


「……そうか」


 主人は店の奥へ目をやった。


 そこには、車輪の半分ほどもある塩の樽が積まれていた。


「うちは年に三度、あの辺りを回ってたんだ。塩を下ろして、野菜や卵を積んでな。村ひとつじゃ少なくても、幾つか回れば商いになった」


「橋が落ちてからは?」


「行けてない。去年の春からだ」


 主人は樽の縁に手を置いた。


「回り道ならある。だが、同じ村を回って戻るとなると、六日余計に食う。人も馬も、その間、食わせにゃならん」


「塩の値段を上げても、ですか?」


「上げたら、今度は向こうが買えんよ」


 俺は、買ったばかりの袋を見た。


 この広場なら、銅貨を出せばすぐに手に入る。


 店先には、それが何袋も並んでいた。


「荷馬車が通れる橋を、架け直す話はないんですか?」


「役所には頼んだ。何度もな。橋の工事は、うちらの手に負えん」


 主人の指が、樽の縁を一度叩いた。


「橋の工事はまだ先になると言われとる。それはいつだと聞いても、まだ先としか言わん」


 あの村の人たちは、丸太を担いで川原へ下りていった。


 橋脚が直った、次は自分たちの番だと。


 あの橋ができていれば、人は渡れる。背負って塩を売りに来る行商も、通れるかもしれない。


 でも、この樽を積んだ荷馬車は渡れない。


 俺は店先の袋から、奥の樽へ目を移した。


「川沿いの村は、覚えていますか? ミューレから旧道に入って、二日目くらいの。広場に井戸があって、村長が白髪の——」


「ヨナスの爺さんか」


 名前が出た。


 俺には、ずっと「村長」だった人だ。


 夕飯を分けてもらって、納屋に泊めてもらって。夜中の川原で、何も見ていないと言ってくれた。


「おそらく、その人です」


「元気だったか?」


「はい。橋脚が使えるなら、自分たちで橋を架けられるって」


 主人は口を開きかけて、閉じた。


 少ししてから、息を吐いた。


「あの爺さんは、荷馬車が着くと水を汲んでくるんだ」


「井戸から?」


「そう。こっちが荷を下ろす前にな。馬にも飲ませる。自分でやるからいいと言っても、聞きゃしない」


 主人は樽から手を離した。


「腰も曲がってきてるのに、桶を二つも持ってな」


 村長が井戸のそばに立つ姿は、すぐに思い浮かんだ。


 その隣に荷馬車が停まっているところは、俺は見たことがなかった。


「……そうですか」


「ああ」


 広場で、馬が鼻を鳴らした。


 主人がそちらを見た。


 俺も、つられて振り向いた。


*


 袋を鞄へ収める前に、もう一度、橋のことを伝えた。


「人が渡れる橋も、完成したところまでは見ていません。今どうなっているかは、分からないです」


「分かっとるよ」


 主人は頷いた。


「でも、直し始めたんだな」


「はい」


「そうか」


 今度は、さっきとは少し違う声だった。


 俺は礼を言って、店を離れた。


 広場の端まで来たところで、ルーチェが口を開いた。


「あの、ぱんをあげたこのところ?」


 何のことか、一瞬考えた。


 ミューレで買った最後の丸パン。


 それを見ていた、小さな女の子。


「ああ。あの子の村だ」


「おじいさんも、いたね?」


「いたな」


「しおうりのおじさん、しってたね?」


「名前まで知ってたな」


 ルーチェは少し歩いてから、俺を見上げた。


「レイ、おぼえてて、よかったね」


「……ああ」


 俺は塩の入った鞄を持ち直した。


 店へ戻って、俺が運びますと言うことはできた。


 樽だって、アイテムボックスには入る。村で野菜を預かって、こちらへ持ってくることもできる。


 ただ、その次も俺が行かなければならない。


 北へ進んでいる間は、また止まる。


 あの夜、川底の石を戻せたときには、もっと大きなことができた気がしていた。


 実際、村の人たちは喜んでくれた。あれが役に立たなかったとは思わない。


 それでも、まだ渡れない荷物がある。


「レイ」


「ん?」


「はしはいまのままじゃだめなの?」


「荷馬車が通るにはな」


 ルーチェは、広場の荷馬車を振り返った。


 樽が最後の一つまで載せられ、御者が綱をかけている。


「にばしゃは、おもいもんね」


「ああ。重いんだ」


 俺の荷物なら、重さは消せる。


 あの人の荷馬車は、そうはいかない。


 いつか、荷車も通れる橋を誰かと一緒に。


 村を出るときに考えたことを、思い出した。


 橋を造れる職人。使う木や石。その金を出す人。役所の返事。


 知らなければならないことは、まだ幾つもあった。


 俺は道の脇に寄り、鞄から紙を出した。


 塩屋の場所と、年に三度という回数を書いた。その下に、ヨナス、と書き足した。


 ルーチェは急かさず、横で待っていた。


*


 海は、広場の先から見えた。


 俺たちは荷運びの邪魔にならない場所に立った。


 朝の光が水面で細かく砕けている。大きな船はまだ停まっていた。甲板の上を人が歩き、何人かが綱を引いていた。


 ルーチェは俺の隣から離れずに見ていた。


 やがて、白い帆の一部が下りてきた。


「あ」


 風を受けて、布が膨らむ。


 すぐに綱が引かれ、形が変わった。船はまだ動かなかった。


「ゆれてるね」


「ああ」


 初めて見た日は、重そうだと言っていた。


 ルーチェはしばらく顔を上げていた。それから、自分でフードの端を直した。


「レイ、もういいよ」


「行くか?」


「うん」


 坂を上る途中で、二人でもう一度振り返った。


 船も、塩の山も、さっきより小さく見えた。


「つぎは、ふね、でるとこもみたい」


「そうだな」


 いつ来られるかは、まだ分からない。


 それでも、見たいものが一つ残った。


*


 町を離れると、街道は内陸へ折れた。


 家々が途切れ、道端に草が増える。海から吹いてきていた風は、低い丘を越えたところで弱くなった。


 昼の休憩に、パンと焼いておいた魚を出した。


 ルーチェは魚を見て、少し顔を寄せた。


「みんなのぶん、ある?」


「ある。昨日しまった分は、そのままだ」


「やくのも?」


「焼くのも。生で食べてみたい人がいれば、その分も」


 ルーチェは頷き、ほぐした身をパンに載せた。


 俺も同じようにして食べた。


 少し塩を足したくなって、買った袋の一つを開ける。指先につまんで、魚に落とした。


 袋の口を結び直している間に、塩屋の樽を思い出した。


 あの塩があれば、あそこの村は色々使えるはずだが。


 今、村長や村はどうなっているだろう。


 答えのないまま、袋をしまった。


 午後になると、遠くの山裾に、濃い緑の帯が見えてきた。


 地図を開いて、道の向きを確かめる。


 北の森へ続く道だった。


 リーナの母親が残した一行。その手がかりを求めて、ここまで来た。


 さらに北には、谷があるという。


 昨夜の男が言った谷と同じなのかは、分からない。鱗が本当にそこから運ばれてきたのかも。


 まずは、森で話を聞く。


 地図を畳むと、ルーチェも前を見ていた。


「レイ、もりは、まだとおい?」


「今日は着かないな」


「じゃあ、きょうは、のじゅくだね?」


「ああ。暗くなる前に、いい場所を探そう」


 ルーチェは頷いた。


 歩き出すと、隣に足音がついてきた。


 次の丘を越えたところで振り返っても、もう海は見えなかった。


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