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捨てられた転生者、金色の竜と旅に出る〜時空間チートで巡る、帰る場所のある旅路〜  作者: mizu
第三章 ザルツハーフェン

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夜の桟橋と、鱗の値段

その夜、ルーチェはルームに入ろうとしなかった。


 窓の下に立って、外を見ている。昼間の大きな船は、もう暗くて見えない。港の明かりが幾つか、波の向こうで揺れていた。


「まだ船を見てるのか?」


 返事がない。


 俺が隣に立つと、ルーチェは少しだけ首を傾けた。


「……なにかへんなかんじが、する」


「ルーチェどうした?」


「……なにかはわからないけど」


 窓は閉まっているが、ルーチェは何か感じているみたいだ。


「それは、どんな感じだ?」


「わかんない。けど、なにかへん」


 ルーチェは胸元の服を握った。


「でも、あっちのほうにかんじる」


「どっちだ?」


「みなとの、ずっとはし」


 昼間、船を見ていた方とは違う。明かりの少ない、町外れに近い方だった。


「前にも感じたことがあるのか?」


 ルーチェは首を振った。


「はじめて」


 そのまま、また窓を見る。


 昼間、この子は自分がどこから来たのか知りたいと言った。


 だからといって、今感じているものが生まれにつながるとは限らない。夜の港に、子供二人で確かめに行く理由としては足りなかった。


 足りないと分かっていて、俺も窓の外を見ていた。


「……少しだけ見に行こう」


 ルーチェが振り向いた。


「人がいたら近づかない。道から分からなければ、今夜は戻る。それでいいか?」


「うん」


「上着を着ろ。フードも」


 俺は部屋の鍵を取り、ルーチェが身支度を終えるのを待った。


*


 昼間は荷車の音でいっぱいだった道に、俺たちの足音だけがした。


 坂を下りるにつれて、波の音が大きくなる。水際に繋がれた舟が軋み、どこかで綱が木を叩いていた。


 ルーチェは迷わず港の端を指した。


 塩の山の向こうに、古い桟橋がある。昼間に見た荷揚げ場よりも狭く、板の一部が黒く傷んでいた。


 そこに、二つの明かりがあった。


 俺は足を止めた。


 小舟が一艘、着いている。舟の上に一人、桟橋に二人。男たちが木箱を受け渡していた。


「あそこに人がいる。戻るぞ」


 小声で言うと、ルーチェの指が俺の袖を掴んだ。


「あれ」


 箱の一つが、桟橋に置かれた。


 男が蓋を開ける。もう一人が明かりを寄せ、中から何かをつまみ上げた。


 手のひらほどの、平たいものだった。


 縁が薄く、中央に厚みがある。男が裏返すと、緑がかった灰色の表面に光が滑った。


 鱗。


 そう思った途端、袖を掴む手が強くなった。


 俺はルーチェの肩を引き、塩の山の陰に身を寄せた。桟橋までは少し離れており、明かりはこちらまで届いていない。


 ただ、帰るには、一度、桟橋の見える位置まで出なければならなかった。


 何やら話し声がしたので、俺とルーチェは声を殺し聞き耳を立てていたら風に乗って、相手の声が聞こえた。


「——この量、どこから」


「谷の方から出た品だ。詳しいことは聞くな」


「谷って、北の?」


「聞くなと言ってる」


 男が鱗を箱へ戻した。


 同じようなものが、幾重にも重なっているのが見えた。


「一枚で金貨二枚は堅い。王都の裏なら、三枚出す物好きがいる」


「こんなもんに?」


「刃や矢の通らない防具が作れると聞けば、金を出すさ。それで、実際の効果は知らんがね」


 短い笑い声がした。


 金貨二枚。


 一枚でそれなら、あの箱には。


 ルーチェの手が震えていた。


 俺は、その手を握った。


「鱗だけか?」


「今回はな。爪と牙は別口だ」


「肝は?」


「ありゃ、もっと高い」


「手に入らなかったのか?」


「あれは生きてるうちに取らなきゃ、値が落ちる」


 箱の蓋が閉まった。


 俺の手は、獣の腹の開き方を覚えている。


 ベックさんの店で、何度もやった。どこに刃を入れるか。内臓を傷つけずに、どう取り出すか。


 男の言葉が、知っている手順に重なった。


 俺は思わず握っていた手に、力を入れすぎてしまった。


 少し緩める。ルーチェは何も言わず、俺の指を握り直した。


 男たちが舟の方を向いた。


「今だ。行くぞ」


 俺はルーチェを先に塩の山の裏へ通し、その後に続いた。


 途中で、背後の明かりが動いた。


 二人でしゃがむ。


 足音が二つ、三つ。


 止まって、木箱を置く音がした。


 誰もこちらへは来なかった。


 通りに戻ってからも、宿の灯が見えるまでは手を離さなかった。


*


 部屋の戸を閉め、内側から棒をつっかえて、外から開けられないようにした。


 ルーチェは寝台の端に座った。フードを被ったまま、膝の上に両手を置いている。


 水を差し出すと、受け取って一口飲んだ。


「レイ」


「うん」


「あれ、りゅうの?」


「……そう見えた」


 近くで確かめたわけじゃない。


 男たちの話を、信じていいかも分からない。


 それでも、別のものだとは言えなかった。


「いきてる?」


 俺はすぐに答えられなかった。


「あの、うろこの、りゅう」


「分からない」


 ルーチェが湯飲みを見下ろした。


「鱗は、自然に抜けることもある。お前も、小さいころに落としただろ?」


「うん」


「あれもそうだったのかもしれない。でも……俺には分からない」


 爪と牙は別口だ、と男は言った。


 その先の言葉も、ルーチェは聞いていた。


 俺が都合のいいところだけ拾っても、なかったことにはできない。


「わたしのしらない、りゅうだけど」


「ああ」


「……いやだ」


「俺もだ」


 ルーチェの手から湯飲みを受け取り、机に置いた。


 それから隣に座った。


 窓の外では、舟を叩く波の音が続いている。昨日までは気にも留めなかった廊下の足音に、俺は一度、戸の方を見た。


「明日、この町を出よう」


 ルーチェは黙っていた。


「ここに、竜の鱗を売り買いする奴がいる。そんな奴らに、お前を見つけられたくない」


「……まだ、このまちでいろんなこと、みてない」


「ああ」


「おおきいふね、うごくところも」


「見てないな」


 昼間、帆を畳んだ船を見上げていた顔が浮かんだ。


 あれが風を受けたらどうなるのか。岸から離れた船は、どこで向きを変えるのか。


 明日なら見られるかもしれないと、俺も思っていた。


 ルーチェは足元に目を落とした。


「でも、あそこは、もういきたくない」


「行かない」


「……レイ、まちをでよう」


「分かった」


 俺が立ちかけると、服の裾を引かれた。


「うみは」


「うん?」


「また、みられる?」


 俺は座り直した。


「見よう。また、二人で」


 ルーチェは小さく頷いた。


 笑いはしなかった。


*


 荷物をまとめていて、ボックスの奥の布包みを出した。


 ほどくと、薄い金色が三枚、手のひらに落ちた。


 親指の爪ほどしかない。ルーチェが小さかったころ、抜け落ちたのを拾って、そのまま取っておいたものだ。


 寝台から、ルーチェがこちらを見ていた。


「それ」


「お前の鱗。覚えてるか?」


 近くへ持っていくと、ルーチェは手のひらを覗き込んだ。


「ちいさい」


「お前も小さかったからな」


 一枚に、指先でそっと触れる。


 灯りを受けて、金色が動いた。


「ずっと、あったの?」


「ああ。ボックスにしまってた」


「どうして?」


 拾ったときのことを考えた。


 傷がないか背中を確かめて、何ともないと分かって。それでも捨てずに、布を探して包んだ。


「取っておきたかったんだ」


 ルーチェはしばらく鱗を見ていた。


「……これ、うるの?」


「売らない」


 そこは、迷わず答えられた。


 ルーチェの指が離れた。俺は三枚を布の上へ戻し、端を折った。


「じゃあレイが、もっててね」


「ああ」


 一枚ずつ、少し間を空けて包み直す。


 ルーチェは、最後の端を折るまで見ていた。


*


 寝る支度を終えて、ルームを開いた。


 ルーチェは入口で立ち止まり、俺を振り返った。


「レイ、きょうはこっちにきて」


「いいぞ」


 宿の戸締まりをもう一度確かめてから、一緒に入った。


 ルーチェは竜の姿に戻ると、いつもの寝床で丸くなった。俺が隣に座ると、少し体をずらして、膝に鼻先を寄せてくる。


 背中に手を置いた。


 灯りの下に、金色の鱗が並んでいた。手のひらの下で、呼吸に合わせてゆっくり動く。


「レイ」


「うん」


「きたのたにには、いくの?」


 昼間も話した、北の谷。


 あの男が言った場所と同じなのか。それすら、まだ分からない。


「まずは、森まで行こう。谷のことは、そこで調べる」


 ルーチェは俺を見ていた。


「何がいるか分からないまま、入るのはやめよう」


「……うん」


 鼻先が、もう少し膝に押しつけられた。


 俺は背中を撫でた。


 しばらくして目が閉じたが、廊下で物音がしたときには、また開いた。


「ここにいる」


 そう言うと、ルーチェは俺の手を確かめるように首を動かした。


 眠るまで、思ったより時間がかかった。


 呼吸が深くなってからも、俺はしばらく座っていた。


 宿の部屋へ戻ると、机の上に地図が広げたままになっていた。


 港から北へ続く道を、指でたどる。


 森。その先の山。


 谷の方から出た品だ。


 あの声だけが、妙にはっきり思い出せた。


 地図を畳み、荷物へしまった。


 鱗の布包みも、ボックスの奥へ戻した。


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