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捨てられた転生者、金色の竜と旅に出る〜時空間チートで巡る、帰る場所のある旅路〜  作者: mizu
第三章 ザルツハーフェン

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送れない魚と、二か月かかる手紙

二度目の朝は、港へ下りる道を迷わなかった。


 曲がる角も、樽をよける場所も、昨日と同じだった。ルーチェは俺の手を握ったまま、ときどき先へ出た。


「走るなよ」


「あるいてる」


「速いんだよ」


 坂の下で、箱を置く音がした。


 ルーチェの足が、もう少し速くなった。


*


 昨日の魚屋は、俺たちを見るなり眉を上げた。


「また来たのか?」


「おはようございます」


「腹は壊さなかったか?」


「はい。二人とも」


「そうかい」


 男は箱へ目を戻した。


「だからって、今日も平気だと思うなよ」


「はい」


 昨日食べた魚と、今日ここにある魚は違う。


 俺は箱の前にしゃがみ、銀ハダを見た。男に断って手に取り、昨日と同じところを確かめる。鑑定も、一匹ずつ通した。


 五匹選ぶあいだ、男は黙って見ていた。


「見方だけは、妙に細かいな」


「薬屋で、荷を検めていたので」


「魚も分かるのか?」


「まだ、教わってるところです」


 男は、ふん、と鼻から息を出した。


「なら、火を通せって教えも覚えときな」


 返す言葉がなかった。


*


 宿の裏で、二匹を捌いた。


 今日は、骨の位置を確かめてから刃を進めた。


 昨日より、身を残さずに取れた。それでも、端の方は厚くなったり薄くなったりした。


 ルーチェが皿を持って待っていた。


「レイ、まだ?」


「もう少し」


「きのうより、きれい」


「だろ?」


「はやくなった?」


「喋らせなければ、少しは」


 ルーチェは口を閉じた。


 皿だけが、少し近づいてきた。


*


 塩をつけて、二人で食べた。


 昨日と同じように甘くて、昨日より少しだけ、身の厚さが揃っていた。


 醤油のことも、やっぱり思い出した。


 けれど今日は、塩をつけすぎないうちに手が止まった。これには、これくらいでいいらしい。


 半分ほど食べたところで、ルーチェが聞いた。


「ねえこれ、アリアねえも、すきだとおもう?」


 俺は、皿から顔を上げた。


「どうだろうな。食べたことがないと思うから」


「おかみさんみたいに、いやっていう?」


「最初は、びっくりするかもしれない」


 女将さんの顔を思い出した。


 アリア姉なら、まず俺の額に手を当てる気がする。それから、本当にそのまま食べるつもりなのか、もう一度聞くだろう。


「焼いたやつなら、食べると思う」


「うん。やいたのも、おいしい」


 ルーチェは頷いて、皿を見た。


「ニナにも、あげたい。テオにも」


「ああ」


「……みんなに、たべさせたい」


 まだ手をつけていない切り身を、彼女の指が少しだけ端へ寄せた。


 取っておく場所を作るみたいな動きだった。


*


 残り三匹のうち、二匹は火を通した。


 最後の一匹は、持ち帰る分にすることにした。


 締めて、血と内臓を抜いてから包み、ほかの荷と分ける。


 ルーチェは、俺が片づけるところを見ていた。


「それ、おうちにおくるの?」


「……部屋で話そう」


 水場を借りた礼を言って、階段を上がった。


 戸を閉めてから、鞄を開く。


 その内側に、もう一つの口を開いた。


 魚の包みを入れると、手の中の重みが消えた。


*


「アイテムボックスの中なら、傷まない」


 俺が言うと、ルーチェは頷いた。


「しってる。おにくも、そう」


「ああ。だから、家へ持って帰ることはできる」


「おくるのは?」


 俺は、鞄の口を閉じた。


「隊商に渡したら、普通の魚に戻る。ボックスの中から出した時点で、時間が動くから」


「とまったまま、わたせない?」


「今の俺には、できない」


 ルーチェは、鞄へ目を落とした。


 俺も、そこを見ていた。


 獲れたときのまま運ぶ方法なら、ある。


 ただし、その荷を運ぶのは俺でなければいけなかった。


*


 寝台へ座って、来た道を数えた。


 この町から王都まで、四日。


 そこから南へ下って、ミューレを通り、アシェンへ向かう。歩けば、片道で二十日前後になる。


 戻ってくる日数も、同じだけかかる。


 窓が、かたかた鳴った。


 もう秋の終わりだった。


 いま南へ引き返せば、北へ向かうころには冬になる。


「とんだら、はやいよ」


 ルーチェが、隣へ座った。


「ああ。速い」


「わたしなら、はこべる」


「運べるな」


 飛べば、何日も縮まる。


 それを知らずに、歩いているわけではなかった。


「でも、ルーチェが昼も飛んで急げば、また人の目につくかもしれない」


 ルーチェは、窓の方を見た。


「ひとがいないとこだけ、とぶ?」


「それなら、決めごとの通りだ。ただ、人里は歩くし、明るい間は待つ。真っすぐ飛んで帰るほど、短くはならない」


「……そっか」


 俺は、膝の上で手を組んだ。


「家に帰りたいか?」


 ルーチェは、すぐには答えなかった。


 足を一度揺らして、それから言った。


「アリアねえに、あいたい」


「うん」


「でも、きたにも、いきたい」


 俺は頷いた。


「俺もだ」


*


 しばらく、二人で座っていた。


 外で荷車が通った。窓の留め具が、また小さく鳴った。


「……じゃあ、さかなは?」


 ルーチェが聞いた。


「取っておこう。俺たちが帰るときまで」


「ずっと?」


「ああ。ボックスに入れておけば、そのときに出せる」


 ルーチェは、鞄を見た。


 そこから魚が出てくるところを、考えているようだった。


「かえったら、たべる?」


「みんなでな」


「いっぴきじゃ、たりないよ」


 俺は、少し笑った。


「足りないな」


「いっぱい、いる」


「町を出る前に買い足そう。焼く分も、生で食べてみたい人の分も」


 ルーチェが頷いた。


「アリアねえは、やくほうが、すきかもしれない」


「そうだな」


「どっちも、もってかえろう」


 それで、家へ持って帰るものが一つ決まった。


 帰る日は、まだ決まっていなかった。


*


 昼を過ぎてから、手紙を書いた。


 月に一度は出すと約束している。


 でも、次の時期まで待つには、書きたいことが多すぎた。


 まず、王都を出たこと。


 色々な人に見送ってもらったこと。ルーチェと相談して、雪の前に北へ向かうと決めたこと。


 それから、海沿いの町へ着いたと書いた。


 ——ザルツハーフェンという町です。


 ——海を見ましたが、向こう岸が見えませんでした。ルーチェも坂の上で背伸びをしていました。それでも見えませんでした。世界は広いですね。


 隣から覗いていたルーチェが、紙を指した。


「それ、おくるの?」


「本当のことだろ?」


「そうだね。でもレイも、ずっとみてた」


 俺は、一行足した。


 ——俺も、しばらく動けませんでした。


 ルーチェに、それを読んで聞かせると、納得したみたいだった。


*


 塩を作る町のことを書いた。


 白い山になって積まれていたこと。同じ塩でも、食べる分と、皮を扱う仕事に使う分が分けてあったこと。


 そして、魚の話を書き始めたところで、手が止まった。


 うまかった。


 それだけなら、一行で済む。


 でも、アリア姉が読んで「うまそうだね」と思うように書きたかった。


 冷たくて、噛むと少し弾んで、あとから甘みが出る。


 そこまで書いて、読み返した。


 菓子の説明みたいだった。


「なんてかいた?」


 ルーチェに読んで聞かせた。


「うん。あまかった」


「そうなんだけどな」


「ちがう?」


「違わない。ただ、これで伝わるかと思って」


 ルーチェは、紙を見た。


「たべたら、わかるよ」


 それができれば、困らなかった。


 俺はペンを持ち直した。


*


 ——魚を食べました。銀ハダという、小さい銀色の魚です。


 ——こちらでは煮たり焼いたりして食べるそうですが、確かめてから、生でも食べてみました。その事で宿の女将さんには驚かれました。


 ここで、少し考えた。


 アリア姉は、たぶん女将さんの方へ頷く。


 ——今のところ、二人とも元気です。


 足してみたが、余計に心配される気もした。


 消さずに、続きを書いた。


 ——焼いたのもうまかったです。骨に身を残しすぎて、ルーチェに指摘されました。今日は昨日より少し、うまくできました。


 ——みんなに食べてもらう分を、俺のボックスに取っておきます。帰ったら、みんなに作ります。


 最後の一行を、もう一度読んだ。


 作る、と書いた。


 昨日の不揃いな切り身が頭に浮かんだ。


 帰るまでに、もう少し練習しておかないといけない。


*


「わたしのぶんも、かいて」


 ルーチェが言った。


「なんて」


「おさらは、わたしがあらう」


 俺は、そのまま書き足した。


 ——皿は自分が洗う、とルーチェが言っています。


「これでいいか?」


「うん」


 読み返すと、魚の味より、二人で何をしていたかの方が長くなっていた。


 でも、アリア姉なら、そのあたりを読むだろうと思った。


 書いた紙を揃えて、折った。


*


 手紙は、港の隊商宿へ持っていった。


 荷を運ぶ人の横で、宛先を確かめる男が座っていた。


「アシェンまで、お願いします」


 男は封筒を裏返し、表の町の名をもう一度読んだ。


「王都で積み替えだね。順調なら三週間あまり。橋や道の具合によっちゃ、もっとかかる」


「はい」


 銅貨を払って、手紙を渡した。


 俺の書いたものが、ほかの手紙と束ねられた。


 ついさっきまで手の中にあった紙が、もう荷物の一部になっている。


 王都では、返事を読むまで二か月ほどかかった。


 今度も、向こうが受け取って、返事を書いて、それがこちらへ戻るまでには、それくらいかかるのだろう。


 ただ、そのころ俺たちは、この町にはいない。


 次に落ち着ける場所が決まったら、また宛先を知らせなければならなかった。


*


 隊商宿を出たところで、ルーチェが振り返った。


「もう、いくの?」


「手紙か。荷馬車が出たらな」


「アリアねえ、いつよむ?」


「早くて、三週間くらい先」


 ルーチェは、しばらく指を折っていた。


 片手では足りなくなって、もう片方の手も開いた。


「いっぱい、ねるね」


「ああ」


「そのあいだもさかなも、とまってるね」


 俺は、鞄の紐に手をかけた。


 そうだった。


 手紙は少しずつ南へ進む。


 魚は、俺のボックスの中で、今朝のまま止まっている。


 先に着くのは、うまかったと書いた紙だけだった。


*


 宿へ戻る坂の途中で、ルーチェが言った。


「レイ。はこは?」


「箱?」


「まえにいってた、ふたつのはこ。なかが、つながってるやつ」


 俺は、足を緩めた。


 王都で隊商が遅れたときに考えたことだ。


 こっちの箱へ入れたものを、アシェンの箱から取り出せたら。


 橋が落ちても、道が雪に埋まっても、手紙が届く。


 そんな話をした。


「まだ、思いついただけだ」


「それなら、さかなも、おくれる?」


「……できればな」


 答えてから、俺は鞄を見た。


 最初に考えたとき、送りたかったのは手紙だった。


 今朝は、魚だ。


 エミが熱を出した夜には、逆に、アシェンから薬が欲しかった。


 入れたいものが、そのたびに違っていた。


*


 部屋へ戻って、俺は紙を一枚出した。


 箱を二つ描いた。


 片方の下に、レイ。


 もう片方の下に、アリア姉。


 ルーチェが、横から覗き込んだ。


「こっちに、おさかな、いれる」


 俺の箱を指した。


「ああ」


「こっちで、アリアねえが、とる」


「そうだな」


 俺は、二つの箱の間に線を引いた。


 紙の上なら、それだけで繋がった。


「……問題は、そこなんだ」


「どこ?」


「俺が向こうにいないのに、どうやって開けてもらうか」


 ルーチェは、二つの箱を見比べた。


 ルームを開けるときは、いつも俺がいる。


 アイテムボックスから物を出すのも、俺の手だ。


 アリア姉が手を入れられる口を、どうやってアシェンへ置いてくるのか。


 今の俺には、分からなかった。


*


 線の下に、短く書いた。


 ——俺がいない場所で、誰が開ける。


 書いてから、その一行を見た。


 魚を入れれば届く箱。


 そう呼んでいる間は、便利なものが欲しいというだけだった。


 今は、分からないところが、一つだけ言葉になった。


「できそう?」


 ルーチェが聞いた。


「まだ、全然」


「そっか」


 それから、紙の端を指した。


「おさかなも、かいて」


「なんで」


「なにをいれるか、わかるように」


 俺は、箱の脇に魚を描いた。


 細い胴と、三角の尾。


 ルーチェは首を傾げたが、何も言わなかった。


「魚だぞ」


「うん」


 返事までに、少し間があった。


*


 紙を畳んで、鞄の内側へしまった。


 北の谷の絵と、読めない一行の写し。その隣に入れる。


 どれも、すぐには答えが出ないものだった。


 それでも、魚を届ける話を、また頭の中だけに戻したくはなかった。


「レイ」


「ん」


「おうちのぶん、あした、かう?」


「町を出るまでに買おう。人数を数えてからな」


「いっぱい、いるよ」


「知ってる」


 七年、数えた人数だ。


 俺は別の紙を出して、家族の名前を書き始めた。


 隣でルーチェが、一人書くたびに指を折った。


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