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捨てられた転生者、金色の竜と旅に出る〜時空間チートで巡る、帰る場所のある旅路〜  作者: mizu
第二章 王都クローネ

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四本目の匙と、行ってきます

翌朝、俺とルーチェは、カウンターの前に並んだ。


 マルタさんは帳面を開いたまま、俺たちを見た。


「おや、二人で来たんだね?」


「はい」


 隣で、ルーチェが俺の袖を引いた。


 顔を見ると、口を結んでいる。俺は少し横にずれた。


「マルタさん」


「なんだい」


「わたしたち、きたにいく」


 マルタさんはペンを置いた。


「そうかい。いつだい」


 ルーチェが、俺を見た。


「五日後に出ようと思っています。店の仕事を、できるだけ片づけてから」


「五日で全部片づくような店じゃないよ」


「……はい」


「冬支度は、こっちでやる。あんたらは旅の支度をしな」


 奥で、荷を下ろす音がした。


「薪は割ってけよ」


 ハンスだった。麻袋の口をほどきながら、こちらを見ずに言った。


「おまえが積み上げた分、まだ半分も割れてねえんだから」


「分かってる」


 ルーチェが、カウンターに両手を載せた。


「おさらは、あらう。いるあいだ、ぜんぶ」


「全部は無理だろう。あたしが夜中に湯を飲んだらどうする」


 ルーチェは、しばらく真剣に考えた。


「……それは、マルタさんがあらって」


 ハンスが、袋に顔を突っ込んだまま笑った。


*


 その日の午後、王宮へ行った。


 門で名前を告げ、ヴィオラ様に出立の知らせを届けたいと伝えた。会えるかどうかは分からなかったが、五日後では遅い。


 門番が奥へ人をやって、俺は脇で待った。


 荷馬車が二台入り、書類を抱えた役人が何人か出ていったころ、ようやく呼ばれた。


 通されたのは、入口に近い小さな控えの間だった。


 しばらくすると扉が開いて、アーニャが入ってきた。髪が結い上げてあった。歩き方まで、昨日とは少し違った。


「決めたのね?」


「ああ。五日後の朝、北門から出る」


 彼女は、扉のそばで足を止めた。


「……五日」


「ルーチェとも話した。本格的に雪が降る前に、行こうって」


「そう」


 それから、向かいの椅子に座った。


「レイ、教えに来てくれて、ありがとう」


 俺は、頷いた。


 それだけのことをするのに、昨日まではずいぶん時間がかかった。


*


「それで、北の森までは、歩いていくの?」


「そのつもりだ。途中の町で、道の様子を聞きながら行く」


「ルーチェも、冒険者の登録をしているの?」


「いや。カードを持ってるのは俺だけだ」


「では、あの子は検問ごとに通行料を払うのね?」


「ああ。町によって違うから、余分には持っておく」


 アーニャは、少し考える顔をした。


 でも、それについては何も言わなかった。


「分かったわ。出る前に、もう一度お店へ行くわ」


「忙しいんだろ?」


「忙しいから、今から時間を空けるのよ」


 昨日、似たようなことで叱られたばかりだった。


「……待ってる」


「ええ」


 彼女は立ち上がった。


 俺も立って、戸口まで来たところで、彼女が小さな声で呼んだ。


「レイ」


「ん」


「最後の日の賄い、わたしの分も」


「いつも通りに」


 その返事に、彼女は一度だけ頷いた。


*


 残りの五日にも、荷は来た。


 朝、ハンスが袋を開ける。俺が束を受け取ろうとすると、その手が横へ逃げた。


「今日はおれが先」


「分かった」


 一束持ち上げて、葉の裏を撫でる。根元を見て、それから縄をほどく。


 少し遅い。


 口を出しかけて、閉じた。


 ハンスは俺の顔を見ずに言った。


「遅いって思ってるだろ?」


「思ってるが、仕方ない」


「今に見てろよ、すぐお前を超えてやるから」


 俺は次の袋を引き寄せた。


 昼には薪を割った。午後には使いに出て、戻ってから、マルタさんにもらった薬袋を広げた。


 入れた薬は、六つ。


 熱冷ましのハクハ草。腹の薬。傷に当てるツヅリ草。虫下し。喉の痛みに効く根。それから、月白アズリルの粉を少し。


 袋を見せると、マルタさんは一つずつ確かめた。


「詰め直しな」


「多すぎますか?」


「多い少ないの前に、取り出してごらん。ツヅリ草を」


 袋へ手を入れた。根の包みをよけて、粉の包みを出して、その下からツヅリ草を引っ張り出す。


 マルタさんは黙って見ていた。


「……すぐ取れるところに入れます」


「そうしな。それと、一つ足りないよ」


 俺は、並べた包みを見直した。


「薬ですか?」


「何が足りないかは、よく見て考えな」


 それだけ言って、マルタさんは客の方へ戻っていった。


*


 三日目の夕方、ヤンが来た。


 珍しく店の表から入ってきて、薬草の束を眺めるふりをしていた。


「出るんだってな」


「ああ」


 ヤンは、懐から何かを出した。


 細い革紐に、小さな金属の輪が通してあった。錆びていて、何かの部品らしいが、元が何だったのかは分からない。


「こいつは餞別だ」


 俺の手に、押しつけた。


「なんだこれ?」


「知らね。拾い物だ」


 軽かった。指で挟んで持ち上げると、革紐がぶら下がった。


「うちらは、みんな一個ずつ持ってる。同じ場所で拾ったやつ」


 俺は、輪を見て、それからヤンを見た。


「もらっていいのか?」


「やるって言ってんだろ」


「……ありがとう」


 ヤンは、棚の方を向いた。


「あと。マルタさんが、俺らを店に連れて回ってる」


「聞いた。仕事は、どうだ?」


「ルディは荷運び。ミアは使い。エミは、袋を畳むやつ」


「エミも?」


「座ってできるからな。フィンと一緒にやってる」


 指先に挟んだ輪が、少し温まっていた。


「トビアスは」


「今、裏で薪運んでる」


「来てたのか?」


「六人ぶんだって、あの人が言ったんだよ」


 ヤンは、そこで初めて俺の顔を見た。


「だから、六人でやる」


 俺は頷いた。


 六人の名前を書いて渡した夜のことを思い出した。分からなくて、空けたところもあった。あの紙に、俺の知らないことが増えている。


「あんたが頼んだんだろ?」


「確かに頼んだ。でも、引き受けてくれたのは、マルタさんだ」


「分かってる」


 ヤンは、すぐに答えた。


「マルタさんから、聞いたから」


*


 ヤンが帰ったあと、輪を鞄の内側に結んだ。


 ニナの石と、孤児院の絵が入っている仕切りの、すぐ脇だ。


 革紐を二度結んで、引っ張って確かめた。


 通りの向こうで、指笛が二回鳴った。


 顔を上げると、もう誰もいなかった。


*


 四日目の夕方、アーニャが来た。


 台所へ入るなり、薄い箱を卓に置いた。


「これは、受け取る前に見て」


 蓋を開けると、封蝋のついた紙が一枚入っていた。


「通行証よ。王家の名で出していただいたの。これがあれば、この国の門で、あなたの連れにも通行料はかからないわ」


 俺は、紙に手を伸ばしかけて止めた。


「……あんたが、頼んでくれたのか?」


「ええ。父に」


 アーニャは、少し背筋を伸ばした。


「誰が使うのか、どこへ行くのかも、話したわ」


「それで、出してくれたのか?」


「『例の件の少年か?』と、おっしゃった」


 紙の端に、俺の名前があった。


 王宮の小さな部屋で、頭を下げた日のことを思い出した。あの日、俺が言ったことは、あの部屋の中だけでは終わっていなかったらしい。


「この紙がするのは、二つだけ。門の通行料を免じることと、あなたたちの身分を王家が保証すること。荷を検められないわけではないし、閉じた門を開けさせる紙でもないそうよ」


「それで十分だ。それ以上になったら、持ち歩く方が怖い」


「わたしも、そう言われたわ」


 彼女は少し笑った。


*


「でもこれでは、借りを返したことにはならないわ」


 アーニャが言った。


「頼まれてないから?」


「ええ。わたしが渡したくて、用意したものだから」


 俺は、紙を見た。


 検問ごとの通行料。二人ぶんの路銀。途中で足止めになれば、そのぶん減っていく食料。


 ありがたい。これはすごく、助かるものだった。


「ありがとう。使わせてもらう」


 彼女が、少し目を見開いた。


「……受け取ってくれるのね?」


「ああ」


 紙を折り目に沿って畳み、箱へ戻した。


 もらう理由を、これ以上探すのはやめた。


「ありがとう、ヴィオ」


 彼女は、箱の蓋を閉める俺の手を見ていた。


 それから言った。


「それから、手紙を書いてね」


「届くまで、だいぶかかるぞ」


「それは、待つわ」


 顔を上げると、彼女はまっすぐこちらを見ていた。


「出したかどうか分からないまま待つのは、嫌だけれど」


「町に着いたら書くよ」


「約束よ」


*


 最後の夜、賄いの卓には匙が四本並んだ。


 アーニャが三本置いて、ルーチェが最後の一本を置いた。


「こっち、アーニャ」


「ありがとう」


「うん」


 ルーチェは、少しだけ柄の向きを直した。


 鍋からは、いつもより濃い匂いがしていた。豆のスープに肉が入り、腸詰めは一人二本。それから、パンが白かった。


「白いパンだ!」


 ハンスが声を上げた。


「ここで出たの、おれ、初めて見た」


「覚えてないだけかもしれないだろう」


「覚えてるよ。パンのことは」


 マルタさんは返事をせず、鍋をかき混ぜた。


 俺は白パンをちぎった。


 やわらかい。口に入れると、いつもの酸っぱさがなかった。噛むのに、力もいらない。


 うまかった。


 もう一口食べてから、籠の底を見た。


「黒いのは、ないんですか?」


 マルタさんの手が止まった。


 ハンスまで、こっちを見た。


「あんた、白いの出して文句言われたのは初めてだよ」


「文句じゃないです。うまいです。ただ、スープにつけるなら、いつもの方が」


「わたしも」


 ルーチェが手を上げた。


 アーニャが笑い出した。


「最初に食べたとき、あんなに硬いパンがあるなんて知らなかったの」


「アーニャが?」


 ハンスが、信じられないという顔をした。


「ええ。酸っぱくて、なかなか飲み込めなくて」


「今は、食ってるじゃん」


「今は、大丈夫なのよ」


 マルタさんが、黒パンを持ってきた。


「両方食べな」


 籠へ足された黒パンに、ルーチェがすぐ手を伸ばした。


 俺も、一つ取った。


*


 食べ終わると、ルーチェは皿を重ねて流しへ運んだ。


 アーニャが洗った皿を受け取り、布で拭く。ハンスは鍋を運んで、俺は卓を拭いた。


 明日からは、この人数ではやらない。


 そう思ったところで、俺は布を洗いに行った。


 流しの前で、ルーチェが最後の皿を持っていた。


「マルタさん」


「なんだい」


「きょう、おさら、われなかった」


 マルタさんは、拭き上がった皿を受け取った。


 表を見て、裏を見た。


「きれいになったね」


 ルーチェは、濡れた手をエプロンで拭いた。


 何度も拭いてから、紐をほどいた。


「これ、かえす」


 大きなエプロンだった。最初は二重に巻いていた。今でも裾は長かったが、前ほど持て余してはいない。


 マルタさんは受け取って、いつもの釘に掛けた。


「次に来たときも、皿はあるよ」


 ルーチェは、掛かったエプロンを見上げた。


「うん」


*


 朝は、いつもの時間に起きた。


 店先へ出ると、ハンスが先に水を打っていた。


「今日は、おれがやる」


「まだ出る前だぞ」


「知ってる」


 ハンスは桶を傾けた。水が石畳を走って、端の溝へ流れていった。


 俺は、戸口に立っていた。


 手伝おうと思えば手伝える。でも、やることがなかった。


「レイ」


「ん」


「出ていく日に怒るって、言ったよな」


「ああ」


 ハンスは空の桶を置いた。


「勝手に来て、勝手に相棒になって、勝手に出ていくな」


「相棒にしたのは、そっちだろ?」


「うるせえ」


 肩を、ばしっと叩かれた。


 痛かった。


 ハンスは笑わなかった。俺も、笑えなかった。


「おかげで、冬大変だぞ」


「……悪い」


「来年は、おれが全部見つけるからな。偽物」


「ああ」


「おまえが戻ってきても、検品、渡さねえから」


「じゃあ、荷を運ぶ」


「おう。そうしろ」


 そこで、やっとハンスが笑った。


*


 出る前に、薬袋をもう一度見せた。


 マルタさんは、口を開いてすぐのところにある、巻いた布を指で押した。


「気づいたね?」


「包帯です。傷口にツヅリ草を当てても、巻くものがないと押さえておけないので」


 尾けられた日に、塀をくぐって肘を擦りむいた。あの程度の傷でも、服が触れるたび痛んだ。


 昨日、さらしを買い、切って巻いておいた。


「ツヅリ草も、ここならすぐ取れます」


「よし」


 マルタさんは袋を返した。


 俺は口を縛って、鞄の取り出しやすいところに入れた。


「マルタさん」


「なんだい」


 置いてくれたこと。薬草を仕込んでくれたこと。ヤンたちを引き受けてくれたこと。


 言おうとしたことが、いくつも重なった。


「……ありがとうございました」


 マルタさんは、俺の鞄の肩紐を見た。ねじれていたところを、手で直した。


「向こうでも、最初に全部知ってる顔をするんじゃないよ」


「はい」


「知らないことは、知らないと言いな」


「はい」


 それから、俺の顔を見た。


「よく働いてくれた」


 俺は、もう一度頭を下げた。


 今度は、少し長く下げていた。


*


 ルーチェが、隣に来た。


 フードをかぶって、袖を詰めた上着を着ている。自分の荷物を、両手でしっかり持っていた。


「マルタさん」


「ああ」


「おさらのあらいかた、おしえてくれて、ありがとう」


「忘れるんじゃないよ」


「わすれない」


 ルーチェはハンスを見た。


「ハンスも、ありがとう」


「おれ、なんか教えたっけ」


「いっぱい、しゃべった」


「なんだそりゃ」


「おもしろかった」


 ハンスは、鼻の下をこすった。


「また来たら、話してやるよ」


「うん」


 最後に、アーニャの前へ行った。


 朝早く来た彼女は、供の二人を少し離れたところに待たせていた。


「アーニャ。おさら、よろしくね」


「ええ」


「われても、ちゃんといってね」


「……ええ。そうするわ」


 アーニャが腰をかがめた。


 ルーチェが荷物を俺に預けて、その首に腕を回した。少しのあいだ、二人とも何も言わなかった。


*


 クロイター通りを歩き出した。


 薬草の束は、まだ店の中だった。パン屋の窓は明るく、角の石畳だけ、ハンスが打った水で濡れていた。


 ルーチェが、いつものように俺の袖をつかんだ。


 角まで来て、二人で振り返った。


 マルタさんと、ハンスと、アーニャが店の前に立っていた。


 俺は息を吸った。


「行ってきます」


 言ってから、少し驚いた。


 七年間、孤児院の玄関で言っていた言葉だった。


 隣で、ルーチェも大きく手を上げた。


「いってきます」


「行っといで」


 マルタさんの声が、朝の通りをまっすぐ届いた。


「手紙、よこせよ!」


 ハンスが叫んだ。


「そっちも書けよ!」


 返すと、ハンスは何か言いながら手を振った。


 アーニャは、両手で振っていた。


 角を曲がってからも、ルーチェの手は、しばらく上がったままだった。


*


 北門では、俺のカードと、アーニャのくれた通行証を出した。


 門番は紙を開き、印を確かめて、俺たちの顔を順に見た。


「二人だな」


「はい」


 荷を検められ、それから紙を返された。


 ルーチェの通行料は、取られなかった。


 俺は通行証を丁寧に畳んだ。


*


 門の外には、街道が続いていた。


 振り返ると、王都クローネが朝の光の中にあった。


 幾重にも重なる城壁。屋根の海。丘の上の白い尖塔。


 三か月前には、どこを見ても知らない場所だった。


 今は、あの屋根の向こうに、薬草の下がる細い通りがあると知っている。


「レイ」


 ルーチェが、袖を引いた。


「また、これる?」


「来よう」


「うん」


 彼女は頷いた。


「おさらあらい、あるって」


「ああ。俺は荷運びだってさ」


 ルーチェが、小さく笑った。


 俺は鞄を背負い直した。内側で、ヤンの輪が何かに触れて、かすかに鳴った。


 北へ続く道を、二人で歩き出した。


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