寄合の卓と、指で覚える見分け方
六度目は、俺が見つけられなかった。
朝の荷を検めて、異常なしと言った。その二日後に、買っていった客が戻ってきた。煎じても効かない、と。
マルタさんが束を開いて、しばらく黙って、それから言った。
「茎を、縦に割ってある」
本物の茎を必要な本数の半分だけ使い、それぞれを縦に二つに裂いて、一本ずつに見せてあった。足りない目方は、薬効のほとんどない葉で合わせてある。見えているものは、どれも本物のハクハ草だ。指で撫でても引っかからない。裂いた面まで確かめなければ、薬効のある茎が減らされているとは分からなかった。
俺は、束の前に立ったまま、動けなかった。
「レイ」
「……はい」
「顔を上げな」
声は、怒っていなかった。それが、かえってこたえた。
「あんたが見落としたんじゃない。向こうが、上手だったんだ」
*
昼の賄いは、いつもより静かだった。
ハンスも、余計なことを言わなかった。ルーチェは俺の顔を何度も覗き込んで、それから、自分の皿の芋を一つ、俺の皿に移した。
「たべて」
「……ありがとうな」
芋は、しょっぱかった。マルタさんの賄いはいつも少ししょっぱい。汗をかく仕事だからだ、と本人は言う。
その、いつもの味が、今日は妙にありがたかった。
匙を置いたところで、マルタさんが言った。
「三日後、ギルドの寄合がある。あんたも来な」
俺は顔を上げた。
「僕が、ですか?」
「あんたに特別何かやってもらうわけじゃあないが」
マルタさんは、湯を飲みながら言った。
「あんたのやり方を、置いてくるんだ」
*
薬師ギルドの寄合は、クロイター通りの一本裏の、古い石造りの建物だった。
天井の高い部屋に、長い卓がひとつ。座っているのは、十二人。全員、マルタさんと同じくらいか、それより上に見えた。何人かは、店先で見たことがある顔だ。
俺が入っていくと、部屋の空気が、はっきり変わった。
「マルタ。子供を連れてくる場所じゃないぞ」
「うちの検品係さ」
マルタさんは、平然と俺を卓の端に座らせた。
誰かが、鼻で笑ったのが聞こえた。
俺は、膝の上で手を握った。ここで何か言い返しても、何にもならない。だから、黙って行動で示す。
*
寄合は、偽物の話から始まった。
今月、王都の薬屋で見つかった偽物の届け出が、十七件。そのうち十一件は、客が「効かない」と苦情を言って初めて分かったものだった。つまり、店では見抜けていない。
「見抜けるわけがない」
白髪の薬師が、卓を指で叩いた。
「昔の偽物は、似た草を混ぜるだけだった。今は、その草の根を切って匂いを飛ばす。外側だけ本物の葉で包む。今度は本物の茎まで裂いてきた。どれも、うちの若い者には見抜けん」
「見抜ける者を、増やすしかないだろう」
「どうやってだ。目利きはすぐには育たん」
部屋が、静かになった。
俺は、手を上げた。
全員の目が、こっちを向いた。喉が渇いた。
「……あの」
声が、少し掠れた。咳払いをして、もう一度言った。
「見分け方を、紙に書けないでしょうか?」
「紙に」
「はい。これまでに出た手口を、全部。似た草の根を切って匂いを飛ばしたもの、本物の葉だけを外に使ったもの、茎を裂いたもの。どこを見ればいいかを、一つずつ」
白髪の薬師が、眉を寄せた。
「そんなものを書いて、どうする」
「配ります。王都の薬屋、全部に」
部屋の空気が、また変わった。今度は、笑いじゃなかった。
「敵に手の内を教えることになる」
「もう知られています」
俺は、そう答えた。
「僕が見抜くたびに、次の荷は違う手口で来ました。四度目は根を切って、五度目は茎を抜いて、六度目は茎を裂いて。……向こうは、こっちが何を見ているかを、ちゃんと調べています」
これまで、俺は偽物を見抜いているつもりでいた。違う。俺は、測られていた。
「なら、追いつかれる前に、広げるしかありません」
「広げる?」
「一つの店だけが見抜けば、次はその店を避けるか、その手を潰されます。でも、王都中の店が同じ日に見抜けば、今出回っている偽物を、まとめて止められます。見分け方が向こうに伝わっても、次の手口を考えて、作り直して、運び直すには時間がかかります」
卓の向こうで、誰かが小さく唸った。
「手口の数には、限りがある」
「はい。それに、見つからないように細工するほど、手間も、本物を使う量も増えます。抜き取って売れる本物は、そのぶん減る。……続けるほど、向こうの儲けは小さくなるはずです」
*
それから、実物を出した。
マルタさんが持ってきた、六度分の偽物。最初の三度は同じ混ぜ方だったので一つにまとめ、手口が変わった四度目からの三束を、卓の手前に並べた。十二人が身を乗り出した。
「新しい手口から説明します。まず、四度目のものです。根を短く切って、匂いを飛ばしてあります。だから鼻では分かりません。葉の裏を、根元から葉先に向けて、指で撫でてください」
誰も動かなかった。
一人だけ、いちばん端に座っていた若い薬師が、手を伸ばした。それから、隣の人が伸ばした。三人目、四人目と続いて、最後に白髪の薬師が、渋い顔のまま束をつかんだ。
部屋中で、指が葉を撫でる音がした。
「……引っかかるな」
「本物は引っかかりません。毛が、葉先に向かって寝ているので」
白髪の薬師は、本物の束も撫でて、それから、もう一度偽物を撫でた。
「ふん」
それだけ言って、彼は、卓の紙にペンを走らせた。書いている。
俺は、少しだけ息を吐いた。
*
五度目、六度目と続けた。
五度目の「茎がない束」は、持ってみれば分かる。二束だけ軽い。そのことを言うと、若い薬師が「三十束をまとめて、秤に載せればいいのか」と聞いた。
「まとめると、分かりません。荷全体の目方は合わせてあります」
「じゃあ、どうする」
「一束ずつ、手に持ってください。秤に一つずつ載せ直すより早いです。……十束も持てば、手首にかかる重みの違うものが分かります」
「感覚じゃないか。そんなものを紙に書けるか」
「書けます。『三十束を一つずつ持て』と」
言ってから、俺は、自分の言葉に驚いた。
マルタさんが最初に俺に言ったことだった。三十束を、一つずつ。あのとき俺は、面倒な決まりだと思った。
決まりじゃなかった。あれが、見分け方そのものだった。
*
寄合が終わったのは、日が傾いてからだった。
紙は、三枚になった。六度分の事例と、手口の変化が四つ。それぞれに、見分け方が二つか三つ書かれている。書いたのは白髪の薬師で、俺は横から口を出しただけだ。字は、俺が書くよりずっと読みやすかった。
「これを、ギルドの名で配る」
白髪の薬師は、紙を束ねながら言った。それから、初めて俺の顔をまともに見た。
「小僧。名前は」
「レイです」
「マルタの店のか?」
「はい」
「……ふん」
彼は、それだけ言って、出ていった。
残った部屋で、マルタさんが湯を注いでくれた。
「あれで、褒めてるんだよ」
「そうなんですか?」
「四十年、あの人が子供に名前を聞いたのを見たのは、初めてさ」
*
帰り道、通りの灯りがつきはじめていた。
俺は、少し不思議な気分で歩いていた。
今日、俺は何も見抜いていない。むしろ、見抜けなかった話をしに行った。それなのに、十二人が指で葉を撫でて、紙が三枚できた。
明日から、王都の薬屋で、俺と同じ手つきをする人が増える。
俺が見なくても、誰かが見る。
「レイ」
隣で、ルーチェが袖を引いた。フードの奥で、金色の目がこっちを見ている。
「きょう、うれしそう」
「そうか?」
「うん。きのうより、かるい」
そうかもしれない、と思った。
六度目を見落としたことは、まだ心の底に残っている。残っているけれど、その重さの置き場所が、少し変わった。
一人で全部を見なくていい。
七年前、俺は森に一人で入った。それしか方法を知らなかったからだ。今は、違う方法を知っている。
通りの角で、パン屋の窓が明るかった。
「ルーチェ。一個ずつ買って帰るか?」
「ふたつ」
「一個ずつって言ったろ」
「わたし、ふたつ」
ルーチェは、こういうときだけ、計算が速い。
※2026/9/15 台詞を少し修正しました(内容の変更はありません)。




