↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
捨てられた転生者、金色の竜と旅に出る〜時空間チートで巡る、帰る場所のある旅路〜  作者: mizu
第二章 王都クローネ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
25/83

アシェンからの荷と、読めないままの一行

夏の終わりにオスカルさんへ手紙を出してから、二か月近くが過ぎた。


 この二か月、細かい騒ぎはいくつもあったが、心配していた流行り熱が町に来ることはなかった。エミも、あれから一度も熱を出していない。


 隊商が着いたのは、朝のうちだった。


 クロイター通りの端に荷馬車が停まって、店という店から人が出てくる。マルタさんもエプロンのまま出ていって、荷の番号を読み上げる男と何か言い合っていた。値のことだと、声の調子で分かった。


 俺とハンスは、店の分の木箱を三つ運んだ。乾いた根の匂いがする箱だ。


 そのうちの一つは、蓋にオスカルさんの字があった。マルタさんが開けると、藁の間に、見覚えのある形の瓶が並んでいた。どの瓶の口にも、オスカルさんの店の封蝋が残っている。今年の特効薬だ。マルタさんは一本ずつ検めて、棚のいちばん取りやすい段に並べた。


「着いたね。……これで、備えができたね」


 商会を通らず、封も切られずに、人の手から人の手へ来た薬だ。どこで採れて、誰が作ったのか、全部分かっている。これなら、途中で中身を替えられてはいない。


「レイ」


 空いた箱を片付けていたら、マルタさんが呼んだ。手に、紐で束ねた紙の包みを持っている。


「あんた宛だ。ずいぶん厚いね」


 受け取ると、確かに厚かった。指の腹に、封の蝋の凹凸が当たる。


 包みの表に書かれた、見慣れた字を見て、俺は、荷運びの続きを忘れた。


*


 昼の賄いを済ませて、屋根裏に上がった。


 ハンスが「読まなくていいのかよ」と何度も言うので、逆に落ち着いて読めなかった。マルタさんが「賄いを食ってからにしな」と止めてくれた。あの人は、こういうところを間違えない。


 窓の下に座って、封を切った。


 中には、手紙が三通と、折り畳んだ紙の包みが一つ入っていた。


 一通目は、几帳面な字だった。読む前から誰か分かる。行の頭が、定規を当てたように揃っている。


 ——写しは、届きました。


 リーナの手紙は、そう始まっていた。


 ——三日、読もうとしましたが読めませんでした。


 俺は、思わず笑った。三日と書くところが、この子らしい。読めなかったと一行で済ませずに、三日かけたことを先に書く。


 ——文字の形は、母が書いたものと同じように見えます。母が書いたのかは、分かりません。同じ決まりで書かれたものだと思います。ただ、対照表がなければ、意味はわかりません。今のわたしには、どうしてもわかりません。


 ——だから、そちらの司書の方が教えてくれた、半分だけ残っている対照表を、いつか見てください。半分でも解読して読みます。


 半分でも解読して読む。


 その一行を、俺は二度読んだ。この子は、七年前からずっとそういう考え方をする。全部が手に入らないなら諦める、という発想が、最初からない。


 次の行で、指が止まった。


 ——「星辰の民」という言葉ですが。


 ——一度だけ、母がその言葉を使ったことがあります。母のことは、ほとんど覚えていません。これは、覚えている数少ないことの一つです。わたしがまだ小さくて、母が咳をしていた冬です。自分のことを、半分だけ星辰の民だ、と言いました。意味は聞けませんでした。聞いたら、母がその話をやめてしまう気がしたからです。


 ——ずっと忘れていました。あなたの手紙で、思い出しました。


 窓の外で、荷馬車が動き出す音がした。


 俺は、紙を持ったまま、しばらく動かなかった。


 三百年前の本と、リーナの母の一言が、王都とアシェンで別々に眠っていた。それが、今、この屋根裏で並んだ。俺が手紙を書かなければ、並ばないままだった。


 ——内容が読めなくてもいいですから、いつか一度、読んでみたいです。いろいろ書いてくれて、ありがとう。また手紙を待っています。


 手紙は、そう終わっていた。


*


 二通目は、速い字だった。


 ——無理をしないこと。


 書き出しが、それだった。


 俺は、苦笑した。予想はしていたけれど、一行目に来るとは思わなかった。


 ——面倒なことに首を突っ込んでいます、と書いてよこす子が、詳しくは帰ってから話しますと続けるのは、卑怯です。こちらは、その一行を読んでから寝るまでの間、何回も読み返すんですよ。


 アリア姉の手紙は、そこから三枚あった。


 院長先生の様子や、冬に向けた薪の手配。それと、セルが森の採取で新しい群生地を見つけたことなど、孤児院の日常が書いてあった。


 あちらは、問題はないようだった。


 俺は、三枚をゆっくり読んだ。読みながら、あの食堂の音が、耳の奥で勝手に鳴った。


 最後は、こうだった。


 ——どうしても無理をするなら、一人で考えてやろうとしないこと。せめて誰かと一緒にしなさい。それだけ守ってくれたら、あとはあなたの好きにしなさい。


 俺は、紙を膝に置いた。


 この人は、七年、俺のことをよく見ていたんだろうと思う。


*


 三通目は、短かった。


 院長先生の字は、大きくて、少し震えている。


 ——ここに帰ってくる日を、決めなくていいから、必ず無事に帰ってきなさい。


 それだけだった。


 便箋の下三分の二が、白いままだった。書こうとして、やめた跡だと思った。


*


 最後は、封も宛名もない紙の包みだった。


 開くと、小さな金具が一つ転がり出た。その下に、折り畳まれた図面がある。


 線が細くて、寸法が細かく書き込んである。革帯の端を挟んで、片手で外せる留め具らしい。金具の幅は、俺の鞄の肩紐と同じだった。


 説明は、一行もない。


 図面を裏返した。何もない。もう一度表を見た。隅に、小さく焼き印のような印が押してある。籠の編み目だ。


「……あいつ」


 俺は、誰もいない屋根裏で言った。


 トーマは、七年前から一度も、俺に説明をしたことがない。籠を渡すときも、鞄を渡すときも、黙って差し出しただけだった。今度は、試作品と図面だけを寄越して、試せということらしい。せめて付け方くらい書け、と思う。思うのに、もう俺は、図面を追いながら金具を肩紐に当てていた。


*


 夕方、賄いの片付けのあとで、ルーチェに全部読んで聞かせた。


 ルーチェは、俺の膝に頭を載せて、目を閉じて聞いていた。眠っているのかと思ったら、アリア姉の手紙のところで、耳のあたりがぴくりと動いた。


「アリアねえ、おこってる」


「怒ってはいない、ただ心配している」


「でも、すきっておもった」


「……そうだな」


 ルーチェは、少し考えてから、言った。


「わたしのこと、かいてない」


 俺は、三通の手紙を並べ直して、探した。あった。アリア姉の三枚目の、隅の方に。


 ——ルーチェが人の姿でいる時間が延びていること、皆で喜びました。セルが「わたしの方が姉さんだからね」と言ってます。


「書いてある。セルが、自分の方が姉だって言ってるって」


 ルーチェは、しばらく黙って、それから、ふん、と鼻から息を出した。


「わたしのほうが、うえ」


「竜の歳の数え方だと、そうかもな」


「そう」


 ルーチェは、そういうところだけは、絶対に譲らない。


*


 夜、灯りを消してから、天井を見ていた。


 対照表は、王立大書庫の奥にある。半分だけ残っている。閲覧には、王の許可が要る。


 その王は、今、眠っている。


 目が覚めれば、許可を願い出る道はある。ヴィオラに頼めば、たぶん、通る。あの子は「なんでも言って」と言った。あれは本気だった。


 ——そこまで考えて、俺は、毛布を引き上げた。


 王が目を覚ましたら、俺の用が済む。


 そういう順番で考えた自分が、嫌だった。


 王が目を覚ますのは、まず、ヴィオラの父親が帰ってくるということだ。そうすれば、アーニャもまた、この食卓に来られるはず。


 自分の用を数えるのは、そのあとでいい。


 目を閉じた。


 リーナの字が、まぶたの裏に残っていた。


 半分でも解読して読む。


 今は、急がなくていいと思った。あれを読める日は、たぶん来る。今日だけでも、いろいろ進んだのだから。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。