混ぜ方が変わった日
五度目の偽物は、これまでと違っていた。
朝の荷を、店の奥で検めていたときだった。マルタさんの言いつけで、荷解きは表でやらない。日の入らない奥の板間で、束をひとつずつ手に取る。
ハクハ草の束。三十。
俺は、いつも通り、荷を括る縄をほどいて、束の外側の葉の裏を指で撫でた。
引っかからない。
どの束も、外側の葉はハクハ草だった。
「異常なし」
声に出して、次の袋へ手を伸ばしかけて——止まった。
もう一度、束を手に取った。
重さが違う。
いや、全部じゃない。三十束のうち、二束だけが、ほんのわずかに軽い。手首にかかる重みが違った。
軽い二束を卓に置いた。今度は束そのものの縄をほどき、中身を広げる。
外側は、ハクハ草の葉。だが、その内側に、ハクハ草の茎は一本もなかった。代わりに詰められていたのは、その辺に生えているような枯れ草だった。
そこで初めて、鑑定をかけた。
——ハクハ草の葉。
——枯れ草。薬効なし。
俺の手の感覚は、間違っていなかった。
ハクハ草は、茎に薬効がある。葉は香りづけで、効きはほとんどない。だから束ねるときは、茎を揃えて、葉を外側にする。値がつくのは、茎の方だ。
——あれ飲むのはさ、なんとか金を集めて、やっと買う人なんだ。
裏階段で聞いたハンスの声が、頭の奥で鳴った。
「マルタさん」
俺の声が、自分でも分かるくらい、平らじゃなかった。
*
マルタさんは、束を手に取って、しばらく黙っていた。
それから、束を卓に置いて、言った。
「手口が変わったね」
「はい。それと、数もです。今までは、三十束に四束でした。今回は、二束しかありません」
「数を減らして、そのぶん一束からごっそり抜いてる。……今までは、似た草を混ぜてた。玄人が見れば分かる、その境目を狙ってた。今度は、外側だけ本物にして、中を丸ごと捨て草にしてる」
マルタさんの指が、束の外葉をめくった。
「これは、玄人でも見えない。開かなきゃ分からない。ただし」
「重さで分かります」
「そうだ。目じゃなく、手で分かる」
マルタさんは、俺を見た。
「レイ。あんた、これをどうやって見つけた」
「……持ったときに、軽かったので」
「毎回、そうやって持ってるのかい?」
「はい。三十束、一つずつ」
マルタさんは、少しの間、何も言わなかった。
それから、深く息を吐いた。
「あたしは、束を数えてから、上の三束を検める。長いこと、それでやってきた。……あんたのやり方じゃなきゃ、これは通ってたよ」
効かない薬が、店から出る。買った人は、飲む。効かない。もっと重い病だと思って、量を増やす。それでも効かない。
薬の偽物は、人を殺す。
マルタさんが最初に言ったとき、俺はまだ、その言葉の重さを半分しか分かっていなかった。今日、残りの半分が分かった。
*
ハンスが、荷の帳面を抱えて奥に来た。
卓の上の束を見て、それから、俺の顔を見て、事情を察したらしい。
「また入ってたのか?」
「入ってた。二束」
「……くそ」
ハンスは、拳を握って、それから、開いた。
「見せてくれ」
俺は、開いた束をハンスの前に置いた。ハンスは葉をめくって、中の枯れ草を引き出して、しばらくそれを見ていた。
「これ、おれには見つけられねえよ」
「重さだ」
「重さって言われてもさ。おれ、三十束、一個ずつ持ったことねえもん」
ハンスは、正直に言った。それがこの子のいいところだ。悔しがっても、嘘は言わない。
「今日から、そうする」
「持つのか?」
「持つ。……おまえに全部やらせてたら、おまえが潰れる」
言ってから、ハンスは慌てて付け足した。
「べつに、心配してるとかじゃねえからな。手が足りねえだけだ」
俺は、笑わないでおいた。笑うと、こいつは意地になる。
*
その日の午後、俺は監察庁へ行った。
今度は、鞄を抱えて走らなかった。監察庁へ納め物をする職人の荷車に、マルタさんが束を紛れ込ませた。俺は、荷車から少し離れて、ただの使いっ走りの顔で歩いた。
ヴェルナーさんは、束を見て、めくって、中の枯れ草を確かめて、それから短く言った。
「変えたな」
「はい」
「いつからだ」
「今日入った荷からです。前の四度は、全部、似た草を混ぜる手口でした」
ヴェルナーさんは、机の紙に何かを書いた。前より速かった。
「意味が分かるか?」
「……相手が、うちの店で偽物が見つかっていることを、知っています」
「そうだ。もう一つ」
ヴェルナーさんは、顔を上げた。
「どうやって見つけているかまでは、知らない」
俺は、その意味を考えた。
「似た草の混ぜ方をやめた。ということは、見分けられていると分かった。でも、重さで見つかるとは思っていない。だから、外側だけ本物にする手を選んだ」
「その通りだ。……つまり、相手はお前の目を警戒して、手を警戒していない」
紙を走る音が止まった。
「これは、こちらの利になる。相手は、まだお前が今度の偽物に気づいてないと思っている」
「あの」
「なんだ」
「相手は、どうやって知ったんでしょうか。うちの店で見つかっていること」
ヴェルナーさんは、しばらく俺を見た。
試されている、と思った。
「言ってみなさい。お前の考えを」
「……返品したからです」
俺は、そう答えた。
「偽物が入った荷は、商会に突き返しています。四度とも。だから、商会は知っています。あの店は見抜く、と」
「では、商会が犯人か?」
「違うと思います」
俺は、首を振った。
「突き返された商会は、たぶん商会自体が騙されています。だから、上に文句を言う。『偽物が混ざっていると、あの店に突き返された』と。……その文句が、黒幕のところに届いてます」
ヴェルナーさんの口の端が、ほんのわずかに動いた。
笑ったのかもしれない。断言はできない。煎じかすと同じで、俺には決めつけられない。
「さすがだな」
ヴェルナーさんは、それだけ言った。
「その通りだ。文句は、必ず上に流れる。上に流れた文句が、手口を変えさせた。……つまり、手口を変えられる立場の人間は、商会の文句が届く場所にいる」
「薬師ギルドも、その『文句が届く場所』に入りますか?」
言ってしまってから、まずかったかと思った。
マルタさんは、薬師ギルドの世話役だ。
「その名前は、マルタ以外の前で出すな」
ヴェルナーさんの声は、静かだった。
「まだ何も証明されていない。ギルドには何百人もいる。そのうちの一人か二人の話を、全体の話にしてはいけない。……それをやると、関係のない人間まで巻き込まれる」
「はい」
「だが」
ヴェルナーさんは、束を紙に包み直した。
「候補から、外してもいない。私も、そこを見ている」
*
帰り道、俺は考えていた。
もし黒幕が薬師ギルドの中にいるなら、マルタさんは危ない。世話役として内側にいながら、外の役所に証拠を渡している——それが知られたら、どうなるか。
店に戻ると、マルタさんはカウンターで客の相手をしていた。
いつも通りの声で、いつも通りの値段を言って、いつも通りに釣りを渡していた。
客が出ていったあと、俺は言った。
「マルタさん」
「なんだい」
「……ギルドの中に、いるかもしれません」
マルタさんは、量りの分銅を箱に戻す手を、止めなかった。
「知ってるよ」
「え」
「あたしの見立ても、同じさ。だいぶ前からね」
分銅が、かちりと鳴った。
「三十年、あの寄り合いに出てるんだ。誰が金に困ってて、誰が上の椅子を欲しがってるかくらいは、顔を見れば分かる」
「じゃあ、なんで」
「なんで黙ってたか?」
マルタさんは、そこで初めて、俺を見た。
「あたしの見立ては、証拠じゃないからさ。三十年の付き合いで『あいつが怪しい』なんてのは、いちばん質の悪い噂だよ。噂だけで人を罪人にするのは、あたしがいちばん嫌ってきたやり方だ」
ヴェルナーさんと、同じことを言っている。
「だから、貯めるんだ」
マルタさんは、カウンターの下の箱を、指で叩いた。
「顔でも、勘でもなく、束と日付と荷札でね」
*
夜、屋根裏で、ルーチェが俺の顔を覗き込んだ。
「レイ。きょうも、においが、こわい」
「そうか」
「でも、きのうより、すこしだけ、うすい」
「……そうか」
俺は、天井を見た。
怖いのは、変わっていない。むしろ、相手が動いたぶん、事は大きくなった。
でも、今日は一人で怖がっていなかった。マルタさんが同じ危険を見ていて、ハンスは束を持つと言って、ヴェルナーさんはその先にいる相手を調べている。
怖さは、分けると薄くなるらしい。
窓の外で、城の灯りが光っている。
あの灯りの下で、薬が少しずつ減らされている。
こちらでも、少しずつだ。
三十束を、一つずつ持つ。それしかできないし、それでいい。
急に全部を解決する方法を、俺は知らない。七年前から、ずっとそうだった。
※2026/9/14 台詞を少し修正しました(内容の変更はありません)。




