表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
捨てられた転生者、金色の竜と旅に出る〜時空間チートで巡る、帰る場所のある旅路〜  作者: mizu
第二章 王都クローネ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
19/22

証拠が揃った日と、笑わない狐

官庁通りは、朝から静かだった。


 市場のほうから聞こえてくる声が、この通りに入った途端、遠くなる。石畳の目地まで揃っていて、履き物の音がやけに響いた。働いている人の数は多いのに、誰も無駄口を叩かない。そういう静けさだった。


 俺は、鞄の紐を握り直した。


 中には、五つの包みと、帳面が一冊。マルタさんが夜のうちに包み直した四つと、ヴィオラの持ってきた煎じかす。それに、四度分の記録と荷札。


「レイ」


 角の柱の陰から、声がした。


 ヤンだった。壁にもたれて、腕を組んで、まるでそこが自分の家の玄関みたいな顔で立っている。


「なんでここにいるんだ」


「見張り」


「頼んでない」


「頼まれてねえよ」


 ヤンは、鼻の頭を掻いた。


「昨日、ミアが言ってた。前に追われてた、いいとこの子が、あんたの店に来たって。……で、今朝、あんたが鞄抱えて官庁通りに歩いてった」


「それだけで」


「あの子を追ってたの、そこらのごろつきじゃないだろ。それだけで充分だ」


 路地の子は、こういうところが早い。


「危ないことすんなら、逃げ道くらい知っとけよ」


 ヤンは、顎で通りの先を指した。


「あの角、二本目を右。突き当たりの塀、下に穴がある。犬ぐらいしか通れねえけど、あんたなら通れる」


「……犬扱いか」


「褒めてんだよ」


 ヤンは、それだけ言って、また柱の陰に引っ込んだ。


 王都に来て、ひと月と少し。俺の逃げ道を用意する子が、もういる。



 監察庁の建物は、二度目でも、やっぱり大きかった。


 門番に、薬師ギルドの使いの札を見せた。それから、銅色のカードを出した。門番は見習いの刻印を見て、俺の顔を見た。子供が官庁に何の用だ、という顔だ。


「ヴェルナー様に、お会いしたいのですが」


「約束は」


「ありません。ですが、前に一度、登録していただいています。アシェンのレイと申します」


 門番は、少し考えて、奥に引っ込んだ。


 しばらくして、戻ってきた門番の態度が、微妙に変わっていた。


「通れ」


 名前が通っている。それが、どういうことなのか、俺はまだよく分かっていなかった。



 ヴェルナーさんは、前と同じ部屋にいた。


 書類の山と、埃ひとつない机。目だけが動いて、口元は動かない。マルタさんが「笑わない狐」と呼ぶのが、二度目でよく分かった。


「早かったな」


 挨拶より先に、それが来た。


「え」


「証拠が揃ったら持ってこいと言ったのは、ひと月前だ。子供が半年かけて集めるものだと思っていた」


 ヴェルナーさんは、向かいの椅子に目をやった。座れ、ということらしい。


「それで、何を持ってきた」


 俺は、鞄から包みを出して、机に並べた。


 一つ、二つ、三つ、四つ。それから、帳面を開いて、その横に置いた。


「うちの店に入った、偽物の薬草です。今月の四度分。……こっちが、記録です。荷が入った日、商会の名前、荷札の番号、束の数、混ざっていた草の種類。荷札そのものも、間に挟んであります」


 ヴェルナーさんの指が、包みの一つを開いた。


 中の束を、指でほぐす。光にかざす。折る。


 薬師じゃないのに、手つきが素人じゃなかった。


「ハクハ草に、ヨシバ草」


「はい」


「見分けは」


「いつもなら、根の切り口と匂いで分かります。ヨシバは根が甘いので。……ですが今回の束は、根が短く切ってありました。匂いも、飛ぶまで乾かしてあります」


「では、なぜ分かった」


「触ったからです」


 俺は、正直に答えた。


「葉の裏の毛の向きです。ハクハは葉先に向かって寝ていて、ヨシバは根元に向かって立ちます。乾かすと、目ではほとんど分かりません。指で撫でて、引っかかったので」


 言いながら、背中が冷えた。根を切って、匂いを飛ばして出してきた。前の三度より、確実に丁寧になっている。


 ヴェルナーさんは、しばらく俺の顔を見ていた。それから、初めて、机の紙にゆっくりと何かを書いた。


「同じ手口が、四度」


「はい。別々の商会です。でも、混ぜ方が同じでした」


「同じ、とは」


 俺は、言葉を選んだ。ここは、間違えたくなかった。


「素人には分からなくて、玄人が見れば分かる、その境目を狙って混ぜてあります。……たぶん、混ぜているのは、薬草のことを知っている人です」


 ヴェルナーさんの手が、止まった。


「続けなさい」


「量も、一定でした。三十束に四束。多すぎると、荷ごと突き返されます。少なすぎると、混ぜる意味がない。四度とも、その割合でした」


 紙を走る音が、少し速くなった。


「商会は別々。手口は同じ。割合も同じ」


 ヴェルナーさんは、顔を上げずに言った。


「——では、四つの商会が、それぞれ勝手に思いついた手口ではないな」


 俺も、そう思っていた。思っていたけれど、口には出せなかった。子供の憶測で人を疑うのが、どれだけ危ないかは知っている。


「荷が分かれる前の場所か、あるいは、四つの商会に同じ指図を出せる者だ。……仕入れの上流に、共通する誰かがいる」


「……はい」


「よく持ってきた」


 ヴェルナーさんは、そこで初めて、俺を見た。


「これは、証拠になり得る。……だが、まだ少し足りない」



 俺は、鞄に手を入れたまま、少しの間、迷った。


 五つ目の包みがある。


 これを出せば、話が薬草から離れる。王の薬の話になる。ヴィオラの話になる。あの子を巻き込まないために俺が集めると言ったのに、ここで名前を出せば、意味がなくなる。


 でも、出さなければ、王は眠ったままだ。


「ヴェルナーさん」


「なんだ」


「もう一つ、あります。……ただ、これを出す前に、聞いてもいいですか」


「言ってみなさい」


「今からこの部屋で聞いたことは、この部屋から漏れることはありますか」


 ヴェルナーさんの目が、細くなった。


 怒ったのかと思った。子供が役人に、口の堅さを聞いたのだ。


「監察庁は、宰相の下にない」


 ヴェルナーさんは、静かに言った。


「陛下が、そう作られた。誰の顔色も窺わずに済むように、と。……この部屋で聞いたことを外へ出すかどうかは、私が決める。そして私が報告する相手は、陛下だけだ」


 その陛下が、眠っている。


 俺は、五つ目の包みを、机に置いた。


「これは、陛下の煎じ薬の、残りかすです」


 部屋の空気が、変わった。


 ヴェルナーさんは、包みに手を伸ばさなかった。伸ばさずに、俺の顔を、長く見た。


「……どこで手に入れた」


「言えません」


「レイ」


 初めて、名前で呼ばれた。


「言えません」


 もう一度、言った。声が震えなければいい、と思った。


「ヴェルナーさんが動いたと相手に知られたら、証拠を消されます。桶の中身も、荷の記録も、明日には残っていないかもしれません」


 一度、息を整えた。


「……出所は、今は言えません。これを持ち出した人を守りたいんです。記録には、僕が持ち込んだとだけ書いてください。それでお願いします」


 長い沈黙があった。


 ヴェルナーさんは、それから、包みを開いた。


 中の草の屑を、指でつまみ上げる。かざす。潰す。においを嗅ぐ。俺と同じ手順を、俺より速くやった。


「……お前は、これを何だと見た」


「胸の発作の薬に、眠りを深くする草が混ざっていると思いました。断言はできません。煎じたあとなので」


「根拠は」


「節の角ばりです。オスカルさんの店で、その二つを何百回も並べて覚えました。間違えたら人が死ぬから、と言われて」


 ヴェルナーさんは、草の屑を、慎重に紙に戻した。


 それから、立ち上がって、窓の外を見た。丘の上に、城が見えた。


「オスカルの手紙にな」


 背中を向けたまま、ヴェルナーさんが言った。


「あいつは、こう書いてきた。『アシェンの良心が、答え合わせの旅に出る。力を貸してやってくれ』——ずいぶん大きく出たものだと思った。田舎の薬屋が、弟子を売り込むにも程がある、と」


「……あの人は、大げさなので」


「私もそう思った」


 ヴェルナーさんは、振り返った。


「今日まではな」



 それからの話は、速かった。


 ヴェルナーさんは、四つの包みそれぞれについて、納めた日、商会名、荷の番号を書き取った。帳面を開いたときだけ、ペンが止まった。


「マルタの字だな」


「……ご存じでしたか」


「薬師ギルドの世話役だ。知らないほうがどうかしている」


 ヴェルナーさんは、頁を繰った。


「四度分、書式が同じだ。あとから書き足したものじゃない。……最初から、使う日を見込んで書いている」


 それから、顔を上げずに続けた。


「本人が持ってこない理由も、分かる」


「え」


「ギルドの内側にいる人間が役所に駆け込めば、それは内部告発だ。次の日から、あの店に荷は来なくなる。商人を潰すのに、刃物はいらん」


 俺は、何も言えなかった。


 マルタさんは、そこまで考えた上で、俺の前で箱を開けたのだ。よその町から来た、ギルドに属さない子供の前で。


 俺は、帳面の間から封書を抜いて、机に置いた。


「これも、預かってきました」


 ヴェルナーさんは、封を切って、一度だけ目を通した。


 読むのは、ほんの数呼吸だった。


 それから、何も言わずに立ち上がって、窓際の燭台に紙を近づけた。


 火が移った。縮れて、黒くなって、灰になった。


「……いいんですか」


「本人がそう書いている」


 ヴェルナーさんは、灰を皿に落として、指を払った。


「あの店主は、自分の名前が紙に残ることの意味を知っている。……お前も覚えておきなさい。人を守る書き方と、人を売る書き方は、同じ紙の上にある」


「はい」


「もっとも」


 ヴェルナーさんは、椅子に戻りながら、ひとつだけ付け足した。


「用件は三行だった。あとは全部、この子供を巻き込みすぎるな、と書いてあったがな」


 五つ目については、何も書かなかった。


「書かないんですか」


「書けば、写しが残る。写しは、必ずどこかで人の目に触れる」


 ヴェルナーさんは、五つ目の包みだけを、机の引き出しに入れて、鍵をかけた。


 マルタさんと同じ手つきだった。書き留めるとき、この人たちの手は、そっくり同じ動きをする。


「レイ。ひとつ、命じておく」


「はい」


「今日から、店の外では薬草の話をするな。荷の検品も、人前でやるな。……お前は今日、敵のリストに名が載ったと思え」


「僕が」


「これだけの手口を組んだ相手が、四度も同じ店に弾かれて、気づかないと思うか。——クロイター通りのマルタの店に、目のいい子供がいる。もう、そう言われている」


 言葉が出なかった。


 マルタさんは、それを知っていた。知っていて、昨夜、箱を開けたのだ。「危ないかもしれません」と俺が言ったとき、あの人は「知ってるよ」と答えた。あれは、そういう意味だった。


「こちらでも、あの通りに人を回す」


 ヴェルナーさんは、卓の上で指を組んだ。


「ただし、期待はするな。うちの人間は、表の通りを見張るのは得意だが、路地の奥までは追えん。あそこは、住んでいる者にしか分からん道だ」


 路地の奥。


 俺は、ヤンの言葉を思い出した。王都の路地は、全部つながってる。


「……分かりました」


「分かっていない顔だな。いいか、逃げるのは恥じゃない。逃げ道も用意せずに踏み込むほうが、よほど愚かだ」


「怖いか」


「……はい」


「よろしい」


 ヴェルナーさんは、頷いた。


「恐怖を知らない子供のほうが、私は困る。恐怖を知る子のほうが、生きて帰ってくる」



 部屋を出るとき、ヴェルナーさんが呼び止めた。


「レイ」


「はい」


「陛下の薬の件は、これから私が内密に調べる。時間がかかるだろう。侍医にも、薬師にも、商会にも、順番に触れる必要がある。……一つずつ触るたびに、相手は身構える」


「はい」


「だから、お前は、いつも通りにしていなさい」


 ヴェルナーさんは、書類の山に目を戻した。


「店の荷を運んで、品物を見て、食事をして、よく寝る。それが、今のお前にできる一番のことだ」


 ——食事と睡眠。


 監察庁の官吏が、まさかそんなことを言うとは思わなかった。


「ヴェルナーさんも、うちの賄いを召し上がりますか」


 言ってから、しまった、と思った。


 ヴェルナーさんは、書類から目を上げずに、しばらく黙っていた。


「豆か」


「豆と、腸詰めです」


「……考えておこう」


 笑わない狐は、やっぱり笑わなかった。


 でも、返事の間が、少しだけ長かった。



 官庁通りを出ると、日が高くなっていた。


 柱の陰から、ヤンが出てきた。


「生きてんな」


「生きてる」


「なんかあった?」


「別に」


 ヤンは、俺の顔をじろじろ見て、それから「ふうん」と言った。


「顔、変わってるぞ」


「そうか」


「うん。……あんたの、そういうときの顔、覚えとくわ」


 路地の子は、本当に、こういうところが早い。



 店に戻ると、マルタさんがカウンターにいた。


 俺の顔を見て、それだけで全部分かったらしい。


「渡してきたかい」


「はい」


「そうかい」


 それ以上は、聞かなかった。


 代わりに、こう言った。


「今日から、荷は奥で検めな。表でやるんじゃないよ」


 俺は、顔を上げた。


 ヴェルナーさんと、同じことを言っている。


「マルタさん」


「なんだい」


「……いつから、知ってたんですか」


 マルタさんは、量りの分銅を布で拭きながら、答えた。


「三度目からさ」


 拭き終わった分銅を、きちんと箱に戻す。


「二度なら偶然。三度は、こっちが見られてる」


 この人は、最初から全部分かった上で、俺に検品をさせ、証拠を貯めさせ、昨夜、箱を開けた。


「……怖くないんですか」


「ああ、怖いね」


 あっさりしたものだった。


「怖いから、記録を取るんだ。腹が立つから、じゃないよ。怖いからさ」


 マルタさんは、カウンターの奥から、いつもの木箱を出してきた。中は空になっていた。四つの包みは、今、監察庁の机の中にある。


「空いたね」


「はい」


「じゃあ、また溜めるだけだ」


 その言い方が、あんまり普通だったので、俺は、ちょっと笑ってしまった。



 昼の賄いは、いつも通りだった。


 豆と腸詰めの煮込み。ハンスが皿を配って、ルーチェが匙を並べて、俺が水を汲む。


 匙は、四本並んでいた。


 誰も、四本目のことは言わなかった。ルーチェが並べて、そのままにしてある。


「いただきます」


 三人で言って、三人で食べた。


 うまかった。昨日と同じ味で、昨日より少しだけ、静かだった。


「レイ」


 ルーチェが、匙を持ったまま、俺を見た。


「きょう、においが、こわい」


 ハンスが顔を上げた。


「なんだそれ」


「なんでもない」


 俺はそう言って、パンをスープに浸した。


 ルーチェは、それ以上聞かなかった。ただ、自分の腸詰めを一本、俺の皿にそっと移した。


 気づかないふりをして、食べた。



 夜、屋根裏で、ルーチェが毛布から顔だけ出して言った。


「レイ。あのこ、くる?」


 あの子。四本目の匙。


「来るよ」


「ほんと?」


「約束したから」


 嘘じゃない。約束はした。ただ、いつとは言っていない。


 ルーチェは、それで満足したらしく、目を閉じた。


 俺は、窓の外を見た。


 丘の上で、城が今夜も光っている。あの灯りの下で、王が眠っていて、その隣に、たぶんヴィオラが座っている。


 俺にできることは、今日、全部渡した。


 あとは、待つ。


 ——待つのが、こんなに落ち着かないものだとは、思わなかった。


 オスカルさんの店で、薬草を乾かしていたときのことを思い出した。乾くのを待つ間、俺はよく棚の前をうろうろして、リーナに笑われた。「見てても早く乾かないよ」と。


 あのときの俺に、今の俺は、たいして変わっていない。


 待つのが下手なまま、十二歳になった。


 目を閉じると、匙が四本並んだ食卓が浮かんだ。


 早く、埋めたい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ