第13話:井の中の蛙、大海(アトリエ)を知る。宮廷錬金術師フィルの来襲
「……ここが、件のポーションを納品しているというアトリエですか。随分と薄汚れた場所ですね」
アトリエの前に、これ見よがしに豪華な馬車が止まった。
降りてきたのは、光沢のある紺色の官服に身を包んだ、線の細い美青年だった。
整った顔立ちには知性が溢れているけれど、その眼鏡の奥の瞳は、周囲を完全に見下している。
(うわ、出た! 宮廷錬金術師のフィルだ!)
私のゲーマーセンサーが激しく反応する。
フィル・エストレード。
『アルクロ』のメインキャラの一人で、若くして宮廷錬金術師になった天才。でも、性格がキツすぎて宮廷内では浮きまくり、孤立している「ぼっち天才」キャラだ。
「おい、そこの女。レイカという錬金術師はいるか。王城へ納品されている薬に不審な点がある。宮廷錬金術師である僕、フィルが直々に検分に来てやったんだ」
「……はぁ? 師匠なら奥で寝てますけど」
私は内心「不遜だなー」と思いつつ、彼をアトリエに招き入れた。
フィルは室内を見回すと、鼻を鳴らして馬鹿にしたように笑った。
「ふん、まともな設備も揃っていない。僕の宮廷の工房なら、この数百倍は高度な錬金ができる。ここで作られた薬が王城の製品を上回っているなど、レオン団長やザック副団長の目が節穴だったに違いない……」
「あのー、あんまり師匠や騎士団の方々をバカにしないで貰えます? 私たち、真面目に作ってるんで」
ライネが珍しくムッとした顔で口を挟んだ。
フィルはライネをチラリと見て、さらに鼻で笑う。
「真面目? 錬金術は根性論じゃない。理論と知識、そして膨大な処方箋の蓄積だ。僕は王国に伝わる数万のレシピを全て暗記している。たかだか数種類しか薬を作れない素人に何がわかる」
(……うん。完全に『井の中の蛙』状態だ。宮廷の中じゃ一番でも、このアトリエには『本物の魔女』と『ゲームの主人公』がいるんだよなぁ)
すると、騒がしさに起きてきたレイカ師匠が、欠伸をしながら現れた。
「……うるさいわね。宮廷の坊やが何の用? 知識を自慢したいなら、図書館で壁にでも話してなさいよ」
「なっ……! 無礼な! ならば証明してやる。僕の錬金術が、君たちのような野良錬金術師とは次元が違うことを!」
フィルは鞄から手際よく高価な素材を取り出し、持参した小型の錬金釜をセットした。
確かにその手つきは鮮やかだ。無駄のない動きで、瞬く間に高度な『万能解毒薬』を合成していく。
作れるものの種類や、理論的な美しさは、確かに今の私やライネよりも上かもしれない。
「どうだ。これが宮廷の、真の錬金術……」
「あ、終わりました? それじゃライネちゃん、いつものお願い」
私はフィルの自慢話をスルーして、ライネに合図を送った。
ライネは「はーい!」と元気よく返事をして、そこらへんにあったボロい釜の前に立った。
ライネが素材を放り込む。
次の瞬間、釜から溢れ出したのは、フィルのものとは比較にならないほどの濃密な魔力の波動だった。
ライネは処方箋も見ず、直感だけで魔力を操作し、素材の潜在能力を120%引き出していく。
「な……!? 抽出工程を飛ばした!? いや、魔力だけで不純物を弾き飛ばしているのか!? そんな馬鹿な、魔力量が異常すぎる……!」
フィルの眼鏡がガタガタと震え出した。
さらに追い打ちをかけるように、私が仕上げの『定着』を行う。
私の無属性魔法で成分をガッチリと固定された薬は、フィルの作ったものよりも遥かに透き通り、神々しい輝きを放っていた。
「……完成。ねえ、フィルさん。宮廷のレシピには、こういう『力技』のやり方は載ってないんですか?」
私がわざとらしく首を傾げると、フィルは腰を抜かしたようにその場にヘタリ込んだ。
「ありえない……。理論を無視して、これほどの純度を叩き出すなんて……。僕は、今まで何を……」
プライドを粉々に砕かれ、呆然と自作の薬を見つめるフィル。
今まで「自分こそが最高」だと信じて疑わなかったエリートの井戸が、今、完全に崩壊した瞬間だった。
(よし。これで彼も『アトリエの化け物たち』の仲間入りの準備ができたかな?)
私は、ショックで真っ白になっているフィルの背中を眺めながら、異世界ライフがまた一段と騒がしくなりそうな予感に、ニヤリと笑った。




