第12話:素材はゲテモノ!? 主人公の辞書に「躊躇」はない
「ひっ……! ちょ、ちょっと待ってライネちゃん! それ素手でいくの!?」
アトリエに戻った私を待ち受けていたのは、錬金術師の避けては通れない試練──「グロテスクな素材の処理」だった。
オルグさんに頼まれた最高品質の研磨剤を作るためには、特殊な素材が必要になる。
酒場のカーラさんに手配してもらったその素材とは、『ロック・センチピード(岩ムカデ)の甲殻』と『アシッド・トード(酸ガエル)の粘液』。
字面だけでも最悪だが、実物はもっと最悪だった。前世で虫と両生類が何より苦手だった限界OLの私は、部屋の隅でガクガクと震えている。
「え? はい! ムカデの殻はすり鉢で細かく砕けばいいんですよね! カエルの粘液は……ちょっと臭いですけど、孤児院の裏のドブよりはマシです!」
一方のライネは、顔色一つ変えずに巨大なムカデの殻をバリバリと素手で割り、すり鉢に放り込んでいる。
さらには、ツンと鼻を突く酸ガエルの粘液を、躊躇いなく小瓶に移し替えていた。
「ライネちゃん、恐ろしい子……!」
「孤児院のみんなにご飯を食べさせるためには、虫の一匹や二匹、どうってことないです! むしろこれ、焼いたら食べられそうじゃないですか?」
「お願いだから食べないでね!?」
過酷な環境を生き抜いてきた主人公のタフさに、私はただただ圧倒されるばかりだ。
ゲーム画面越しならただの「アイテムアイコン」だったのに、現実の素材集めと下処理がこんなに過酷だなんて聞いてない。
「よしっ、下処理終わりました! ミオお姉ちゃん、次は調合と定着ですよね!」
キラキラした笑顔でバトンを渡され、私は慌てて錬金釜の前に立った。
いくらグロテスクでも、ここから先は私の得意分野だ。
「ええっと、まずはライネちゃんが抽出してくれた成分を混ぜ合わせて……」
ムカデの殻の粉末と、カエルの粘液が混ざり合い、釜の中で不気味な泡を立てる。
ここに、私の『土属性』と『無属性』の魔力を流し込む。
研磨剤に求められるのは、対象(武器)の表面を均等に削る硬度と、武器の材質を傷つけない保護の力。私の魔力特性である「干渉」と「守護」にはうってつけのアイテムだ。
「……よし、定着!」
カァッ、と釜の中が光り、どろどろだった液体がサラサラとした銀色の粉末に変化した。
「わぁ……! すごく綺麗です! 星の砂みたい!」
「やった、大成功だね! 『特級・魔力研磨剤』の完成!」
◆ ◆ ◆
「……おいおい、マジかよ」
再び酒場『荒くれ猪亭』を訪れ、完成した研磨剤を渡すと、オルグさんは目を見開いて固まった。
彼は自分の愛剣である大剣を取り出し、布に少量の研磨剤をつけて刃を拭き上げていた。
「軽く撫でただけなのに、こびりついてた魔物の脂や血のサビが完全に落ちてる。おまけに、刃こぼれまで魔力でコーティングされて修復されてるじゃねえか……」
オルグさんが大剣を掲げると、酒場の薄暗いランプの光を反射して、まるで新品のように眩い銀光を放った。
「こんな上等な研磨剤、王都のドワーフの工房でもお目にかかれねえぞ。嬢ちゃんたち、とんでもない腕だな」
「えへへ、ミオお姉ちゃんの魔力調整がすごいんです!」
ライネが自分のことのように胸を張る。(あんなゲテモノ素材を素手で処理してくれたのは君だけどね、とは言えなかった)
「ありがたく使わせてもらう。……そうだ、嬢ちゃん。お前のその短剣、ちょっと貸してみな」
オルグさんは私から古い短剣を受け取ると、残った研磨剤を使って手際よく手入れを始めてくれた。
巨大な手から繰り出されるとは思えない、繊細で滑らかな動き。見ているだけで惚れ惚れするような、プロの職人の手つきだった。
「ほらよ。これでお前の魔力も通りやすくなるはずだ。大切に使えよ」
「うわぁ……! ありがとうございます、オルグさん!」
手渡された短剣は、レイカ師匠からもらった時よりもずっと鋭く、美しく生まれ変わっていた。
未来の凄腕武器屋による、初めての武器メンテナンス。
この短剣が、本当の意味で私の『相棒』になった気がした。




