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帝国激動 ~Tales of the Crumbling Empire City~  作者: 十条クイナ
第1章 黎明
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第1章の48 不変

「大学にも進まなかったし、卒業後の話も聞かなかったから、何処で何やってんのか気にはなってたんだが、まさかここで居酒屋をやっていたなんてな。」


「以外だな、蓮太郎さんが俺の事を心配してくれてたなんて。」


「話を濁すなよ、天音。

 お前は俺の後輩で、朔夜含めてそれなりに仲良くやってきたつもりだ。そんなお前の消息ともなれば、心配の一つもする。」


「あー・・・、そう、だな。済まねえ。」


 しくじった、と。

 そこまで言われて、ようやく気付く。

 何とも愚かしいことだ。

 自他の距離感を測り兼ね、引き際を見抜けず痛い目を見る羽目になったのも、これまで幾度もあったというのに。


「それに関しては、申し開きの余地も無い。」


 結局、こうしてその痛い目を見るまで俺は気が付けないのだ。


「この店の事も含めて色々とゴタゴタが重なったとは言え、少なくとも便りの一通でも出すべきだったよ。」


 業、とでも言うんだろうな。

 これが己の悪癖だと嫌になる程理解しているのに、どうしてもそれを変えることは出来なかった。


「まあ、それはもう過ぎちった事だから、今更うだうだと言う気は無えよ。」


 そう言った蓮太郎さんは、手にした猪口をクイッと一気にあおぎ、中身をす。


「それで天音。お前は今、手前のやりたい事がやれてんのか?」


「ああ、それに関しちゃ問題ねえよ。

 それなりの苦労も多いが、俺は今、間違いなく俺のやりたい事をやれてる。」


 数秒の沈黙と睨み合い。そして、


「そうかい。その言葉が聞けて、取り敢えず安心した。」


 蓮太郎さんはフッと頬を緩めて視線を逸らすと、再び酒を汲み始めた。


「ごめんなさい。私がもっと早く、蓮太郎さんに天音さんの事を伝えていれば。」


「そうだぜ朔夜。なーんで黙ってたんだか。」


「済みません。」


「そう責めてくれるなよ、蓮太郎さん。

 朔夜さんが初めてここに来たのも、結構最近の事なんだからよ。」


 己で口にして、改めて気が付く。

 朔夜さんとの久方振りの再会も、こんな感じだったんだ。

 口調や言葉選びは違えど、反応は同じ。

 たった今の蓮太郎さんと同じように、あの時の朔夜さんにも相当の心配をさせてしまったのだ。


「成長しねえなあ・・・、俺も。」


 ぽつりと、思わず自嘲が溢れてしまう。

 本当に、まるで成長していない。


「何か言ったか?」


「何でもない、只の独り言だよ。」


 悪癖も、そうして二人に余計な心配を掛けてしまうところも。

 その上更に、結局は二人の好意に甘えてしまうところも。

 俺は昔からまるで変わらない。


「それで?朔夜さんは大学に通ってるとして、蓮太郎さんは今何してんだ。」


「神祇省に入ったよ。晴れて俺も護国の徒となった訳だ。」


「まあ、そうだろうな。」


 もありなん。

 生活態度こそアレだったが、学校の成績自体は常にトップを張ってたんだ。

 この人ことだから、きっと公務員試験も余裕で突破したのだろう。


「四季家様だから、か?」


 家名と人脈。

 そしてその御家の威光に引けを取らぬ実力を当人も兼ね備えている。

 こと就活に於いて、これ程無敵に等しい存在もそういない。


「否定はしねえよ。そう言う家系だからな。」


「何だ、神祇省に入んのが嫌だったのか?」


「ハッ、まさか。」


 そんな軽口も、蓮太郎さんは一笑に付す。


「敷かれたレールが、とか何とかほざく反抗期なんざ、もうとっくの昔に終わってる。

 確かに楸と言う家名に縛られているのは疑いもねえ事実だ。

 だがな、家がそうだからだとか、親に言われたからだとかじゃねえんだよ。

 俺が、俺の意思で入ると決めたから神祇省に行ったんだ。」


 やっぱりと、改めて思う。

 この人も昔から変わらない。

 昔の儘でいてくれている。

 それが嬉しくて、懐かしくて、


「やっぱりあんたは流石だよ。」


 そして少し羨ましい。


「つーか、神祇で思い出したんだけどよ。二週間前の帝都での騒ぎ、どうなったんだ?」


 話題を、そして己の中の気持ちを切り替えるべく、ふと思い至った疑問を口にする。

 二週間前、青山に現れた妖怪と雷の竜。

 幸いなことに、その二匹は当日のうちに消えたみたいだったが。


「いや、そもそも小火ぼや騒ぎも、確か未だだったよな?」


 妖怪騒動の3日だか4日前に、京橋区の人気の無い路地裏であった不審火事件。

 新聞じゃ小火となってるが、実際は小火どころの話じゃない。

 路地裏の一角が、コンクリートや石材、鉄材ごと纏めて溶解していたのだから。


「あーあー、あったねえ、そんな事も。」


 思い出したかの様に、蓮太郎さんは手を叩く。

 猪口に酒を注ぐと、それを一口煽いで口を潤すと、


「小火の方は知らんが、妖怪騒ぎの方は知ってるぜ。

 何せ俺も当事者で、現場にいたからな。」


 あっさりと、驚愕の事実を告げた。


「マジかよ。」


「おー、マジマジ。」


 俺と同様かそれ以上に朔夜さんも、蓮太郎さんのその言葉に驚愕している。


「ほら、ここんところ、見てみろよ。」


 そう言った蓮太郎さんは、撫で回すようにして自身の首筋を指し示す。

 かなり注視しなければ気付かない程に薄い。


「切り傷、いや刀傷か?」


 だがそこには、紛れも無い刃傷にんじょうが刻まれていた。

 正確には傷痕。


「ま、正確にはナイフだったがな。」


 傷痕の具合からして刃物が掠った程度の深さだ。

 とうの昔に完治はしている。

 だがそれでも完璧に元には戻らず薄っすらと痣が残った、そんな感じの傷痕。


「その化物共にやられたのかよ?」


「いいや、そうじゃねえ。其奴らは何の苦も無く片付けたよ。

 これをくらったのは、その後だ。」


 そこで言葉を止めた蓮太郎さんは再び酒を飲む。

 フーッと。

 溜息を一つ溢し、そして、


「クックック・・・。」


 声を押し殺す様に、低く唸るように笑った。


「アレは傑作だった。俺がサシでり合って、手も足も出なかったんだからよ。」


「・・・冗談だろ?」


 この人が?

 一対一タイマンで?

 しかも圧倒された?


「残念ながら、マジだ。」


 だがそんな俺の軽口を。

 否、淡い期待と希望を、この人はばっさりと切って捨てた。

 更に止めとばかりに、


「しかもそいつが、俺の遥か歳下の女と来た。こりゃもう笑うしかえよなあ。」


 そんな言葉を吐いた。


「その人・・・、いいえ違いますね。その子は一体?」


「知らねえよ。少なくともそいつは10か、11ぐらいに見えたな。」


 嘘でも、冗談でもないと。

 蓮太郎さんの目が、顔が、言葉が。

 それが紛れも無い真実であると物語る。


「それなら何であんたは生きてんだよ。」


「眼中に無えとばかりに、そいつは俺を見逃してくれたからな。」


 あっさりと、屈託無く蓮太郎さんはそう言い放つ。

 おそらく屈辱感も沸かない程の、力の差だったという事だろう。


「てな事でよ、天音。

 俺の仕事手伝ってはくんねえか?」


「馬鹿言ってんじゃねえよ。」


 それが真実であるならば、一介の呑み屋の店主に過ぎない俺に何が出来るのか。


「そんなん俺が加勢したところで、何とかなる相手じゃねえだろ。」


 いや、何の力にもなれやしないと断言出来る。


「そう言うなよ。学生時代に一緒にしのぎを削り、鍛え合った仲だろ。」


「終ぞ、あんたには一勝も出来なかったけどな。」


「そりゃそうだ。

 グラウンド、っつー決めれれた範囲。

 校則、っつー決められたらルール。

 それに生徒同士の一対一が基本の定められた形式。

 そんだけの枷の中で、俺とほぼ対等に渡り合えたのは全校生徒の中でお前だけだっただろ。」


 後、次点で善戦した朔夜さん、と蓮太郎さんは付け加える。


「買いかぶり過ぎだな。

 ソレで言ったら、蓮太郎さんも同条件の縛りの中にいただろ。」


「成る程な、確かにお前の言う通りだ。」


 と、いとも容易く俺の言葉を肯定し同意する。


「だったら、俺とお前。互いに同条件の闘いの中で、互いに互角に渡り合ってきた、つー事だよな?

 本来は後方支援や遠距離戦を得手えてとするお前が、白兵戦を得手とする俺を相手にしているのに、だ。」


 だがそう容易く、己の考えを曲げたりはしない。


「つーか、蓮太郎さんの話は別にいいんだ。

 結局事の顛末がどうなったのかが、俺は知りたいんだよ。」


「目下捜査中。」


「・・・。」


「そんな目で睨むなよ。

 むこうも相当に狡猾な奴なんだぜ。まるで尻尾を掴ませてくれねえ。」


「どう言う事だ?」


「そうさな・・・、真っ先に俺達も雷の竜の呪紋を調べてみたんだが、残念ながら本命に繋がらなかった。

 あの竜は、素人数人から搾り取った魔力で召喚されたモンだったんだよ。」


「それで?だったらその素人連中から本命を手繰り寄せよう、って話になるだろう?」


「ところが、だ。そうもいかなくなった。」


 だが俺のそんな考えを否定する。


「そいつ等は今、仲良く揃って警察に捕まってるよ。」


「何だそりゃ?」


「住居への不法侵入事件の参考人、って事らしい。

 それにそいつ等は今も意識が戻らずベッドの上だ。

 それの保護でもあるんだろうな。」


 あれだけの騒ぎだったんだ。

 大方、そいつ等の限界寸前まで生命力を吸い尽くされたんだろう。


「何にせよ、警察に身柄を確保されたとなると、こっちとしてはお手上げだ。」


 保護にしろ勾留にしろ、参考人を引き渡せと警察に命令出来る権限は、神祇省には無い。

 表向き神祇省は、神事を取り仕切りや国学の研究の為の機関という立場。

 そこの人間が刑事事件に突然介入するなど、傍目から見ても異質に映るのは明らかだ。

 それに警察は己の縄張りを侵されるのを嫌う。

 特にも東京は、警察と憲兵の管轄や職務がモロに被っている為、特にもその傾向が強い。

 下手に事件の捜査などと口走ろうものなら、怒鳴り散らされた挙句の門前払いで終わるのがオチだろう。

 故にだからこそ、と思う。


「都合が良過ぎるな。」


「そうだな。」


 まるで神祇省の調査を妨害するかのように、参考人のことごとくが手の出せない領域へと追い遣られているこの状況が。


「だから寧ろ逆なんだろうな、って事だ。」


 偶々(たまたま)都合良くサツに捕まったのではない。

 都合良くサツに捕まりそうだから、それを利用してあの竜を召喚した。


「確かに狡猾だな。」


 いやに手慣れている。


「流石は蓮太郎さんに勝ったヤツ、ってところか。」


 そんだけ魔術に精通してるんなら、この人が負けたもの納得できない話じゃない。


「いや、雷の竜とその子供は関係無えぞ。」


「ん、んんッ!?」


「ああいや、全くの無関係じゃねえか。

 今回のこの事件は、言っちまえば魔術師同士の喧嘩けんかないしは決闘だ。」


 誰と誰が、となれば当然、


「竜の召喚士とその子供のな。」


「成る程、そういうことか。」

 

 喧嘩や決闘などと言う言葉で表現するには余りに規模が度外れ過ぎていたが、とにかく要はあの時に蓮太郎さんがやったのはその争いの鎮圧。

 そして今現在やっているのは、その両者を見つけ出すこと。

 だが既に一方は、暗礁に乗り上げ掛かっている。

 故に別の道を模索せざるを得ない。


「そんで仕方ねえからと、別の方向からアプローチを掛けようとしてるんだが、仕掛けようにも手掛りはコレしか残ってねえ。」


 そう言って、首の切傷痕せっそうこんを指した。


「八方塞がりだな、おい。」


 そしてその別の道も、茨道には変わりない。


「だから二人の力を借りたい、って言ってんだよ。

 礼ならたんと弾むぜ。キッチリ経費で落としてやるからさあ。」


「いや、だからっつってもなあ・・・。」


 別に手伝う事自体はやぶさかじゃない。

 だか蓮太郎さん話を聞く限りじゃ、俺達二人が加勢したところでその少女をどうにか出来る保証はない。


「頼むぜ、天音。

 次会う時がお前の最期だ、とか俺、あいつに大見栄おおみえ切っちまったんだよ。これでまた負けたらダセェなんてどころの話じゃねえ。」


「ンなもん、只の自縄自縛じゃねえか。」


 それこそ俺の知ったこっちゃない。


「蓮太郎さん・・・、どうしてそのような言葉を。」


 流石の朔夜さんも、呆れた表情を隠そうともしない。


「あん時はもう暫く会う事もねえだろうなと思ってたんだ。

 そんで大人の威厳の為にも、一言ガツンと言ってやりたかったんだが、まさかこんなに早くなるとはな。」


阿保アホだ、阿保アホがここにいる。」


 全くの失笑話。

 身から出た錆も良いとこだ。

 まるで大人気無い。

 そも、こてんぱんにやられておいて、今更威厳もクソもねえだろうに。

 罵倒の言葉が湯水の如くに沸いては、次々と口から溢れ出て行く。


「つーか昔からそうだったよな。

 頭は良い筈なのに、碌な事に使おうとしねえし。後先考えずに・・・、」


 と、その時だ。

 ガラガラ、と。

 入り口の引戸の開かれる乾いた音が店の中に響き渡る。

 新客か。

 取り敢えず、罵倒の続きはまた後にするとしよう。

 先ずはその人を適当な席へと案内しなければ、と。

 引き戸の方へ目を向けて、


「ッ!?」


 その瞬間、息が止まった。


「・・・いらっしゃい。好きな席へ座ってくれ。」


 僅かの間、俺は呆気に取られてしまっていた。

 だがそれもほんの刹那の事。

 直ぐに平静を装って、その客を中へと誘導する。


「ほう・・・、これはまた意外な所で、意外な者と出会う。」


 開口一番、その男の放った言葉がそれだった。

 再びその瞬間に息が止まりそうになる。

 まるで心臓を強く鷲掴みにされたかのように、己の鼓動が跳ね上がるのを感じた。


「久方振りだな。」


「・・・お客さん、馬鹿言っちゃいけねえ。

 それとも此処に来るまでに梯子し過ぎて、出来上がっちまったのか?」


「1年と3ヶ月前か。」


 だがこの男は俺の言葉に一切取り合わない。

 ただ己の用件だけを端的に告げる。


「昨年、昭和6年の2月3日。

 第一委員室の衆議院予算委員会。」


 そして今度こそ、息が止まった。

 最早それ以上、二の句を継ぐ事は出来なかった。


「ここまで言えば、嫌でも分かるよな?」


「ああ・・・、お陰さんでな。」


 否。

 そも初めから分かっていたさ。

 その顔を見た瞬間から。

 忘れる筈も無い。


「どうやら顔を覚えさせない事に自信があるらしいが、だが残念ながら、俺は一度出会った人間の顔は忘れん。

 こちとら三井物産営業の叩き上げだ。職業柄、取引先の顔も覚えられんようでは営業は務まらんのでな。」


 ヒューッ、と。

 蓮太郎さんは、関心したように口笛を鳴らす。

 男はそれを一瞥すると、即座に視線を俺へと戻す。

 一度会った相手は忘れないと、この男は豪語した。

 だがそれは、そんな単純な話じゃない。


「そう言えば、まだ互いの名も知らぬ儘だったな。

 であれば、改めて名乗るとしようか。」


 確かに一年前、俺はこの男と会っている。

 だがその時の俺は、間違い無く俺自身に認識を阻害する魔術を掛けていた。

 目立たぬよう、表立つことが無いよう、情報収集を行う為に。

 そして本来ならば、それは俺の顔を認識するどころか、存在に気付く事すら出来ない筈の代物だった。

 だがこの男は、あの時確かに俺の存在を分かっていた。

 その時点でまず驚愕に値する事態だった。

 なのにそれすらも軽々と凌駕する。


「俺の名は(もり)(かく)

 とは言え、お前は初めから俺を知ってたようだがな。」


 この男は、俺の顔までもはっきりと見えて、そして記憶していた。


「ああ、新聞でその御尊顔は何度も拝見していたからな。 」


「それは重畳。して、貴様の名は?」


 現国会における与党勢力たる立憲政友会りっけんせいゆうかい


「佐倉、天音だ。」


 その立憲政友会の幹事長。

 総裁にして現内閣総理大臣犬養(いぬかい)(つよし)に次ぐ、立憲政友会第二位(ナンバーツー)の重鎮。

 そしてあの統帥権干犯問題を画策し、焚き付けた張本人が、1年越しにして再び俺の前へと現れた。

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