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帝国激動 ~Tales of the Crumbling Empire City~  作者: 十条クイナ
第1章 黎明
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第1章の46 安夜

「今日は随分としおらしいな。悪酒わるざけでもしたか?」


「私、まだ未成年。」


「そうかい。

 つーか、一通り手は染めてんのに、今更飲酒でどうこう言うのも可笑しな話だな。」


「良いじゃん、別に。」


 お酒の味なんて分かんないし。

 それにこんな身体になった私に、今更アルコール程度が効く筈も無い。


「何にせよらしくねえな。自分は分不相応だから素直に諦めて身を退きます、ってか。

 お前って、そんなに物分りの良い奴だったのかよ。」


 もう仕方ないことなんだよ。

 芳雄君には、こっち側に来て欲しくないから。


「お兄ちゃんも、随分とらしく無いよね。

 他人ひとにそこまでお節介を焼く人だったっけ。」


 軽口には私も軽口で応える。

 言われっぱなしは性に合わないから。


「まあ、それがお前が望む道なら俺も敢えて止めはしねえよ。

 実際問題、妥当な選択には違いねえからな。」


 だけど深夜さんは、私の言葉を無視して話を続ける。


「但し・・・、あのガキが利口な人間だったら、だがな。」


 ドクン、と。

 自分の心臓が一際大きく脈打った。


「それは、どういう意味かな。」


「頭の良い馬鹿が一番厄介だよなあ?

 ただでさえお人好しで正義感の強いアイツが、むざむざ目の前で非行に走ろうとしてるヤツを、果たして放って置くのか?」


「それは・・・。」


 返答にきゅうしてしまう。

 だけど答えは分かり切っている。

 当然、否。

 考える迄も無く、否と断言出来る。


「なら、そんなお人好しの良い子ちゃんはどうするか。」


 胸の内側がざわつく。心臓を鷲掴みにされたかのように。

 この先の言葉を聞いてはいけないと、私の本能が警鐘を鳴らす。


「一つ、自分だけ安全な所から縄だけを投げて、助けようとしてるその人間が縄に捕まるまでじっと待つ賢明な方法を採るか。」


 それなのに私の口は、身体は何故か動いてくれない。

 この人を今すぐ黙らせないといけないのに。


「二つ、それとも己の身も顧みずに火中に身を投じ、自らの腕で掴んでソイツを引っ張り上げようとする馬鹿な手段を採るか。」


 背筋を冷たい汗が伝い、喉の奥から渇きがせり上がって来る。


「なあ、お前はどっちだと思う?」


「そんなの・・・、そんなの、只のお兄ちゃんの推測じゃん。」


 乾涸びた喉が、必死に言葉を紡ぐ。

 深夜さんの言葉も、私の頭の中に浮かんだ映像も、全てを否定する為に。


「そりゃそうだ。別に目に見える証拠がある訳でもねえ。

 こんなのは、ちょっとソイツの中を覗き込んだ程度で知った気になった、俺の妄想だからな。」


「・・・。」


 だけど今度こそ、言葉が枯れる。


「まあ、普通に考えりゃ、前者だ。

 何で他人の為に自分の命を危険に晒さなきゃなんねェんだ、っつー話よ。」


 自らの言葉を深夜さんは妄言と断じた。

 なのにどうしてそんな顔をするのか。

 その顔は、明らかに何かを確信している顔。

 じゃあそれは、一体何の確信か。


「だからお前は、安心してお前が最善だと思う選択をしてりゃ良いんだよ。」


「そんなわけ・・・、そんなわけないじゃんッ!」


 決まっている。

 妄言が妄言なんかじゃないという事だ。

 そしてそれは、私の決意が何の意味も無いという事でもあった。


「じゃあ私は、一体どうしたらいいのよッ!」


 巻き込むまいとして、遠ざけようとすればする程、逆に彼をこちら側に引き摺り込む羽目になる。

 そんなの本末転倒も良い所。

 かと言って、私がおめおめと光の世界に行くことも出来ない。

 そこは私がいて良い世界じゃないから。


「逃げるも地獄、踏み留まるも地獄。

 笑っちまうよなあ。正に詰み、ってヤツじゃねえか。」


 他人事とでも言いた気に深夜さんはせせら嗤う。そして、


「だったらよ、好きに進めば良いじゃねえか。

 結局どうせ同じ地獄だ、ってんなら、テメエが本当に進みたい方を選べば良いじゃねえか。」


 最悪だらけの中で最善の最悪を採れと、この人は私に告げた。


「そんな・・・、都合の良い言葉遊び、」


「確かに言葉遊びだが、別に都合の良い話じゃねえぞ。

 どう動こうが、テメエにとっちゃ生半可な道じゃねえのは確かだからな。」


 深夜さんは強引に私の言葉を遮る。

 反論の余地も、考える余地も奪い取るかのように。


「つーか、贖罪だけが道じゃねえだろ。

ソイツに二度と同じ事を繰り返させなければ、結果は同じだ。

 あくまで、ソイツに手前テメエの犯した罪の重さを自覚させて改心させるのが一番メジャーな方法、ってなだけでよ。」


「・・・どういうこと?」


「別に、お前のように罪悪感そのものを感じないヤツなんてのは珍しくもない。要は熊とか虎とか狼とかと同じだな。

 アイツ等は人間を殺し喰らうが、そこに罪悪感なんてものは欠片も存在しない。

 種族が違うだの、そもそもそんな知能無いだろ、って揚げ足はこの際置いておくぞ。

 何故ならソレが、ヤツ等が生きていく上で必要な行為だからだ。」


 それが生きるという事だから、深夜さんは言う。

 田畑を荒らす害鳥も、家畜を襲う害獣も、皆生きていく為に人間の領域に侵入する。

 それがその動物にとって必要な事だからだ、と。


「ならソイツらは何のお咎めも無しで済むのか?

 生きる為に必要なことだから、許して下さい、って?」


 ならば人間は、ソレを指を咥えて大人しく見ているだけなのか。


「そんな訳無えよなあ。」


 そんな筈は無い。

 当然、人間側も黙ってはいない。


「ソイツらに罪悪感を感じる余地が無ければ、無理に良心に訴える掛ける必要は無え。

 只々その結果、どんな報復が待っているかを理解させてやれば良いだけの話だ。」


 罠を仕掛けるか、巣を潰すか、山狩りを掛けるか。

 凡ゆる手を尽くし、対策を講じる。

 それが人間側にとっての生きる為に必要な行動だから。


「殺人が止められないなら、別に無理に止める必要は無え。罪悪感を感じる必要も無え。

 唯一弁えて置けば良いのは、逸脱が過ぎれば必ず報復が待っている、っつー事だ。

 お前には、こっちの方が適当だろ。」


 そしてそれは、償いの機会を与えるなんて生温いものではないと、深夜さんは語る。


「凶獣の末路は発見し次第即射殺、って相場が決まってる。

 それがソイツ自身だけか、家族諸共鏖殺(おうさつ)か、一族郎党根絶は、場合によるがな。

 只お前の場合はお前一人で終い、なんて有り得ねえだろうな。」


 私が逃げようが留まろうが、報いからは逃れられない。

 それが因果応報だからだ。

 その報いが、私だけを狙い撃つなら別に良い。


「なら後は簡単だ。論理的に頭を働かせて効率を取れよ。お前の得意分野だろ。」


 だが報復は、間違い無く私の周りにも波及する。

 それだけは、認める訳にはいかない。

 最早、巻き込まないように、なんていう選択肢は存在しない。

 必ず周りに及ぶ。

 必ず巻き込んでしまう。


「私はどうすれば良いのかな?」


「そんなもん俺が知るかよ。

 千春、手前テメエの頭で考えろ。」


 ならば、どうやって彼を守るか、だ。

 離れた所から守るか、すぐ近くから守るか。

 考える迄も無く後者だ。

 そう結論付けると共に、思わず自嘲が零れる。

 

「やっぱり私なんかが、芳雄君の側にいても良い筈が無いじゃん。」


 一体どの口が、どの頭が・・・、そんなことを言えるのか。

 元を辿れば、全部私自身のせいなのに。


「そんな資格、私にはないよ。」


 それを理由に彼を守ろうだなんて、なんて傲慢で自分勝手な考え。

 とんだ自作自演も良いとこだ。


「資格?そんなモン誰が決めんだよ?

 仮に、どこぞの誰かが決めたとして、お前はソレに素直に従うタマか。」


 違う。

 他人に私の運命を左右されるなんて、もう真っ平だから。


「つーか資格云々の話をすんなら、あのガキの側にいて良いのか、なんて悩む資格自体、今のお前には無えだろ。」


「・・・。」


「手前で蒔いた種は、手前が刈り取る。それが筋、ってもんだ。

 その筋も通さねえでトンズラこくなんざ、絶対にあっちゃならねえ。」


「・・・。」


「資格がどうだのとかいう下らねえ事吐かしてえんなら、先ずはお前が招いた応報を手前でどうにかしろ。話はそれからだ。」


 言葉が出ない。

 呆気に取られてしまっていた。

 だって深夜さんのその言葉は、


「とまあ、偉そうに説教をしてはみたんだが・・・、」


 私が今一番言って欲しかったものだったから。


「何にせよ、これでお前には一応の名分は立った訳だ。

 その上でお前に改めて問うぜ。」


 お前はどうしたいか、と。

 芳雄君と共に居たいか、居たくないか、と再び深夜さんは問い掛ける。

 そんなのは悩むまでも無い。

 でも私には、そんな資格は無いんだと思っていた。


「そう・・・、だよね。

 このまま逃げ出すなんて、無責任も良いとこだよね。」


 だけどそんな考えすらも今の私には烏滸がましいと、深夜さんは断じた。


「私にはしなきゃいけない事が山ほどあるんだから。」


 だったら、うじうじと悩んでなんかいる場合じゃない。

 今はただ兎に角、ひたすら足掻くしかない。


「私が招いた不始末は私の手で片付けなきゃ。」


 恥も外聞も、今更もう関係無い。

 だって深夜さんが言ったように、既に私の手は染まり切ってるんだから。

 例えそれで、屍の山を築く事になろうとも。

 例えそれが、更なる報復を呼び寄せようとも。


「降り掛かるその尽くを、全て跳ね除けてやるわ。」


 例えそれで、芳雄君に拒絶されようとも。

 ううん、間違い無く拒絶し、軽蔑すると思う。

 だけど元々、彼の側から離れる覚悟はしていたんだから、そんなのは大した問題じゃない。

 寧ろその程度の代償で彼を守れるのならば、これほど安い買い物も無い。


「精々気張って足掻(あが)けよ。

 どんな道を選ぼうが地獄って事に変わりはねえんだからよ。」


「うん。」


 深夜さんの言う通り、楽な道なんかが待っている筈が無い。

 ならば、どうせどれも同じなのであれば、私が本当に選びたい道を選ぶ。

 私が通すべき筋を通す。

 私の運命は他でもない、私自身が決めるんだから。


「ああ、それと・・・、散々煽っておいてなんだが、やっぱり殺しはなるべく控えとけよ。

 今更倫理だの道徳だの持ち出しはしねえが、人間の恨み辛み、ってのはお前が思ってる以上にそう容易く断ち切れるもんじゃねえからな。」


「うん、わかった。ありがとう、お兄ちゃん。」


「別に感謝されるような事は何もしちゃいねえよ。」


 払うように手をヒラヒラと振る。


「つーか寧ろ怒り狂うところだぜ。

 あのガキを出しにお前を脅して、地獄に叩き落とそうとしてんだからよ。」


 本当にこういうところ、素直じゃないなあ。

 でも深夜さんらしい、っちゃらしい。


「フフ・・・、そういう事にしておいて上げる。

 それじゃあ怒る代わりに、一つ聞いても良い?」


 だったら私は素直に、深夜さんの好意に甘えることにした。


「内容によるな。」


 そう前置きを入れたけど、多分教えてくれる。

 今の深夜さんならそんな気がする。


「ヨハン、って人のこと。」


 だから私はその名を口にした。


    ※


 あの路地裏で、蓮太郎という人間が発した名前。

 そしてその瞬間に浮かべた深夜さんの顔。

 その時の表情が頭から離れなかったから。


「何となくだけど名前に"夜"、って字を使うんじゃないかな?」


 始めは異国の人間の名を思い浮かべた。

 彼等の異国の地の知人。

 だけどあの時の二人の雰囲気から、どうにもそういった感じではなかった。

 この私の推測が正しければ、深夜さんと何かしらの関係がある者だと推察出来る。

 血縁者か、或いはもっと近しいのかもしれない。


「相変わらず勘が良い。と言うより聡い、っつった方が良いな。」


 あの時と同じ顔。

 怒り、悲しみ、困惑。

 そのどれでもあって、だけどどれでもない。

 複雑に入り混じった顔。


「・・・俺の弟だ。」


 数秒の沈黙の後、観念した表情で深夜さんは答えた。


「そうなんだ。」


 ああ、やっぱり。

 当たらずとも遠からず、と言ったところだ。


「千春は今幾つだ?」


「11歳。今年で12になるけど。」


「なら一つ上だな。」


「今その人はどうしてるの?」


「土御門、っていう俺達四季家の宗主へ養子に行ったよ。」


「四季家?」


「あー、まあ、何つーんだろうな。

 昔から代々陰陽師をやってる家系とでも思っといてくれ。」


「あの楸、って人も?」


「ああそうだ。そんで似たような家が、あと二つある。」


「ふーん・・・。」


 四季家。

 それに柊と楸か。

 なら後の二つの名前もある程度推察が立つかな。


「そんで夜半が土御門に行った後の事は知らなかったが・・・、まあ、連太郎さんの話を聞いた限りじゃ、上手くやってるみてえだな。」


 安堵も驚愕も感動も無い、ただ平坦な感情。

 関心が無いと言うよりは、知っていた。或いは、そうであって当然と最初から分かっていた。

 そんな感じの言い方。


「天才、だったよ。

 そしてあいつ程、この言葉が相応しい人間もいなかった。」


 果たして、深夜さんのその言葉にどんな思いが込められていたのか。私にそれを計る術は無い。

 そしてそれ以上、深夜さんは何も語ろうとはせず、遠く有楽町に浮かぶ夜光をぼんやりと眺めていた。

 そうして再び訪れた暫くの沈黙の後、


「やっと見つけた。二人ともこんな所にいたんだね。」


 不意に上から、そんな明るくよく通る声が聞こえた。


「怪我はもう良いのかよ、ステラ。

 つーか、わざわざ箒見つけて来たんだな。ご苦労なこった。」


 ぼんやりしていて気が付かなかったが、いつの間にか空には二つの人影が浮かんでいた。


「どうかなこれ?芳雄君に貸して貰ったんだ。」


 それは箒にまたがったステラさんと、


「やっぱ魔女なら、箒でしょ?」


「今まで本物の魔女と言うモノを見たことがないので、何とも言い難いのですが。」


 その後ろに同乗する芳雄君。

 今、再び彼と目が合う。

 宵闇の中、月明かりが逆光となって向こうの顔の認識も儘ならない。だけどそれでも、お互いに目が通い合っているんだ、ってことは分かる。

 だから思わず目を逸らしてしまいたくなった。

 深夜さんにあれだけ諭されたのに。

 決意した筈なのに。

 まだ私は怖がっている。


「心配すんな。どんな所に放り込まれようとも、結局、人間ってのはその環境に適応できちまうんだからよ。」


 だけど隣にいる深夜さんは、二人には聞こえないくらいの小声で私だけに囁く。


「だからお前も、いずれ光の世界とやらで生きていけるようになる。それに・・・、」


 そう言って怖気付く私の背中を、


「お前がそっち側へ行く努力をする、ってんなら俺も、そんで多分アイツらも、お前を助けてやるだろうからよ。」


 深夜さんは最後まで優しく押してくれた。


「ありがとう、お兄ちゃん。」


「だから別に俺は、」


「ダメだよ、お兄ちゃん。 」


 また出た、深夜さんの悪い癖。

 だから、そこから先は言わせてあげない。


「こういう時の女の子の言葉は、素直に受け取らなきゃ。

 それが男の子、ってものなんだよ。」


「知った風な口を。」


「知ってるよ。これでも少しは人を見る目はあるつもり。

 だって今まで、沢山色々な人間を見てきたんだから。」


 散々芳雄君にはああだこうだ言っておいて、深夜にも結構大概なところがあるってことも。

 だけど本人は、そんなところを絶対に認めようとしない、ってことも。だから多少強引に行くくらいが丁度良い。

 だってそうじゃないと、深夜さんが救われないから。

 散々格好付けて、散々他人の為にお節介を焼いたくせに、自分だけが救われないなんて。

 そんなの私は、絶対嫌だから。

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