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帝国激動 ~Tales of the Crumbling Empire City~  作者: 十条クイナ
第1章 黎明
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第1章の44 一退

「悪いが、手は抜かぬよ。」


 柄に手を添えたまま上体を僅かに下げ、左足を引いて半身はんみになる。

 居合だったか、抜刀術だったか。

 見た事は無くとも、どういう術理なのかは知識として持っている。


「別に抜いて下さっても構わないのに。」


「様子見で殺されては、たまったものではないからな。」


 だから最速の技で臨む、と。


「フフ・・・。」


 思わず笑いが溢れる。


「何か面白い?」


「いいえ、別に。」


 初撃が生死を分ける闘いならば、己が最速の手を採るのは必然。

 それにどうやら彼も、速さには自信があるらしい。


「ただ可愛らしいと思っただけですわ。」


 だけどよりによって、私に速さで挑んでくるなんて。


「どうぞ、お兄さん。好きに御出おいででなさいな。」


 態々(わざわざ)私の舞台に上がってくれたお礼に、そっちから来るのを待ってあげる。

 と言っても当然、いきなり掛かってくる愚かな真似は彼もしない。

 勝負は一瞬で決まる。互いにそれが分かっているから、むこうもそう不用意に動こうとはしない。

 私の隙を突ける瞬間を見定めるべく、じっと気を窺っている。

 なら合図は何か。

 路地に巣食う、小動物の蠢きか。

 遥か遠くに聴こえる、水滴の滴る音か。

 それとも私の後ろから接近しつつある、二人の気配か。


「千春ッ!」


 私の名前を呼ぶ声が聞こえるか否かの刹那、既に私は彼の刀の間合いへと引き摺り込まれていた。

 六間はゆうに開いていた筈の彼我の距離は一瞬でゼロとなる。

 時間を消し飛ばしたかのような瞬速。

 そして畳み掛けるようにして繰り出された一閃。


「法眼流抜刀術、虚蝉うつせみ。」


 抜刀音も、空気を切る音も、全てを置き去りにした。正に神速と呼ぶに相応しい横薙ぎの一撃。

 だが躱せない訳じゃない。

 即座に地面に激突せんばかりの勢いで上体を下げ、身体を屈める。

 四足獣しそくじゅうの如く、低く地面へ伏した私の頭上を刃が通過する。そして刀を振り切ったところで、ようやく刀と鞘の擦れる音と風を切り裂く鋭い音が私の耳に届いた。

 音速を越える抜刀。

 確かにこれだけの速度があれば、速さでの勝負に自信があるのも頷ける。

 だがまだ足りない。

 少なくとも私を相手にするには。

 既に刀は抜き放たれ、振り切ってしまった。

 ならば正面に立っているのは、身体を拡げ、無防備にも胴を私に晒してしまっている間抜けが一人。

 そのガラ空きの懐に潜り込むべく、即座に上体を起こし、


「ッ!?」


 今度こそ、驚愕する。

 振り切っていた筈の刀が、いつの間にか鞘に納まっていたのだ。当然、彼の手もつかえられている。

 間違い無く彼は刀を抜き、振り切った筈。

 撃ち放った刀を鞘に戻した気配も、そもそもとしてそんな時間がある筈も無い。

 なのに何故。

 まるで夢か幻でも見せられていたかのような感覚。

 そこで思い至った直後、疑問は氷解する。


発足ハッタリ、ですか。」


御名答ごめいとう。」


 よく出来ましたとばかりに彼はわらう。

 何のことは無い、簡単な話。

 剣はまだ放たれていなかった。

 彼は殺気だけを私に向かって飛ばしただけのことだった。

 それはくらましの一種。

 必殺に足る尋常でない量の殺気が放たれた瞬間、それはまるで刃の如き鋭さと化したかのように、あたかも鞘から射出された刀身のであるかのように、私の目に映ったのだ。

 しかし既に私は足を前へと進めてしまった。

 攻勢に出てしまった足を、今更止めることなど出来はしない。

 悠然と、そして万全の体制で待ち構えるその懐へと。


護国ごこくともあろう方が、随分と小賢こざかしい真似をするのですね。」


「正々堂々戦う、なんて言った覚えはないな。」


 そして再び、音を置き去りにする神速の刃が迫り来る。

 今度こそくらましではない、正真正銘本物の斬撃。

 先の横薙ぎとは違い、ギリギリ躱せるかどうかの間合い。

 かと言って、防御は不可能。

 これ程の剣速だ。

 手にナイフを防御に回したところで、ナイフごと諸共に私も真っ二つに両断される。

 だからナイフでの受け太刀も出来ない。


「いや、」


 だがそこで、


「別に良いのか。」


 ある考えが頭をよぎった。

 その瞬間、一切の思考は止まり、それとほぼ同時に腕が反射的に動き出した。


「これはあげるわ。」


 肉薄する斬撃に対し、一切躊躇うこと無くナイフを防御へと差し出す。

 ナイフと刀の接触。

 刃と刃が触れるその刹那が、ハッキリと目に映る。

 刀は薄紙一枚に刃を入れるかの如く、何の抵抗や引っ掛かりも無く、私のナイフへ易々と切り込んで行く。

 やはりナイフでの防御は不可能だった。

 せいぜい一瞬の時間稼ぎにしかならない。


「それでも十分ね。」


 だが防御が不可能ならば、そもそも守りに使わなければ良いだけのこと。

 全力で回避に使ってやれば良いだけのことだ。

 そしてその一瞬の時間稼ぎすらも、私にとっては十分過ぎる猶予だ。

 切断されるその瞬間。

 その瞬間、ナイフと刀は接している。

 それがこの人の命取りだ。

 刀がナイフへ斬り込み通過するその刹那にも満たない時間。

 その10分の1秒にも、100分の一秒にも満たない時の、柄を握る手に力を込め、しのぎをナイフで強引に上へ押し上げる。

 それにより私の首を目掛けて真っ直ぐに迫っていた斬撃は、僅かに上方へとその軌道を歪める。

 だけど、それでもまだ足りない。

 だからこそ逸らすと同時に、躱すべく身体をひるがえす。

 流れに逆らわず、剣閃けんせんと同方向へ上体を傾ける。

 斬り込むことによる、剣のほんの微かな減速。

 だけその僅かに落ちた剣速じゃ、私の首には絶対届かない。

 刀を逸らし。

 側転の要領で身体を翻し。

 そして、


「おいおい、いくら何でも出鱈目(でたらめ)過ぎんだろ。」


 聞こえた男の声。

 驚愕、放心か。

 必勝を確信して放った斬撃を躱された彼が溢したのは、そんな何処か他人事めいた呟き。

 私の鼻先三寸のところをかすめて通過する剣閃。

 そして遂に、完全に刃を撃ち切った彼は、今度こそ私の前に無防備をさらした。


「私の勝ち、かしら。」


 彼の喉元にあるのは、一切の折れも歪みも無く、の中程からスッパリと切断されたナイフ。

 その切り口が彼の抜刀の威力をありありと物語っている。

 だがたとえ半分から先が消し飛んいても、頸動脈を切り裂く程度なら問題無い長さの刃は残っている。


「まさか初見でこれを躱されるとはな。

 やれやれ・・・、染みになるのは俺の方だったか。」


「どうぞ、好きに命乞いでもなさってください。

 別に恥じることはありませんよ、生きたい、死にたくない、って思うのは誰しも当然のことですから。」


 その首筋に食い込んだナイフの刃を一筋の血が伝う。


「へえ・・・、懇願すれば聞いてくれるのかい?」


「ええ、勿論。ちゃんと()()()()()()()()()()()()。」


「聞いて・・・、ね。」


「ええ、聞いて、ね。」


 後はこのままちょっとでも力を込めて、押して捻ってやれば、それだけで彼は終わる。

 ただそれを後ろの二人が看過するかどうか。


「やめろ、千春ッ!」


「やめて、千春ちゃんッ!」


 まあ、そうだよね。

 深夜さんとステラさんなら、そう来ると分かっていた。


「どうして?

 このお兄さんは、私を本気で殺そうとしてきたんだよ。だったら返り討ちに遭うことも当然覚悟してる筈だよね。」


 それが殺し合い、命の遣り取りなんだから。


「ああ、分かってる。全く以ってお前は正しいよ。

 だがそれでも、だ。」


「・・・理由を聞いても良いかな、お兄ちゃん。

 そこまでこだわるからには、それだけの何かがあるんだよね?」


 綺麗事は要らない。

 もしここで私が人を殺すところを見たくない、なんて下らない台詞(セリフ)を吐くつもりなら、即座にナイフを握る手に力を込める。

 今更そんな事を言われても、もう遅過ぎるから。


「その人を殺れば、余計に敵を増やす事になる。ただでさえお前は警察に追われている身だ。

 なのにその上、今日この人達に目を付けられた。」


「だからここでこの人を殺せば、その諸々に加えて、神祇省からも追われることになるから、と。」


 正論だね。


「でも別に私はそれでも構わないよ。誰が来ようとも、その都度、その全てを返り討ちにすれば良いだけだから。」


「屍の山を築くことになっても、か。」


「それは今更だよ。或いはそれで殺されたとしたら、所詮私もその程度でしかなかった、ってことだし。」


 なーんて。

 本当は犬死にする気なんて更々無いし、これ以上余計な有象無象が増えると流石に鬱陶しくなってくるから、深夜さんの提案には賛成なんだけど。

 でも素直に即答するんじゃあ、つまらないし。

 それにまだ、深夜さんの言葉を聞いていない。

 今深夜さんが言ったのはただの客観的な理屈でしかなく、そこに深夜さんの感情はないから。


「・・・知ってる人だからだ。」


「うん・・・。何となくそうなんじゃないかなって思ってた。」


「流石に俺も、連れの兄妹が目の前で殺されるのは偲びねえ。

 んなことをされたら、例えお前でも許せなくなる。」


 ああ、それは私も困るかな。

 深夜さんとは出来れば良好な関係のままでいたいし。


「知ってはいたけど、お兄ちゃんって結構我儘だよね。」


「それは今更だろう。」


「そう言えばそうだったね。」


 だけど別にこれは、深夜さんに限ったことじゃない。

 知り合いと赤の他人だったら、知り合いを採る。親しい人間とそうでない人間だったら、親しい者を優先させる。

 私だってそうだし、人間なら誰しもそうする。

 ただそれだけのこと。

 そして、ナイフを突きつけている男の方に向き直り、


「良かったね、お兄さん。今日のところは死なずに済んで。」


 その首に突き付けていたナイフを引き下げる。


「ふう・・・。あーあ、肩が凝ってしゃあねえな。」


 彼は軽口を叩きながら、ポキポキと肩を鳴らす。

 ナイフを下げたらどうなるか少し心配はしたけど、特に抵抗する素振りも無かった。

 うっすらと血の滲む首筋に手を当てて、大人しく傷の度合いを確かめている。

 その点は、物分かりの良い人間で助かった。

 これで破れかぶれの捨て鉢になって攻撃を仕掛けて来られたら、それこそ殺さなきゃならなかったから。


「つー訳だ、蓮太郎さん。」


 蓮太郎と呼ばれた男の下に、深夜さんは歩み寄る。


「今日は大人しく引き下がってもらいますよ。」


「相変わらず面白そうなことに巻き込まれてんなあ、深夜。

 若葉はどうしたよ?」


「心配しなくても、アイツはこの件とは一切無関係です。」

  

 初めて聞く深夜さんの敬語。

 だからといって、そこに蓮太郎という人間に対する親しみや敬意を持っている訳ではないらしい。

 一応、知り合いで年上の人間だから、仕方無く形式的に使っている。

 そういった風だった。


「いつも一緒のくせに珍しいな。喧嘩ケンカでもしたか?」


 そして彼もそれに気付いていない筈は無いが、特に気にする様子も無い。

 そんな二人の雰囲気から、それなりに古く、それなりに深い関係であることは何となく察することが出来る。


「でもまあ、今日は逆にそれで良かったよ。

 可愛い妹をこんな大事おおごとに巻き込んだ日には、兄としてお前をぶっ飛ばしてたところだ。」


「・・・、俺の腕を切り落とそうとしたヤツが何を。」


「仕方無えだろ。あん時はお前の顔が見えなかったんだからよ。それに関しちゃ、さっさと投降しなかったお前の落ち度だ。」


「どうだかな。初めから俺だって分かっていても、果たして刀を下げたかどうか・・・。」


 その言葉にこの人は何も反論せず、ニヤリと笑うだけだった。


「っと。そう言えば、そちらお嬢さん方への紹介がまだだったな。」


 そう言って、連太郎という男は私とステラさんの方に顔を向ける。


「俺は(ひさぎ)蓮太郎(れんたろう)、ってんだ。そこの深夜とはそれなりの古馴染だ。

 親戚程近くはねえが、一応血の繋がりもある。まあ、言ってみればソイツは俺の弟分みてえなもんだな。」


「チッ!」


 露骨な深夜さんの舌打ち。

 だが彼もそれを無視し、話を進める。


「それでお嬢さんは?」


「はわッ!」


 まさかいきなり話を振られるなどとは、予想もしてなかったらしいステラさんが慌てふためく。


「え、ええと・・・、ストレルガ。ストレルガ・リアン・ペトロータと申します。

 学校では深夜さんやワカバさんと仲良くさせて戴いております。」


「ご丁寧にありがとう、お嬢さん。

 それとこれからも、どうか二人と仲良くしてやってほしいな。

 こいつと若葉は多少元気が良過ぎるきらいはあるが、まあ悪いヤツではないのでね。」


「は、はいッ!それはもう、喜んで。」


 社交的で快活な話し方。

 いつも仏頂面の深夜さんとは真逆で、爽やかな笑みを絶やさず浮かべている。

 その口調も特別礼儀正しいと言う訳でも無いが、それでも軽薄な印象を受けないのは、その所作の端々から徹底に仕込まれたであろう礼節や作法の片鱗が滲み出ているからか。

 これじゃ確かに、初対面の人間はその雰囲気に当てられ、気圧されるのも無理はないのかもしれない。


「それで、君は?」


「・・・鬼柳千春。」


 だから直感的に、この男とはあまり仲良くなれないだろうと感じた。

 慇懃無礼。

 これほど彼に相応しい言葉もない。


「そろそろ終わりにしても良いか、蓮太郎さん。」


 遮る様に、深夜さんが会話に入る。


「抜け目無えアンタのことだ。そうやってグダグダと世間話に洒落込んでんのも、時間稼ぎの一つなんだろ。お仲間が到着する為のよ。」


「なんだ、気付いていたのか。」


 看破されても猶顔色一つ変えることなく、笑顔の儘アッサリと認める。

 あっけらかんと、まるで他人事のように。


「やっぱりこの人、ここで殺っといたほうが良いんじゃない?。

 その方が後腐れ無く済むよ。」


「今回だけは我慢してくれ。

 流石に二度目は、どうこう言うつもりはねえから。」


「二度目の心配は要らねえよ、千春ちゃん。

 次に俺が現れるときは、確実に始末できる手段と条件を揃えた時だからな。」


 その底の知れない薄ら寒い笑顔に、僅かに恐怖を覚える。

 別に正面切っての殺し合いなら、負ける気はしない。

 でもこれは単純な強い弱いから来る恐れじゃない。

 言うなれば、蜘蛛クモ蜈蚣ムカデと言った害虫に遭遇した時のような感じに似てる。

 容易く叩き潰せる存在なのに、それでも背筋を怖気が走る。

 これはそう言った類の恐怖だ。

 得体が知れないモノへの不安。

 この男も。

 そしてこの男が所属する組織も。


「取り敢えず、直ぐに終わらせてもらいます。」


 そう言って深夜さんは、その男に手をかざす。


「無駄だな。ここで俺の記憶を操作したところで神祇省に戻れば、お前の魔術は解呪される。

 情報の齟齬を見逃す程、うちは間抜けじゃねえからな。」


「知ってますよ。だけど時間稼ぎにはなる。」


 深夜さんは躊躇うことなく、そして男の方もまるで抵抗する様子も見せない。


「ああそうだ、千春ちゃん。

 さっきのは冗談だから、本気にする必要は無いぜ。まあ、今の儘なら、って条件が付くが。」


「どういう意味かしら?」


「見た限り、お前さんは深夜とステラちゃんには心を許しているようだからな。

 俺達の職務対象はあくまで不安定なヤツ。なら逆にこの二人っていう(くさび)がある今の千春ちゃんなら、俺達もそこまで目くじらを立てて追う必要性は無いってことだ。

 まあ、警官の方は知らんけどな。」


「・・・そう。」


 最後の最後まで読めない人だ。

 それとも単に適当なだけなのか。

 だけど少なくとも、この男は嘘はついていないと。

 そう感じた。


「それじゃしばしの別れですね、蓮太郎さん。」


「ああ、それと、」


 そして彼は再び深夜さんの方へ向き直り、


「夜半も相変わらず元気にやってるよ。」


 そう一言だけ告げた。


「それも・・・、知ってますよ。」


 ヨハン。

 知らない名前だ。

 だけどその名は、不思議と耳の中に残った。

 だって彼がその名を口にした時の。

 その瞬間の、深夜さんの顔が印象的だったから。

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