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帝国激動 ~Tales of the Crumbling Empire City~  作者: 十条クイナ
第1章 黎明
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第1章の41 不退転

「お兄ちゃんッ!」


 千春の声と同時に、ステラの操る竿は再び自由を取り戻す。

 雷撃が投下されたその直後、俺達と黒い化け物の間に飛び込んで来た千春が、手にしたナイフで竿に喰らい付く触手を一刀の下に断ち切ったのだ。

 だが際どいタイミングだった事に変わりない。

 縛めから解放された瞬間、引き絞られた矢の如くに竿は発進するも、それでも躱し切るには僅かに遅い。

 そして迫り来るのは雷撃だけではない。

 拘束を断ち切られようとも、その度に何度でも俺達を捕縛すべく、黒い化け物は間髪を入れず再び触手を伸ばしてくる。

 しかしそこに千春が立ちはだかる。

 俺達と黒い化物の間に割って入る様に。


「あの触手は私に任せて。

 お兄ちゃん達には例え一本たりとも、絶対に触れさせはしないから。」


 押し寄せる無数の触手を前にして、千春は一切臆することも、躊躇ためらうことも無く喝破する。

 俺達を必ず守り切る、と。


「済まねえ千春ッ!」


 逡巡している時間は無い。 

 千春が任せろと言った。

 だったら俺はその言葉を信じて、この命を千春に預けるだけだ。

 煩わしかった目玉共もステラの炎で全て焼き払ってある。


「なら、俺がやんなきゃなんねえのはッ!」


 即座に真上を見上げ、呪文を唱える。

 ステラが全力で竿を発進させているが、やはり回避には間に合わない。

 見上げた先。俺の視界の一面を埋め尽くすは、目が眩まんばかりの純白の光の嵐と、ステラやアーデルハイトの炎とは比べ物にならない圧倒的なまでの熱量の塊だった。

 神話の一説に登場する、神罰が目の前に顕現したかのような。

 この強大で無慈悲な雷の鉄槌からステラと己の命を守る。

 それが今、己がするべきことだ。

 そして放った一筋のか細い魔術と、視界を埋め尽くす程の巨大な雷が正面から衝突する。

 一見すれば、比べるべくも無く一瞬で消し飛ばされそうな頼り無さ気なか細い閃光だが、それでも効果は絶大だ。

 両者が空中で接触した瞬間、雷は俺の魔術に浸食され、瞬く間にその勢いと威力を大きく減衰させていく。

 どれだけの暴威を振るおうが関係無い。

 それが魔力の込められたものであるならば、干渉や妨害は十分に可能だ。

 連鎖的に次々と浸食は拡がり、雷を蝕み侵す。

 雷という属性を持った魔力は、強制的に何の属性も持たないただの魔力へ戻され、そして霞となって大気中へと還っていく。

 しかしそれでも、


「グアアアアアッ!!」


「キャアア!!」


 その直撃を完全に防ぐことは出来なかった。

 雷撃の直撃を受けると共に、俺とステラは竿の上から叩き落とされ、地面に落下する。

 強力な電流が全身を駆け巡る灼けるような激痛と、地面に激突し、錐揉みに全身を削り取られる激痛の双方が身体の内外から容赦なく襲い掛かる。

 幾ら雷の威力を大きく削げたとは言え、その全てを完全に無力化するには時間も、そして俺自身の力量もいささか以上に足りなかったのだ。


「ク・・・ッ、無事か、ステラ。」


 何故未だに意識を保てているのか、不思議でならない。

 朦朧とする意識の中、何とか力を振り絞ってステラの安否を確かめる。


「無事じゃないけど・・・、何とか、生きてるよ。」


 返事は帰って来はしたが、それは息も絶え絶えといった声。

 ステラも俺も、僅かでも気を抜けば即座に意識が途絶えてしまいかねない程の重傷だった。

 だがそれでも俺達はまだ生きている。

 元の威力が、触れただけでも即死を免れない代物だったのだ。ソレがまともに直撃しておいて、その上で命を失わずに済んだのであれば、十分以上に御の字だ。


「・・・相変わらず頼りになるヤツだよ。」


 そして俺が雷撃の対処に全力を注げたのは紛れも無い、千春のお陰だった。

 千春の助けが無ければ、俺もステラも生きてはいない。

 俺たち二人が、地べたに這い蹲っている最中も独り、戦い続けている。

 迫り来る幾本もの触手を、その只の一本たりとも後ろへ通すことを千春は一切許さず。

 前後左右、どんな角度から襲い掛かろうとも、数十、数百のどれだけの数で押し潰そうとも、まるで関係無しに、千春は接近するその尽くを例外無く細切れに削り取っていく。

 それはまるで千春の周囲を結界が覆っているかのように、千春の刃の間合いより内側の領域と外界とが、完全に断絶していた。

 斬撃の結界の前にして無数の触手や小妖怪が、その境界面に触れたが最後、一毫いちごうすらも中へ踏み入ることも敵わず、片っ端から切り刻まれ、肉片ですらない血煙と化していった。


    ◇5


「アッハッハッハッハッ。

 これは凄まじいな。削岩機か何かかよ、この小娘は。これではどちらが化け物か分からんな。」


「笑っていられる状況でもないでしょう・・・。」


 鏡の向こう側で繰り広げられている光景を前にして、血の気が引いて行くのがわかる。


「そうは言ってもなあ、こんなものを目撃してしまっては、最早笑うしかないだろうよ。

 全く、末恐ろしい子だよ。なあ、おい。何でこんな怪物が今の今まで埋もれていたんだろうな。」


 だが逆に、北先生はかつてない程に顔を輝かせて喜んでいる。

 彼がここまで声高らかに笑い、饒舌になる姿などこれまで一度たりとも見たことが無かった。


「ああ、良いな。」


 この圧倒的なまでの虐殺を前にして、猶笑っていられる胆力と余裕。


「是非とも、これは欲しい。」


 彼もまた鏡の向こうの少女と同様の遥か怪物であるのだと、改めて思い知らされる羽目となった。


    ◇2


 鬼神の如き圧倒的な強さに、俺自身ですら背筋に寒気が走る。

 だがそれ以上に、


「たく・・・、一人で格好付けやがって。」


 内側から強い感情が燃え上がってくる。


「アイツ一人にだけ、イイ格好させる訳にはいかねえよなぁ。」


 いつまでも寝転んでなどいられない。

 軋み、悲鳴を上げる身体に鞭を打ち、立ち上がる。

 千春は俺よりも遙かに強いから、と。出張って行っても足手纏いにしかならないから、黙って後ろで見ていろ、と俺の中の理性が囁く。

 ああ、少し考えればそれが一番合理的な選択だってことはすぐに理解出来るさ。

 弱い奴に出来る事なんぞ、高が知れている。

 寧ろ何もしない方が、まだ千春の為になるのかもしれないな。

 だがそうじゃねえだろうよ。

 俺よりも年下の、しかも女の子がたった独りで今も戦い続けている。

 その姿を見せつけられて何も思わない訳が無い。

 只効率が良いから、ってなだけで女子供を前に立たせて、自分は安全な所から口だけ出していれば良い、ってか。

 それが最善だからって、その影に隠れてソイツが全てを終わらせるまで、貝みてェに耳目を塞いでじっとしていろ、ってのか。


「馬鹿が・・・、そんなダセェ真似が出来っかよ。」


 そんなのは断じて願い下げだ。

 己の弱さを自覚し、認めることは必要だ。

 そして今俺が、俺の下らない意地と自尊心を満たすだけ為に、馬鹿な選択を取っている事も理解している。

 だけどそこで恥まで捨ててしまえば、男として終わりだ。


「ステラ、もう操縦はいけるか?」


「うん。身体中がスッゴい痛いけど、さっきよりはちょっとマシになったから。でも・・・、」


 そこでステラは言い澱む。


「お前の気持ちは分かる。」


 俺と同様にステラも、千春の圧倒的な強さを前にして委縮してしまっている。


「だがそれでも、出来る出来ないの話じゃねえ。

 やんなきゃいけねぇんだ。」


 男は女を守ってやらなければならない、なんてのは思い上がりも甚だしい、傲慢な考えだ。

 女はそんな弱い存在なんかじゃない。

 俺の周りを見てみれば、それがよく分かる。俺なんぞより強いやつは、いくらでもいるんだからよ。

 だがそれは、男の矜持を捨てて良い理由になりはしない。

 女の影からヘラヘラと薄ら寒い笑いを浮かべて機嫌を伺い、そのくせ性欲だけは一丁前にたぎらせ、ホイホイと股を開いて種をばら撒く無様を許容する事では断じてない。


「あいつは今も戦っている。」


 俺は弱い。

 そんなことは俺自身がよく分かっている。

 だが弱かろうとも、それが命と身体を張るべき瞬間から目を背け、戦いの場から逃げ出しのを良しとする理由になりはしねえんだよ。


「身を挺して俺達を守り続けてやがんだ。」


 これは強い、弱いの次元の話じゃねえ。

 気概の問題だ。

 強かろうが弱かろうが、男には筋を通さなきゃなんねえ時や信念を貫かなきゃなんねえ瞬間、ってのは絶対に存在するんだからよ。


「なら今度は俺の番だ。

 俺があいつを・・・、千春を助ける番だ。」


 でなきゃ、今この時も命を張っているアイツに申し訳が立たない。


「だからステラ、その為の力を俺に貸してくれ。」


 そう言い、俺は上空を指し示す。

 膨大な魔力を収束させ、次弾を投下せんとする雷竜を。

 そしてそれは俺らではなく、千春へと狙いを定めている。

 当然の判断だ。

 その気になれば何時でも仕留められる俺達よりも、この場で最も脅威となる千春に関心と警戒を向けるのは。


「流石の千春でも、あの竜の一撃はやばい。」


 物理的な実体を持つ相手には無敵の千春でも、火や雷といった実体が曖昧なものは対処する術を持たない。


「かと言って俺一人じゃ、どうしようも出来ねえ。」

 だから、頼むッ!」


 深く頭を下げる。

 無理を強いているのは分かってる。だがそれでも、ステラの機動力がなければ、千春を助ける事は不可能だ。

 だからこそ只ひたすらに頭を下げ、ステラを説得する。

 恥も外聞も無く。

 それで千春を救えるのであれば。本当に守るべきものを守る為なら、頭ぐらい幾らでも下げてやる。

 そして、


「うん、そうだよね。

 千春を助けなきゃいけない・・・、ううん、私も千春ちゃんを助けたいッ!」


 ステラは一握りの勇気を取り戻す。


「それなのに私、くじけそうになってた。

 ごめんね、シンヤさん。」


「気にすんなよ、そんなのはお互い様だ。」


「ありがとう。」


 これで俺達の腹は決まった。


「あの竜の注意が千春に向いてんのなら、俺達にとっては逆に今が好機だ。

 先ずは千春をあそこから引っ張り出す。」


 その為にはステラの力が要るが、


「三ケツでも飛べるな、ステラ。」


「ふふん、私を舐めないでよね。そんなのぜんぜん楽勝だよ。」


 との事だ。

 ならば何の問題も無い。


「ッしゃあ、なら行くぜッ!」


 物干し竿に跨がり、魔力を込めるステラ。

 その後ろに飛び乗ると同時に俺達は飛び出す。一瞬で最高速に達すると、千春への最短距離を駆け抜ける。

 今猶、孤軍奮闘する千春を更に雷竜が狙う。その大きく開かれた顎には、既に膨大な量の魔力が収束し、雷の投下までもう幾許いくばくもない。


「躊躇うな、一気に突っ込めッ!

 雷は俺が防ぐ。」


「うんッ!」


 黒い化け物の方は、千春が抑えている。

 だったら俺が相手をすれば良いのは、実質雷竜のみだ。


「千春ッ!」


「お兄ちゃんッ!」


 千春を捕まえてるべく伸ばした腕と、俺に掴まるべく伸ばされた腕。互いの腕が交差した瞬間、俺の腕には、確かな感触と反動が掛かる。

 絶え間無く押し寄せていた触手と妖怪共の猛攻は、突然の千春の消失に虚しく空を切り、そして視界の外、遙か頭上からの一際強い光の瞬きが目の端に入り込むと共に、雷撃が落下してきたことを悟る。


「初めから来るって分かってりゃ、大して怖かねぇ。」


 こっちはその為の覚悟も準備も万端だ。

 即座に上から落ちて来る雷に呪文を放つ。

 完全に無力化する必要は無い。

 ステラが雷撃の範囲外に出るまでの一秒も無いほんの一瞬の間、俺らの身を守れば良いだけだ。


「”落魂らっこんの法。”」


 俺が雷の中に道をけ、その穿うがたれたか細い空洞の中をステラが疾走する。

 そして俺達三人が雷の中から脱出すると同時に、降り注ぐ極大の雷の光線が、丁度その真下にいた妖怪共を悲鳴を上げさせる間も与えず、容赦無く押し潰し、焼き尽くす。


「ハッ、いい気味だな。」


 とは言え流石と言うべきか、黒い塊の化物は、まともに雷を受けておきながら未だ絶命することなく動き続け、あろうことか猶も俺達に追いすがろうとしている。

 だがそれでも、相当の深手を受けたことに変わりは無い。

 総身を構成する目玉の妖怪も相当数が減っており、それに比例して身体の大きさもかなり縮小している。


「大丈夫だったか、千春?」


「うん。お兄ちゃんのお陰で何ともないよ。それに、」


 ひょいっと、軽業めいた身軽な動きで物干し竿の上に上がり、俺の後ろにちょこんと座る。


「ありがとね、私を助けてくれて。

 さっきお兄ちゃん、すっごいかっこ良かったッ!」


 嬉しそうにはしゃぎながら、千春は後ろから俺の身体を抱きしめる。

 これが平時ならば、悪い気はしなかったのだろう。しかし火傷や裂傷、打ち身が全身を隈なく蝕む今の状態で抱き着かれるというのは地獄でしかない。


「・・・ワリい千春。見ての通り、俺もステラも正直言って余裕が無え。」


 しれでも千春に悪気が一切無い事は知っている。


「ご、ごめんなさい。」


「気にすんな。別に悪い気はしねえからよ。」

 

 だからこそ千春が余計な気を遣わぬようを、痛みが表情に出ないように平静を装う。 


「そんで、せっかく乗ったばかりのところで済まねえが、また先導を務めてくれ。

 このまま闇雲に逃げ回っても、あの化物共を撒くことは絶対出来ねえ。だったらアイツらの追跡を振り切れるような狭く入り組んだ道を入るか、或いはアイツらをたおすか。」


「斃せるの?」


「まず無理だな。だから結局、俺達には前者の選択肢しか残されていないんだが、だからといって無暗に路地裏に飛び込むのも、危険であることに変わりはねェ。」


 狭い空間ならば、無駄に図体のデカい化物どもの行動はかなり制限される。とは言えそれは、俺達も同じであり、アイツら程ではないにせよ多少の制限は受けるだろう。

 そして一番最悪なのが、散々に裏路地を駈けずり回った挙句の果てに、袋小路にぶつかってしまうことだ。

 そうなったらその時点で詰みだ。だからこそ、


「それで私、ってことね。」


 何としてもそんな事態に陥る事を避ける為の存在が必要だった。


「三人の中で、一番帝都の土地勘があるのは千春だ。

 お前の先導が要る。頼めるか?」


「了解、おにいちゃん。今度は私が二人を助ける番だねッ!」


 竿から離れ、地上へと降り立った千春は再び俺達の先頭を駆け抜ける。

 そして表通りの脇に生えた狭い路地へと飛び込むと、俺達もその後に続き、路地裏へと突入していく。


    ◇5


「さあ、どうするよ小僧共。

 俺の瞳蟲もかなり消耗しているが、いまだ健在。大川君の雷竜に至ってはほぼ無傷。

 この状況で、お前達は次に何を見せてくれるのだ?」


 先生の興奮した言葉から、この逃走劇が佳境を迎えつつあることが分かる。

 その終わりも、決して遠い先の話でないという事も。

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