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帝国激動 ~Tales of the Crumbling Empire City~  作者: 十条クイナ
第1章 黎明
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第1章の39 薄暮

 重力から解き放たれる感覚。

 己の全体重が喪失したかのような浮遊感、内臓が体の内側から持ち上げられているかのような不可思議で、どこか面白おかしく感じる感覚が身体を包み込む。

 しかしそれも、ベランダから飛び出して数秒にも満たない僅かな間のこと。

 すぐに己の身体の重さを再び自覚すると共に、下へと引っ張られる感覚が復活する。

 行き付く先は、眼下に広がる歩道。


「運が良いぜ。」


 丁度、歩道を行き交う者達の往来が途切れ、隙間が生じている。

 このまま着地すれば、余計な怪我人を出さずに済む。

 そう考えていたところで、


「グッ!?」

 

 ガクン、と。

 突如強い慣性が全身にかり、声にならない息が口から洩れる。

 それと同時に俺の身体は空中に静止していた。


「物干し竿ってお前・・・。」


 掴まれ、吊り下げらた腕の先を見上げると、そこには物干し竿の上に座り、宙に浮かぶステラがいた。


「もうちっとマシなモノは無かったのかよ。」


 これが箒とかならば、それなりに様に成っていたのだろうが、物干し竿とは何とも締まらない姿だ。


「仕方ないじゃない。あそこのベランダにはこれしかなかったんだから。

 それに空を飛ぶのは箒じゃなきゃいけない、なんて決まりは無いし。」


「そうか・・・、よッ、と。」


 ステラに引っ張り上げられながら一息に竿の上へと飛び乗り、そのまま後ろへ座る。


「まあ、箒だろうが、杖だろうが、竿だろうが。

 飛べりゃ一緒だからな。」


 見た目に反して随分と安定感があり、思ったよりも座りやすい。


「後はこのまま逃げれば良いだけだけど。」


 そう言って、今しがた飛び出して来たベランダをステラは見上げる。

 千春やステラの協力もあって、上手いこと奴らを出し抜く事に成功した。

 とは言え、だ。


「まあ、そう簡単にはいかねえだろうな。」


 二人だか、一匹と一人だか知らないが、アイツらがそう簡単に引き下がるとは到底考えられない。


「ほらな・・・。噂をすれば、ってヤツだ。」


 こういった嫌な予感というのは、概して外れてくれないものだと昔から相場が決まっていた。

 脱出したベランダの手摺の奥にモゾモゾと波打ち、蠢く黒い影。

 絶えず形が変わり続けるその姿はまるで、タコやイカのような軟体動物を想起させる。だがその大きさは、ソレらの普通の生物とは比にならない。

 ぞるり、と。

 その巨体から伸びる触腕の一本が手摺てすりからこぼれ出した。

 大小無数のまだら模様に覆われた触手が、ビタリと音を立てて外壁に垂れ下がったのを皮切りに、次々とほかの腕が、そして胴体が、手摺てすりを乗り越えて這い出してきた。


「何アレ、気色悪ッ!」


雲霞うんかの如く、なんて生易しいモンじゃねえな。」


 あれは一体の巨大な化け物ではない。

 あの部屋の中で見た、ひるのようにヌラヌラと這いずり回っていた眼球の妖怪が無数に寄り集まって、あの不定形の巨大な黒い塊を構成しているのだ。

 そして気付く。

 全身を覆う斑点はんてんが、模様などでは無かった。

 その模様に見えていた一つ一つまだらは、全て小妖怪の眼球だった。

 寄り集まった一つ一つの眼は各々別の妖怪のものであるから、当然それぞれ勝手気儘に眼球運動を起こし蠢いている。

 だがしかし遠目から見ればそれは、巨大な妖怪の体表を埋め尽くすまだら模様が不気味に波打ちながら収縮運動を行ってようにしか見えず、ソレがより一層、生理的嫌悪感を掻き立てる。

 そして脅威は、あの巨大な化け物だけに留まらない。


「おいおい、マジかよ。」


 あの部屋の窓からほとばしった幾本もの強烈な閃光が黄昏の空を貫き、空の彼方にまで一直線に横断する。

 その直後に耳を劈く轟音が、雷鳴が何度も空へ響き渡ると、その次の瞬間にソレは姿を現した。

 稲妻の龍。

 そうとしか形容出来ない巨大な雷の化け物が窓から飛び出したのだ。

 稲妻の龍は紫電しでんを身にまといながら空へと昇り、そして遙か高くの空中を蜷局とぐろを巻くようにして泳ぐ。


「まるで見境無しだな。

 秘匿もクソもあったもんじゃねえ。」


 日が沈み、深い群青に染まった夜空のど真ん中に、光り輝く竜が出現すれば目立つどころの話では無い。

 既に下からは、その存在に気付いた幾人もの人間達の声が上がって来ている。

 だが雷竜はそんな事情など、何の関係も無いとばかりに、堂々と空に鎮座し続けている。

 やがて、空から眼下に広がる帝都を俯瞰ふかんしていた雷竜が俺達のいる方を向くと、にわかにその大きく裂けた口角が釣り上がった。


「もしかして、気付かれた?」


「もしかしなくてもそうだろうよ。」


 喜悦。

 俺達を見つけたあの竜は、明らかに嗤っていた。

 そして再び巨大な咆哮を上げた後、雷竜は真っ直ぐに俺達を目掛け、上空高くから急降下を始めた。


「クソがッ!」


 更にはベランダでのたくる妖怪も、時を同じくして動き出す。

 質量を持った暗雲とでも言うべきか。

 アメーバのように常に形を変えながら黒い塊もまた空中に浮かび上がり、俺達へ向かって来た。


「お兄ちゃんッ!」


 刹那、下から聞こえた声に反応し、その方へ振り向くと、何か黒いモノが俺の方へと飛んで来た。

 咄嗟に出した手がソレを掴むと共に硬い感触が伝わる。


「これは?」


 手の中に収まっていたのは一丁の拳銃。

 それは空気銃などでは無い、本物の実銃だった。

 一体どこからこんなものを、と浮かんだ疑問だが、


「何かの役に立てば、って思ってっといたの。」


 ああ、そういうことか、とすぐにその疑問は晴れる。

 あの部屋に乗り込んで来た男共の中の一人。確か川崎とかいう男が所持していたものだったか。

 相変わらずそういう所は抜け目が無い。


「それとステラさん。私が先を走って先導するから付いて来て下さい。」


「了解ッ!案内お願いね、千春ちゃん。

 シンヤさんも、本気で翔ばすから振り落とされないようにしっかり掴まってて。」


「なら迎撃が俺の担当か。」


 殿しんがりではないが、後備えと言ったところか。

 千春が採って来た予備も含め装弾数はそれほど多くない、が問題も無い。

 弾が尽きても使い道はいくらでもある。


「後ろは任せたよ。」


 ステラの握る手から物干し竿へと魔力が流れる。

 2秒か、或いは1秒か。

 瞬く間に大量の魔力が竿へと蓄積されていく。

 爆発するその時を今か今かと待つかのように、竿全体が小刻みに力強く振動する。

 そして、


「”Volare(ヴォラーレ) alto(アルト)!(翔け上がれ!)”」


 その合図と同時に、全身に強烈な反動と空気抵抗が一気に襲い掛かる。

 爆発的な加速力を以って、発進から一秒も経たずにステラの操る竿は最高速へと到達していた。

 反動により大きく仰け反る身体。


「ッあ、危ねぇ。」


 思わず竿を握る手が解けそうになるのをこらえ、何とか体勢を整える。

 両側に見える都市の影絵が、瞬く間に遙か後方へ流れ去って行く。

 一体どれだけの速度でステラが飛行しているのか、見当もつかない。

 だが高速で飛翔する俺達の前方の道を、千春は本当に己の足のみで走っていた。

 道路の上だけではない。時には重力など存在しないかのように、壁面すらも駆け抜ける。

 路上の自動車や通行人といった障害物をまるでものともせずにその全て躱し避けつつ、尚且つ、俺達に追い付かれることなく常に先頭を疾走し続けている。

 その光景に思わず呼吸すらも忘れそうになる程、呆気に取られる。

 アイツが態々(わざわざ)意味の無い言壮語を吐くとは思ってはいなかった。思ってはいなかったが、それでもいざその光景を見せられると、色々と思う所があった。


「やっぱりすごいね、千春ちゃん。」


「いや、凄いどころの話じゃねえだろ。」


 一体何をどうしたら、こんな芸当が出来るようになるのだろうか。

 改めてその底知れぬ実力に怖気が走る。

 だが今は、その存在が何よりも頼もしい。


「つっても、感心ばかりもしてられねえ。」


 空気の震える雷鳴のような咆哮と、地の底から這い上がってくる経文のような不気味な唸り声が、遠去とおざかる様子は無い。

 ヤツらもまた、しっかりと俺達の背後に貼り付き、追走して来ている。


「飛び回ってりゃ、振り切れるような相手じゃねえ、か。」


 それでどうにかなる程、後ろの化け物共は甘くない。

 その追跡を完全に断たなければ、コイツらは地の果て迄も追い縋って来るだろう。


「イイぜ、だったらやってやろうじゃねェか。」


 それが任された俺の役目ならば、あらゆる手と死力を尽くして全うするだけだ。

 出し惜しみはしない。

 早速貰ったばかりの銃を、後ろの化け物二匹に向けて撃つ。それぞれの頭に数発ずつ、弾丸を叩き込んでいく。


「キッチリと型に嵌めてやるよ。」


 地を蹴り、先陣を走る抜ける千春。

 その後を追い、空中を翔ける俺とステラ。

 そして俺らの背後から迫り来る、光の竜と暗黒のあやかし

 こんな異常事態に、周囲の人間が気付かない筈が無かった。

 目の前で繰り広げられる荒唐無稽な光景に、己が目を疑い呆然とする者、悲鳴を上げる者、我先にと逃げ惑う者と。

 表参道は一瞬の内に混沌の坩堝るつぼへと叩き込まれる。


「たく・・・、今が夕刻で良かったよ。」


 阿鼻叫喚の観衆を脇目に、溜め息が漏れる。

 コレがもし日中だったなら、例えここから逃げ出せても、後々無事では済まなかっただろう。

 だが今は、西の空の果てが微かに明らむ程度で、夜帳が既に下り切っている。

 人の姿を認識する分には問題無いが、顔を識別するのには困難な程度の暗闇。

 つまりそれは、派手に逃走するのには都合の良い時間帯だった。


逢魔ヶ刻(おうまがとき)、ってのは皮肉が効き過ぎだがな。」


 そうして俺達3人と怪物2体との、命懸けの鬼ごっこが始まった。


    ◇0


「久方振りだな、大川君。桜会の決起会以来だから、7ヶ月振りというところか。」


「やはり北君だったのか。いや・・・、眼の妖怪という時点で私も気付くべきだったな。

 やれやれ、私もまだまだ甘い。」


「それを言ったらお互い様だろう。」


 無数の眼を持つ妖怪と、見た目はおよそ二十代半ば程の青年が談笑に浸る。

 側から見れば、何とも異様でシュールな光景だっただろうか。


「私も今更ながら、その青年の顔に見覚えがあったと思い出したよ。」


 だがそれもその筈。

 今ここで会話をしているのはこの場にいる者ではなく、この者達の奥にいる者同士なのだから。


「それは兎も角、どうして君がここへ?」


「安藤君のおかげだ。彼が中々に面白そうな者の話を持って来てくれてな。

 それでその人間を追っていたらここに着いた、という次第だ。

 まあ、結果はあの様・・・、大したものだよ。」


 そう言って化け物は肩をすくめた。

 化け物の、その酷く人間くさい仕草に大川は吹き出す。


「いや、まったくだよ。最近の若者の発育には目を見張るものがある。

 つい三日前も、してやられたばかりだと言うのに。」


 大川もまた、自嘲気味するように肩を竦める。


「中々に興味深そうな話ではあるが、また後の機会としよう。それよりも聞いておきたい事があるのでな。」


「ほう・・・。してそれは?」


「一部の海軍青年将校の噂だ。近頃彼らが何やら秘密裏ひみつりに行動を起こしている、と。

 そしてその件に君も一枚噛んでいるとも耳にしたのだが、こうやって君が動いているということは、どうやら本当らしい。」


「流石、耳が早いな。」


「何を企んでいる、などとは聴かんよ。敢えて聞かずとも分かり切っている。」


 すっと大川は目を細め、妖怪をめ付ける。


「であればどうする。私を止めるか?」


 それは警告であり、挑発でもあった。

 止められるものならな、という但し置きを言外に含ませた。


「案ずるな、そのつもりは一切無い。

 単純に成功する見込みがあるかどうかを知りたいだけだ。」


 だが北は、その殺気すらも込められた言葉を大して気に止める風もなく受け流す。この男にとってそれは挨拶程度にしかならなかった。

 暖簾に腕押し。そう判断した大川は殺気を収める。


「さて、どうだろうな。

 まあでも、きっと彼らも事を起こすからには必死で頑張ってくれるだろうさ。」


「まるで他人事だな。」


「まあ、別に成功に期待はしていないからな。

 寧ろ、またこういったことが起きてしまった、という事実の方が重要だ。」


 一昨年の昭和五年に起きた東京駅での浜口首相襲撃事件をたんに、桜会による2度のクーデター未遂、そして今年の二月末に起こされた血盟団けつめいだんによるテロ事件と。

 この2年程の間に昨今の国内外の情勢への不安に加え、政党政治の腐敗に対する不満と憤りから、軍民ぐんみん問わず力でもって現状を打開しなければならないとする気風が急速に醸成されてきたのだ。


「愚行は必ず報いとなって返ってくる。ソレを奴らに知らしめるにはこれが丁度良い。

 そして世論も、この流れに追い風となっておる。」


 本来であれば、国民が国家の危機となり得るテロやクーデターを容認するなど、決してあってはならない事態である。

 だがそれほどまでに、政党政治に対する信頼の失墜は常軌を逸して著しいものだった。


「そうか、ならば頑張ってくれたまえ。」


「君が手を貸してくれれば、百人力なんだがな。」


「時期尚早、残念ながらな。特に陸軍内ですら一枚岩になれていない。これではやる前から結果は見えている。」


宇垣(うがき)大将閣下が今まで陸軍内を取り仕切っていた。お目付け役が消えれば、そうなるのは必然だな。」


 これまでは、陸軍内に大なり小なり幾つもの派閥が存在していた。

 その中でも最大派閥であった宇垣閥がその全てを上から強力に抑え付け、陸軍を統制していた。


「その件は仕方あるまいよ。そのまま居座られ続けても、対処に困っていただろうからな。人一倍野心の強い者が握る権力ほど、厄介なものは無い。

 寧ろ都合が良かったと考えておくべきだろう。」


 だが昨年の桜会によるクーデターの計画が露見。

 幸いにも、計画自体は未遂で防ぐことが出来たが、その件で宇垣一成のクーデターへの関与も同時に発覚した。事件は陸軍の内々で片付けれ、世間に公表されることはなかったが彼は予備役へと移動。

 以降、最大派閥であった宇垣閥は急速に力を落としていくことになった。


「その結果、陸軍は二つの勢力に分かれてしまったがな。」


 その空席となった玉座に新たに座ることとなったのが、陸軍中将にして現陸軍大臣の荒木あらき貞夫さだおと、同じく中将であり陸軍参謀次長でもあった真崎まさき甚三郎じんざぶろう


「上手く権力の中枢を手中に収めたは良いが、その後の立ち回りを誤った結果が今の真っ二つ割れた陸軍の現状だ。」


 そしてその2人を中心に構成された皇道派こうどうはが陸軍内の最大勢力となった。

 荒木と真崎は陸軍内の人事権を掌握した後、自らの周囲や要所に己の意に従う者達で堅めるよう配置。

 逆に己が意に反する人物を次々と左遷させ、中央からの追い出しに掛かった。

 だがそのような強権を断行すれば、反荒木、真崎の人間や地方へと追放された者達の恨みや不満が増幅されていくのは自明の理。

 そうした中で現れたのが、反荒木、真崎閥の中堅幕僚によって構成された新たな派閥だった。


「どうやら俺も、皇道派の人間だと見られているらしいのだが、正直、民間人の俺からしたら至極どうでも良い話でしかない。

 派閥がどうのに拘って有能な人材を飼い殺すこと程、傍目から見て愚かしく映るものも無いからな。」


「ハハッ、全く違いない。」


「とは言っても、俺の周りに集まるのが皇道側の将校が多いのもまた事実。ならば少なくとも、事を起こすまでには出来る手は打っておくしかあるまいよ。」


「それで、時期尚早か。」


「そういう事だ。少なくとも陸軍はな。」


「相解った。ならば今回は大人しく見ておくが良い。その来たるべき時とやらに備えてな。」


「そうさせてもらうとするよ。」


 邪魔はせぬが協力もせぬ、と。

 そう北は、己の立場を示す。

 それに納得した大川も、さしてこれ以上追求することはしなかった。


「さて、それでは・・・、」


 と、大川がポツリと呟いた、その直後だった。


『警察だ。今すぐこの扉を開けなさいッ!』


 怒声と共に、入り口の扉が何度も叩かれる。

 はて一体何事かと、北と大川は互いに顔を見合わせ、そして数秒の思案の後に、


「そういえば、私達は被害者だったな。」


 すっかり忘れていたとばかりに、大川は床に転がって伸びている男達を見回す。


「随分と到着が早いな。いや、ここで殺人事件があったならば当然か。」


「ああそうだ、北君。」


「分かっている。あの白髪の少女のことだろう?」


「なんだ、気付いていたのか。」


「あれだけ目立つ外見ならばな。」


 3日前、朝刊の第一面を飾った連続殺人事件の新たな、そして大きな転換となるであろう記事。

 妖魔の類ではないかと囁かれる程に、下手人の目撃情報が皆無だったこの事件で遂に生存者であり、目撃者である人間が現れたのだ。

 しくもそれは、この青山の同潤会アパートで暮らす住人だった。

 そう北は記憶している。


「とは言え・・・。」


 しかし北はどこかいぶかしむように、


「些か腑に落ちぬがな。」


 顔をしかめ、そう呟いた。


「へえ・・・。」


 感心したように大川は口角を釣り上げる。


「その点を詳しく聞きたくはあるが、残念ながら、悠長に聞いている時間は無いらしい。」


 部屋の向こう側。

 玄関へと続く廊下の奥で先程から聞こえていた警察の声と扉を叩く音は、一層強く激しくなっていた。


「まあ、いずれ再び出くわすだろう。

 あの小僧共を追うにしろ、白髪の少女を追うにしろ、な。」


 少なくとも北の目には、あの3人が偶然居合わせた、という風には映らなかった。

 友情か、隷属か、或いは契約か。その関係が一体何なのか、北には分からない。

 だがそもそもとして、この男にとってそれは大した問題ではなかった。

 何であれ、あの中の誰かを追えば、3人纏めて手繰り寄せられる。

 それさえ、分かっていれば良いのだから。

 そして焦る必要も無い。


「どうせ警察では、アレを捕まえるのは不可能だからな。」


それが例え、機関銃を装備した軍人が束になって挑んだとしても、アレには勝てない。

 ものの数秒で鏖殺される結末しか待っていないと、そう二人は確信する。


「神祇の連中でも、相当に厳しいだろうな。一体どうして、あんなものが突然現れたのやら。」


「ソレを調べる意味でも、彼女が一番面白くなるだろう。」


「そうか。まあ、私が言えた言葉でもないが、油断はしない事だ。

 迂闊に手を出せば、間違い無くただでは済まぬぞ。」


「忠告、有り難く貰っておくとしよう。」


 そして、一際大きな轟音が2人のいる部屋にまで響き渡ったその直後、遂に玄関扉が蹴破られた。

 蝶番や鍵が散乱する金属音に、ドタドタと数人の人間が乗り込んでくる足音が混ざる。


「ここらが潮か。健闘を祈るよ、北君。」


「君こそな。」


 その言葉を最後に、大川が操っていた青年の身体はプッツリと糸が切れた人形のように床の上に崩れ落ちた。

 同じくして北の使い魔である妖怪も、薄暗い部屋の闇の中へと溶け込む様に希薄化すると、やがては跡形も無く消え去ってしまった。

 最早、この部屋の中で動くものは存在せず、床の上には気絶した男達が倒れ伏すのみとなる。

 そして、


「全員、その場を動くな・・・ッ!?」


 勢い良く室内へ突入した警官達は、眼前に広がる惨状に目を見開く。


「おいッ、お前達。大丈夫か、しっかりしろッ!」


 1人が倒れている男達のもとへ駆け寄り、その安否を確認する。


「よかった、目立った外傷は無い。多分気を失っているだけのようだ。」


 命に別状は無い。そう分かると彼は胸を撫でおろし、小さく安堵の溜息を吐いた。


「だがとにかく、早く救急車を呼べ。

 クソッ!ついこの前にも事件があったばかりだと言うのに・・・。」


「警部、表参道を歩いていた通行人が複数、この部屋のベランダから飛び出して来た人影を見たと証言してます。」


「分かった。この者達を運び出したら、至急その人間の行方を追うぞ。」


「了解。」


 室内に横たわる複数の人間。

 壁に空いた穴や、壊れ散乱する家具や調度品の数々。

 砕かれ、ポッカリと穴を開けているベランダの窓ガラス。

 ソレはまるで、この部屋に侵入した何者かが、男達と激しく争った後に全員の意識を奪い、そして窓ガラスを割ってベランダから逃走した、とでも言わんばかりの光景。

 少なくともこの部屋に突入した警官達の誰もが、そんな顛末を想像していた。

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