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帝国激動 ~Tales of the Crumbling Empire City~  作者: 十条クイナ
第1章 黎明
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第1章の37 錬鉄術

「どうしてここにいる?

 先に帰っていろと言っただろうッ!」


「そんな事出来る訳ないでしょ。

 あの後ずっと待ってたのに、中々戻って来ないから嫌な予感がして。

 それで来てみれば、やっぱり大変なことに巻き込まれてるしさ。まったくもう・・・。」


 だからこそ巻き込むまいと、あの時あの場で別れたというのに。

 これでは本末転倒でしかない。


「今すぐ来た道を引き返せッ!あの男は普通じゃ、」


「ハイジちゃん。」


 だがその先の私の言葉は断ち切られ、そして、


「ちょっと、黙ろうか。」


 鋭い寒気が背筋を駆け抜ける。

 ワカバの語気に変化は無い。

 しかしそれでも、


「私、これでも結構怒ってるんだよ。」


 溢れ出す怒気は、到底隠し切れるようなものではなかった。

 ひどく静かで、それでいてひどく苛烈に煮えたぎる怒り。

 初めて見せる友人の、ワカバの激怒する姿に完全に圧倒され、只々閉口するしかなかった。


「それで?少しは頭が冷えたかな。」


「ああ・・・、すまなかった。」


 否、とは間違っても言えない。

 言わせてくれない。


「そう?それなら何よりだよ。」


 ニコリと、怖気おぞけが走る程の穏やかな顔でワカバは私に微笑ほほえみ、そして大川へと視線を移す。


「ということで、私もハイジちゃんに加勢するけど、別に良いよね。

 そっちは実質二人掛かりみたいなものだったんだから、これで対等な筈だよ。」


「勿論、君の好きにするが良い。」


 一切の躊躇ためらいも無く、大川は快諾かいだくする。


「そもそも、私の許可の有無など、君は初めから眼中に無いだろう?」


「うん、そうだよ。」


 ワカバはあっけらかんと、何ら悪びれる事無く認める。


「だってこれはただの宣言だし。」


 売り言葉に買い言葉。

 不敵に、そして獰猛に笑いながらワカバは、


「これから貴方を容赦無く叩き潰す、っていうね。」


 真正面から大川へ宣戦を布告する。


「クックックッ・・・。

 叩き潰すとは、これはまた随分と大きく出たな。」


「大事な友人をこんな目に合わせておいて、ただで済むと思ってるのかな?

 二度とこんな馬鹿な真似が出来ないように、徹底的につぶしてあげる。」


「ハーッハッハッハッ!」


 堪えていた感情が一気に溢れ出したように、大川は声を高らかに上げて笑う。

 その感情の高揚に呼応するように、ヤツが纏う風も唸りを上げる。


「良い、実に良いぞ。大した度胸だよ、お前は。

 正直、お前のような性格の人間は嫌いじゃない。」


「別にあなたに褒められても、嬉しくも何ともないんだけど。」


「まあ、そう言うな。これだけ笑わせて貰ったのは久方ぶりなんだ。礼の一つも言いたくなる。」


 唸りを上げて渦巻く風は、やがて一点を目指し集まり始める。

 小さく、小さく、大川の手の中に収まる程に。

 だがその暴威を加速的に膨らませて。


「気概は良し。度胸も十分。ならば後は、」


 掌の上に生じた風の塊。

 その光景に思わず戦慄する。

 強力な力で圧縮に圧縮を重ねられた空気の球体。

 本来、一カ所に留まるような存在でないものを強引に、無理矢理に、一点に押し固めて作り上げられている。


「それに見合う力があるかどうか。」


 ならばこれが破裂した時に生じる反動は、一体どれだけの力を生むのか。

 それはまるで想像に難くない。

 だからこそ、より具体的な恐怖心と、それを止めなければという危機感が生じる。

 しかし大川は阻止する間など私達に与えることなく、それを解き放った。


「しかと、見せてもらおうか。」


 文字通り、空気が破裂する。

 耳をつんざくような轟音が駆け抜け、そしてそのすぐ後を衝撃波が追走する。

 しかもそれは、ただの爆発ではない。

 周囲を纏めて薙ぎ倒し、跡形も無く吹き飛ばす程の破壊力の指向性を、態々(わざわざ)大川は私達の方向にだけ収束させて、撃ち放ったのだ。

 結果、これまでのものとは比べ物にならない威力の風が襲来する。

 最早、風などと呼べるような代物ではない、触れれば即消し飛ばされ兼ねない破壊の権化。

 その絶望的な衝撃波を前にして、しかし猶、ワカバは一歩も引かず静態せいたいする。


「人にうては人を斬り、鬼にうては鬼を斬る。

 しこうして、我を前に、斬れぬもののあるべきや。」


 そして手にした一本の鉄の棒で、


法眼流(ほうげんりゅう)破段(はだん)壱の剣、斬魔ざんま太刀たち。」


 一閃。

 居合切りの要領で、一気に振り抜いた。

 瞬間、押し寄せる風の衝撃波は、ワカバのその一薙ぎのもとに真っ二つに切り裂かれた。

 両断され、左右にわかたれた衝撃波は、私達に直撃することなく両脇を通過していく。


「ほう。」


 ワカバは風の結界の時と同様に、衝撃波までをも切り裂いたのだ。

 その手に握る、一振りの刀によって。

 そこで、異変に気付く。

 ワカバ持っていたのは鉄パイプのような鉄の棒切れであり、決して刀などという上等なものではなかった筈だ。

 予め用意していた様子も、まして持ち替えるだけの余裕も、あの一瞬の攻防の中にはなかった。

 だがその疑問も即座に氷解する事となる。


如意金剛雷公鞭にょいこんごうらいこうべん。」


 ワカバが刀の切っ先を大川へ向けた直後、刃が幾つにも枝分かれを繰り返し、無数の細い鉄線へと変形する。

 加えてその鉄線の一本一本はまるで各々(おのおの)意思を持った無脊椎動物の如くに、うねうねと気儘きままうごめく。


「騒ぐな、鋼線虫(こうせんちゅう)。」


 しかしそれも、そのワカバの言葉と共にその全てがピタリと動きを止める。


「慌てなくても獲物は逃げやしない。」


 絶対的存在である、女王蜂から一喝を受けた兵隊蜂のように。


「さあさ、存分に喰らいなさいな。餌はあそこにいる人間だ。」


そしてその絶対の主から命令を下された次の瞬間、幾重もの鉄糸てっしが、弾かれたように一斉に大川を目掛けて殺到していく。

 数十、数百を超える鉄糸の大群が獲物を貫き、貪り喰らうべく一心不乱に進むその様子は、大蝗害だいこうがいを想起させる悍ましさを孕んでいた。

 だが奴も、それで狼狽えるような人間ではない。

 山津波の如く、あらゆる方向から同時に押し寄せる鉄線を前にして、大川は一切の焦りの色を見せる事無く、ただ冷静に風を呼ぶ。


「” ٍدَغ (ヤクール) يِف ( アル ) َنويتأ (シンドバード) ٍدَغ ( タヤーラ)تاَرّايَت( ガーディン ア) دابدنسلا(ターウン フィ) ُلوُقَي ( ガーディン)(インドの風は語り掛ける、明日の風は明日吹く、と。)”」


 大川を守る様に吹き荒れた風は鉄糸を弾き、逸らし、そして引き千切っていく。

 それはかつての私の生み出したの炎を払った時のように、鉄線をまるで糸屑でも扱いかのように吹き散らしていくと、遂にはその場から一歩も動くことすらなく、大川はその尽くを防ぎ切った。


「大したものだな。」


「おじさんもね。」


 そうして静寂が戻った路地に、獰猛な笑みを湛えた二体の怪物が互いに睨み合う。


京八流きょうはちりゅうの始祖とは、これまた珍しいものを使う。」


「へぇ、随分と詳しいんだね。」


「そうでもないさ。所詮は聞きかじった程度で、実物を見るのはこれが初めてなのだから。」


「ふーん、そう。」


 特に興味無さ気な風に、だが油断無くワカバは聞き流す。

 千切れ飛んで辺りに散らばった鉄の糸は、蛇か蚯蚓のように地を這い進み、ワカバの下へ帰ると再びそれらは結合し、一本の鉄の棒の姿へと還っていく。


「お主、名は何という?」


ひさぎ若葉わかば。覚えて置かなくても良いよ。別に大した名じゃないから。」


 しかしワカバの軽口とは真逆に、大川はワカバの名を聞いたその瞬間、僅かに目をいた。


「そうか。まさかここでその名を聞くとは、流石に予想外だったな。」


 それは驚愕であり、


「四季家の、それも楸か。ならばその強さにも得心がいく。

 大したものでないとは、よく言う。」


 同時に、新たな玩具が期せずして飛び込んで来たという狂喜だった。


「四季家、だと?」


 この男はワカバを。

 と言うよりも、ワカバの姓を知っている風だった。


「ああそうか、この国の人間でない君は知らんのだな。

 ならばついでに少し解説してあげよう。疑問を疑問の儘に放置しておく程、気持ちの悪いことは無いからな。」


 大川はやたら嬉し気な顔を浮かべ、再び私に目を移す。


椿つばきえのきひさぎひいらぎ。この四つの家は所謂、貴族と言われる家系だ。」


「柊・・・。」


 ヒイラギシンヤ。

 確かアイツも、その柊を冠していた。

 ならば、アイツもそうなのだろうか。

 だが少なくともシンヤに限って言えば、とても貴族と呼べるような人種には見えなかったのだが。


「だがその貴族である以上に、四季家の名は特別な意味を持つのだよ。

 少なくとも、この日本という国においてはね。」


 だが大川の言わんとする事が、ただ単に一般世間から見ての貴族という記号で無い事は、直ぐに理解できる。

 ならばこの四季家とやらは、魔術と深い関わりを持つ家名であると推測が立つ。


「そして更にもう一つ。

 春夏秋冬しゅんかしゅうとうを冠するこの四季家と、それらの中央に座す土御門つちみかどを加えた五家。

 この五家は日本の魔術師、呪術師で知らぬ者はまず居ないぐらいには有名だ。

 何せ数百年も前から脈々と続き、都の守護を担ってきた魔術師の名家なのだから、歴史も名声も、そしてその実力も、生半可なものではない。」


 歴史の深さだけで無条件で重視され、称賛されるものでないことは今更言うまでもない。

 しかしだからと言って、積み重ねてきた歴史の重みや価値を軽んじる人間など誰もいない。

 この四季家が、そのただ漫然と長い時の中を歩んで来た貴族の家などでは断じてないことが、大川の言葉に込められた緊迫感からありありと伝わって来る。

 そしてそれと同時に、学校の教室でのワカバやシンヤを見る周囲の視線から感じた違和感。

 ソレらの正体にも、ようやく合点がいった。

 何処か余所余所しい雰囲気。その視線に込められた尊敬や畏怖、或いは羨望や嫉妬といった類の念。

 それらはつまるところ、この二人の姓、ヒイラギとヒサギに対するものだったのだろう。


「その中で楸は右方を司る。

 右方とはすなわち、西方せいほうであり、白秋はくしゅうであり、白虎びゃっこであり、そして五行ごぎょうにおいては金気きんきを意味する。」


 "剣術はあくまで枝葉に過ぎない。"と。

 あの時シンヤが言っていたのは、そういう事だった。

 ワカバの本領は金気。

 つまり金にまつわる魔術を行使することだった。


「はあ・・・、やっぱり名乗るんじゃなかったなあ。」


 やれやれと、ワカバは溜め息を溢す。


「仕方あるまいよ。君らは良い意味でも、悪い意味でも名が知られ過ぎているからね。

 有名税とでも思って諦めるんだな。」


「それで?その四季家とやらを前にしても、まだ私達とやるつもり?」


「そうだな。まともな神経を持つ魔術師ならば、まず四季家や土御門に手を出そうという考えすら持たないだろうな。」


 それは暗に大川自身が、まともな神経を持ち合わせていないという自虐なのか。

 それとも或いは、


「だとしても、愚問であることに変わりは無いな。」


 その者達を前にしても、己ならば問題無く勝てるという自信の現れか。


「寧ろ私こそ、問い返したい。」


 このまま続けるのかと。

 貴様も餌食になりたいのかと。

 ともすれば、傲慢に過ぎると問い掛けに聞こえるが、現状においてそれは、自信過剰などではなかった。

 たとえ私とワカバの二人が協力して戦っても、それでも猶、まだ大川の方が戦力としては上回っている。

 だからこそ大川も、こうして楸を前にして退かずにいる。

 退く理由が存在しないからだ。

 そしてワカバもまた、その事実に気付いていない筈はない。

 しかしそれでも、


「先も言った通りだよ。あなたを今この場で叩き潰す。これは決定事項なの。

 お分かりかしら、おじさん?」


 ワカバは戦う道を選んだ。

 私を見捨てるという選択は取らなかった。


「・・・そうか。」


 意図して感情を押し殺して発された、無機質な声。

 同時に空気が変わる。

 急速に全ての物質が凍結していくかのような沈黙が下り、それでいて、可燃性の気体が瞬く間に充満していくかのような危険性を内包した空間へと塗り替わっていく。

 言うなればこれは、嵐の前の束の間の静寂。

 ほんの微かな切っ掛けで次の瞬間には破裂する、臨界まで張り詰めた空気。


「ソレは随分と、」


 そしてこの空気を創造したのが大川であるならば、


「楽しみだなッ!」


 それを破壊するのもまた、大川自身だった。

 風はうなりを上げて渦巻き、幾本もの竜巻を形成する。

 空中をうねり、蛇行しながら襲い掛かる竜巻を、ワカバは再び切り裂く。

 今、この瞬間だと確信する。

 竜巻が切り伏せられ霧散する、文字通りワカバが切り開いた突破口を、私は疾走する。


「ハイジちゃんッ!」


 その声と共に、背後から飛来する気配を後ろ手に掴み取る。

 それは一本の鉄の棍棒だった。或いは、鉄鞭と言った方が正しいのかもしれない。

 今し方、ワカバが使っていたものだ。


「それを使って。簡単に折れないように強くしておいたから。」


 ご丁寧に、鉄パイプのように中心が空洞の筒状のものへと、創り変えてくれている。

 それ故か見た目の長さよりも幾分か軽く、振り回し易い。


「30秒、時間稼ぎお願い。」


「ああ、任せろ。」


 ワカバが何を企んでいるのかは分からない。

 だがそれでも私を見捨てず、更には私を信じて総てを託してくれた。 

 その思いが、傷だらけの身体を動かす活力となる。

 ならばワカバの信頼に応えるべく、そして共にここから生還する為に、私は死力をくしてその30秒を生み出すだけだ。

 奇しくも、あの時とは状況が逆になった。

 かつては、前衛として前線に立ったワカバは後方で戦い、そしてその前衛を突破すべく剣を握った私は今、ワカバを守る盾となって剣を振るっているのだから。


    ※


『最後の最後、ハイジちゃんと私の明暗を決定付けるその一手。

 もどかしいかもしれないけど、どうかお願い。』


『・・・分かった。でも事態が君の思惑を外れ、君とハイジの身に危険が及ぶ様であれば、僕は迷わず彼の前に飛び出す。』


『うん、それで良いよ。だけどそれでも私と、そしてハイジちゃんの力を最後まで信じてほしいな。』


 一体どの口が、信じてなんてさえずるのだろうか。

 ハイジちゃんの名を態々(わざわざ)出したのは、その方が彼を思い留まらせるのに都合が良いからに過ぎない。

 彼がそれに気付いているのかは知らない。

 しかしそれでも私の前に立つ青年は、そんな確証の無い言葉を信じてくれている。

 ならばせめて、その信頼には応えなければいけないのだろう。


『それとワカバさん、一つ聞いても良いかい?』


 最後にもう一度、彼は戦場へと向かう私を呼び止める。


『あの時、あの模擬戦で、あの作戦を考えたのはシンヤ君だったのかい?それとも或いは・・・。』


 ああ、やっぱり。

 どうして中々に。

 レオン君の方が、余程手強いじゃないか。


『さあ、どうだろうね。想像にお任せするよ。』

今更ながらお詫びがございます。

これはルビの編集したのをプレビュー画面で見ていたときに気が付いたのですが、アラビア語にルビを振ると、PCの画面では正常に反映されるのですが、スマホの画面だと文字が反転した状態で表示されるみたいです。

礼を挙げると、

دابدنسلا

↑この単語は両画面で正常に表示されるのですが、下記のようにルビを振ると、

دابدنسلا(アルシンドバード)

↑この単語がスマホ画面では反転して表示されてしまい、

السندباد(アルシンドバード)

上記のように表示されてしまうみたいです。(逆にスマホだと下の方が正しい語順で表示され、上が反転した語順になる。)

どうにか改善方法が無いかと模索したのですが、今のところ見つかっておりません。

そもそもと言うか、おそらくこの”なろう”が、アラビア語を使う事が想定されていないだろうから仕方ない事なのかもしれませんが。

それで何らかの改善法が見つかるまでは、PCの画面を基準としてルビを振って行こうと思います。

スマホで見られている方には大変申し訳ないのですが、語順の違和感にご容赦を頂けたら幸いです。

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