第1章の33 錯綜
◇2
「兄貴、兄貴ッ。しっかりしてくださいッ!」
「テメエは、テメエは一体何モンだ。なんでここにいやがるッ!」
完璧に混乱していた。
気絶した頭らしき男を揺さぶり、声を掛ける奴や、俺に向かって怒声を飛ばす奴。
その誰もが、突然の奇襲に動揺し、
「別に俺が何モンでも良いだろうが。
テメエ等に関係ある訳でもねえしな。」
そしてその全員が、俺に完全に注視し切っていた。
「それに、仮にここで俺が何者かを名乗ったところで意味無えよ。
どうせ誰も俺のことを覚えてなんざ、いられねえんだからよ。」
「な、何だとッ!?」
誰がここにいるのは俺一人だけ、奇襲が一発だけ、なんて言ったよ。
馬鹿正直にも、奴らは目の前に立つ俺にしか警戒していない。お陰で側面や後方がガラ空きだ。これじゃあ背後から襲って下さい、って言ってるようなもんだぜ。
「グァッ!」
「ギャアッ!」
「テメエ、何しやがったッ!」
次々と仲間が気絶していく中、ようやくソイツは俺以外の存在という答えに思い至った訳だが、
「今更気付いたところで、もう遅えよ。お前で最後だ。」
最後の一人も、あっけなく床の上に沈んでいった。
「あー、終わった終わった。これで一先ずの危機は去ったか。
ストレルガ、もうこの暗闇を取ッ払っても良いぞ。」
「了解。」
その言葉で闇は次第に薄らいで行き、やがて元の視界へと戻って行った。
「流石だな千春。予想以上の手際だったよ。」
正直、見栄だと思っていたのだが、千春は本当に15秒も掛からずに片付けてくれた。
「お兄ちゃんが、この人達の気をずっと引いてくれたお陰だよ。」
しかも約束通りに意識を奪う程度に留めてくれている。
それが何となくだが、嬉しかった。
「さてと・・・、そんじゃコイツらの正体を調べて。
そんでその後にここでの記憶を消しておくか。」
最初からある程度の確信はあったが、やはりこの服装からしてコイツらが警官で無い事が確定した。
「だとしたら、この部屋の住人の、友人や知人とか?」
「まあ、次に可能性があるのはそのあたりだな。」
それでも腑に落ちない点はあるがな。
色々と考えることは有るが、先ずは手荷物から調べるのが先か。
そう考えて暫くの間、ごそごそとコイツらの服の中を弄っていると、一人の男の上着の胸の辺りで、堅い感触が手に当たる。
それは硬く、そしてやけに重いモノ。
その物体の正体に気付くと同時に、ヒュー、と口笛を吹く。
「危ねえなコイツ。拳銃を携帯してやがったぜ。」
「マジで!?」
「ほらよ。」
指紋が付かないよう、布を間に挟んでから男の懐から取り出す。
それは空気銃などでは無い、本物の拳銃だった。
銃砲自体は百貨店などでも購入できるから、別に一般市民が持ち歩いても問題は無い。だがだからと言って、実際にソレを持ち歩いている一般人はまずいない。
「うわァ・・・。私達って、結構ヤバい状況だったんじゃない?」
「そうだな、真っ先にコイツを無力化出来たのは運が良かった。下手すりゃ警察よりも厄介な奴らなのかもしれねえな。」
一先ず拳銃は元あったところに戻す。
このまま貰ってしまいたい気持ちも多少あったが、余計な痕跡は残さない方を優先させる。
「そうと分かりゃ、さっさと終わらせて逃げるに限る。」
そうして、この男の頭に手を伸ばして記憶を覗こうとした。
その時だった。
「やれやれ・・・。川崎君もつくづく運の無い男だ。」
突如、目の前で伸びていた男がギョロリと目を開き、喋り出した。
そのままソイツは、目の前にあった俺の腕を掴み取り、
「数日のうちに、二度も同じような目に遭うのだからな。」
そしてゆっくりと立ち上がった。
「クッ、テメエ・・・。」
「お兄ちゃんッ!」
突然の異常事態に、即座に反応したのが千春だった。
一瞬のうちに千春は男の背後に回り込み、襲い掛かる。
だがこの男は振り返りもせず、まるで後ろに目が付いているかのように、もう片方の手で正確に千春を捕らえたのだ。
「ほう・・・、随分と捷い者もいるのだな。
だが捕まえられない程じゃない。」
そしてそのまま俺と千春を同じ方向へ、無造作に投げ飛ばした。
「クッソ・・・、テメエは、一体誰だ?」
己自身が良く使う魔術だから即座に理解できる。
外側は同じでも、中にいるヤツは別人だ。
さっきまでの男とはまるで違う口調、そしてその動き。
「紹介が遅れたな。私の名は大川周明。
前の時はもったいぶってせいで反感を買ってしまったので、今回は素直に名乗らせてもらったよ。
気軽に教授とでも呼んでくれれば幸いだ。」
◇4
「教授と言ったな。何故このような事をしている。」
「このようなこととは、どのようなことかな?」
「この者達を操って一体何を企んでいるのか、ということだ。」
「ククク・・・、先ずその前提が間違っておるな。別に私はこの者達を四六時中操作してはいない。
基本的にこの者達は、好き勝手に動いているだけだ。」
◇2
「好き勝手に動いている?」
「そうだとも。ある程度の指示なら事前に与えているが、その先どうするかはこの者達の判断に任せてある。そして私はソレの経過を観察しているだけだ。
まあ、今回のようにこやつらが動けなくなった場合には、仕方なく私が操ることはあるがな。」
嘘、ではないのだろう。
現にこの男が表に現れたのは、この身体の持ち主の意識を奪ってからだ。
「企みにしてもそうだ。別に私が企てたものに従って彼らは動いているのでは無い。
彼等自身が計画した企みに沿って動いており、私はその助力をしているに過ぎない。」
「その言葉を、そのまま信じろと?」
「私は別に嘘は言っていないが、信じる信じないはお主らの勝手だな。」
たが、それが例え真実であろうが。或いは虚実だろうが、今の俺達の置かれた状況に影響を与える訳ではない。
そして今の俺達の現状は、最悪と言っても過言ではなかった。
「先の一連の動きから見るに、この者達の記憶を消して事無きを得ようとしたのだろうが、当てが外れたな、少年よ。」
正にその言葉通りだ。
今この場で、コイツらの記憶を奪ったところで最早既に意味は無い。
俺が奪えるのは当人達の記憶だけで、何処からかコイツを操っている大川と言う人間に干渉する手段は、持ち合わせていないからだ。
「まあ、無意味だからとは言え、むざむざ好き勝手にさせる積もりも無いがな。」
そして何より致命的だったのが、その尋常ならざる動きだ。
この男は千春の速度に余裕で見切り、受け止めた挙句、剰え反撃まで加えてのけたのだ。
◇4
「ならば聞き方を変えよう。彼らは一体何を企み、動いている?」
「流石にそれを一から十まで教える訳にはいかぬな。そんな事をしては、今日まで必死でひた隠しに、計画を練り上げ来た彼らに申し訳が立たぬのでな。」
まあ、そうだろうとも。
だが、その言葉の中にもヒントはある。
「なるほどな。秘密にしなければならない程度には良からぬ企て、という事か。」
「ククク・・・。まあ、好きに取って貰って構わぬよ。それに私も、全容を把握している訳ではないしな。」
「なら何故、その男を操ってまで私の前に出てきた?
気絶させられたままにして置けば、気付かれることも無かった筈だ。」
事実、こうして他人の視覚や聴覚を介して情報を得ている以上、そこには己の存在を秘匿したいという意図が少なからずある事の表れだ。
「耳に痛いね。私もなるべく表舞台に上がることの無いよう、こうして他人の目や耳を借りて、努めてはいるのだが・・・。」
そこで彼は言葉を切り、
「やはりどうしても、内側から湧いて来る好奇心の誘惑には抗えないのだよ。
やれやれ。そろそろいい歳になるのに、私も未だ人間が出来ていない。」
大きな溜息を吐いた。
「好奇心、だと?」
「そうとも。こうして時々現れる変わり種を前にすると、学者の性か自制が利かなくなる。
時には痛い目を見る事もあるが、発見時の快感に比べたら大したことは無いというのを、知ってしまったからねえ。」
◇2
「現にこうしてお主らや、ほんの数日前にも面白そうな少女を見つける事が出来たのだから。」
「見つけるだの、発見だの。
その上からの目線が気に食わねえな、教授さんよ。」
その新種の動植物か、何かでも見るような言い方が酷く癪に触る。
「すまぬな。教員生活が長くなると、教え授ける口調が染み付いてしまうのだよ。」
「そうかよ。」
「理解してくれたかな。
では次は私の質問の番だ。」
そう言って奴は俺達や、そこらで寝転がっている男共を一瞥する。
「影峰君が何処に居るかわかるかな?」
影峰。
ついさっき聞いた名だ。乗り込んで来たコイツらも、そもそもその人間に用があってここに来たみてえだしな。
「この部屋に住んでいるのだが、ここにその姿が無くてね。」
成る程。だがこの部屋に住んでいたのならば、
「とっくの昔に私が殺したよ。」
やはりそう言う事なのだろう。
「ほう。」
低く短い一言。その言葉では、男の向こう奥にあるその感情は読むことはできない。
そして大川は視線を俺から千春に移す。
「子供相手でしか勃たない変態さんだったから、私が遊んであげたの。」
「些か奇矯な性癖に傾倒していたのが玉に瑕だったが、そうか。
優秀な人間を失ってしまったのは手痛いな。とは言え、それが彼の招いた因果なのだろうな。」
彼の死を悼みはすれど、それもまた仕方ないのものだと受け入れている。
そんな諦観と悲哀の入り混じった声だった。
「それでは、君は?
先の動きで只者でないことは分かるが。」
「素直に教えるとでも思ってるのかしら?」
「いいや、まさか。それに聞かずとも何となく分かる。
君だろ?ここ数ヶ月の間、世間を騒がせている殺人鬼と言うのは。」
「・・・。」
「こんな年端も行かない少女だったのは、流石に予想外だったが。
それとも、お主等三人は共犯なのかな?」
とんだ勘違いも良いところだ。
だがそれを否定したところで、どうせ意味はないのだろう。
「まあ、単独だろうが複数だろうが別にどちらでも良いのだがな。私には関係の無い事だ。」
言葉通り、この男にとって、事件の真相などまるで興味の無い事だからだ。
「とは言え、どうしたものか。このままお主等を捕らえて邏卒に引き渡すのも。或いは逆に逃がすのも、どちらもそれはそれで面白そうではあるのだが。
何せ影峰君の件もある。
只逃がすと言うのは、殺された彼に申し訳が立たないような気がするのだが、どうだろうか?」
「俺が知るかよ。」
白々しい言葉だ。
最初からその問いに何の意味も無く、コイツの中では既に結論は決まっている。なのに恰もまるで、俺達の言葉に耳を傾けているかのような聞き方をしてくる。
「そこで一つの提案だ。
そこの少女、千春と言ったか。彼女を私に引き渡せば、残りの二人はこのまま逃がしてやる、と言うのはどうだ。悪くない提案だろう?」
今の大川の目的が千春にある以上、そういう交渉を持ち掛けるのは当然だ。
俺とストレルガにとって何ら損の無い条件。
少数を切り捨て、多数を取る。こと交渉事においては、断る理由の無い至極妥当な条件だった。
「だが、お断りだ。」
吐き捨てると共に感じる千春とストレルガ、二人の視線。
「へえ・・・、理由を聞いても?」
「単純な事だ。俺は物分かりが良くねえんだよ。」
お利口な優等生の答えなんぞ、クソ喰らえだ。
「本心では別に千春以外の誰でも良いはずだ。」
ここにいる変わり種は三人。愛でこそすれ、わざわざその実験動物を区別して見る真似を、この男がするとは思えない。
「弔いがどうだの言って入るが、さっきの態度で影峰とか言う人間なんざ、毛程も気にして無えのは分かり切ってる。」
使える理由があったから、千春を指名した。
只それだけの事だ。
「それに教授殿。そもそもあんたが本当に約束を守ってくれるなんて、どうしても思えなくてな。」
仮に千春を引き渡したその直後。
舌の根も乾かぬうちに、俺達にも手を伸ばす。
この男なら、そんな真似もやりかねない。
「てな訳で、答えは只一つ。クソ喰らえ、だ。」
「ククク・・・、確かに物分かりが悪いらしい。
しかもそのくせ聡いときた。やはり世の中、お主のような人種が一番厄介だな。」
厄介、と抜かす割には随分と嬉しそうな顔だ。
コイツは俺が突っ撥ねるのを分かっていて・・・、いや、期待していたんだろうな。
何処までも、舐めた真似をしてくれる。
「悪いな、ストレルガ。お前の意思も聞かず、勝手に話を進めちまって。その詫びと言っちゃなんだが、いざとなりゃ、お前だけでも逃げられるよう立ち回ってやるからよ。」
だがそれ程、彼我の実力差が在るという事なのだろう。
「フフーン。私を侮って貰っちゃ困るよ、お兄ちゃん。」
「私だってシンヤさんと同じ気持ちだよ。千春ちゃんはもう私達の仲間だもん。
仲間を見捨てて、私達だけで逃げるなんて絶対有り得ないもんね。」
それでもコイツらは、俺に付いて来てくれた。
◇4
「今この場で、貴様らに付いて行くかと言えば、答えは否、だ。」
「やれやれ、何とも釣れないな。」
「後に気が向いたら、後日教授殿の研究室か、或いはその男共の下にでもお伺い立てるよ。
今日は気が乗らない、というだけのことだ。」
「良いだろう、ならば今日はこれでお別れだ。但し・・・、」
但し、か。
その前置きの時点で碌でも無い予感しかしない。
「ここから無事に逃げられたら、の話だがな。」
だろうな。この男の性格で、私をただで返す訳が無い事は分かり切っていた。
「何、一種の篩いだよ。
ここから抜け出せない様では、後々に私の研究室に来られても邪魔なだけだからな。
という訳で、精一杯気張ってくれ給えよ。」
◇2
「何とも素晴らしい、何とも美しい友情じゃないか。感動的だよ。」
「そんなに面白いかよ。」
この男に賞賛されるのが、何故こんなにも癪に触るのか。
「ああ勿論、面白いとも。
その尊さが。そしてその無意味さがな。」
考える迄も無え。
それはコイツの言葉の中に、そんな感情が微塵も篭っていねえからだ。
「何も変わらぬよ。
1人を捕らえるか、3人を捕らえるか。大人しく捕まるか、抵抗してから捕まるか。
高がその程度の違いでしか無い。」
普通であれば、1人と3人じゃ差が違い過ぎる。
だがコイツにとっては、檻の中の実験動物が1匹か3匹かの違いでしか無いのだろうな。
「さあ気張ってくれ、少年達よ。そして存分に私を楽しませてくれ。」
そうして、大川が俺達に向けて一歩踏み出す。
一人残らず捕らえるべく。
その時だった。
だが再び、変化が訪れる。
唐突に、何の前触れも無く、ソレは訪れる。
『見つけた。』
声が聞こえた。
その時初めて大川は、俺達から完全に目線を切ったのだ。
そしてその先。大川が見ている先には、眼が在った。
通常の人間の眼球よりも、一回りも二回りも大きくな眼。それが何の脈絡も無く、部屋の壁から生え出ていた。
その余りの荒唐無稽な有様に、皆が閉口する。
『見つけた、見つけた、見つけたァッ!!』
一つ、二人、四つ・・・、と。
次々と新たな眼が出現し、瞬く間に壁一面を覆う。
そして次の瞬間、ボタリ、と。粘性を伴った不快な音と共に、眼球が床の上に溢れ落ちた。それを皮切りに他の眼球もそれに続くかのように、音を立てて落下して行く。
まるで蛭か蛞蝓を想像させるような動きで、眼球がヌラリと床の上を這い進む。
「何・・・だよ、こりゃあ。」
眼を背けたくなるような悍ましい光景。
コイツらも大川の使い魔のなのか。その余りに間の悪い出現に歯噛みする。
だが、
「コレを招いたのはお主らか?」
瞬間、思考が真っ白に染まる。
一瞬、大川が何を言っているのか理解出来なかったのだ。
「テメェが・・・、呼んだんじゃねえのか?」
「であれば、態々《わざわざ》聞きはせぬよ。」
嘘では無い、のだろう。
だがコレが大川の呼んだモノでなければ、当然俺達が呼んだモノでも無い。
ならば一体コイツは何なのか?
そうこうしている間にも、この眼球の群れは一箇所に集まり、折り重なっていく。
それは群体生物の如く、大量の眼球が総体の構成要素となった、一つの大きな生き物と変貌を遂げて行く。
やがてそれは、人間を思わせる形となって俺達の前に立ちはだかった。
目紛しく、刻一刻と変化する状況は、好転する訳でも無く、悪化する訳でも無く。
只々混沌へと突き進んで行く。
『事情は知らんが、何やら随分と面白そうな事になっているな。』
そしてこの訳の分からない事態を持ち込んだ元凶は、まるで他人事のように言い捨てた。




