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帝国激動 ~Tales of the Crumbling Empire City~  作者: 十条クイナ
第1章 黎明
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第1章の32 埋伏

 誰かが来ている、と。千春はそう言った。

 俺やストレルガには全く聞こえないが、千春だけがその人間離れした感覚で聞き取ったようだ。

 つい先程までは、まるで人の気配の無かった建物内に突如、人が現れた。その予想外の状況に焦りがにじむ。

 だが同時に思い至る考えもある。


「どっか別の部屋の住人が帰って来たんじゃねえか?」


 普通に考えれば、それが一番可能性の高いことだ。

 それならばここへ来た時の、人の気配の無さにも不思議はない。

 だがもし仮に、ソイツらがここへ向かっているとしたら、それは相当にヤバい事態になる。

 殺人現場だと判っていて来る人間など、それだけで二種類に限られてくるからだ。

 一つは事件を起こした張本人。だがそれは既に俺のすぐ隣にいる。

 となれば、もう一つしかない。


「それだったら良いけど、段々と上がって来てるよ。」

 

 そのもう一つは警察、ないしはその関係者に当たる人間しかいなかった。

 そして嫌な予感であればある程、何故かはずれてくれないものらしい。


「千春、人数は分かるか。」


「うん。聞こえる足音から考えると、5、6人くらいかな。

 ああ、なんかやっぱりこっちの方に向かって来てる。」


「そうか。」


 そう多い訳ではない。いざと成ればどうとでも出来る人数。

 それこそ千春がいれば、ものの数秒で片付けることも容易たやすいだろう。


「シンヤさん。前の学校の時みたいに回避出来ないの?」


「ありゃ、阿保アホなアイツらが1人づつ落とせる時間を作ってくれたから出来た芸当だ。

 6人(まと)めては流石に無理だな。」


「えー、何それ。」


「俺にも出来る事と出来ない事はある、っつーの。

 もうそいつらが、ここの隣の住人であることを祈るしかねえだろうな。」


 そうであってくれれば、何の問題も無くいられる。だが、万が一の事も想定しておかなければならないのも確かだ。

 最悪、顔が見られるのは別に良い。


「千春、仮にソイツらが入って来たとして、片付けるのにどんぐらい時間が要る?」


「うーん、10秒有れば楽勝だよ。」


「十分だ。ただし、殺しは無しだ。意識を奪うだけにとどめろ。」


「それなら15秒くらい。」


「それでも釣りが来らあ。」


 千春がソイツらの意識を奪った後に、俺達を見た記憶を消してしまえば良いだけのことだからだ。


「ストレルガ、模擬戦の時使った闇で、この空間をおおうことはできるか?」


「うん、勿論もちろん。」


「なら頼む。千春は暗闇でも支障は無いな?」


「うん、全然大丈夫だよ。」


 これでかくみのと、目眩めくらましの両方に使える。


「ああ・・・、やっぱりこの人達、完全にこっち向かってるよ。」


 残念ながら俺の必死の祈りも、届かなかったらしい。千春のその一言で、危惧きぐしていた最悪の展開が、現実になってしまったことを思い知らされる。


「時間()え、ストレルガ。至急でやってくれ。」


「了解。」


 うなずくと共に、ストレルガは即座に詠唱へ入る。


「”la tenebreテーネブレ più(ピユ) negraネグラ, tiティ Abbra(アッブラ)ccerò(チェーロ) traトゥラ le mieミーエ bracciaブラッチェア comeコーメ unaウーナ sposaスポーサ.(真に黒き暗闇よ、汝を花嫁として我が腕の中に懐こう。)”」


 壁と天井の四隅よすみから、棚と壁の隙間から、寝台ベッドの下の暗がりから。

 部屋の中にひそむありとあらゆる暗闇が、ストレルガの詠唱に呼応し、光の領域をおかし始めた。

 床や壁、天井をい進み、己が黒で版図はんとを染め上げていく。

 周囲を覆った闇は、やがては空間の中にもただよい、満ちてゆく。


「”Perché(ぺルケ) nonノン ho avutoアヴート altraアルトゥラ sceltaシェルタ che da quandoクアンド sonoソノ preci(プレチ)pitato(ピタート) dalダル cieloチエロ comeコーメ unウン fulmineフールミネ.(稲妻の如くに天から墜落した私には、汝を愛することしか出来ないのだから。)”」


 そうして詠唱が完了した頃には、窓から差し込んでした夕日の光も、この空間に満ち満ちる暗黒に吸い込まれ、掻き消されてしまう。

 僅かに届くその陽光ようこうも、蝋燭ろうそくの微かな火の如く、たよりなさげに部屋の中を薄暗くおぼろげに照らし出すだけだった。


「これで後は、機を待つだけだ。」


 最善は、気付かれずにこの闇にじょうじて、ソイツらの横を気付かれぬようける。だがそれは向こうにいる人数を考えれば、難易度が高過ぎる。

 ならば先の案が時点であり、最も現実的な方法だ。

 既に、外の足音は俺にも聞こえるぐらいに近くまで来ていた。

 それらがこの部屋の前まで来ると、今正まさにその目の前で停止した。

 そして、


 ”ビィィィーッ!”


 という電子的で無機質な音が、俺達のいる空間に鳴り響いた。


「・・・どういうことだ?」


 思わず呟いてしまった。

 だがどうして。やつらは、この部屋のりんを鳴らした。

 ここが事件の現場であることは周知の事実だ。ならば中に誰もいる訳が無い事も、ゆえ呼び鈴を鳴らす意味の無い事も知っていて当然の筈だ。

 だがしかし、現に外にいる人間は呼び鈴を鳴らした。

 そして今俺がこうして考えている最中にも、数度鳴らされている。


「て、ことは・・・、だ。」


 だとするならば。

 そこで一つの考えが浮かび上がる。

 

「外にいる連中は警察マッポじゃ無え、ってことか?」


「どういう事なの?」


「さァな。俺にもサッパリだ。」


 そして今度は強引にドアノブを回す様な音が何度かした後、ガチャリ、と。

 ついに扉の動く音がした。


「だがこれで遠慮えんりょらなくなった。

向こうも俺らと同じ、不法侵入だ。」


 侵入がバレらされて困るのはお互い様。

 加え、相手はこっちの存在を知らないという、俺らにとってはるかに有利な状況だ。

 だったら、このまま主導権しゅどうけんわたさねえ。


「何か、やたら中が暗いな。

 取り敢えず電気を付けろ。これじゃ何も見えねぇ。」


「はいッ、今すぐ。」


「おい、ほとんど変わってねえぞ。」


「いえ、でも確かにホラ。ちゃんと付けましたよ。」


「んだよ、壊れてんのかコレ。」


 入口からもたつく会話を聞くに、ストレルガの張った闇がキッチリと機能しているようだ。


「仕方ねぇ、このまま入るぞ。」


 床のきしみと乾いた足音が大きくなっていく。

 やがてとびら一枚(へだ)てた向こう側の廊下にいるソイツらが、いま扉の目前に到着した。


(覚悟はいいな?)


((いつでもッ!))


(そんじゃ、手筈通りに。)


 そしてついに、ガチャッ、と。

 最後の扉が開け放たれ、そこから中へと入って来る人影が一つ。


「おい、影峰おげみね。ここに居んのか?

 クソッ、こう暗くちゃ何も見えねえな。」


 ソイツは暗闇の中、室内を見回し、やがて一つの影に気付いたようだ。


「何だよ、やっぱいるんじゃねえか。

 何の連絡も無しに、今まで何やって・・・、ッ!?」


「悪いな、影峰じゃなくてよ。」


 男の顔が驚愕きょうがくに染まり切った瞬間、その表情のままくずちていった。

 ついぞ、何が起こったのか分からぬ儘、男の意識は刈り取られて行った。

 後方にひかえて男達もまた、突然目の前で仲間が倒れるさまを目の当たりにし、驚き狼狽うろたえている。

 奇襲の初動として、これ以上無い出だしだった。


    ◇4


「て、テメェは一体・・・。」


「何度も同じ言葉を言わせるなよ。」


 後ろ手で地面にへたり込み、必死で後退あとずさろうとする男。


「安心しろ、命は取らないさ。その辺で伸びてる奴らも気絶させただけで、殺しはしていない。

 そういう約束だったからな。」


「辞めてくれッ、辞め・・・、」


 その言葉を無視し、手を振り上げた瞬間、その男は力無く崩れ落ちた。


「おいおい、まだ何もしてないぞ。」


 恐怖のあまりにか、勝手にあわき、勝手に気絶してしまった。

 それでもこれが最後の1人だ。


「これで落とし前は付けさせて貰ったよ。」


 さて、この後だが一体どうしてくれようか。

 路地には気を失った男共がそこら辺に散乱している。このままコイツらを放置しっぱなしだと、通行の邪魔になるのは間違い無い。


「まあ、別に良いか。」


 少し考えた後、別に大して問題は無いことに気付く。

 人通りが少ないと、コイツらも言っていたし、現にこれまで私ら以外の人間が来ることも無かった。故に、このまま放って置くことにした。

 命は取らないと約束したが、後の面倒を見る約束まではしてない。

 それに今の時期なら、路上で寝っ転がっていても凍死する心配は無い。

 そう結論付けた私はきびすを返して、元来た道を戻ろうと歩き出した。

 その時だった。


「やれやれ。これはまた随分と手酷てひどくやられたものだ。」


 突如、背を向けた背後から何者かの声が聞こえた。

 そしてその声に違和感を覚える。

 その声の主が知らない人間では無かったからだ。それこそほんの数分前に聞いた、そして今は地面に転がっているはず奴らの、首魁しゅかいの男の声だったのだ。

 振り返った先の暗がりに立つ、一人の人間。

 その姿は間違い無く、奴らの首魁の男そのものだった。しかし、


「転ばぬ先の杖とは常に用意しておくべきだな。人生一体何時(いつ)何処どこで、何が起こるか、分かったものでは無いのだからな。」


「・・・貴様は、誰だ。」


 それはその男であって、その男でない。


「その男の身体を操っている貴様は何者だ。」


 声はこの男のもので間違い無い。だがその口調は、まるで別の人間だ。

 支配魔術。

 この単語が、頭に思い浮かぶ。 

 目の前の男の姿は、数日前あの模擬戦の時に見たモノと同じだったのだ。


「ほう、即座に看破かんぱするか。

 ククク・・・、なるほどな、お主も魔術の存在を知る者ということか。」


 この男の向こう側にいる人間は笑う。

 だがその笑いは、私にとって有益なもので無い事は、その不穏な気配から嫌でも理解出来る。


「そうだな。お主と同じ魔術師だ、と言う紹介では納得できぬか?」


「・・・、そんなのは見れば判る。」


 現状取れる選択肢は二つ。

 この場に残るか、即座に立ち去るか。

 幸い、この人間がある程度こうして会話にも応じてくれてはいるということは、即座に何かをしようという訳では無いらしい。

 だがそれと同じく相手の意図いとが読めない以上、ただこの場に居続けるのは、いたずらに危険性を増加させる行為でもあった。


「わかったよ、真面目に名乗るとしよう。

 このまま君に立ち去られては、興醒きょうざめも良いところだからな。」


 逆に向こうは私の意図を察したらしく、私の問いに応じる気配を見せる。

 だがこれはあまり望ましい展開ではない。これで向こうは、心理的にこちらの選択肢をある程度誘導できる立場に収まってしまった。


「私の名は大川おおかわ周明しゅうめい

 都内にある東洋とうよう協会きょうかい大学で講師をしている。故、興味があるならば、講義を聞きに来ると良い。学問の門戸もんこは、意欲のある者であれば、誰にでも開かれているのだから。

 それと見ての通り、大学講師のかたわらで魔術師もやっている。こっちは学術的興味で手を出したという程度のものに過ぎないがね。

 取り敢えずは、こんなところだろうか。」


 これでこちらは誠意せいいは見せた。

 では次は君の番だと、彼の目が言外げんがいに語っていた。


「アーデルハイト・フォン・グリンデルヴァルト。

 ドイツ国のバイエルン州出身で、今年の4月から大日本帝国にある皇典研究所へ入学した、同じく魔術師の見習いというところだ。」


 これによりもう一つの選択肢。

 この場から即座に立ち去ると言う選択肢が、ほぼ消滅した。

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