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帝国激動 ~Tales of the Crumbling Empire City~  作者: 十条クイナ
第1章 黎明
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第1章の30 人探し

    ◇2


 本日最後の授業の終わりを知らせる予鈴が鳴り、放課後を迎えたことを告げる。

 俺は授業が終わると同時に、さっさと教室を出た。何時いつまでも残っていたところで、ほかの奴らから、またあの不快な視線を向けられるだけだからだ。

 まだ誰もいない昇降口を抜け、校舎を出る。そうして校門に差し掛かろうとした。

 だがしかし、


「あッ、お兄ちゃんッ!」


 そこには千春がいた。

 それもやたら嬉しそうに、こっちに向けて手を振っている。


「ほほう・・・、お兄ちゃん、とな?」


「テメエ、どっからいてやがった。」


 本当に。

 本当にいつの間にか、ストレルガが俺のすぐ後ろに立っていた。


「こんにちは、ステラさん。」


「うん、こんにちは、千春ちゃん。」


 互いの姿を認めると、二人は嬉しそうに挨拶を交わす。


「それで、今日はどうした?」


「特に何も。ただ単に二人と一緒に遊びたかっただけ。」


「そうかよ。」


 何か矢鱈やたらとコイツの口調くちょう退行たいこうしたんじゃねえだろうか。

 まあ、確かにその切欠きっかけを作ったのが、まぎれもい俺自身だから、今更どうこう言う資格はないんだが。

 それにしても、と思わなくもない。

 それともコイツくらいの歳だと、こんな感じが当たり前なのか。

 普通というものが分からなくなってくる。或いはどちらにしろ、こんな風に違和感を感じてしまうのは俺のエゴなんだろうな。


「まあ、俺が言い出したことだからな。」


 とは言え、そんな千春を俺自身が無下むげにする訳にもいかない。


「やった。ありがとう、お兄ちゃんッ!」


「ただし行き先はお前が決めろよ。俺は東京にはうといんだからよ。

 後それと、お兄ちゃん、って呼び方は止めろ。」


「えッ!?シンヤさんがそうゆう風に呼ばせてたんじゃないのッ?」


「叩き潰すぞ、テメエ。」


「てっきりシンヤさんの性的志向だとばっかり。」


 そんな訳無ェだろうが。


「えー、でもお兄ちゃんは、お兄ちゃんだし・・・。}


「違和感がスゲエんだよ。」


 このまま呼ばせ続けたら、くずし的にそうなっちまうのは目に見えている。

 そしてそのまま、違和感すらも感じなくなったらと思うと寒気が走る。

 なぜなら、


「ううん、やっぱりお兄ちゃんは、お兄ちゃんだよ。」


 もうこのままでも良いんじゃないかと、一方でそう考えてしまっている己が何処どこかに存在しているんじゃねえかと、錯覚しそうになる。

 この違和感が快感に、変貌へんぼうしてしまうんじゃねえかと言う恐怖。

 この心地良い恐怖が、そう呼ばれるたびにざわめきつ。


「素直になれば良い。心の底からがる欲望に、素直になれば良いんだよ。」


「テメエはもう黙ってろッ!」


 とにかく、一刻も早くこの不可解で恐ろしい感覚を振り払うべく。

 悪魔のささやきにまどわされない為にも。

 町へとしたかった。


    ◇1


 一歩、その中に足を踏み入れ、内と外を分かつ境界を越えたその一瞬、ガラリと変容する空気の質を文字通り肌で感じる。

 ここは世田谷せたがや松原まつばらにある青山あおやまのう病院びょういんだった。

 この病院の中に満ちる空気は、先日僕達が入った帝大の附属病院の霊安室とはおもむきにするモノだった。

 死者が作り出す、重く沈んだような空気とはことなる。

 だが精神を病んだ生者が作り出す空気の異質さは、日常のソレとはかけ離れたモノであることに本質的な差異は無い。


「フフ・・・、精神病院の中に充満するこの空気、この雰囲気。

 何ともたまらないねえ。」


 嘲笑ちょうしょうするような、それでいて感嘆かんたんするようなつぶやき。

 普通であれば相反あいはんする感情であるはずなのだが、江戸川という男の前では何ら矛盾することなく両立しる。


「面白がっている所悪いが、さっさと行くぞ。

 今日は他にも予定が詰まっているのでな。」


 そう言って明智先生は、彼の言葉に取り合わず、先へ歩を進める。

 ここをおとずれた目的は1つ。

 4月の上旬の起きた青山の同潤会アパートで発生した殺人事件の、ひいてはここ数カ月の間に起こり続けている猟奇殺人の犯人と思われる人物を、唯一目撃した人間に会って話を聞く為だった。

 これまでは事件を目撃したショックで、長い間目を覚ますことは無かったのだが、ほんの二日程くらい前に、その人物が遂に目を覚ましたとのことだった。

 それ故、先生と僕、そして江戸川の3人で、この病院にて療養りょうようしているその当人へ会うべくここへ来た。


「私の無理を受け入れて下さり、斎藤先生には感謝の言葉もございません。」


「いえいえ、他ならぬ明智さんのお願いとあっては、無下むげに断る訳にはいきませんので。」


 件の病室の前で、斎藤さいとう茂吉もきちというこの病院の院長が、直々に出迎えてくださった。


昨今さっこんは警察もメディアも、患者に対する礼儀がまるでなっていないので、この病院ではそういった方々の、そういう目的での来訪は全て拒否しているんですよ。」


 なる程、そういう事か。目撃者が目覚めたとあれば、そういった人達が動き出さない筈がない。

 にも関わらず、その類の人種の姿が見当たらないのは、その為だったのだろう。


「その点、明智さんが信頼に足るお方である事は、私も十分に承知しております。」


 その中で唯一、明智先生や僕達がこの場に居る事が許されているのも、先生が長年築き上げて来た人脈や人徳があるからこそなのだ。


「それでは皆さん、こちらになります。」


 斎藤先生がその病室の扉を開き、僕達はうながされるままに病室の中へと入る。

 そして部屋の中に居たのは2人。

 1人はベッドの中に座る少女と、その少女に付き添うように、側に置かれた椅子に座る男性。

 事前の下調べで彼らのことは大方把握してある。

 椅子に座っている男性の方が新宮しんぐう耕太郎こうたろう

 帝都内の集合住宅に、三人家族で暮らしていた一家の家長かちょう

 そしてベッドの上で寝かされている少女が彼の一人娘であり、この連続猟奇殺人事件のただ一人の目撃者でもある新宮しんぐう霧江きりえだった。


    ◇5


「ご苦労だった、安藤君。中々の手際の良さだったな。」


「別に僕は、大したことはしてませんよ。

 肝心かんじんかなめは全て、彼がしてくれましたから。」


『そういうことだぜ、あるじ様。』


 スルリと私の腕をつたってて来たソレは、ボタリと、生々(なまなま)しいを音を立ててたたみの上に落ちると、ヌラリとへびの如くに身体を蛇行だこうさせて北先生の下へ向かった。


謙遜けんそんも過ぎれば、嫌味いやみになるぞ。

 こういうときは、素直に礼を受け取っておくものだ。」


 そしてソレは先生の足元で蜷局とぐろくと、バネのようにね、彼の腕へと絡み、しがみ付いた。


『俺のことは労わないのかい、主様よ。』


「お前がってきたモノが見事みごと役立やくだてば、存分にめてやるとも。」


 この式神の軽口は、創造主である北先生相手でも変わることは無いらしい。

 その点についてはある意味、感心する。


「さて、それでは始めようか。」


 そう言って、先生は何やら不可思議な図形を半紙の上にスラスラと描いていく。

 使われている墨汁が、純粋な黒色でないところを見るに、墨の中に何かを混ぜ込んでいるらしい。果たしてそれは何なのか。

 尋ねるのも恐ろしいかった。


「せっかくだ、安藤君も見ていくと良いさ。」


 そこで唐突に、北先生からそんな提案された。


「そんなに早く終わるものなのですか?}


「さあな。

 運が良ければ、ものの数分で見つかるかもしれん。或いは数時間か数日か。

 だが一週間はまず掛からんだろう。」


 運が良くなければ、数時間ここでじっと待っていた挙句に、何の収穫も得られないかもしれないということか。


「おいおい、そんなに呆れたような目で見るなよ。

 対象が何処にいるかなんて、それこそ天の運でしかないんだ。」


「わかりましたよ、お供いたします。今日はこの後に予定などは、特にありませんので。」


「そう来なくてはな。」


 そう言った後、北先生の儀式が終盤に差し掛かる。

 すると半紙に描かれた図形、こういった図を魔法陣とでも言うのか。

 とにかくその魔法陣から一筋の墨汁のみが浮かび上がり動き出す。それは多過ぎた墨汁の水滴すいてきが、重力に従って半紙の下へ向かってれていくかのように。

 そしてその墨汁のしずくは、一つにとどまらず、次から次へとにじがり動き出す。

 その全ては魔法陣の外側へ、半紙のふちへ向かっていた。

 半紙は瞬く間に、無数の放射状に広がる赤黒い線にくされていく。

 そして、その染みが半紙の縁に達し、凝縮ぎょうしゅくした墨汁ぼくじゅうこぼちそうになった瞬間。

 ソレが異形いぎょうへと変貌する。

 ついさっき見たばかりの、いやそれどころか今もなお、北先生の腕に絡み付いている式神とよく似た姿の存在へと変化していった。


「やはり探し物は人海戦術に限る。」


 先生がそんな軽口を言っている間にもソレの数はまたたくく間に増えて行く。

 鼠算ねずみざんと言う言葉すら生易なまやさしく思える速さで。

 はしらつたい、はりを伝い、天井へと消えていくモノ。

 畳の上を這っていたかと思うと、そのまま壁や障子しょうじけていくモノ。

 或いは畳を擦り抜け、下へともぐるモノ、と各々《おのおの》まるでまとまりもくこの部屋から抜け出していった。

 この異様な光景にまるで理解が追い付かず、言葉を失う。

 ただ一つ分かるのは、いずれの異形のヤツも、目的の人間を探すべく方々へ散っていった、ということだ。

 探索たんさくなどという穏便なものとは程遠い。それこそ圧倒的物量による侵略しんりゃくという言葉の方が、どれだけしっくりと来ることだろうか。

 

「さーて、探偵ごっこの始まりだ。」


 そしてただ一人。

 北一輝と言う人物だけが、このおぞましい空間の中で、どこまでも今の状況を心の底から楽しんでいた。

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