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帝国激動 ~Tales of the Crumbling Empire City~  作者: 十条クイナ
第1章 黎明
75/101

第1章の29 機縁

    ◇4


「オイ、女ァッ。一体何してくれてやがんだッ!」


「ご、ごめん、なさい・・・。」


「ごめん、じゃねえだろうがッ!このクソ餓鬼がァッ!」


 一人の男が、その足下に散らばる本の一冊を力任せに踏み付る。


「ちょっとあなたッ、何てことするのよッ!」


 彼女に駆け寄ったワカバが、声をあらげる。


「何だテメェは?

 関係無ェヤツは、すっこんでろよ。」


「関係無くなんかない。

 私はこの子の友達なんだから!」


「そういうことだ。私の友人に手を出そうものならば、」


「それを黙って看過ごす訳にはいかないね。」


私とレオンは奴らの前へと進み出る。

 こういう類の人種は、どこの国にもいるものだ。

 そしてその反応もまるで同じ。


「な、何だよ、テメエら。」


 明らかに己より弱い者や、不利な人間に対しては無駄に威勢が良いところも。

 そのくせ数の利が薄くなっただけで動揺し、声がうわずるところも何もかも。


「今言った通り彼女の。桜花の友人だよ。」


 反吐が出る不快さだ。


「へへ・・・、そうかよ。

 ならテメェらも一緒につぐなう、ってことで良いんだな。」


 そう言って、不愉快なニヤけ面を浮かべ、


「そこの女がいきなり俺達に向かって本をぶつけて来やがったんだよ。」


「違っ、違い、ます。

 私は、ただつまずいただけで・・・。わざじゃ、、」


「うるせェッ!テメェは黙ってろッ!」


 鋭い怒声に、桜花さんはすくがり、身体を震わせている。


「てな訳で、このクソ餓鬼がき所為せいで、俺は大怪我おおけがしちまったんだよ。」


 そう言って大袈裟おおげさに痛がる風をよそおう男の身体には、これといった外傷はまるで見当たらない。

 だがお陰で、何となくの経緯いきさつは把握出来た。

 桜花さんが手伝いをしている最中さなかに、例の如くにドジをんでしまった。

 そこに運悪く、この男達が通り掛かったところで本をぶつけてしまい、こうしてこの者達に因縁いんねんを付けられている今に至る、という事なのだろう。

 正直言えば、きっかけを作ってしまった桜花さんの落度であることに間違いは無いだろうが。


「そんで?ならテメェらがこのクソ餓鬼の代わりに、治療費を払ってくれんだよなァ、毛唐けとうの餓鬼。

 テメェらが言い出したことだぜ、無関係なんかじゃ無え、ってな。」


 だがコイツら今取っている態度や言動は、被害者として取り得るソレの限度を遥かに逸脱いつだつしている。


「成る程な。その落とし前、とでも言うのか。

 それで、何をさせたいんだ?」


 ろくな返答が来ないことは判り切っていたが、取り敢えずで、コイツらが望みを聞いておくことにした。


殊勝しゅしょうだねェ。

 なら先ず、俺が負わされた怪我の治療費を払ってもらおうか。ああ勿論、慰謝料はまた別に請求させてもらうからな。」


 だが返って来た言葉は、私の予想をはるかに下回るモノだった。


「なんせ、こっちは怪我負わされた上に、クソ生意気な態度を取られて精神的苦痛まで受けたからな。

 当然のことだろう、なあ、テメェら?」


「ああ、そうだぜ。その通りだ。」


 取り巻きの男共も、下卑げびた笑い声を上げ、同調する。


「だがまあ、俺達も鬼じゃねえ。どうしても金が無理だってんなら、別の方法でも良いぜ。

 例えば、お前ら女3人を俺達に差し出すとかな。どうだ、随分と慈悲深い提案だろう?」


 そこが我慢の限界だった。

 だが怒りは無い。代わりに沸き上がって来るのは失望と、余りにも残念過ぎるコイツらへの哀れみ。


「ハハッ。どこの国にでもいるんだな。こういった害虫のような輩が。」


 そして最早、一秒すらもこの不快な音を聞きたくないと思った次の瞬間には、既に私は口を開いていた。


「アアッ!?」


 一人の男が、下らない怒声を張り上げる。


「良いだろう。お前らの下衆な愚案に乗ってやるよ。

 まあ、付いて行くの私独りだが、別に問題無いだろう?

 要は慰みモノを一つでも確保出来れば、お前らはソレで、ヤりたいことはヤれるんだからよ。」


 一々何かを考えるのも馬鹿らしくなって来た。

 だったらお望み通り、この蛆虫共に大人しく付いてってやろうじゃないか。それで私を人気の無い所に連れ込んだが、コイツらの最後。

 まとめて全員(はい)かえせば、ソレで綺麗にお終いだ。

 証拠などあくた程も残らない。ただそこには、純粋な炭素のかたまりが落ちているだけのこと。

 コイツらに付いて行くべく、歩を進めた刹那、


「少し、冷静になろうか。こんな者でも、殺しはご法度だ。

 そんなことになれば、君を警察に引き渡さなければならなくなる。」


 突如、後方より割って入って来た何者かに腕を抑えられ、制止させられた。


「何だテメエは、いきなりしゃしゃり出て来やがって、どういうつもりだ?」


「別に、大したことではないよ。

 ただ単に、君が負ったという怪我の具合をに。それで可能ならば手当てをしに来たまでだ。」


 そして破落戸ゴロツキ共へと向き直ったその男は、落ち着いた様子で奴らに対応する。


「テメエは医者か何かかよ?」


「いいや、そんな大層なものでは無いさ。只の軍の末席に身を置く者に過ぎないよ。」


「ッ!?」


 軍。この言葉に破落戸共は明らかな反応を見せた。

 それもそうだ。こと喧嘩において、最も相手取ってはいけない職種の人間だからだ。

 加えて、この男の雰囲気にも随分と余裕がある。

 肩書だけでなく、このような手合いの相手にも慣れているのだろう。


「とは言え、私の職務上、応急処置に関する知識は必須ひっすでね。

 流石に専門的なことまでは分からないが、ある程度の怪我ならばソレに対する手当の心得は持ち合わせている。

 まあ、君の場合は見た限り、私でも十分処置可能そうではあるが。」


「別に、んな必要はねえよ。」


「そうかい。なら、そろそろこのたむろを解散してくれないかな?

 ここは人の往来が多く、周囲の人にも迷惑が掛かってしまうからね。

 それでも続けると言うのならば、怪我人を相手に心苦しくはあるが市井を守る為、君達の前に立ちはだからなければならなくなってしまうが、さてどうする?」


 先程までの奴らの威勢の良さは、すっかり鳴りを潜めている。取り巻きの連中の動揺は、火を見るよりも明らかだ。そしてその中の1人が、奴らの首魁しゅかいの男に何事かを耳打ちをすると、


「・・・今日のところはこんぐらいにしといてやるよ。

 いくぞ、テメエら。」


 そんな捨て台詞を残して立ち去って行った。


    ◇5


「やれやれ・・・、思いのほか話の分かる者達で助かったよ。」


 別にあのまま乱闘へともつんでも、どうにでも出来た。

 だが軍人が一般人に手を出したとなれば、その後の事後処理が色々と面倒になっただろう。

 とは言え、その心配ももうなくなった。であれば、次はこの場の片付けだ。

 周囲に散乱した本を拾い上げていく。

 少々汚れや埃を被ってしまっているが、幸いにもひどい損耗などは無く、普通に読むことが出来る。


「大丈夫だったかい?

 粗方あらかた集めたつもりだが、不足などはないだろうか?」


「い、いえ、大丈夫です。

 あの、兵隊さん。ありがとうございました。」


 へたり込んでいた少女が顔を上げる。


「それは良かった。君にも怪我が無いようで何よりだ。

 立てるかい?」


「・・・はい。」


 ゆっくりと少女の手を引き、支え起こす。


「ありがとうございました。

 兵隊さんがいなかったらと思うと、感謝の言葉もありません。」


 終始、側で彼女を支えていた活発そうな少女も礼をする。


「気にすることはない。市民の平穏な暮らしを守る事も、軍卒の責務だからな。

 君達の役に立てたのならば、それに優る喜びはないよ。それに・・・、」


 私は私で、成すべき事があったのだから。

 そう考えたところで、


「いや済まない。何でも無いよ。」


 言葉をにごす。

 態々(わざわざ)この子らに言う必要も無いことだ。


「それでは、そろそろ私はお暇させてもらうよ。

 今後は気を付けることだ。人口が多ければ、それだけ多様な人間も集まっているのだから。」


    ◇4


私達は静かに去って行く彼の背中を見つめていた。

 その後ろ姿が見えなくなるまで待ち続けるのが、彼に対する敬意である気がしたからだ。

 そうして、彼の影が見えなくなったと同時に、


「はあー。何か凄くかっこいい人だったね。」


 ワカバがそんな感嘆かんたんの声をこぼした。


「しかも名前も告げずに去って行くなんて、おさむらいさんみたい。

 て、そうだッ!」


 ハッ、と気付いた様にワカバは即座に隣に振り向き、


「大丈夫だった?何処か怪我してない?」


 桜花さんの身体を気遣いづかう。


「はい・・・、大丈夫です。

 特に怪我なども、ありませんので。」


 多少服が土埃で汚れてはいるが、その言葉通り怪我は無いようだ。


「よかったー。

 それにしても、全く酷い人達だったよね。」


 安心したかと思った次の間には、ワカバは腹を立てて怒っている。

 私が言えた義理でもないが、相変わらずのいそがしい性格だ。


「まあ、そのお陰と言うのも癪だけど、こうして物部さんと友達になれたのは不幸中の幸いだったのかな。ね、物部さん。」


「は、はいッ!」


 いきなりの呼び掛けに、慌てふためくのも相変わらずだ。

 だが何となく、その声の中には喜びがこもっているような気がした。

 そのあかしにか、


「あの、皆さん。」


 彼女の方から話しかけてきたのだ。


「私は桜花。桜花と申します。

 もし皆さんが差し支えなければ、名前で私のことを呼んで戴ければ幸いです。」


 桜花が私達に見せた、ほんの少しの大きな勇気を振り絞った姿だった。

 ただその勇気に、何とも申し訳ない気持ちになる。

 既に私は、心中で何度も桜花と呼んでしまっており、もう名前で呼んでしまって良いものだと思っていたから。


「うんわかった。ありがとう、桜花ちゃん。」


 幸い、ワカバのその言葉のお陰で、皆の注意はワカバに向いている。

 ならば敢えて水を差すことも無い。

 このまま、しれっと誤魔化してしまえば良い、と。

 私は考えた。


    ※


「暗くなって来たし、そろそろ寮に帰ろうか。」


 あれから桜花と分かれ、本屋町を離れた私達は、別の町へと移動していた。

 だが流石に時間が時間なだけに、すっかり太陽は西の空の向こう側に沈んでしまった。

 夕日の残滓ざんしかすかに残る紫色の空を眺めながら、ワカバが帰宅を提案した。

 反対する理由は無い。だが、


「すまないなワカバ。どうやらさっきの通りで忘れ物をしてしまったみたいだ。」


 拒否する理由が私にはあった。


「そうなの?なら私も一緒に探そうか?」


「いや、その必要は無い。

 レオン、悪いがワカバを連れて先に戻ってくれないか?」


「・・・了解。余り無茶はするなよ。」


 ああ、やはりレオンにはバレバレか。

 多分ワカバも、薄々(うすうす)気が付いてはいるかもしれない。

 とは言え、止める気は全く無い。

 借りは返す。恩であれ、仇であれ、必ず返す。

 キッチリと、後腐れの無いよう徹底的に、返すべき奴らの元へ。


    ◇5


「さっきので本当に大丈夫だったのか?」


『随分と疑うなあ。そりゃ俺のあるじ様を疑うってことと同義どうぎだぜ?』


「別に北先生を疑っている訳では無い。だがあの一瞬で本当に可能だったのかと、不安に思っただけだ。」


『まあ、気持ちは分かるぜ。

 だが安心しな、ちゃんと採取してあるからよ。』


 腕をスルスルと伝い、袖口からニュルリと顔を覗かせたソイツが俺に語り掛ける。

 蛇のようにくねりながら腕を伝う細長い胴体。だがその胴体は、鱗に覆われている訳でも無ければ、体毛に覆われている訳でも無い。

 蝸牛カタツムリ蛞蝓ナメクジを思わせるツルツルと光沢をびた体表。

 そしてその頭部に当たる部分には、本来であればある筈の口も鼻も両眼も存在しない。ただ一つの大きな眼球が、光沢を帯びた胴体と結合しているだけだった。

 まるで視神経がそのまま胴体へと変貌したかのような、およそまともな生物とは程遠い、酷く不気味でおぞましい姿をしたモノだった。


「正直、何度見ても慣れんな。その姿は。」


『んなこと俺に言われてもどうしようもねえよ。

 式神の俺を、この姿に造形したのは主様だ。文句なら主様に言えよ。』


 口が無い癖に、口の悪いヤツだ。

 だがこれで必要なものはそろった。

 いや少し違うか。必要なモノは既に揃っており、本来であれば別に彼女らに接触する必要は特になかった。

 あるにしたことは無いが、士官学校の教官に残されていた呪紋さえ有れば、それで十分だった。だが今日、こうして偶然あの場に居合わせた者と遭遇した。

 ならば取っておかない理由は無い。

 そしてこれらを北先生のもとに届ければ、頼まれた仕事は完了する。

 一刻も早く真相を知りたいが為か。

 或いは、少しでも早くこの冒涜的ぼうとくてきな姿の式神から離れたいが為か。

 夜道を進む足は、次第に速くなっていく。


    ◇0


「なーんか、今一いまひとつ釈然しゃくぜんとしませんね。」


 取り巻きの一人が先頭を行く者に語り掛ける。


「んなもん、今更のことだろう。」


 その言葉に、先頭を歩く集団の首魁と思しき男が適当に答える。


「どんだけ考えた所で、答えなんざ出やしねえよ。」


 彼にとって、別に今日が初めてという訳でも無い。

 とは言え、彼も釈然としない事には変わりは無かった。

 ”本屋町の通りで適当な頃合いで、ごとを起こせ。” 

 それが今日彼らに任された事だった。一体何時までやれば良いのか、どれ程やれば良いのか、などと言った具体的な指示は一切無く、ただその一言のみが彼らに与えられたのだ。


「まあ、恐らくは・・・、つーか十中八九、俺達はえさだったんだろうな。」


「餌、ですか?」


「誰かをおびき寄せる為の、な。」


 その言葉に取り巻きの男達はハッと気付く。


「あの兵隊ですかね。たしか歩三の安藤中尉だったと思います。」


「ああ・・・。」


 その人物については、この男も記憶の片隅にあった。

 時折彼らがもよおす会合で話題に上がる人物であり、何度か接触を試みようという話も持ち上がるぐらいだったからだ。

 であれば、今日起こした騒ぎはソイツをおびき寄せる為なのだろうか、と彼は考えた。

 だが同時に、


「何か、アレだな。」


「何なんすか?」


「それこそ釈然としねェ、ってやつだ、上手くは言えねえがな。」


 それも何かが違う、と言う思いも彼の中にあった。


「だがまあ、こればっか考えてても仕様が無え。他にもやんなきゃならねえことはいくらでもあるんだからよ。

 それで、影峰かげみねの方はどうなってる」


「それが、ここ十数日のところ、何の連絡もありません。」


「チッ・・・、まったくアイツは何してやがんだか。」


 次から次へと増えていく手間と意図の見えない依頼に、彼の中に苛立いらだちがつのる。


「そんじゃ、近い内にアイツの家に行くぞ。何か分かるかもしれねえからな。

 それにあそこには・・・、」


 と、彼がそう言いかけた時だった。

 暗い夜道の真ん中、彼らの往く手に立ちはだかる一つの影があった。


「偶然だな、こんな夜道のど真ん中で。」


「ああ、本っ当に偶然だな。」


 その声で、男はその影の正体を即座に看破する。


「夕方に俺達に突っかかって来た毛唐けとうの女じゃねえか。

 さて、こんな時間にテメエはここで何してんのかねェ?」

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