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帝国激動 ~Tales of the Crumbling Empire City~  作者: 十条クイナ
第1章 黎明
71/101

第1章の25 綻び

「あー・・・、ッたく。一体どうなってやがんだアイツは。」


 空をあおぎながら悪態あくたいを吐く。

 深い青紫あおむらさき色の空。

 日は既に西の空の果てに沈んでしまい、今はかすかに夕焼けの残滓ざんしとどめるだけだ。夜帷よとばりに覆われた天球の一面には、多種多様たしゅたよう好き勝手にきらめく星が浮かび上がる。

 深く、暗く、憎たらしいぐらいに透き通った夜空。

 精魂せいこんの尽きかけた今の俺の心身状態とはまるで正反対だ。


「もー、シンヤさんったらだらしないんだから。

 これくらいでへばってちゃダメだよ。」


「ハア、ハア・・・、うるせえ。少しは休ませろよ。」


 俺とストレルガは適当に見つけた公園に入り、その中にあった長椅子ベンチに座り込んで、俺は体力の回復を図っている、といった有り様だ。


「つーか、お前の体力はどうなってんだよ。」


「別にこれくらい普通だよ?」


 何を当たり前の事聞いてるの、とでも言わんばかりに首を傾げるストレルガ。


「テメエッ!この前の模擬戦の時は、行きの片道だけで死にそうになる程へばってたじゃねえか。

 なのになんで今日は、そんなにピンピンしてんだよ。」


 コイツと寮を出た直後、


とき金也かねなりぜんいそげ、だよ。』


 などとほざいたかと思った次の瞬間、ガッチリと腕をからられ、そのまま街中をり回された。

 その間、一切の休憩も無く、只ひたすら駆けずり回り、そのくせ当の本人は多少息が切れている程度で、まるでケロっとした顔を浮かべていると来たもんだ。


「えー、だって授業と遊びは全然違うじゃん。だからだよ。」


「これっぽっちも理由になってねえよ。」


 何だそのお菓子は別腹、みたいな理屈は。

 そんなクソ理不尽なことがあってたまるか。


「はい、これどうぞ。」


「・・・ありがとよ。」


 ストレルガが持っていた水筒を受け取る。

 その好意がありがたいのは確かなのだが、現状のそもそもの原因がコイツにある事を考えると、素直に喜べない。


「よいしょ、と。」


 そしてストレルガも俺の隣に座る。

 しばらくの間、沈黙が流れる。

 特に何をするでも無く、お互いただ空を見上げているだけの時間。その先に浮かぶのは、鬼火おにびのようにちらつく星々と、ぼんやりと淡い光を放つ青白い月。

 今日も良く晴れて一日だったと振り返る。

 気まずさは無い。

 俺が沈黙を気にしないのと同じように、ストレルガもそういう空気を気にしたりしないのだろう。ただ何も言わずに空を眺めて、俺の体力が戻るのを待ってくれている。

 だったら俺も、遠慮無くその配慮に甘えるだけだ。そう思い、手にした水筒をあおって喉の渇きを癒す。

 そうした束の間の心地良いの静寂の最中さなか


「”あまはら れば、春日かすがなる 

 三笠みかさやまに いでつきかも。”」


 不意に隣からそんな歌が聞こえた。

 当然俺が歌ったのではない。

 ならば、と周囲に目を配るが、この場にいるのは俺と隣のコイツだけだった。だとしたら残された可能性としては一つしかない。


阿倍あべの仲麻呂なかまろ、だったか?」


「うん、正解。」


 やはり。

 だがそして驚くべきことに、その歌はストレルガが歌ったものだった。


「そんな歌よく知ってんな。」


 中々に博識な奴だと素直に感心する。


「こっちに来る前に、これでもかってくらい勉強したから。

 それに、何となく今の私に合った歌かなー、って。」


「故郷が恋しくなるには、ちと早くねえか?」


「うーん、そういう訳じゃないけど。

 いや・・・、やっぱりそうなのかもしれない。」


 そう言うとストレルガは再び夜空を見上げる。

 学校が終わってからここに来るまでとは打って変わって、今は随分と大人しい。


「なあ、一つ聞いても良いか。」


「なに?」


「どうして今日、俺に付いて来た?」


 まあ、ほとんど連れ回される結果となった訳だが、始まりはコイツが俺に付いて来たことからだ。

 それに今日だけじゃねえ。

 あの日以降、こうしてちょくちょく俺の後を付け回している。


「お前が言っていた魔女はしつこい、ってのも確かに理由の一つなんだろうが、それだけじゃねえだろう?」


「へえー。

 それはシンヤさんお得意の読心術かな?」


「使うまでもねえよ。そんぐらいは流石に察しが付く。」


「・・・。」


「それに全くの赤の他人ならともかく、知ってる人間相手に不義理ふぎりを働くような真似はしたくねえ。

 ・・・て、何だよその顔は。」


 思いがけないものでも見たかのように、目を丸くして俺を凝視するストレルガ。そしてその直後に、


「あはははーッ。」


 盛大な笑い声が公園中に響き渡った。


「あははッ。ご、ごめん・・・。笑う、つもりは、無かったんだけど・・・、くくッ。」


「そんな変な事を言ったつもりは無えぞ。」


「だからごめん、って。」


 目尻を指で拭うと、ようやく笑うのを止めた。そして、


「ただ、なんだかんだで優しいな、って思って。」


 そんな戯言ざれごとを言った。


「それじゃあ、教えてあげる。

 私がシンヤさんに付いて回ったのは、さっき挙げた理由ってのもあるけど、お礼をする為でもあったんだ。」


「礼?何のだよ。」


 何を言うかと思えば、また訳の分からないことを。

 別にコイツから感謝される様な真似などした覚えは無い。


「"ゆめを ばく餌食ばくのすからに、

 こころれし あけぼのそら。"」


 ドクン、と。

 ストレルガがその歌をんだ瞬間、心臓が一際強く鼓動する。

 周りにも聞こえたんじゃねえかと、錯覚さっかくしそうになる程に。


「当然シンヤさんも知ってるよね?

 だってシンヤさんが、あの時の魔術の起動きどう詠唱えいしょうにしていた歌だもん。」


 ドクン、ドクン。

 鼓動が更に速く、強くなる。


「そして当然、この歌の意味も、ね?」


「ああ、勿論もちろんな。だがそれがどうした?」


「普通魔術はさ、起こしたい効果と関係の無い言葉は使わないよね。

 当然、魔術だけじゃない。

 神に捧げるミサだって、日常生活の中の挨拶だってそう。」


 言葉は願いとなり、願いは意志となる。

 そして確固たる意志は力となる。

 言葉には力が宿る。国や地域によって言葉や、それを信仰する度合どあいにはそれぞれ強さあるが、根本にある思想そのものは、古今東西ここんとうざい普遍ふへんの概念だ。


「まして、言霊信仰なんて言葉がある日本の魔術士が、そんな基本をたがえる筈が無い。」


「・・・。」


「であれば、シンヤさんがハイジちゃんに使った魔術ってのは一体何だのかな、ってさ。

 これまでは、その真意をはかりかねいたのもあって、後をつけ回してたんだけど・・・。

 さっきのシンヤさんの言葉を聞いて確信したんだよ。」


 そう言って俺に向けた目は真っ直ぐで、眩しくて、自信に溢れていて。

 まるで人を疑うことを知らない幼子おさなごの純真さを思わせるような輝きに満ちていた。


「くくく・・・、クハハ。」


 ああ、すげえな。


「あーッハッハッハッハッ!!」


 本当にスゲエよ。

 ここまで笑わせられたのは、本当に久方ひさかたりだ。


「ストレルガ。お前魔術師よりも、小説家とか絵本作家の方が向いてんじゃねえか?」


 どうしてそこまで人の善意を信じられる?

 会ってからまだ1カ月も経っていない赤の他人を。それもほんの数日前に、コイツ自身をあれだけ容赦無く叩き潰した張本人をよ。


「どこからそんな御目出度おめでたい発想が出て来るんだ?

 ああ、いや、大したもんだぜ。見当違いもここまで来ると逆に感動すら覚えちまいそうだ。」


 俺がアイツの為に、何かをしただと?


「そうだな。もし仮にお前が言った、眩暈がするような妄想通りの陳腐な展開だったんなら、さぞそりゃ素晴らしい世の中だったんだろうなァ。

 誰も傷つかない、誰かが貧乏クジを引くことも無い。

 皆一緒に幸せ、目出度めでたし目出度し、てな。」


 そんな訳が無えだろうが。


「だけどなあ、ここは映画キネマ物語メルヘンの中じゃねェ、現実の世界だ。

 感動ものの奇跡(クリシェ)も無ければ、万人が認める大団円の魔法デウス・エクス・マキナなんてもんも無え。

 只々、在るがままの現実がそこに存在するだけだ。

 皆の英雄ヒーローもご都合主義も無い、そのくせ人間の力程度じゃどうしようにもままならない理不尽で残酷な現実がな。」


 俺は、俺がやりたいようにやっただけのこと。

 誰かの為なんかじゃあ、断じてねェ。

 あの女を俺が助けようとした?

 何とも滑稽で、下らない勘違いだ。


「つーかそもそも俺の詠唱が、だったっけか?

 ああそうだな、確かに言霊ってのは魔術においての基本中の基本だ。

 だがそれがどうした。行使する魔術に沿った呪文でなけりゃ、魔術を使えねえ訳でもねえだろうが。

 それこそ俺みてェな性根の腐った野郎なら、真逆の意味を込めて皮肉を詠うことなんざ、ザラにある。」


 結局は全部、コイツのお花畑の中で勝手に都合良く想像(つく)られた幻想シナリオだ。

 そんで、クズみてえな俺を憐れんで見下す為に。

 そんなクズみてえ俺に、同情してあげている自分にれ、えつる為に。

 その為に、こんな出鱈目でたらねな作り話をしたんだろうなあ、コイツは。


「わかったかよ、これが真相だ。

 俺が無抵抗の女をってたかって、更には卑劣な手を使ってまでしていじめていた、っつーだけの。取るに足らない些末さまつだった、ってだけの話だ。

 そんで所詮世の中なんてのは、掃いて捨てる程いる下らねえ奴らが、下らねえ事を起こすだけの世界なんだよ。今も、昔も、そしてこれから先もずっとな。

 良かったなあ、イイ社会勉強になってよ。これから先どうやって行けば上手く生きていけるか、これでお前もちったー分かってきたんじゃねえか?」


 肩が上下に動いていたことで、ようやく気が付く。

 いつの間にか息が上がっていたことに。

 どうやら話すことに思いの外、熱が入っていたらしい。

 だが最早どうでも良い。ここまで言えば、コイツの御目出度おめでたい勘違いも、同情も、哀れみも、期待も、優しさも何もかもが綺麗サッパリ消え去るんだから。

 そんで他人に期待する善意なんてモノが、どんだけ虚しく、どんだけ馬鹿馬鹿しい事か、ってのを嫌でも理解出来た筈だ。


「ねえ、深夜シンヤさん。一つ良いですか?」


 それなのに。


「今日はまた、随分と饒舌じょうぜつでしたね。」


 それなのに、どうして。

 どうしてコイツは、いまだにその目を俺に向けていられるんだ。


「アハハ・・・、初めて見ましたよ。

 思いの外、結構熱い人なんですね。

 こう言っては深夜さんに失礼かもしれませんが、もっと冷めた人だと思っていました。」


 それは幼子の純粋無垢なひとみのようで。

 小悪魔めいた少女の悪戯っぽいのようで。

 そして全てを受け入れて包み込む母の優しげなまなこを思わせる。

 強靭きょうじんらぐことの無い、何処どこまでも真っ直ぐなストレルガの目が、俺をらえてはなさなかった。

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