第1章の23 変化
「あー、終わった、終わった。」
「帰りに何処かに寄って行こうよ。」
「さんせーい。
この前に美味しそうな洋菓子店を見つけたんだ。
私そこに行ってみたい。」
「じゃあ、そこで決定ね。」
今日の授業が全て終わると、放課を告げる時報鈴が鳴り響く。
そんな他愛も無い会話を交え、教室を出て行く女子生徒達を尻目に、俺も帰りの支度に取り掛かる。
入学から数週間が経過した。
当初は、互いに計り兼ねていた距離間も、ある程度は知れるようになると、先の女子達の様に、教室内にも幾つかの仲の良い者同士の集まりが形成されていた。
「俺達もどっか遊びに行こうぜ。」
「おい、それ昨日も一昨日も言ってただろ。
今日は大人しく帰って勉強する日だ。」
「チッ。真面目なヤツ。わーったよ、大人しく帰れば良いんだろ、帰れば。」
そう言って、男子達の集まりもまた、ぞろぞろと教室を出て行く。
そして俺はというと・・・。
「おい、」
「ヒィッ!? な、何・・・、柊君?」
偶々近くにいた女子に声を掛けてみただけなのだが、引き攣った表情と共に首を絞められた雉の様な悲鳴を上げた。
「わ、私・・・、これから、よ、用事があるの。」
そいつは、こっちが何も聞いてないのに勝手に喋り出した挙句に、
「それで、い、急いで帰らなきゃだからッ。
じゃ、じゃあねッ!!」
そのまま脱兎の如くに、教室から飛び出して行った。
まだ室内に残っていた数人も、そそくさと帰り支度を整え、逃げ出すかの様に教室を出て行く。
その間、誰一人として頑なに俺と目線が合わせようとはしかった。
「・・・何だってんだよ。」
とまあ・・・、こんな具合に俺は教室内で完璧に浮いた存在となってしまっていた。
不本意だが、原因は分かっている。
数日前の模擬戦で、アーデルハイトを完膚無きまでに叩きのめして以来、周囲の俺を見る目が激変した。
加えそれ以降、鬼畜だの、外道だの、卑怯者だのと言った不名誉な陰口を囁かれるようにもなってしまった。
まあ、別に寂しいだとか、悲しいだとかは、微塵も思ってないから良いんだが。
ただ、鬼畜だの外道だのは百歩譲って認めるとしても、卑怯者と言われるのは流石に違うだろうよ。
「なあ、若葉。
俺、卑怯な手は使ってねえよな?
ちゃんと予め定められたルールの範囲内で戦ってたんだからよ。」
「あー、うん・・・、そうだねー。」
何とも気の無い返事だ。
心ここに在らず、では無いな。
ここには有るが、心底どうでも良いと思ってる類の生返事だ。
「ごめんね深夜。これからハイジちゃんのお見舞いに行くから。
深夜も一緒に来る?」
「ハッ、冗談。」
「そう?
それじゃあ私は先に行くね。」
それだけを告げ、若葉もさっさと出て行ってしまった。
今度こそ俺独りとなった教室。
その静寂に包まれた室内に、校舎の外から聞こえる楽し気な声が虚しく反響する。
窓から見下ろす外の眺めは、連れ添って歩く奴ら姿がイヤでも目に付く。
別に・・・、別に寂しくなんか無い。
元々、誰かから声を掛けられる事自体が、俺には少なかった。
それが更に減ったところで、今更どうとも思わない。
四や三が、一になったところで体感じゃそんな変化に気付かないのと同じだ。
それに、全くの皆無となった訳じゃ無いしな。
「見つけた、見つけた。
ハハッ、マジでボッチじゃねーの。」
ガラッと音を立てて開いた戸から、見知らぬ数人の男子がズカズカと教室に入って来る。
「ちょっとツラ貸して貰うぜ、深夜ちゃんよお。」
ホラな。
こうして向こうから声を掛けてくれるヤツらも、まだちゃんといるんだよ。
※
「この前の模擬戦で、クソ汚え手ェ使って女の子を苛めたんだって?
ハッ・・・、カッコイイねえ、お華族様はよォ。」
「・・・。」
大人しくソイツらに付いて行った行き先は、どこぞの路地裏だった。
狭い学校の敷地内で、教師陣に見つかるのが不安だったらしい。
「なあ、その実戦での戦い方、ってヤツを俺達にも教えてくれよ。
相手を徹底的に辱める、って上ではさぞかし役に立つんだろうぜ。
なんせあの卑怯者の柊様の戦法だ。」
やはりどいつも、まるで見覚えの無い面子ばかりだ。
おそらくは他教室のヤツか、他学年のヤツか。
まあ、そのへんは別にどうでも良い。
あの時の模擬戦が、俺への嫉妬と憂さ晴らしの絶好の口実となって以来、こうして絡んでくる奴等が、ここ最近で急に増えた。
どれもこれもが、ニヤニヤと不愉快な笑いを浮かべている。
今日は首魁らしき奴を含めて6人か。
随分と健気な奴だ。
わざわざ暇な人間5人も集めて来たんだからよ。
「その労力を、もっと別のことに使った方が余程有意義だったろうに。」
やれやれ、と溜め息が漏れる。
「おい、調子乗んなよテメェ。」
先の、人を小馬鹿にしたような口調から一転、怒気に満ちた語気へと変わる。
人を散々煽っておいて、一回煽り返されただけでこの様とは、何とも分かり易い野郎だ。
「この状況が見えねェ訳でもねえだろうが。」
「・・・実践の訓練だったんじゃねえのか?」
「ああ、そうだぜ・・・、その通りだ。」
その言葉を合図に取り巻きの5人も身構える。
と言うか、既に詠唱に入っている奴もいた。
「実戦じゃあ、模擬戦みてェに同数で闘うとは限らねえだろ?
だから今日は多対一の練習、って訳だ。」
「6対1と言うのは、流石に戦力が偏り過ぎてんじゃねえのか?」
「こっちは僕ちゃん1人だけなんですー、なんて泣き言が実際の戦場で通じると思うか?
それに抑々、そんな状況に陥るような原因を作ったヤツの自業自得、っつーもんだろうが。」
成る程。言ってるヤツは兎も角、確かに一理ある言葉だな。
そして中々に耳に痛い言葉だ。
「つー訳で、6人相手にせいぜい頑張って足掻いてみろや。
それとも這い蹲って許しでも乞うてみるか?
そうすりゃ万に一つ、俺達の気が変わるかも・・・、うぎゃあッ!!」
だがソイツが何か言い終わる前に、背後からの一撃によって勢い良く吹き飛ばされる。
「ゲホッ、ゲホッ・・・、な、なんでお前がッ!?」
突然の、味方だと思っていたヤツからの不意打ちを喰らった訳だが、
「なあお前・・・、何か勘違いしてねぇか。
いつ俺が1の方だなんて言ったよ?」
「は?」
ポカンと、何とも間抜けな呆けた面だ。
自分の置かれた状況に未だ理解が追いついていないらしい。
「仕方ねえ。おい、お前らこっちに来いよ。」
俺の言葉を合図に、ソイツの取り巻きだった筈の5人は、俺の後ろ整然と並ぶ。
ソレを見た瞬間、サッと顔が青ざめていく。
ソレと同時に、漸く自らの現状を把握したようだ。
「ひ、卑怯だぞッ!?」
何を言うかと思えば、何を今更。
「そりゃ、お前らが一番良く知ってたことだろうが。」
今まで散々、好き勝手に陰口を叩いておいて、今更何を言ってやがる。
「ヒッ、ヒィッ!!
ウ、ウワァァァァーッ!!」
一目散に、慌てふためき逃げ去って行く。
ついさっき教室で見たそのまんまだが・・・、あっちの方がまだ可愛げがあってマシだったな。
「さて、残ったコイツらはどうしようか?」
一人ずつ丁寧にボコってもいいんだが、それはそれでかなり面倒だ。
「テメエ等はあと一時間はここで突っ立ってな。
そしたら後は勝手に好きにしろ。」
だからコイツらは、ここに放置しておくにする。
「「「「「はい、かしこまりました。」」」」」
全く同じような虚ろな目をした5人が、全く同じ瞬間で返事をする。
全く同じ姿勢で微動だにしない5人が、横一列に並ぶ光景は中々にシュールだ。
とは言え取り敢えず、5体オブジェを作ってコイツへの制裁は終わりだ。
後は、
「おい、ストレルガ。
良い加減出て来い、そこに隠れてんのはとっくにバレてんだよ。」
「アッハッハー、流石シンヤさん。
相変わらず勘が鋭いねえ。」
そう言って路地の建物の影から、ひょっこりとストレルガが顔を出した。
※
「つーか、お前はここで何してんだ。
アーデルハイトの方にいなくて良いのかよ。」
その件のアーデルハイトは、一週間の謹慎をくらっていた。
模擬戦の外で、暴力を振るったことによる処分だ。
とは言えこれは、アイツを療養させるという担任の配慮でもあったらしい。
大勢が見ている前だったから、何らかの罰則を与えないと流石に示しが付かない、との事情で謹慎ということにしたらしいがな。
「んー、あー、そうだねー。
でもまあ、ハイジの方にはレオンとワカバちゃんがいるから大丈夫でしょ?」
何故そこで疑問形なんだ。
「ねー、それよりもどっか遊びに行こうよ。」
コイツもまた数少ない例外の1人だ。
あの模擬戦の前後で変わることなく、こうやって接して来る。
いや寧ろ、あの闘い以降、更にぐいぐい来るようになった。
「なんでわざわざ俺を誘うんだよ。
遊びに行くなら、それこそ俺と行くよりも教室の女子と一緒に行った方がよっぽど楽しいだろうが。」
自分で言ってて、哀しくなる台詞だが、事実なので仕様が無い。
「えー、だって私が一緒に行きたいのは、シンヤさんなの。
シンヤさんじゃなきゃ、私・・・、ダメなんだもん。」
「ああそうかよ。そりゃ光栄なこった。」
その甘えるような口調、悪戯っぽく小悪魔的で、ソレでいて同情を誘う小動物的な可愛らしい表情。
何とも男のツボを押さえた言い方だ。
教室の他の男子が聞けば、一発で勘違いしてしまうだろうな。
だが残念ながら、ストレルガの言葉の中には男子らが期待するような可愛らしい感情は、一切含まれていない。
「それに魔女はね、とっても向上心と嫉妬心に溢れてるんだよ。
特にも自分よりも上だと思った人には、その存在を抹消してでも、その人よりも上に行こうと努力をするの。
どこぞの白い姫に、毒を盛った林檎を渡すくらいには、ね。」
笑顔のままで、サラッと物騒なことを言いやがる。
「てーと、つまり何だ?
この俺に負けたのが悔しくて悔しくて堪らねえ、って訳か。
なら、仕方ねえな。」
「あハー、成程ねえ。
そりゃ友達も出来ず、教室で孤立する訳だよねぇ。」
「あッ?」
「あれれー?
図星突かれて怒っちゃいましたー?」
「誰が。つーか別に独りじゃねえ。
ちゃんとコイツらみてえに、話しかけてくる奴等もちゃんといるしな。」
そう言って、後ろで直立不動の5人を指す。
「・・・。」
おい、何でそこで無表情になる。
「あの、シンヤさん。
なんか、その・・・、ごめんなさい。」
「ちょっと待てや、なんでそこで謝る。
洒落に決まってんだろうが。」
その可哀想なモノでも見るような目をやめろ。
「もう、身の上の事で弄るの辞めますので、どうか一緒に遊びに行きませんか。」
畏んな。
敬語になんな。
「・・・分かったよ、俺も言い過ぎた。」
このまま行くと、本気で寂しいヤツなんじゃねえかと、錯覚してしまいそうだった。
いや、本当に寂しくなんか無いんだからな。
「やったあッ!!
流石シンヤさん、やっさしー。」
パッと明るい笑顔に転じると、仔犬のように飛び跳ねながら纏わり付いてくる。
「鬱陶しいから、纏わり付くな。
それで? 何処に行きたいんだ?」
「神田とか、京橋とかの方かな。
シンヤさんもハイジとは、鉢合わせしたくないでしょ?」
「何だ、アイツもどっか行ってんのか。」
「うん。 何だかんだ元気にはなってるよ。
それで今日は、レオンとワカバちゃんの3人で遊びに行くんだって。」
「へえ・・・。」
それで若葉は急いでいたのか。
「了解。行き先はお前に任せるわ。」
確かに今あいつら出会わすのは、ごめんだからな。
ストレルガがそれを気遣ってくれるのなら、俺としても拒否する理由は無い。
「うん、任せてね。
それじゃあ、しゅっぱつー。」
そうして何とも奇妙な組み合わせで、俺達は放課後の街へ繰り出すことになった。




