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帝国激動 ~Tales of the Crumbling Empire City~  作者: 十条クイナ
第1章 黎明
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第1章の21 胡蝶

「グッ、アアァァァァァァァァーッ!?」


胎児が自らの手足で、容赦無く産道をこじ開け、這い上がって来るかのような激痛が全身を蝕む。

腕、頭部、身体、そして足と。

やがてソレは、再び私の前に姿を現した。


「大袈裟に喚くなよ。

痛みなんざ無えだろうが。」


「な、に・・・ッ!?」


 その一言で、ハッと我に返る。

 気が付けば、既に痛みは無くなっていた。

 全身の神経の一本たりとも余さず、擂鉢すりばちで同時につぶされたかのような、強烈な激痛が、だ。

 否、その言葉通り、痛みなど初めから存在していなかったのかもしれない。

 当然、腹部には一切の傷や出血などは無く、文字通り、夢幻ゆめまぼろしたぐいでも見させられていたのかのような感覚だった。

だが私の中から這い出したソレは、依然として私の前に立ちはだかっている。


「これが噂に聞く吸血鬼ってやつか。

もっとこう、お高い御貴族おきぞく的な形を想像してたんだが、コレじゃまさに化物だな。」


「どうしてッ!

どうしてッ、ソレがここにッ!」


ナハツェーラーが。

あの悪夢の中にいたものが、寸分違わぬ姿で現実そこにいた。


「そりゃ、お前のなかから現実こっち側に引っ張り込んだからな。」


何を当たり前のことを、とでも言うように、肩を竦めるシンヤ。

それが意味する事は即ち、悪夢はまだ終わってなどいなかった、ということだった。

 

「ああ、心配すんな。所詮これは実体の無い幻影みたいなもんだ。

同然だろ? 記憶や想像に実体を持たせるなんて、そんな考えたモン勝ちの魔術なんざ存在する訳が無え。」


ユラリと。

ナハツェーラーは動き出す。


「とは言え、実体が無えからこそやれる事もあるけどな。」


夢の中でみたままの、緩慢かんまんうつな所作。

そしてその次の瞬間には私の目の前まで迫り寄せ、その朽ちた腕を私へ伸ばす。


「クッ!」


 咄嗟とっさに横へ身を投げ出し、その腕をかわす。

 平時の動作もままならない心身状態では、受け身など取れるはずも無く、勢いのままに地面を転がる。

 しかし、ほんの僅か。

 ほんの微かに、ヤツの指先が私を掠めたていた。

 傷も痣も、痛みも無い。

 それどころか、その触れられた感触すら存在しなかった。

 だがそれでも、ナハツェーラーの手が私の身体を掠めていたのは疑いようの無い事実だった。

 何故ならば、その指が掠めた刹那、私の中にあったモノが奪われていたからだ。

 或いは削り取られた、とでも表現するべきなのか。

 夢の中と全く同じ。

 失ったのは記憶か、思考か・・・、精神そのものか、或いはその全てか。

 それが掠め通った後に残されたのは、私の中から何かが欠落し、そこにポッカリと空虚な孔が開いたかのような感覚。

 そして得体の知れない攻撃への恐怖心だけだった。

 もし・・・、


「実体の無いものに対しては、こっちも実体の無い存在を使うのが一番効率が良い。」


 もし、このままアレに撫でられ続けたら。

 奪い取られ続けたら・・・。

 脳裏に浮かぶおぞましい想像に、ゾッと背筋が凍る。

 自我の一切が残らない、肉人形へと成り果てるのか。

 私という人格が抹消され、全く別の人間へと上書きをされてしまうのか。

 或いは、別のもっと恐ろしい結果となるのか。


「・・・ッ!」


 答えは不明。

 しかしいずれせよ、ろくな結末にならない事だけは確かだった。


「ふざ、けるなアァァァァーッ!!」


全身全霊を込めて炎を練り上げる。

例え身体の自由が効かずとも、どれ程不恰好な炎であろうとも。

ヤツらを焼き払えるだけの力を持った武器ほのおを生み出す。


「無駄な抵抗、とは言わねぇよ。」


 シンヤは、迫り来る火炎を煙を払うかの如くに、霧散させていく。


「お前が心身の感覚を取り戻せば、その瞬間、今度は逆に俺が詰まされるからな。

そしてソレは、そう先の長い話じゃ無え。」


掻き消されていく端から即座に炎を生み出し、絶え間無く攻撃を畳み掛けていく。

同然、シンヤも私の攻撃を退しりぞけ、或いはかわして、そのことごとくをいなしていく。

だがそれでも構わない。


「ああ、そうだ・・・、お前は正しいよ。

 おそらくは、ソレが現状でる最善の選択肢だろうな。」


 ヤツらを接近させない事が、今この瞬間で最も優先すべきことだからだ。

 そう結論付けたその刹那、


「だがお前の敵は、俺やコイツだけじゃ無えぞ。」


 強烈な一撃が、私に襲いかかった。

 背後からの全くの埒外の不意打ちだった為、一切の回避も防御も取ることが出来なかった。


「傷を負ったから?

気を失ったから?

おっんじまったから動けない?」


「ガハッ、ゲホッ!」


「だからどうした?

 そんなモンはな、戦い止める理由には成りゃしねェんだよ。」


 

 私の背後に立つ者を確認すると同時に、驚愕する。

 そこに立っていたのはワカバだった。

 そう・・・、即ち私に不意打ちを仕掛けたのはシンヤでもヤツの幻影でもなく、私が倒した筈のワカバだった。


「他人を操るってのは、同然ソイツも操られまいと抵抗するから本来なら結構面倒なんだが、その抵抗する意思さえ無ければ、その限りじゃねえ。

例えば、誰かさんのお陰で気を失って意識が無かったりとかな。」


 虚ろ気な表情。

 その瞳は暗く、およそ意思らしい意思を感じさせる光は失われていた。


「貴様は・・・、貴様は、どこまでッ!」


「若葉、アーデルハイトを抑えつけろ。」


「・・・。」


無言で頷くワカバ。

ソレと同時にジャラリと、ワカバの袖口から数本の鎖や鉄線が滑り出る。


如意黄禁鞭にょいこうきんべん枷蛇かだまい。」


突如、袖口から垂れ下がる鎖や鉄線が、まるで意思を持ったかのように動き出す。

 そしてそれらが一斉にこちらへ押し寄せると、瞬く間に私の身体に纏わり付き、締め上げた。


「若葉の魔術の根幹にあるのは、五行における金気だ。お前に見せた剣術も、所詮はその枝葉でしかない。

 まあ、武士道だか何だか知らんが、結局お前との一騎打ちでは使わなかったけどな。」


絡み付く縛鎖は、今度はその先端から地面へと潜り込んでいった。

それに引き摺り込まれる形で、私の身体も術無すべなく地面に引き摺り倒され、縫い止められた。


「うぅ・・・。」


 身動きを取ることはおろか、声を出すことさえも儘為ままない。


「お前を停止させる、ってのも中々に皮肉が効いていて面白いだろう?」


 そして何よりも問題だったのが、その締め付ける力だった。

 現状はともかく万全の心身状態であっても、果たしてこのいましめを破れるかどうか定かでは無い。

 それほどまでにワカバの束縛は強力だった。


「これで終いだ。」


 ナハツェーラーが、ゆっくりとこちらへ向かってくる。


「安心しろ、死にはしねえからよ。

 それにものの数秒で終わる。

 邯鄲の夢の如くにな。」


 詰み。

 この言葉が脳裏に浮かぶ。

 最早どうすることも出来ない。

 一切の打つ手が尽き果てた。

 そして恐怖心すらも、私の中からは枯れ果てていた。


「クッ・・・!」


 頬を伝う一筋の雫。

 恐れは無い。だがそれでも感情は抑えることは出来ない。

 只々、悔しかった。

 シンヤか、それとも無力な己自身に対する憤りか。

 繁雑に入り組み、向ける矛先も分からない悔しさが頬を伝って溢れだすのだ。

 そして視界の端に、緩慢に動くナハツェーラーの姿が入り込む。

私は強く目を閉じた。

 こんな事に何の意味も無いことは知っている。

 だがそれでも、これはせめてもの抵抗の意思。

 私に取れる唯一の抵抗だった。

 そうして何も見えなくなった闇の中、


「”見し夢を 獏の餌食と 為すからに、

心も晴れし 曙の空。”」


 聞き覚えのある歌が聞こえた。

 悪夢の中へと堕ちる間際に聞いたあの歌だった。


    ◇


「それで?

 いったいこれは何の真似だ、レオンハルト。」


 突如として駆け出したレオンハルトが、アーデルハイトと俺の幻影の間に割って入って来た。


「仮にも決闘の形式行われているこの模擬戦に、横槍を入れようってんじゃねェだろうな?」


「いいや、そのつもりは全く無いよ。」


「なら何だ。まさかそこでつくばるアーデルハイトと一緒に、仲良くこの化物の餌になりに来たのか。」


 アーデルハイトを庇うようにして立つレオンハルトは、当然化物の幻影と真っ向から向かい合う形となる。

 その毅然とした表情は崩れること無く俺を見据え続けるが、それでも微かに身体は震えいる。

 必死で恐怖心を抑え込みながら、やっとの思いで立ちはだかっているのだということは一目瞭然だった。

 やはりレオンハルトにとっても、この化物は恐怖の象徴であるようだ。


「それも違う。

 単に僕は模擬戦が終わったから、こうしてハイジの介抱に来たと言うだけのことさ。」


「そいつはおかしな話だな。

 この試合の決着が付くのは、どちらかが戦闘の続行が不可能になるか、負けを認めた時だ。

 だがソイツは、まだ負けを認めてはいねえし、戦闘不能にもなってねェ。」


 まあ・・・、もうコイツは抜け出せやしねえだろうがな。


「なら、まだ模擬戦は継続中だ。」


「君が挙げたのが、終了条件の全てではないだろう?

 制限時間の満了も、終了の条件の筈だ。

 でなければ、初めから制限時間を定めたりしないだろうからね。」


「・・・チッ。」


 分かってはいたが、流石に時間をかけ過ぎたようだ。


「むしろこのまま続けていたら、危ないのは君の方だよ。」


「へえ・・・。」


 まあ、そうだろうな。

 レオンハルトが割り込んでくる前だったら、気が付かなかった、で誤魔化すことも出来ただろう。

 だが、こうして目の前で懇切丁寧に説明されたら、その言い訳は使えなくなる。

 担任の椿も、今はまだ口を挟んでは来てはいないが、キッチリと魔力を練り上げているのは気配で感じ取ることは出来る。

 下手な真似をすれば、力ずくで止めに入るのは明白だ。


「そこのお嬢様と違って、随分と賢しいん(クレバー)だな。」


 それを弁えた上でレオンハルトは、時間終了タイムアップと同時に飛び込んできた。

 いや、下手すれば刻限の多少前に出て来て、その上で時間稼ぎも兼ねた講釈を垂れたのかもしれないが。

 真相は分からない。


「了解、了解。

 ならこの試合は決着付かず。双方引き分けって訳だ。」

 

 だがそれも最早後の祭り。

 既に制限時間が過ぎてしまっている。

 両手を挙げ、戦闘の意思が無いことを示すと共に、魔術を停止させる。

 それと同時に若葉は、糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちようとする。

 その身体を受け止め、


「お前ももう消えて良いぜ。」


俺の幻影(ナハツェーラー)を撤退させる。

 その言葉で幻影は煙の如くに霧散し、跡形も無く消え去った。


「これで満足か?」


「ああ・・・。ありがとう、シンヤ。」


 終始強張(こわば)っていたレオンハルトの身体だったが、幻影が消えると共にその緊張がほぐれていく。

 レオンハルトはすぐに背後で拘束されているアーデルハイトの解放と、いまだ気を失ったままのストレルガの介抱に向かった。


「おい・・・、おい・・・。」


「う、う・・・ん。」


 そしてこちらもようやく若葉が目を覚ます。


「大丈夫・・・、な訳は無えだろうが、具合はどうだ?」


「・・・深夜に撃たれた所が、すっごく痛い。」


「あれは仕方ねえだろうが。」


「えー、撃った本人がそれを言っちゃう?

 まったくもう・・・、傷が残ったら責任取ってよね。」


 冗談を言える程度には、余裕はあるらしい。

 それに被弾したとはいえ、若葉もその時は魔力で身体の強度を高めていた。

 多少の怪我はしているだろうが、重傷にまでは至ってない筈だ。


「それで、結果はどうだったの?」


「勝敗付かず。時間切れの引き分けだ。」

 

「そう・・・、あーあ残念。」


「・・・悪かったな。

 怪我人に鞭打ってまで戦わせたってのによ。」


「ううん、気にしないで。

 それにいざとなったら私の身体を使って、って言ったのは私のほうなんだから。」


 己とアーデルハイトとの間に力の差があることは、若葉自身も模擬戦の始まる前からある程度は分かっていた。

 真正面から勝負をしかけても勝ち目は薄い。

 だがヤツの気が若葉から逸れた瞬間ならば。

 或いはそうでなくとも反撃の糸口を掴む為に、と。

 結果として、若葉の策は功を奏することとなった。


「つーか、そろそろ自分の足で立ってくんねえか。

 腕が結構きつくなって来たんだが。」


「ひっどーい。

 私の体重、同年代の子と比べてもかなり軽い方なんだからね。」


「良いから早よ立てや。

 どんだけ軽かろうが、人間一人を支えてることに変わりは無えんだよ。」


「はいはい、わかりましたよ。」


 渋々と言った具合に、若葉は立ち上がる。


「それで、ハイジちゃんとステラちゃん・・・、大丈夫かな。」


「さぁな。」


 むこうではレオンハルトと数人の生徒が2人の介抱に当たっている。

 今し方ストレルガが目を覚ましたが、いまだアーデルハイトは拘束されたままだった。

 既に魔術が解かれたとはいえ、地面深くに入り込んだ鎖や鉄線を引っこ抜くのに大分(だいぶ)手こずっているようだった。

 そうしてしばらくした後、ようやくアーデルハイトは束縛から解放された。

 だが立ち上がるや否や、俺達の方へ向かってくる。


「どうしたのかな?」


 より正確には、俺の方へと。


「・・・、さぁな。」


 そう言って適当に誤魔化したが、大方の理由は察しが付いている。

 まだ完全に自由が利かない身体を引き摺るようにして、真っ直ぐ俺の方へ歩いて来る。

 おぼつかない足取り。

 だがそれとは対照的な、明確でハッキリとしたヤツの意思。

 その眼の中では、憤怒の炎が激しく燃え上がっていた。


 そして俺の前に着くと同時だった。

 頭部に強烈な衝撃が走り抜けると共に、平衡感覚がグチャグチャに掻き回されたかのように麻痺する。

 気が付けば、俺の身体は地面に転がっており、そして直ぐに悟った。

 案の定、俺はこの女に殴り飛ばされたのだ、と。


「深夜ッ!!」


 隣にいる若葉が上げた叫び声が、耳に入ってきた。


「ッつー・・・、ッたく、可愛げが無ねえな。

 女ならそこは拳じゃなくて平手だろうがよ。」


 庇おうと動く若葉を手で制する。

 そして倒れ込んだ俺を、怒りに満ちた瞳で見下ろすアーデルハイトを見据える。


「あれが・・・、あんなものが、お前のやり方なのか。

 あんな戦い方が、お前の魔術師としての矜持なのかッ!」


「・・・、ああ、そうだ。」


 ゆっくりと立ち上がると、俺もまた目の前に立つコイツを睨み返す。


「物だろうが、人だろうが使える道具が有れば、何であろうが使う。

 採れる策が有るならば、どんな手段だろうが採る。

 それが魔術師ってもんだろうが。」


「そうかよ・・・。例え僅かでもお前を認め、敬意を懐いてしまった私が愚かだったよ。」


 笑わせんな、テメエもその俺と同じ魔術師だろうがよ。」


「ああ、そうだ。私も所詮は魔術師だ。

 騎士道だの武士道だのを語る気も無ければ、興味も無い。

 使えるものは使い、採れる手段は採るさ。」


 だが、とアーデルハイトは断ずる。

 

「最低限踏み越えてはならない一線、それが人道だろうがよッ!

 貴様のソレは、外道以外の何ものでもない。」

 

 そう言い放つと即座に踵を返し、歩き去っていく。

 その目からはもう涙は消えていた。だが決して泣き止んだわけではない。

意地でも他人には涙を見せない、ってことか。

本っ当に可愛い気の無い女だった。

本っ当に。

本っ当にッ・・・。

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